あいるびーばっくしてみた

 

 

 インフルエンザ(A型)で、自宅にお籠りしている。

 発症が木曜日。一日中咳が止まらず、嫌な予感がしたので、至急の仕事を全部終わらせて(至急でない仕事は山ほど残っているけど)、その日はノー残業で帰宅。積極的に猫成分の摂取に努めた上で早寝したが、猫はインフルには効かなかったらしい。

 金曜日の朝イチで医者に行き、検査してもらったら、ばっちり出た。

タミフルは、飲んだことありますかね。」

「ないかも…。前回はイナビルだったので。」

「昔からあるお薬ですから、まあ、あるんじゃないですか。」

「そうですね。」

 という、良く考えると全く意味のなかった会話の末に、タミフルを飲んでいるが、おそらくこれが人生初タミフルである。

 私の「前回の」インフルエンザ罹患は二〇一三年の二月である。その更に前は、おそらくまだ小学生で、タミフルは登場していない。医師と話した際に私が確信を持てなかったのは、その二〇一三年から今までに、一度もインフルに罹らなかったという自信がなかったからなのだが、後から考えても、やはり、罹っていないのではないか。

 なぜって。

 ブログに出て来ないからである。

 散々サボっている休眠ブログだから、サボっている間に罹患していた可能性はある。

 だが。

 その「前回」、私は、熱が下がった後の暇に任せて、大作を書いた。少なくとも自分的には、快心の力作が書けた。

 であるから。

 もし、その後インフルに罹患していたら、必ずまた「何か書こう」という気持ちになったはずなのである。(書こうとしたが結果的に書けなかった可能性はある。)

 と、いうわけで。

 今回は、インフルの記録を兼ねて、この休眠ブログを更新しておこうと思った次第である。

 何しろ、日頃が休眠状態なので、いきなり傑作も大作も書けるはずがない。手持ちのネタを軽く出すくらいしかできないことをお断りしておく。

 ヤバい前振りをしてしまったと軽く後悔するところではあるが、何しろ、文章書きも日頃の鍛錬が大事なので、サボっている人間は肉離れを起こさないよう努めるだけで精一杯である。従って、以下は、何の期待も抱かず、暇で困っている方だけお読みください。

 

 



 どこから書こうかな。

 まずは直近のネタかしら。

 栗助と吉那子のワクチン接種である。(アタゴロウのワクチンは八月末に別途済ませている。)

 前回の記事に書いたように、近所に住む後輩が、猫たちの通院を手伝ってくれるようになった。そこで今年もお願いして、二匹一緒に連れて行くことにした。

 昨年同様、きなこはリュック型キャリーに入れて彼女に背負ってもらい、私は栗助を入れた箱型キャリーを荷台に括り付けて、自転車を連ね動物病院へ。

 まずは、きなこ。

 何の問題もなく終了。体重は三・八キロ。

 爪を切ってもらうときも大人しく、助手さんに、

「可愛いわねえ。」

と、絶賛されていた。

 そして、栗助。

 私ももう学んでいるので、まずはキャリーを診察台の下まで引き摺っていき、蓋を開けると、逃げようとする奴を素早く抱え上げ、爪に引っかかったバスタオルをもぎ取りつつ、急いで診察台に載せる。

「五・三キロですね。」

 頭のサイズの割に軽い男である。まあ、肥満でないという点は評価できるが。

 問題は、その後。

 検温のため、しっぽを掴み上げて肛門に体温計を入れようとした先生が、ぼそっとつぶやいた。

「これは…モノグサだな。」

「え?」

 いやたしかに、私はこいつをモノグサ認定したけど。なぜ分かったのだろう?

「お尻の毛。ボサボサでしょ。」

「はあ…確かに。」

 私も気にはなっていた。全く気付いていなかったわけではない。

「真面目にグルーミングしてないのよ。」

 先生は一瞬の躊躇もなく断定する。

「まあ、そう言われてみれば…そうかも。」

 確かにこいつには、アタゴロウやきなこのように、せっせとグルーミングしているイメージがない。反論しようとしても、瞬時にその場面が思い浮かばない。

「それにね、何かこう、お尻の辺りが脂っぽいでしょ。」

「それは、そういう毛質なのかと。」

「確かに、男の子はそういう子多いけど、この子はちゃんとグルーミングしてないね。」

 先生は、再び、きっぱりとそう言い切った。

 つまり――

 この男は、脂性のくせにちゃんと風呂に入らない(グルーミングしない)から、毛がボサボサでベタついているのだ――先生はそう言っているのである。

 人間で言うところの風呂キャン男子である。いや、そんなオシャレなもんじゃない。畳にキノコが生えてくるような風呂なし下宿に住む、昭和の貧乏浪人生みたいな奴なのである。

 あああ。

 獣医師に風呂キャン男認定されてしまった。

 どうするんだよ、お前。

 実は、先に書いたきなこの爪切りは、この後、栗助がキャリーに戻ってから行われたのだが、再登場して大人しく爪を切られているきなこを撫でながら、先生は、

「ほらね。この子の毛はサラサラしているでしょ。」

と、反論のしようのない決定打を打ち込んでくれたものである。

 

 

(さらさら娘)

 

 

 その後、栗助がグルーミングするところを意識して観察していると、

(先生、ご慧眼。)

ということが分かった。

 栗助だって、グルーミングはする。一応丁寧に舐めている。

 だいたいは、ね。

 だがこいつは、頑張らないのである。

 猫は座った姿勢や横寝の姿勢からからグルーミングを始めることが多いと思うが、それらの体勢では、背面や腰、陰部周辺には舌が届かない。栗助のグルーミングを眺めていると、座った姿勢からお尻をずらし、後ろ脚を立てて内腿や陰部を舐めるところまではやるのだが、座り直して、例の「首を百八十度回して、背中をぐいっと捩じって」という、アクロバティックな背中舐めまで行く前に、さっさと止めてしまうのである。

 その他の部分の舐め方も、心なしか、他の猫のように念入りではないように見える。一回のグルーミングにかける時間が短いように感じるのは気のせいか。

「おい、もう終わりかい!」

 思わず声をかけたくなる。

(まあ、いいじゃない。一応やったんだから。)

 栗助自身は全く無頓着で、今にもそんな声が聞こえてくるようである。

 全くやらないわけではない。

 やるにはやる。怒られない程度にはやる。

 子供で言うなら、宿題をシカトはしないけれど、分からない問題は最初から飛ばして、「分かりませんでした」でごまかす子。一応やるだけ真面目と言えなくはないが、少なくとも真剣ではない。

 要するに、最後までやり遂げる根気と勤勉さが足りないのである。

 

 

 (本日、偶然撮れた栗助くんのグルーミング。アタゴロウの冷ややかな視線が笑える。)

 

 

「先輩、聞いてください。」

 ショックから立ち直れなかった私は、翌日、職場の先輩に動物病院での出来事を訴えた。

「栗助は、人間で言えば、ちゃんと風呂に入らない、風呂キャン男子だったんです。先生にモノグサって言われちゃいました。」

 先輩が飼っているのは猫ではなく室内犬二匹であるが、「猫ちゃんのことは知らないから」と言って、私の話をよく聞いてくださる。優しい方だけれど、相手のためなら敢えて苦言を呈することを厭わない、厳しく公正な方でもある。

「あいつ、トイレでシッコしないし、ウンチは埋めないし、ご飯食べるの下手で周囲に散らかしまくるし、襖で爪研ぐし、もうもう、ダメな子で。」

 私の愚痴は止まらない。

「きなこはね、栗助よりアタゴロウと仲いいんですよ。そりゃそうですよ、いくら若い娘だって、モノグサで寝てばかりいて、ロクに風呂にも入らないアラサー男より、綺麗好きで几帳面で活動的なイケオジの方が、そりゃあいいに決まってます。」

 実際、きなこは、アタゴロウと取っ組み合ったり追いかけ合ったり、よく遊んでいるし、また、よく一緒に寝て舐め合っている。栗助の方がずっと歳が近いのに。

 先輩は、私の下らない愚痴を最後まで聞いてくれた。そして、最後に一言、極めて客観的に、こうコメントした。

「そりゃ、モテないわな。」

 

 

 栗助が、人間の息子でなくて本当に良かった。

 先輩の一言により、そこに気が付いた時の私の安堵を、想像してみてほしい。

 

 

(イケオジとラブラブ)

 

 

 と、まあ。

 ディスられまくりの栗助くんであるが、気のいいやつなんですよ。

 何しろ、アタゴロウときなこが、最初に大プロレス大会を繰り広げた時、びっくりして、慌てて仲裁に入ろうとしていたくらいですから。

 昨夜も、私が病気で寝ていると察したら(察するのが遅すぎる感はあるが)、ちゃんと私の布団に来て、掛け布団の上から私の脚に寄り添って寝てくれましたよ。おかげで私は、反対側の掛け布団が足りなくなって、寒くて目が覚めちゃったんだけど。

 何だろうなあ。栗助くんのこの感じ。

 この絶妙なキャラ。この味わい。

 敢えて例えるなら…

 

 

 

 こんな感じかしら。

 じゃ、私はドラえもんか。

 

 

 

 ジャイアンかい!!(否定はしない)

 

 

 ここまで毎度悪口を書いていれば、たいていの人は察しがつくだろうが。

 何を隠そう、私は栗助がかなり気に入っているのである。

 何故って。

 そうそういるもんじゃないですよ、こんなに面白くもキャラが立ってる猫。

 だが、彼の出身カフェである「にゃんくる川崎店」のスタッフさんも常連さんも、あの「大人しいクリスくん」が、これほどまでの傑物とは、想像だにしていなかったであろう。

 ざまあみろ。思い知ったか。(何を?)

