
インフルエンザ(A型)で、自宅にお籠りしている。
発症が木曜日。一日中咳が止まらず、嫌な予感がしたので、至急の仕事を全部終わらせて(至急でない仕事は山ほど残っているけど)、その日はノー残業で帰宅。積極的に猫成分の摂取に努めた上で早寝したが、猫はインフルには効かなかったらしい。
金曜日の朝イチで医者に行き、検査してもらったら、ばっちり出た。
「タミフルは、飲んだことありますかね。」
「ないかも…。前回はイナビルだったので。」
「昔からあるお薬ですから、まあ、あるんじゃないですか。」
「そうですね。」
という、良く考えると全く意味のなかった会話の末に、タミフルを飲んでいるが、おそらくこれが人生初タミフルである。
私の「前回の」インフルエンザ罹患は二〇一三年の二月である。その更に前は、おそらくまだ小学生で、タミフルは登場していない。医師と話した際に私が確信を持てなかったのは、その二〇一三年から今までに、一度もインフルに罹らなかったという自信がなかったからなのだが、後から考えても、やはり、罹っていないのではないか。
なぜって。
ブログに出て来ないからである。
散々サボっている休眠ブログだから、サボっている間に罹患していた可能性はある。
だが。
その「前回」、私は、熱が下がった後の暇に任せて、大作を書いた。少なくとも自分的には、快心の力作が書けた。
であるから。
もし、その後インフルに罹患していたら、必ずまた「何か書こう」という気持ちになったはずなのである。(書こうとしたが結果的に書けなかった可能性はある。)
と、いうわけで。
今回は、インフルの記録を兼ねて、この休眠ブログを更新しておこうと思った次第である。
何しろ、日頃が休眠状態なので、いきなり傑作も大作も書けるはずがない。手持ちのネタを軽く出すくらいしかできないことをお断りしておく。
ヤバい前振りをしてしまったと軽く後悔するところではあるが、何しろ、文章書きも日頃の鍛錬が大事なので、サボっている人間は肉離れを起こさないよう努めるだけで精一杯である。従って、以下は、何の期待も抱かず、暇で困っている方だけお読みください。

どこから書こうかな。
まずは直近のネタかしら。
栗助と吉那子のワクチン接種である。(アタゴロウのワクチンは八月末に別途済ませている。)
前回の記事に書いたように、近所に住む後輩が、猫たちの通院を手伝ってくれるようになった。そこで今年もお願いして、二匹一緒に連れて行くことにした。
昨年同様、きなこはリュック型キャリーに入れて彼女に背負ってもらい、私は栗助を入れた箱型キャリーを荷台に括り付けて、自転車を連ね動物病院へ。
まずは、きなこ。
何の問題もなく終了。体重は三・八キロ。
爪を切ってもらうときも大人しく、助手さんに、
「可愛いわねえ。」
と、絶賛されていた。
そして、栗助。
私ももう学んでいるので、まずはキャリーを診察台の下まで引き摺っていき、蓋を開けると、逃げようとする奴を素早く抱え上げ、爪に引っかかったバスタオルをもぎ取りつつ、急いで診察台に載せる。
「五・三キロですね。」
頭のサイズの割に軽い男である。まあ、肥満でないという点は評価できるが。
問題は、その後。
検温のため、しっぽを掴み上げて肛門に体温計を入れようとした先生が、ぼそっとつぶやいた。
「これは…モノグサだな。」
「え?」
いやたしかに、私はこいつをモノグサ認定したけど。なぜ分かったのだろう?
「お尻の毛。ボサボサでしょ。」
「はあ…確かに。」
私も気にはなっていた。全く気付いていなかったわけではない。
「真面目にグルーミングしてないのよ。」
先生は一瞬の躊躇もなく断定する。
「まあ、そう言われてみれば…そうかも。」
確かにこいつには、アタゴロウやきなこのように、せっせとグルーミングしているイメージがない。反論しようとしても、瞬時にその場面が思い浮かばない。
「それにね、何かこう、お尻の辺りが脂っぽいでしょ。」
「それは、そういう毛質なのかと。」
「確かに、男の子はそういう子多いけど、この子はちゃんとグルーミングしてないね。」
先生は、再び、きっぱりとそう言い切った。
つまり――
この男は、脂性のくせにちゃんと風呂に入らない(グルーミングしない)から、毛がボサボサでベタついているのだ――先生はそう言っているのである。
人間で言うところの風呂キャン男子である。いや、そんなオシャレなもんじゃない。畳にキノコが生えてくるような風呂なし下宿に住む、昭和の貧乏浪人生みたいな奴なのである。
あああ。
獣医師に風呂キャン男認定されてしまった。
どうするんだよ、お前。
実は、先に書いたきなこの爪切りは、この後、栗助がキャリーに戻ってから行われたのだが、再登場して大人しく爪を切られているきなこを撫でながら、先生は、
「ほらね。この子の毛はサラサラしているでしょ。」
と、反論のしようのない決定打を打ち込んでくれたものである。