 私の歪んだ虚栄心は、あたかも社会の不条理にどす黒い恨みを抱く劇場型犯罪者の如く、意味も根拠もない高笑いを響かせるのである。(「にゃんくる川崎店」のみなさん、ゴメンナサイ)

 やはり、私の目に狂いはなかった。

 栗助よ、キミこそ大治郎氏の後継にふさわしい。

 とはいえそれは、実は、最初から予想かつ期待されていたことでもあった。

 私は「にゃんくる川崎店」の店長さんと相談して、二十匹以上いる在籍猫の中から栗助を選んだ。だが裏を明かせば、私は来店する前から、「クリス」に目を付けていたのだ。もっと言えば、猫山家に迎えたら「栗助」と改名することも既に決まっていた。

 いや、さすがにお写真と釣書だけではナンでしょう、ということで、実店舗まで会いに行き、併せて、他の子も視野に入れて検討してみただけ、という、半ば出来レースだった、というのが種明かしである。

 まあ、実際のところ、会いには行ったものの、「クリス」くんは、変なオバさんにロックオンされていると悟った瞬間から、徹底的に私を避けていたので、お見合いなんぞ、ほとんど成立しなかったのだが。

 それでも私が「クリス」に拘った本当の理由。

 それは、「にゃんくる」さんの、HPかツィッター(現在のX)に掲載されていた、彼の写真にあった。

 写真に写る彼の、無気力で無表情な目力のない顔。それがあまりにもそっくりだったのだ。

 我が家に来たばかりの頃のダメちゃんに。

  

 

 

 

 

 栗助の誕生日は、二月十七日である。

 保護猫なのに誕生日が分かるのは、彼が元野良ではなくて、多頭飼育現場から来た猫だからだ。多頭飼育といっても「崩壊」はしていなかったそうで、

「愛情はかけてもらっていましたね。」

と、yuuさんは話していた。

 ダメちゃんは元野良だが、およそ六か月で保護されたので、月齢から逆算しておそらく二月生まれ。なので、まず、生まれ月が一緒。

 大柄な体格も一緒。足が長いのも、胴体が長いのも一緒。

 抜け毛大魔王なのも一緒。

 人間好きなのに、人が近寄ると逃げるところも、初期のダメちゃんと同じ。

 私の枕の横で寝るのも一緒。

 そして、あの目力のなさ。

「微妙にダメちゃんを彷彿とさせる猫だな。」

 何かの折に、友人さくらもつぶやいていた。

 そして、何より。

 ダメちゃんの命日が、令和二年一月三日。栗助の誕生日が、令和二年の二月十七日。 栗助は、ダメちゃんが旅立った四十五日後に生まれているのだ。

(ひょっとして、こいつはダメちゃんの生まれ変わりなんじゃ…。)

 そんな考えが、つい、私の脳裏を掠めたとしても、無理はないと思ってもらいたい。

 栗助のトライアルが始まる直前に、私はそれを友人達のグループラインに投下してみた。馬鹿にされるかなと恐る恐る返事を待っていると、果たして、さくらが返信して曰く、

「あいるびーばっくしてみた。」

 ダメちゃんターミネーター説、浮上。

 

 

(2015年8月1日撮影)

 

 

「生まれ変わり」という概念は、優しいロマンティシズムだと思っている。

 信じるのか、と問われたら、有り得なくはないと思う、と、答える。

 ただの細胞の塊、もっと言えば、無数の元素の集合体に過ぎないはずの人間や動物(もしかしら、植物も)が、なぜ感情や思考を持つのか。生命や魂というものが解明されていない以上、その輪廻だって、有り得ないと断ずる根拠はないはずだ。

 だが。

 もし、誰かが他の誰かの生まれ変わりであったとしても、それは彼の今生には何の関係もないことだ。彼の人生は、彼が生まれ落ちた瞬間から、彼が一日一日積み重ねてきたもので、それは彼だけのものであり、また、それ以外に彼の人生はない。

 だから。

 生まれ変わりかもしれない、と、今生の者にすでに亡き誰かの面影を重ねて見ることは、ただのロマンティシズムに留めるべきだ。他者の感傷や期待をもって、それを今生きている人に押し付けることは、失礼を通り越して、その人格への冒涜とさえ言って良いのではないか、と、私は思っている。

 栗助・のび太は、ターミネーター・ダメちゃんの魂を隠し持っているかもしれないが、やはり栗助は栗助だ。だいいち、栗助の面白さは、ダメちゃんのそれとはやはり違うものだ。

 真面目過ぎて不器用なダメちゃんと、モノグサで深く考えない性格故に、やることなすこと裏目に出る栗助。

 どちらも、世渡り下手という点では等しい。

 似て、非なるもの。

 

 でもね。

 

 ぶっちゃけ、このじわじわくる面白さにかけては、栗助は、ひょっとしたら大治郎さんを上回るかもしれない逸材なのよ。

 この感覚。

 私の求めていたこの感覚は、残念ながら、アタゴロウにもきなこにもない。

 強いて言えば、玉音ちゃんが、ちょっとそれに近かったけど。

 だから、栗助は、猫山家期待の星なのだ。

 年を経てすっかり斜陽族と化した猫山一族に、彼は新しい光明をもたらすに違いない。

 あるいは…

 

 

 彼は、存亡の危機に瀕する猫山財閥を蘇らせる、救世主かもしれない――

 

 

 

 

 歴史は、隠されていた真実を暴く。

 ここにきて私は、二〇一三年、あの十二年前の確執の行方に思い至る。

 傀儡と揶揄された大治郎氏は、実は凄腕だった。彼亡き後、後継となった愛宕朗氏は、現在、猫山家を手堅く纏めているが、もはや一族に往時の勢いはない。“女帝”縞子は力を失い、溺愛する愛宕朗に日々昔話と繰り言を聞かせるだけの、ただの我儘な老い耄れへと成り果てている。

 そこへ現れた、故大治郎氏の俤を宿す若き獅子。

 伝統ある猫飼い一族の常識(猫の排泄は、猫トイレで)を覆す、大胆にして繊細かつ抜け目ない(ちゃんとペットシーツの上でする)、孤高の男。

 時代は今、長い混迷を抜け、茶トラの旗印の下、新たな高みへと至ろうとしてるのだ。

 

 

 栗助よ。

 お前の長い背中、その脂ぎった、毛玉だらけの背中に託された、輝ける未来が、私には見える。

 若い娘にモテないからとて、それが何だ。

 運命に選ばれし者には、そんな些末な色恋沙汰など、取るに足りない雑事に過ぎぬ。

 お前にはターミネーターの魂が宿っている。

 私には見えるのだ。お前の背から未来へ、力強く羽搏くオレンジ色の翼が。

 

 

(見よ、この力みなぎる瞳を。体勢がアレだけど。)

 

 

 …いや。

 幻覚だな。

 

 

 多分、人生初タミフルの副作用だろう。そういうことに、しておこう。

 

 

 

 

 

 十二年前の確執にご興味のある方はこちら ↓↓↓

 

damechan65.hatenablog.com

 

 

安物買いの銭失い

 

 昨日に引き続いて、リビングのトイレ絡みの話。

 

 現在、我が家のリビングには、脱臭機が二つある。

 これと、

 

 

 これ。

 

壁掛け式。ちなみに清掃中につき休止中。

 

 上の写真がオゾン式脱臭機で、下が光触媒式の空間除菌脱臭機である。

 なぜ、二台も置いているのかというと。

 

 リビングにトイレを置くようになり、我が家にもニオイ問題が発生した。

 このとき、最初に買おうと思ったのが、下の写真の空気清浄機「ターンドケイ」である。

 出会いはコロナ期。とある店舗でこれを使っているのを見、能書きを読んで、いいなと思った。

 コロナ期だから、細菌やウィルスに強いというのが好ましく響いたし、だいいち、フィルター交換が要らないというのが、個人的には魅力だった。デザインもシンプルで好みだ。

 とはいえ、一人暮らしゆえ、家の中の空間除菌には差し迫った必要を感じおらず、その時は「そのうち買おう」で終わってしまっていた。ちょうどその時期、近所の家電量販店の店頭で同じものを見かけていたので、いつでも買える、と、のんびり構えていたというのもある。

 で。

 コロナは落ち着いたが、その後、我が家では、深刻なニオイ問題が発生。

 じゃあ、アレを買いに行こう!と、件の量販店に出張ることと相成った。

 

 普段、店舗で買い物することを嫌う私が、なぜ通販でなく、実店舗に行くことにしたか。

 理由は、「ポイントで買えるから」である。おそらく、パソコンを買ったときに大量に付与されたのであろう。気付いたら、けっこうな額になっていた。

 ターンドケイは、空気清浄機としてはお高めである。だが、ポイントで買うならノープロブレムだ。

 と、いうわけで、いそいそと空気清浄機売り場に急いだわけだが。

(な、ない…。)

 そもそも、空気清浄機の売り場自体、私の記憶にあるよりかなり縮小されていた。当たり前である。私の記憶は何しろコロナ期なのだ。当時、家電売り場は何につけ「除菌」を前面に押し出していた。空気清浄機はそのいわば花形である。

 さらに、ウィルスにも強いとされるターンドケイが、売り場の中でひとかどの地位を占めるのは当然の話で、裏返せば、コロナ期を過ぎた今、彼が現場を去っていても何の不思議もないのだ。

 途方に暮れた私は、狭い売り場を、多分、四周くらい、ぐるぐると巡り歩いた。

 だが、いくら私がおまじないを唱えつつ売り場をぐるぐるしたところで、彼が戻ってくるわけでもない。

 あのとき、さっさと買っておけば良かった。もう遅いけど。

 この時点で、私に残された選択肢は二つ。

 その一。通販でターンドケイを買う。

 その二。ターンドケイを諦め、この売り場で別の製品を買う。

 私は第二の途を選んだ。理由は「ポイントで買いたいから」である。即ち、現金を出し渋ったのだ。

 その場で、さらに売り場を五周くらいして、陳列された製品を吟味したが、ターンドケイを諦めた今、私の目には、どれを買っても同じに見えた。

 と、いうわけで。

 一番安い製品を買うことにしたのである。

 なお、このオゾン式脱臭機には、先行機種があって、なぜかそちらの方が少し高かった。新しい機種には、脱臭機能の他、アロマディフューザーがついているのに、である。

 分からなかったので、店員さんに聞いた。

「何でこの製品は、こっちの方が機能が高いのに安いんですか?」

 結論から言えば、店員さんも知らなかった。だが、

「まあ、こっち(先行機種)の方は、時計と温度計が付いてますからね。」

 そこは私も迷うところではあったのだが、先行機種の方は、形が四角形で、正直、見た目が味気ない。アロマディフューザー付きの方が、明らかに女子ウケを意識していて、見た目が可愛い。と言っても、そこは私としては、別にこだわりどころではなかったのだが。

「こっちにします。」

 アロマディフューザーなんか使わない。(猫のいる部屋でアロマは使えない)

 それは分かっていたが、そっちにした。デザインが可愛いし。

 というより、ちょっとだけど、こっちの方が安かったから。迷うなら安い方を買おう、と考えたのだ。

 

 ここまで書けば、たいていの人には分かると思うが。

 後から考えると、やっぱり、時計と温度計付きの方が我が家には良かった、と、ちょっと後悔している。

 何しろ、我が家にはまともに動いている時計が一台しかないのだ。温度計もない。

 判断を誤ったのが、デザインのせいなのか、値段のせいなのか、自分でもよく分からない。

 後から考えるに、おそらく、本来ならより高額なはずの後発機種の方が割引率が高く、お得感があって、それに引っ張られたのではないか。

 

 

 

  

 そのオゾン脱臭機の効果は、正直、よく分からんといったところだった。

 つけていないよりは良い気がする。だけど、劇的にニオイが減ったかと言うと、そこまでの驚きはない。

 だいいち、部屋のニオイと言うのは、住んでいる人にはだんだん分からなくなってくるものなのだ。

 このごろあんまりニオイを感じないな、と思っても、それが脱臭効果なのか、単に自分の鼻が慣れたせいなのか分からない。

 でも、買っちゃったし、まあいいや、と思っていたのだが。

 

 実は、その後、ターンドケイ購入に踏み切ったのは、ニオイ対策のためではない。

 まさにそれ、彼が得意とする「空間除菌」のためなのである。

 

 話はまた、違う方向に行く。

 我が家のリビングは、隣の和室と襖で仕切られる造りになっている。和室には押入れがあるので、そこにも襖はある。

 このマンションが建ったのは四半世紀も前の話であるが、当時、おそらくモダン和室を意識したのであろう、襖紙は白無地、襖縁は白木である。

 これまでの猫は、押入れへの出入りの際に襖縁や縁際の紙に後脚を引っかけて損傷する程度で、故意に襖に危害を加えるようなことはなかった。

 が。

 最近になって、襖縁で爪を研ぐ連中が現れた。

 アタゴロウを除く二匹である。

 まるで同系色に引っ張られてでもいるかのように、茶色い連中が、アメ色に変色した襖縁を、立ち上がってバリバリとやるのである。

 

証拠写真

 

証拠写真

 

 こんなこともあろうかと、猫たちが立ち上がって爪をとげるよう、リビングにはガリガリウォール(それも二十センチ高い「プラス」の方)を設置しておいたにも関わらず。

 ん?

 いや、違う。ガリガリウォールは、すでに撤去したんだった。

 栗助くんにおしっこされたからである。

 やむを得ない。新しい爪とぎを買うか。

 そこで思い出したのが、職場のアメショ飼いの後輩の話である。

 宅の猫に、高さ百二十センチくらいあるポール型の爪とぎをプレゼントしたら、木登りを始めて可愛かった、と。

 我が家の、もともとガリガリウォールがあった場所は、新しい大型猫トイレにすでに占拠されている。それに、同じ場所にまたガリガリウォールを置いたら、またおしっこされてしまうかもしれない。

 なら、いっそ。

 うちも同じようなものを買おうかしら。

 もしかしたら、きなこが木登りするかもしれない。(ちょっと見てみたい)

 

 と、いうわけで。

 通販で購入したのがこちら。

 

 

 

 この大きさだと、爪とぎというよりキャットタワーの分類になるらしい。

 ネットでいろいろ調べていると、立派でお高いキャットタワーがたくさん出てくるのだが、今回はキャットタワー目的ではなく、あくまで爪とぎである。シンプルで、そしてなるべく安いのを探して、これに決めた。

 組み立ては、そこそこ大変だった。構造は単純だが、何しろ麻縄を巻いてあるので、扱う際にチクチク痛い。

 設置場所は、ケージとキャットタワーの間にした。そこが一番邪魔にならないからだ。その前提で、ハンモックの向きも決めた。

 想定外だったのは、糊の匂いがキツく、なかなかリビングに置ける状態にならなかったこと。

 そして、これは想定内だが、きなこが何度か木登りをしただけで、当初は誰も爪を研がなかった。

 

 そして、さらに。

 想像だにしなかった事態が、我が家を襲う――

 

 時は梅雨時。草木も眠る丑三つ時(よりは早い時刻である。)

 ふとキャットタワーの方を振り返った私は、何か不吉なものを感じ、しばしそちらを凝視した。

 雰囲気が暗い。

 言い知れぬ陰気さを感じる。

 薄暗い影が差しているのだ。どこに?キャットタワーの近くに。

 まるで足元から忍び寄り、全身を侵食していくかのような、影。

 それがすでに、半身を覆いつつあるのだ。キャットタワーの隣の爪とぎの。

 早まる鼓動を抑えながら爪とぎに歩み寄った私は、一目見て思わず悲鳴を上げた。

 新しい爪とぎの、室内側に向いた縦半分。その下半分を中心に。

 覆っていたのだ。微細な触手を伸ばす黒い影が。もとい、カビが。

 