(さらさら娘)
その後、栗助がグルーミングするところを意識して観察していると、
(先生、ご慧眼。)
ということが分かった。
栗助だって、グルーミングはする。一応丁寧に舐めている。
だいたいは、ね。
だがこいつは、頑張らないのである。
猫は座った姿勢や横寝の姿勢からからグルーミングを始めることが多いと思うが、それらの体勢では、背面や腰、陰部周辺には舌が届かない。栗助のグルーミングを眺めていると、座った姿勢からお尻をずらし、後ろ脚を立てて内腿や陰部を舐めるところまではやるのだが、座り直して、例の「首を百八十度回して、背中をぐいっと捩じって」という、アクロバティックな背中舐めまで行く前に、さっさと止めてしまうのである。
その他の部分の舐め方も、心なしか、他の猫のように念入りではないように見える。一回のグルーミングにかける時間が短いように感じるのは気のせいか。
「おい、もう終わりかい!」
思わず声をかけたくなる。
(まあ、いいじゃない。一応やったんだから。)
栗助自身は全く無頓着で、今にもそんな声が聞こえてくるようである。
全くやらないわけではない。
やるにはやる。怒られない程度にはやる。
子供で言うなら、宿題をシカトはしないけれど、分からない問題は最初から飛ばして、「分かりませんでした」でごまかす子。一応やるだけ真面目と言えなくはないが、少なくとも真剣ではない。
要するに、最後までやり遂げる根気と勤勉さが足りないのである。
(本日、偶然撮れた栗助くんのグルーミング。アタゴロウの冷ややかな視線が笑える。)
「先輩、聞いてください。」
ショックから立ち直れなかった私は、翌日、職場の先輩に動物病院での出来事を訴えた。
「栗助は、人間で言えば、ちゃんと風呂に入らない、風呂キャン男子だったんです。先生にモノグサって言われちゃいました。」
先輩が飼っているのは猫ではなく室内犬二匹であるが、「猫ちゃんのことは知らないから」と言って、私の話をよく聞いてくださる。優しい方だけれど、相手のためなら敢えて苦言を呈することを厭わない、厳しく公正な方でもある。
「あいつ、トイレでシッコしないし、ウンチは埋めないし、ご飯食べるの下手で周囲に散らかしまくるし、襖で爪研ぐし、もうもう、ダメな子で。」
私の愚痴は止まらない。
「きなこはね、栗助よりアタゴロウと仲いいんですよ。そりゃそうですよ、いくら若い娘だって、モノグサで寝てばかりいて、ロクに風呂にも入らないアラサー男より、綺麗好きで几帳面で活動的なイケオジの方が、そりゃあいいに決まってます。」
実際、きなこは、アタゴロウと取っ組み合ったり追いかけ合ったり、よく遊んでいるし、また、よく一緒に寝て舐め合っている。栗助の方がずっと歳が近いのに。
先輩は、私の下らない愚痴を最後まで聞いてくれた。そして、最後に一言、極めて客観的に、こうコメントした。
「そりゃ、モテないわな。」
栗助が、人間の息子でなくて本当に良かった。
先輩の一言により、そこに気が付いた時の私の安堵を、想像してみてほしい。