「いや、驚いたわよ。まさか、キャットタワーにカビが生えるなんて。」

 正確には「爪とぎ」であるが、相手は猫飼い経験のない友達である。分かり易く、そう説明した。

「やっぱり、湿気が多かったからかしらね。」

「それもあるけど、それだけじゃないと思う。だって、お隣のキャットタワーとか、すぐ近くにあるラタンの猫ベッドとかは、全然大丈夫だったし。」

「うーん、不思議だね。」

「やっぱりね、安いものを買ったから、その辺の処理が甘かったんじゃないかと思う。防カビ加工的な。」

 私の脳裏には、あの強烈な糊のニオイの記憶がある。

「お隣にあるキャットタワーは、A社製なの。A社はペット用品としても、生活用品としても、大手企業でしょ。ちゃんとした製品なのよね。A社のキャットタワーは、一回もそんなことなかったわ。」

 もちろん、糊のニオイもしなかった。

「つまり、安物買いをしちゃ駄目ってことね。学びましたよ。」

「そうね。」

 友人は短くそう答えると、にっこりと優しい微笑みを浮かべた。慈母のような微笑みだった。 

 

 

 

 そして、ここでやっと、ターンドケイが登場するのである。

 カビの生えたキャットタワーもとい爪とぎを、どうしようか私は思案した。

(もう、捨てるしかないのかな…)

 買ったばかりだけど。

 もったいないけど、仕方がない。だが。

 別のことに気付いて、私はハッとした。

 捨てるとなったら、また解体しなければならないのか!

 あんなに大変だったのに。しかも、多少なりとも猫の爪がかかって、さらに麻縄がチクチクになっているというのに。

 私は、爪とぎを捨てない道を模索し始めた。

 結局、「次亜塩素酸で消毒する」という方法を知り、それで見事、カビ退治に成功するのだが、その時に考えてしまったことがある。

 カビが繁殖するということは、即ち、空気中にカビ胞子が浮遊しているということである。

 今後、カビを防ぐためには、湿気対策のみならず、カビ胞子対策も必要ではないか。

 だって、何しろ、我が家には喘息持ちの猫がいるのだ。

(ちなみに、「次亜塩素酸」は「次亜塩素酸ナトリウム」(ハイター)とは別の物質で、無害である。有機物と化合し水と微量の塩に戻るという性質を持つため、残留の危険性もない。)

 

 翌日、私は通販サイトでターンドケイを注文した。

 

 カビ胞子への効果は見た目に分からないが、とにかく、購入して良かった。

 ターンドケイは、脱臭機能も優れている(と、思う。)

 やはり、これを導入してから、我が家のニオイ問題は(トイレにブツが残っていない限りは)ほぼ解決したようなのだ。

 オゾンを放出するだけでほぼ無音のオゾン脱臭機と違い、こいつは、センサーがニオイを感知するとファンが元気に回り出す。素人はそれを聞いて「おお、脱臭してるな」と認識し、それで精神的満足を得る、という側面があるのも否めないが。

 ただ時々、猫どもが為すことを為した際には発動せず、私が料理を作り始めると全力で回り始めるというのは、礼儀としていかがなものかと思う。奴らのプロダクツより、私の料理の方が臭いというのか。

 

 ところで。

 ついでながら、我が家にはもう一つ、最近増えた猫グッズがある。

 これ。

 

 

 新しいペットキャリーである。

 半年ほど前から、近所に住む後輩が、我が家に遊びに来るようになった。一度招いてみたら、猫を遊ばせるのが上手だということが判明。実は「猫と一緒に育った」ということをカミングアウトしたので、だったら、是非きなこと遊んでやってよ、と、時々来てもらうことにしたのである。

 秋口、思いついて、彼女に頼みごとをしてみた。

 猫たちのワクチン通院を、手伝ってもらえないだろうか、と。

 快くOKしてくれた。それも、

「だったら、自転車で来ますよ。自転車ありますから。」

 有難い話である。

 我が家の猫たちは、故あって三匹ともワクチン時期が同じである。できれば、三匹いっぺんに連れて行って、一度で済ませたい。このため、彼女に応援を頼んだのだが、私は車を運転しないので、三匹連れていくならタクシーかなと思っていた。だが、彼女が自転車で来てくれるなら、分担して自転車二台で行けばいい。

 しかし、我が家にはペットキャリーが二個しかない。

 どちらかに二匹一緒に入れることも考えたが、短時間とはいえ狭すぎるだろう。災害対策もあるし、この機会に、もう一つキャリーを購入するのもアリではないか。

 購入するにあたり、私が考えた条件は五つ。

 ソフトタイプ。

 折り畳み可能。

 天面が全開すること。

 肩に掛けられること。そしてさらに、長いストラップをつけて「たすき掛け」にもできること。

 現在あるペットキャリーは、一つがリュック型、もう一つが、昔ながらのプラスチック製の箱型である。自転車で通院する際は、箱型なら後ろの荷台にくくりつけ、リュック型ならそのまま背負う。

 だが、一度に両方を使おうとすると、背中で二つのキャリーがぶつかってしまうため、リュックを背負うことができない。必然的に、リュックは前抱えとなるのだが、これが不安定でチンドン屋風になることは、すでに実証済みである。

 つまり。

 今回の作戦としては、彼女にリュックを背負ってもらい、私は荷台に箱型をくくりつけ、さらにお腹側に猫を抱えて行くつもりだった。

 そのために、体に沿うソフトタイプで、かつ、たすきがけで体の前に「本体」を配置できる、布製のキャリーバッグが欲しかったのである。

 

天面を開いたところ

 

 最初は「ペピィ」などのカタログから探したが、手頃なものがない。

 高機能だったり、見るからに立派で丈夫そうだったり、良いものだとは思うのだが。

(キャリーバッグって、結構高かったのね…。)

 そもそも、サブのサブ程度のバッグである。とりあえず必要な機能を満たしていれば、そんな立派な、高級なものは要らないのだ。

 そこで、ネットを検索すると、出るわ出るわ。お手頃価格から高級品まで。

 とはいえ、条件を加味するとかなり絞られ、その中でも破格に安かったこの製品に決めた。

 選ぶのに意外と時間がかかったせいもあるが、決めた時点で、通院予定日までにあまり時間がない。同じ製品を複数のショップで売っていたが、「海外の倉庫から取り寄せるので時間がかかります」などと書いてあるショップは避けた。

 が。

 想像はつくと思うが、書いていないだけで、結果は同じだった。なかなか届かないと思ったら、届いた製品は、どうやら海外(東南アジア)から送られてきたらしい痕跡があった。

 まあ、ギリギリだけど間に合ったからいいや。

 と、思いつつ、早速開梱してみる。

 色やサイズは想像したとおり。布もしっかりしているし、縫製も問題ない。

 ただ、

(あれ、これ、錆びてない?)

 スナップの一つに、錆が出ていた。

 ちょっと嫌な感じがしたが、普段ほとんど使わないと思われる場所のスナップだったので、気にしないことにした。

 が。

 何だろう。違和感がある。

 広げているうちに分かった。何となく、内張りの布にベトつきを感じるのだ。良く見ると、内側に何か所か、油のシミのようなものがあった。

(やだな、汚い。)

 製造工程で機械油でも付着したのだろうか。返品しようか、という思いが頭をよぎったが、何しろ時間の制約がある。

(まあ、洗えばいいや。)

 それが間違いだった。

 

 

内張のシミ。このようなシミが三面にあった。

 

 結論から言えば、シミは落ちなかった。そもそも、機械油の付着などではなかったのである。

 あまり使わないプラスチック容器を久しぶりに取り出してみると、全体が妙に油っぽくなっていたりする。しまうときに洗い方が足りなかったのか、と思ってしまうが、実はこれは、湿気による加水分解でプラスチックの可塑剤が溶け出したものである。

 確証はないが、内張布に付いていたベタベタは、この可塑剤である。察するに、メッシュ部分に使われているビニール素材から可塑剤が溶け出し、接していた布にしみ込んだものではないだろうか。

 内側だし、見た目にシミがあったって構わないが、ベタベタするのは困る。だが、一度洗ってしまったので、もう返品はきかない。

 ネットで方法を検索しつつ、何度も何度も洗い、いったんは諦めて放置し。

 でもね。

 最終的に、ベタベタは取れて、使える状態になりましたよ、昨日。

 そう。

 文字どおり、年を越して昨年の恨みを雪いだのである。

 

 

 

 

「で、大騒ぎしたんだけど、結局、二匹しか連れて行かなかったの。その二、三日前から、アタゴロウの膀胱炎の調子が悪くてさ。」

 キャリーバッグが届いた一か月後くらいだったろうか。例の友達と会った際に、猫どものワクチン通院の話をしていた。

「あら、大丈夫なの?」

「まあ、アタゴロウもいい歳だしね。先生に聞いたら、去年打ってるから、慌てなくていいって。」

 ダメちゃんも、晩年は二年に一度であった。

「それにしても、焦ったわ。まさか洗ってもベタベタが落ちないとは。洗っちゃったから、返品できないしね。」

「不良品だったってこと?」

「というより、保管状態が悪かったんだと思う。プラスチックって、湿気が多いと加水分解するんだって。スナップも錆びてたし、多分、湿気の多い倉庫に、長期間、しまわれてたんじゃないかな。」

 何しろ、海外の倉庫である。東南アジアだから湿気が多かった、と考えるのは、さすがに短絡的すぎるだろうが、値段を考えると、それほど大切に扱われていたとは思えない。少なくとも、空調の効いた倉庫ではなかったのだろう。

「ま、しょうがないよね、安いんだから。安物買いの銭失いってやつよ。」

 それを聞くと、彼女は、私を見てにっこりと微笑んだ。忍耐強い小学校の先生のような微笑みだった。

「ねえそれ、この間も言ってなかった? キャットタワーのとき。」

「あ…。」

 

 以上が、昨年の私のお買い物失敗談である。

 つくづく、私は買い物が下手だ。その根底に、この学習能力の低さがあることが、一連のエピソードから読み取れると思う。

 でもね。

 確かに、これらはみな、私の判断ミスですよ。つまらないところでケチったお陰で、安物買いの銭失いをしちゃったことに、間違いはないですよ。

 だけどさ。

 

 そもそも原因を作ったのは、全部、栗助くんだと思うんだよね。

 

 おい、聞いてるか!? 諸悪の根源。

 

 

 

 ちなみに、今日は「不成就日」だそうである。

 何事も成就しない日。ゆえに、新しいことを始めるには縁起が悪いとされる。同じく、大きな買い物をするのもNG。

 なので、うっかり暇に任せてお買い物サイトなどを覗いてみたりしないよう、自戒と自制の意味を兼ねて、このブログを書いている。

 

 

 

 

新年のおくりもの

 

 今年の初宅急便。

 新年、最初のお届け物は何かというと…

 

 

 

 これ。

 猫砂である。

 

 新年最初のお届け物が猫砂というのも色気のない話だが、それより、何となく、

お正月早々、こんなものでお手を煩わせてスミマセンと、宅急便屋さんに申し訳ない気持ちになったりして。

 

 猫砂の嗜好は完全に分かれるものらしく、周囲の猫飼いさんたちに尋ねると、面白いように、全員違う答えが返ってくる。

 で。

 私は木砂派である。

 消臭効果が高く、しかもそれが素材の特性であって、薬剤によるものでないところが気に入っている。また、これは本当に個人的な感覚だが、床に散らばったときの不快感が少ない。鉱物系の砂のように、床にへばりついてしまうことがないのも好き。

 ただし、おがくず(粉)が多量に出るし、崩れないタイプは軽いので飛び散りやすいという欠点はある。一長一短、嫌いな人は嫌いだろう。

 

 私が実家を出てはじめて自分で猫を飼い始めた頃は、システムトイレの黎明期であった。その時点では、私は最先端を走っていた(と、思う。)

 特に、メーカー指定の撥水性の砂を使わず、崩れるタイプの木製ペレットを使うというのは、私がネットであれこれ検索した結果、辿り着いたワザで、最先端のその先の最新鋭であったのではないか。

 ペレットも、当時は確か、私が使っていたパインウッドと、あともう一種類くらいしか販売されていなかった記憶がある。

 もっとも、現在、私が使っているペレットは、もともと燃料用に開発されたものを猫砂に流用したものである。いわば業務用なのだろうか。約三十リットルがお米の袋に入ってどんと届く。そして、安い。

 多分、この手のペレットは、本当は当時からあったのではないか。ただそれが猫砂として使えることは、世間的に認識されていなかったのだと思う。

 

 と言っても、今日届いた砂は、システムトイレ用のペレットではない。

 固まる木の砂である。

 袋の中は、こんな感じ。(写真は使いかけの袋)

 

 

 

 我が家には一つだけ、システムトイレでない猫トイレがある。

 栗助がトイレでおしっこをしなくなったとき、ペレット使用のトイレが嫌いなのかもと考え、猫カフェで使っていたのと同じ鉱物砂のトイレを投入した。だが、どうやらそういうわけでもかったらしい。

 作戦は失敗だったが、システムトイレではない猫トイレは残った。

 猫トイレと言っても、本当は衣装ケースである。「トイレが大柄な彼には小さすぎる」説もあり、敢えて衣装ケースを投入した。

 ともあれ、そのトイレ(衣装ケース)を活用するために、「崩れる」ではなく「固まる」砂が必要になった。先述したとおり、私は木砂派である。鉱物砂にこだわらないなら、やはり木がいい。混ぜ物なしで気持ちよく固まる木砂を探し、最終的にこの砂に辿り着いたのである。

 

 現在、我が家には猫トイレが四台ある。

 中型のシステムトイレが、洗面所に二台。

 大型のシステムトイレと、衣装ケーストイレがリビングにある。

 大型のトイレを用意した理由は、先述のとおり、大柄な栗助が通常サイズのトイレを手狭に感じている疑いがあったからである。

 その大きなトイレを、なぜ敢えてリビングに置くのか。理由は単純だ。大きすぎて、リビングにしか置けないのである。

 私は、リビングには猫トイレを置かない派だったのだが、その理想は儚く潰えた。

 そして、やはりリビングにある方が便利と見えて、猫どもはほとんどリビングにある二台を使っている。特に、大の方は、必ずリビングでする。

 それもね。

 私が食事を始めようとすると、誰かがするんだよ。

 このため、私はダイニングテーブルの位置を変えた。

 ついでに言うと、床の上の座布団に座ってお茶を飲むことも、ほとんどしなくなった。自分の鼻の位置が低いと、普段感じないほのかな芳しさを、お茶の香りと共に感じ取ってしまうのである。

 

 

 そのリビングのトイレ配置。

 

 

 ケージの中が、衣装ケーストイレ。

 白いハーフカバーが付いているのが、大型システムトイレ。

 なお、隣接したトイレ間は、自由に行き来できる。強いて言えばハーフカバーの「壁」があるが、何しろ奴らは猫なので、全く問題にならない。

 

 で。

 気が付いたと思うが、システムトイレの前に、やたらとペットシーツが敷いてある理由。ちなみにその下は、犬用のトイレマットであるが。

 栗助くんのためですよ。

 彼がそこに座って、本来、中でなすべきことをするのである。

 

 そう。つまり。

 何気なく掲示したが、この写真には、物凄い皮肉が込められているのだ。

 大きなシステムトイレを購入したのは、栗助くんのため。

 システムトイレでない、普通の砂トイレを用意したのも、栗助くんのため。

 だが、彼はそれらに見向きもせず、その前のペットシーツで用を足している。

 そしてその彼の冬の定位置は、トイレ上空のケージの屋上である。

 彼は、床に投げ出した私の足が好き。

 だが、その彼の所業のおかげで、私は床に座らなくなったのだ。

 

  

 

 

 …出てきたのは櫛が一揃い――デラが長いあいだブロードウェイのショーウィンドーで憧れていた横櫛と後櫛の一揃いだった。ふちに宝石をちりばめた正真正銘の鼈甲製の美しい櫛であり――いまはなき彼女の美しい髪にさすには、もってこいの色あいだった。とびきり高価なものであることがわかっていたし、単に熱望するだけで、自分のものになろうなどとは夢にも思わずに、あこがれていた櫛だった。いまそれがデラのものになったのだ。ところが、そのあこがれの装飾品を飾るべき髪は、いまはもうないのである。

 でも、彼女はそれをひしと胸に抱きしめ、やっと、うるんだ目をあげてほほえみながらいうことができた。「あたしの髪は、とても早くのびるのよ、ジム」

(O・ヘンリ「賢者の贈りもの」より)

 

 

 残念ながら、栗助の短毛が長毛にのびる見込みがないのと同じくらい、我が家のリビングから猫トイレが退場する見込みは、少なくとも現時点では、ない。

 

 

 トイレ関係の写真ばかりになってしまったので、今日撮った猫たちの写真を。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

破壊神たちの朝

 