(イケオジとラブラブ)
と、まあ。
ディスられまくりの栗助くんであるが、気のいいやつなんですよ。
何しろ、アタゴロウときなこが、最初に大プロレス大会を繰り広げた時、びっくりして、慌てて仲裁に入ろうとしていたくらいですから。
昨夜も、私が病気で寝ていると察したら(察するのが遅すぎる感はあるが)、ちゃんと私の布団に来て、掛け布団の上から私の脚に寄り添って寝てくれましたよ。おかげで私は、反対側の掛け布団が足りなくなって、寒くて目が覚めちゃったんだけど。
何だろうなあ。栗助くんのこの感じ。
この絶妙なキャラ。この味わい。
敢えて例えるなら…

こんな感じかしら。
じゃ、私はドラえもんか。

ジャイアンかい!!(否定はしない)
ここまで毎度悪口を書いていれば、たいていの人は察しがつくだろうが。
何を隠そう、私は栗助がかなり気に入っているのである。
何故って。
そうそういるもんじゃないですよ、こんなに面白くもキャラが立ってる猫。
だが、彼の出身カフェである「にゃんくる川崎店」のスタッフさんも常連さんも、あの「大人しいクリスくん」が、これほどまでの傑物とは、想像だにしていなかったであろう。
ざまあみろ。思い知ったか。(何を?)
私の歪んだ虚栄心は、あたかも社会の不条理にどす黒い恨みを抱く劇場型犯罪者の如く、意味も根拠もない高笑いを響かせるのである。(「にゃんくる川崎店」のみなさん、ゴメンナサイ)
やはり、私の目に狂いはなかった。
栗助よ、キミこそ大治郎氏の後継にふさわしい。
とはいえそれは、実は、最初から予想かつ期待されていたことでもあった。
私は「にゃんくる川崎店」の店長さんと相談して、二十匹以上いる在籍猫の中から栗助を選んだ。だが裏を明かせば、私は来店する前から、「クリス」に目を付けていたのだ。もっと言えば、猫山家に迎えたら「栗助」と改名することも既に決まっていた。
いや、さすがにお写真と釣書だけではナンでしょう、ということで、実店舗まで会いに行き、併せて、他の子も視野に入れて検討してみただけ、という、半ば出来レースだった、というのが種明かしである。
まあ、実際のところ、会いには行ったものの、「クリス」くんは、変なオバさんにロックオンされていると悟った瞬間から、徹底的に私を避けていたので、お見合いなんぞ、ほとんど成立しなかったのだが。
それでも私が「クリス」に拘った本当の理由。
それは、「にゃんくる」さんの、HPかツィッター(現在のX)に掲載されていた、彼の写真にあった。
写真に写る彼の、無気力で無表情な目力のない顔。それがあまりにもそっくりだったのだ。
我が家に来たばかりの頃のダメちゃんに。

栗助の誕生日は、二月十七日である。
保護猫なのに誕生日が分かるのは、彼が元野良ではなくて、多頭飼育現場から来た猫だからだ。多頭飼育といっても「崩壊」はしていなかったそうで、
「愛情はかけてもらっていましたね。」
と、yuuさんは話していた。
ダメちゃんは元野良だが、およそ六か月で保護されたので、月齢から逆算しておそらく二月生まれ。なので、まず、生まれ月が一緒。
大柄な体格も一緒。足が長いのも、胴体が長いのも一緒。
抜け毛大魔王なのも一緒。
人間好きなのに、人が近寄ると逃げるところも、初期のダメちゃんと同じ。
私の枕の横で寝るのも一緒。
そして、あの目力のなさ。
「微妙にダメちゃんを彷彿とさせる猫だな。」
何かの折に、友人さくらもつぶやいていた。
そして、何より。
ダメちゃんの命日が、令和二年一月三日。栗助の誕生日が、令和二年の二月十七日。 栗助は、ダメちゃんが旅立った四十五日後に生まれているのだ。
(ひょっとして、こいつはダメちゃんの生まれ変わりなんじゃ…。)
そんな考えが、つい、私の脳裏を掠めたとしても、無理はないと思ってもらいたい。
栗助のトライアルが始まる直前に、私はそれを友人達のグループラインに投下してみた。馬鹿にされるかなと恐る恐る返事を待っていると、果たして、さくらが返信して曰く、
「あいるびーばっくしてみた。」
ダメちゃんターミネーター説、浮上。