 毎年恒例。

 友人さくらと、コタローカノ(現在は白キジーズ母)のRさんと、三人で猫初詣に行ってきた。

 午前中は寒かったが、午後から天気が回復し、初詣日和。

 

 石段を登って、列に並び

 

 

 茅の輪をくぐって、社殿に参拝。

 

 たまたま人が少ない瞬間があったので、お社を撮ってみた。

 

 

 お詣りの後は、毎年恒例、近くのホテルのラウンジでお茶をするはずが、何故か「準備中」の札が。

 お茶は別の店で楽しんだが、残念なので、紅葉の時期にでもお詣りがてらリベンジしようということになった。

 

 Rさんとは、一年ぶりである。

 新年のあいさつを交わした後、私が

「猫たちは元気ですか?」

 と、尋ねると、

「今朝、お茶碗を割られました。」

 とな。

 いきなり、それかい。

 R家には兄妹ではないかと推測されている白キジカップルがいるのだが、女子の方が、なかなか気合の入った小悪魔らしい。

 小悪魔、というより、破壊神か。

 猫ベッドも、いくつ購入したか分からないという。

「猫ベッドをしょっちゅう買う人って、普通、買ったけど入ってくれないから、次々に新しいのを買い与えるわけでしょ。でも、うちは違うの。入ってはくれるんだけど、次々に破壊するから、また次を買わなきゃならないの。」

 なるほど。

「一度、外側がデニムになっている、お高いけど丈夫そうな猫ベッドを見つけたんだけど、内側の柔らかい方をやられるなと思ってやめたの。どのみち壊されるんだから、安いのをその都度買った方がいいと思って。」

 なるほど。

 切実である。

「で、これまでに、どんなもの壊されました?」

「そうねえ。プリンターとか、トースターとか…」

 家電かい!

 金のかかる女だな。

「あと、グラスを割られて、破片を片付けていたときに、私が指をざっくりとやって」

「痛い!痛い!痛い!」

「それで二か月くらい通院した時が、あれが一番大変だったかな。」

「痛い!痛い!(いろんな意味で。)」

 な、な、なんか…

 うちのきなこ嬢が、ものすごく大人しい子に思えてきたわ。

 ちなみに、R家のお嬢様は甘えん坊で、人の指を吸うそうだ。これは人により意見が分かれるところだと思うが、この点も、きなこの「舐め舐め」よりも破壊力が高いように思う。

 ついでに、容姿の点で言うと、実はR家のお嬢様は、たいそうな美猫である。何しろ、仔猫時代の写真が可愛すぎて(私も見せてもらったが天使である)、Rさんはほぼ絵姿だけで縁談を即決したような状態なのだ。

 断っておくが、先代の猫はあの王子様猫のコタローくんである。Rさんは猫の容姿に関しては、相当目が肥えていたはずなのである。

 ビジュアルの破壊力も、残念ながらきなこの負け。

 どうやら、我が家の猫は、R家チームには永遠に勝てない運命のようである。

 

 別れ際、さくらが意味あり気ににっこりと笑って、Rさんに言った。

「こんど、猫山のところのお嬢にも会ってやってよ。可愛いから。」

 いやいや、お宅のお嬢様に比べたら、だいぶ見劣りするよ。

 と、思ったが、Rさんにしてみれば、すでに六条の御息所との恋の駆け引きに疲れ、花散里の膝枕が恋しい心境かもしれない。

 いいよいいよー。

 きなこは、癒し系だからね。

 ぜひ、きなこの樽腹に癒されてください。

 

 なーんてね。

 でも、誰だって、自分の猫といるときが、一番癒されるに決まってる。

 

 ちなみに、うちの栗助くんは、今朝はペットシーツの狙いを外し、朝から私に、おしっこマットの洗濯をさせたけどね。

 

 

 

 

 おまけ。きなこのあくび。

 

 

 

 

 

 

あけおめ・ことよろ

 

 新年二日となりました。

 今年もよろしくお願いします。

 

 元旦は実家。

 昨年は、実家で食べ過ぎたせいか、帰宅してからお腹が痛くなったので、今年は少し控え目に。

(と言っても、実は昨年のことはすっかり忘れており、自分のブログを見て思い出した次第。やはり、記録は大事だ。)

 

 

 一昨年にりりが亡くなり、昨年のお正月には新しい猫が来ているはずだったのだが、年末に本猫が風邪をひいて延期。

 その後、二月に実家に行った際に、新猫とは会っていたのだが、その時は、私は完全に逃げられていたので、柄と大きさくらいしか見ていなかった。

 なので、お互いに、じっくり観察したのは今回が初めてである。

 

 

 

「るる」ちゃんです。よろしく。

 

 姉が地元の譲渡会で見つけてきた子。

 当時五歳(現在六歳)の女の子である。

 当初、スコティッシュフォールドと聞いていたのだが、実は雑種で、おそらくスコとマンチカンミックス。

 姉が保護団体の方から聞いた話だと、彼女は多頭現場から来た子であるらしい。その現場は「始まりは一匹のスコと一匹のマンチカン」ということなので、どの世代かは分からないが、血筋としては、スコとマンチカンしか入っていないものと思われる。

 

 で。

 スコとマンチカンと言えば、だいたい想像つくでしょ。

 

 丸い。

 とにかく、まるまっちい猫である。

 

 

(耳はもともと垂れ耳なので、ステルス耳になっているわけではありません。姉には懐いているので、姉は普通に頭を撫でられます。)

 

 手足が短いので、走っていても、転がっているようにしか見えない。

 

 

 

 姉がきなこを見てスレンダーだと言っていた意味が分かった。

 毎日、この子を見ていれば、たいていの子はスレンダーに見えるだろう。

 実際には、きなこは、どこに出しても恥ずかしくない、立派なわがままボディなのだが。

 

 なお、るるちゃんは人見知りさんなので、私のことは、やはり少し警戒していた。

 母には、最近になって、ようやく撫でさせるようになったそうだ。

 

 以上が元旦の話。

 

 日付変わって、本日二日は、二年ぶりに「お山」に行ってきた。

 

 



 

 かつては、お山も常に人手が足りず、いつも、何人ものボラさんが忙しく立ち働いていた印象があったのだが、今回は、犬のお散歩ボラさんを除くと、yuuさんの他にはお一人だけ。

 その方も午前中のみということだったが、すでに私にはほとんどやることがなく、文字どおり遊びに行っただけになってしまった。

 話を聞くと、ボラさんたちの活躍と力量が素晴らしい。医療技術も高く、そんなこともできちゃうんだ!と、薬を飲ませるだけで苦労している私には、眩しいようなお話をたくさん伺った。

 

 ところで。

 今回、会いたい猫たちがいた。

 アンナちゃんとステラちゃん。

 

アンナちゃん

 

 

ステラちゃん

 

 この子たちは、栗助の姉妹である。

 栗助はデカいし、茶トラだしで、ビジュアル的には全然似ていないのだが、ステラちゃんの鳴き声が、栗助にそっくりだった。

 きょうだいって、こんなところで似るんですね。

 

 そういえば、昔、私と姉は電話の声がそっくりだと言われ、よく間違われた。

 なーんて話は、今の若者たちには、ピンとこないんだろうなあ。

 昔はね、家電しかなかったから、友達だと思って話し始めたらきょうだいだった、なんていう事故は、どこの家でも頻発していたのですよ。

 さすがに、異性のきょうだい間での間違いは少なかったと思うが。

 

 雄の栗助と声がそっくり、と言われても、ステラちゃんには心外だったのかもね。

 それゆえだろうか。

 ステラちゃんの鳴いているところを動画に収めたかったのだが、録画をスタートするとぴたりと鳴かなくなってしまう。実に猫らしいステラちゃんなのであった。

 


 

 

 

一体いつのネタなんですかね。

 

 何と恐ろしいことに、
 今年は正月二日以降、まだ一度も更新していないっ!!

 (こういうのを普通、「休眠ブログ」という。)

 

 言い訳はいろいろあるのだが、いずれにしても言い訳に過ぎないので、ただ「忙しかった」とだけ言っておく。

 猫たちは、元気ですよ、だいたい。

 

 アタゴロウは十二歳。

 もともと体の弱い方の子だと思うのだが、このごろは、すっかり特発性膀胱炎が慢性化してしまい、悪くなったり改善したりを繰り返している。

 長引くようなら、細菌性の可能性もあるから尿を持っていらっしゃいと、先生には言われているのだが、悪くなりっぱなしというわけでもないので、微妙なところではある。検査したいのはやまやまなのだが、何しろ、調子の悪い時は、トイレに座っていてもたいてい「空振り」なので、尿を採取できる見通しが全くない。

 どうしたもんですかね。

 ちなみに、それ以外は元気いっぱいで、毎日、若い娘と楽しそうにプロレスに興じているのだが。

 そう。

 アタゴロウくんの長年の悲願。互角に闘えるプロレス友達と、齢十一にして、初めて出逢ったのである。

 

ブレ過ぎて何だか分からないと思いますが、だいたいいつもこんな感じです。

 

 で。

 その若い娘なのだが。

 何と。私はここに至るまで、こいつの名前も出自も、なんにも公表していなかったのである。

 

 

 

 というわけで、遅ればせながら。

 

 

 

 

 

 ↑↑これ作ったの、二月だぜ。(道理で梅と水仙が咲いとる。)

 

 吉那子と書いて、きなこ、と読む。

 名前の由来は簡単。もともと「きなこ」だったからだ。

 当時、リトルキャッツさんには条件にあてはまる仔猫がおらず、他の保護団体さんを当たったことは、既に書いたと思う。

 新しい猫を迎える際、名付けは大きな楽しみの一つだ。だが、きなこの募集記事を見て、私は、やられた、と思った。

 この柄の女子猫に「きなこ」以上の名前があるだろうか。

 実際、先日我が家を訪れた友人達も、実物を見て、きなこもちみたいだね、と言い合っていた。

 だが。

 そのまま「きなこ」では、我が家の猫名の伝統にそぐわない。我が家は皆、純和風の漢字名をつけるのだ。

 それに、やはり名付けはしたかった。私の愛と願いを込めた名前を。

 

 

 

 

 いやいや。

 今回は、理由があるのだ。

 これまで我が家の女子猫は、三匹とも短命であった。ミミさんについては正確な年齢が分からないわけだが、それでも、誰も十歳を超えていないと思う。

 だから。

 今度こそ、長生きしてほしいのである。

 さすがに早死が三匹続くと、新しい女子猫を迎えることにはかなりためらいがあった。三匹とも死因は違う。亡くなった年齢も違う。そして、男子のダメちゃんは十五歳近くまで生きたし、アタゴロウだって十歳を超えている。女子だと長生きしないかもと思うことに、理性的な根拠はない。

 だが、気持ちの問題はある。

 その不安を打ち消すためにも、長生きを祈願した名前をつけたかったのである。

(過去に「寿限無」という名前をつけた仔猫がいた。悲しいことに、我が家に来る前に亡くなってしまったのであるが、それまで何度も危ない状態に陥りながらも、その都度、回復していたという。訃報を聞いた時には、名前なんか何の意味もなかった、と、思ったのだが、今にして思えば、危ないと言われながら頑張り続けられたことに、一定の効果があったのかもしれない。そう考えることにしている。)

 

 耳で聞くと、可愛くてちょっとユーモラスな「きなこ」という名前。

 だが、漢字にすると、古風で、ちょっと高雅な感じのする名前にしたかった。

 最初に思い付いたのは「希奈子」だが、少々普通すぎる。

「こ」は「子」。四女だし、そろそろ「子」のつく名前もいいなと思った。

「な」の字は、「奈」「菜」「名」辺りが一般的であるが、あまり可愛らしいのは好みじゃない。もう少し大人っぽく、女性らしい綺麗な感じ。そしてなるべく縁起の良い文字を。

 多い、美しい、安らか、などの意味を持つ「那」の字にした。

 問題は「き」である。

「吉」の字を提案したのは友人さくらである。私が見つけていた字は「槻」だった。槻(けやき)の木は長寿で、縁起が良いとされるからだ。

 だが。

 こいつを見ているうちに、考えが変わった。

「槻那子」では、こいつには、カッコ良すぎないか?

 そういうキャラじゃないよね。

 だいいち、凝り過ぎだ。もう少し平易な文字がいい。

 と、いうわけで、さくらの案に乗り、「吉那子」に決まった。 

 

 

 気のせい、気のせい。

 

 

 きなこは、千葉県で活動している「よこねこ」さんという保護団体の出身である。

 保護された経緯はこうだ。とあるお宅の庭に、野良の仔猫がふらりと現れた。その家の方は猫好きだったらしい。仔猫も人馴れしていたため、首尾よくご飯を貰えるようになったところまでは良かったのだが。

 実はその家には、先住猫がいた。おそらく内外飼いだったのだろう。その先住猫が、仔猫の存在を嫌がり、家に寄り付かなくなってしまった、というのである。

 さらに、問題はそこから先だ。

 家の猫を心配したお家の方は、事もあろうに、仔猫を「保健所に連れていく」と言い出したというのだ。

 その話を聞いた保護団体の方が、急遽保護したその仔猫が、きなこだったというわけ。

 酷い話だ、と、思われた方も多いのではないか。

 だが、もし自分がそのお家の方の立場だったら、そして、保護団体などに繋がりがなかったら、どういう選択肢を思いついただろうか。

 確かに酷い話ではあるが、一概にそのお家の方を非難するのも違う気がする。

 それにね。

 ぶっちゃけ、分からんでもないのよ。その気持ちが。

 いやいや、お家の人の気持ちではなく。

 きなこを嫌がって、お家に帰ってこなくなる、先住猫さんの気持ちが。

 

 

 

 

 保護されたきなこは、検査の結果、FIV陽性であることが分かり、預かりさんの家で単頭飼いされることになった。

 しばらくそうしていた後、多頭飼い前提の私が、里親に名乗りを上げた。

 私がぶつけた質問は「他の猫と仲良くできますか?」だった。こちらは大前提として先住猫優先である。アタゴロウや栗助と相性が合わない可能性があるなら、トライアルすらご辞退申し上げるつもりだった。

 これには、保護団体さんも困ったらしい。

 結局、表向きは「預かりさんの都合」ということで、きなこは代表さんのお宅に引っ越した。そこで、お宅に何匹もいる猫たちと交流することになった。

 結果は、問題なかった。きなこは他の猫とも上手に付き合えた。特に、同じFIV陽性のマロンくんという茶トラ男子とは、仲が良かったという。

 ただし。

 どうやら、お宅のリビングで、先住のお姉さま猫に絡んで、キビしい教育的指導をいただいたらしい。その後は、リビング(お姉さま)を避けて生活していたと聞いた。

 自分が下っ端であることを理解している、と、代表さんはコメントしていたのだが…果たして、そうなのだろうか。

 この話を聞いた時、私は、やっぱり女子猫同士は難しいのかな?としか思わなかった。

 だが。

 後になって、その意味するところが、だんだん分かってきた。

 吉那子って…そういう奴、なんだよね。

 良く言えば、天真爛漫で物怖じしない。

 悪く言えば、傍若無人

 世界中の人と猫は、みんな自分を愛していると信じている。そういうタイプ。

 だから、誰に対してもグイグイ来る。

 我が家の猫には、これまでいなかったタイプ。(実家のりりだけが、ちょっとそれに近いが、こいつほどじゃない。)

 そして。

 私個人にとってはたいへん遺憾なことに、こいつは人でも物でも、とにかくベロベロ舐めまくる女なのである。

 私は猫に舐められるのがあまり好きではないので、こう言っちゃナンだが、けっこう邪険にしている。だが、こいつは全然めげない。何度追い払っても、グイグイ舐め舐めのエンドレスループである。

 いや、可愛いんだけどさ。

 でも、この性格じゃ、ね。

 アタマに来て鉄拳をお見舞いした(かどうかは知らないけど)お姉さまの気持ちも、こいつがいるならお家に帰りたくないという先住猫さんの気持ちも、分からんでもないな、と思ってしまう。

 ただ、我が家に来てからは、こいつの存在はお客様には大好評で、色々な人を笑顔にしている。ちょっと元気のない人も、こいつを遊ばせているうちに、気持ちが明るくなるらしい。とても役に立つムスメなのだ。

 思えば、こいつはこの性格のせいで行き場を失い、あわや殺処分のピンチに立たされながら、今はこの性格で人を癒している。このブレなさが、彼女の魅力なのだろう。

 吉那子と遊んで元気になった友人の一人が、ふと口にした一言が忘れられない。

「自己肯定感って、大事ですね。」

 

 

 と、キレイにまとまったところで、終わりにしようと思ったのだが。

 ああああああああ!

 また、こいつのこと、忘れてた!!