(2015年8月1日撮影)
「生まれ変わり」という概念は、優しいロマンティシズムだと思っている。
信じるのか、と問われたら、有り得なくはないと思う、と、答える。
ただの細胞の塊、もっと言えば、無数の元素の集合体に過ぎないはずの人間や動物(もしかしら、植物も)が、なぜ感情や思考を持つのか。生命や魂というものが解明されていない以上、その輪廻だって、有り得ないと断ずる根拠はないはずだ。
だが。
もし、誰かが他の誰かの生まれ変わりであったとしても、それは彼の今生には何の関係もないことだ。彼の人生は、彼が生まれ落ちた瞬間から、彼が一日一日積み重ねてきたもので、それは彼だけのものであり、また、それ以外に彼の人生はない。
だから。
生まれ変わりかもしれない、と、今生の者にすでに亡き誰かの面影を重ねて見ることは、ただのロマンティシズムに留めるべきだ。他者の感傷や期待をもって、それを今生きている人に押し付けることは、失礼を通り越して、その人格への冒涜とさえ言って良いのではないか、と、私は思っている。
栗助・のび太は、ターミネーター・ダメちゃんの魂を隠し持っているかもしれないが、やはり栗助は栗助だ。だいいち、栗助の面白さは、ダメちゃんのそれとはやはり違うものだ。
真面目過ぎて不器用なダメちゃんと、モノグサで深く考えない性格故に、やることなすこと裏目に出る栗助。
どちらも、世渡り下手という点では等しい。
似て、非なるもの。
でもね。
ぶっちゃけ、このじわじわくる面白さにかけては、栗助は、ひょっとしたら大治郎さんを上回るかもしれない逸材なのよ。
この感覚。
私の求めていたこの感覚は、残念ながら、アタゴロウにもきなこにもない。
強いて言えば、玉音ちゃんが、ちょっとそれに近かったけど。
だから、栗助は、猫山家期待の星なのだ。
年を経てすっかり斜陽族と化した猫山一族に、彼は新しい光明をもたらすに違いない。
あるいは…
彼は、存亡の危機に瀕する猫山財閥を蘇らせる、救世主かもしれない――

歴史は、隠されていた真実を暴く。
ここにきて私は、二〇一三年、あの十二年前の確執の行方に思い至る。
傀儡と揶揄された大治郎氏は、実は凄腕だった。彼亡き後、後継となった愛宕朗氏は、現在、猫山家を手堅く纏めているが、もはや一族に往時の勢いはない。“女帝”縞子は力を失い、溺愛する愛宕朗に日々昔話と繰り言を聞かせるだけの、ただの我儘な老い耄れへと成り果てている。
そこへ現れた、故大治郎氏の俤を宿す若き獅子。
伝統ある猫飼い一族の常識(猫の排泄は、猫トイレで)を覆す、大胆にして繊細かつ抜け目ない(ちゃんとペットシーツの上でする)、孤高の男。
時代は今、長い混迷を抜け、茶トラの旗印の下、新たな高みへと至ろうとしてるのだ。
栗助よ。
お前の長い背中、その脂ぎった、毛玉だらけの背中に託された、輝ける未来が、私には見える。
若い娘にモテないからとて、それが何だ。
運命に選ばれし者には、そんな些末な色恋沙汰など、取るに足りない雑事に過ぎぬ。
お前にはターミネーターの魂が宿っている。
私には見えるのだ。お前の背から未来へ、力強く羽搏くオレンジ色の翼が。

(見よ、この力みなぎる瞳を。体勢がアレだけど。)
…いや。
幻覚だな。
多分、人生初タミフルの副作用だろう。そういうことに、しておこう。

十二年前の確執にご興味のある方はこちら ↓↓↓























