 

 

 

 

 ああ、元気っすよ、栗助。

 トイレでシッコしないけどね。

 なぜかこいつは、ある日を境に、トイレのでシッコをするようになった。きなこが来てからのことなので、ストレスなのか、それとも、トイレが気に入らないのかと、トイレを替えたり砂を替えたり、いろいろやってみたのだが、結局、トイレを大中とりまぜ四個にしたところで諦めた。

 あくまで粗相であって、スプレーや報復行動ではない。その証拠に、彼は必ずペットシーツの上でする。(ペットシーツがズレていたり裏返っていたりすると、失敗することはある。)ペットシーツでしてくれるなら、家主的に特に問題はないので、まあいいや、といったところである。なお、大はちゃんとトイレでする。

 始まったばかりの頃に検査したら、多少ストルバイトが出ていたので、当初は痛みがあって、そこから砂に座るのを忌避するようになったのかもしれない。

 ところで、猫がトイレを使わず、ペットシーツにするのは何故なのか。それを調べようとネットを検索していたら、意外な事実が判明した。

 何と、世の中には、「猫には砂トイレではなく、ペットシーツを使わせましょう」と、ペットシーツを推奨しているセンセイもいるのである。全く知らなかった。

 理由は、主に衛生面を考慮してのこと。

 とはいえ、普通の猫は、ペットシーツより砂トイレで用を足す方を好む。このため、猫にペットシーツを使わせる訓練法などの記事もあった。

 うちの栗助くんは、私が教えるまでもなく、自主的にペットシーツを使っている。

「ひょっとして、天才なんじゃないだろうか。」

 職場の猫好きにそう話すと、

「なるほど。きっとそうですよ。」

と、同意を得、そこから彼は「天才クリスケル」と呼ばれるようになった。一瞬だけどね。

 ただし、そんな天才クリスケルも、生まれ持った猫の習性からは、逃れられないらしい。

「やめてえ!栗助。もういいから!あっちへ行って!!」

 何とも哲学的なシブい顔で用を足した後、彼はしつこく周辺をカキカキする。そして、ペットシーツをグシャグシャにする。時には、未使用のペットシーツに爪を立てて穴をあけ、使い物にならなくする。

 これを私の留守中にやるのだからたまったものではない。

 彼が「天才」と呼ばれなくなった理由は、この辺にあるのかもしれない。

 

 

 

 

 先日、友人さくらが、栗助のカフェ猫時代を知っている知人に会った際に、こう訊かれたそうだ。

「クリスくんは、のびのび暮らしているのかしら?」

 そう尋ねられるということは、カフェ時代は、あまり「のびのび」していなかったのだろうか。

 今、彼は、好きなように家の中をほっつき歩いているので、多分、のびのびはしているのだろう。だが、こいつの場合、環境に馴染むも馴染まないも、変化のスピードが遅すぎて、現状が途中経過なのか完成形なのか、判別がつかないのである。

 例えば。

 今年の秋口くらい、だったろうか。

 私が床の上に足を投げ出して座っていたら、突然、奴が私の脛に前足を乗せた。

 びっくりした。

 そういうことはしない男だと思っていたのに。

 二年の時を経て、ついに、彼は私の膝から下に懐いたようなのだ。それ以来、私が足を伸ばしていると、奴が脛に寄りかかったり、靴下の爪先にスリスリしたりするようになった。

 だが、これも完成形ではないらしい。

 先日――日付を見ると十二月二十二日である。私がリビングのラグの上に腹這いになってスマホを見ていると、背中に猫が乗ってきた。

 きなこである。

 いつものことなので放っておいて、さらにスマホを見ていると、今度は腿の上に別の猫が乗ってきた。

 てっきり、アタゴロウだと思った。

 猫が一列縦隊で乗りに来るときは、常にその二匹の組み合わせだからである。

 こんな感じに。

 

 

 

 

 ところが。

 ふと横を見ると、そこにアタゴロウがいるではないか!!

 と、いうことは――。

 まさか…心霊現象?

 金縛り的な。

 いやいや。それはないだろう。私には霊感のカケラもないし。

 どう考えたって、もう一匹の猫が乗ってきたと考える方が自然である。

 何とか目視で確認したかったのだが、どう頑張っても、この体制では背後を確認することができない。そこで一計を案じ、スマホを頭上に掲げて後ろ向きに写真を撮ってみたのだが。

 

 

 

 

 きなこしか見えないやん!!

(後ろのクッションの上にアタゴロウもいます。)

 

 その後、私が身動きしたため、猫どもはいずれも私の上から降りてどこかへ行ってしまった。

 体勢的な問題で、私は猫たちが私の背面から降りる瞬間を目撃していない。であるから、腿の上に乗っていたのが栗助であるという確証はないのだが。

 ま、やっぱり。

 栗助だったんだろうね。

 膝から下、が、腿から下、に、進化したのだ。

 かつて、Jリーグジュビロ磐田の中山選手(懐かしい)が、三十路を過ぎてもなお、体力や運動能力が衰えるどころか、むしろ数値が伸び続けていることに対して、類いまれなことだと賞賛が寄せられていたことを記憶している。(記憶違いだったらごめんなさい。)

 サッカーのことは良く分からないが、総じて、天才とはそういうものなのではないだろうか。

 天才にも、早熟型と晩成型がある。様々なタイプがあるから一括りにはできない。だが、どんなタイプの天才にも共通する、一つの条件がある。

 進化し続けること。無限の可能性を秘めていること。

 自身の中に、「限界」を持たないこと。

 

 猫だって同じだ。

 そう。

 

 天才クリスケルの前途は、未知数なのである。

 

 

 

 毎度おなじみ(二回目だけど)隠し絵クイズ。

 

 

 

 全然隠れてないやん、とか言わない。

 

 

 

 

 

 

 

正月二日


 昨日の地震で被災された方々にお見舞い申し上げます。

 寒さ厳しき折、せめて、体調を崩される方が一人でも少ないことを願ってやみません。

 

 新年のお祝いは、控えさせていただきます。

 以下、ご挨拶のみ、ほんの気持ちだけ。

 

 

 ここ数年、どんなにサボっても大晦日と元旦はブログを更新するようにしていたのですが、ついに、昨日はサボりました。

 まあ、誰もが「やっぱりね」」と思ったでしょうが、訪問してくださった方、すみませんでした。

 遅ればせながら、元旦のご報告を。

 

 

 元旦の朝。

 目覚めたら、布団の上に茶色いのがいた。

 

 

 

 他二名は、私が起きないので見捨てて他へ行ったらしい。

 

 と思ったら、樽が戻ってきたので、お正月用に二匹仲睦まじい写真を狙ってみる。

 ハイこっち。仲良くくっついて!!

 

 

 

 押し付ける。

 

 

 

 押し付ける。

 

 

 

 拒否られる。

 

 

 

 

 おっさんは、かまくら雪見酒

 

 

 

 ではなくて、ここでした。

 

 

 

 このあと、例年どおり実家に顔を出し、

 しかしながら、今年はりりがいないので、写真は撮れず(涙)、

 ただただ茶のみ話に、おせち料理と夕食にお寿司をゴチになって帰宅。

  

 

 で。

 で…。

 

 実は、昨日の朝食は自分で用意したおせちとお雑煮を食べていた。

 簡単とはいえ、一応、いろいろ並べるので、当然ながら食べ過ぎ。

 午後二時頃に実家に行き、大してお腹が空いていないので、昼は実家のおせち(購入)のうち、自分では作れないような(買わないような)料理を選んでつまみ食い。

 夜は、七時頃にお寿司をいただいて、満腹して帰宅。

 そうしたら――。

 

 急に豪華なものを食べて、お腹がびっくりしちゃったんだな。

 家に着くころ腹痛発症。

 ブログは断念して、お風呂で温めて寝ておりました。

 胃腸まで貧乏性な自分が哀しい。

 

 

 一夜明けて元気になったので、今日は恒例の猫初詣。

 友人さくらと、コタローカノ(現在は白キジーズ母)のRさんと、三人でお詣りに。

「毎年、三人で来られることに感謝しないとね。」と、言い合いつつ。

 

 

 

 

 お詣りの後、三人でお茶をしながら、昨夜の腹痛の話をし、

「いやあ、まさかノロ?って思って焦ったよ。」

 焦った、というのは、私は明日、職場代表?で休日出勤だからである。

「今、ノロも流行っているらしいよ。気を付けないと。」

 まあ、当分、お寿司なんてほぼ食べないと思うけどね。(ちなみに、実家の者も全員元気なので、お寿司原因のノロの疑いはありません。)

 

 ただ、その流れで、話題が「ノロの辛さ」となった際、経験者のRさんが、

ノロは人間の尊厳を全て破壊する。」

と、静かながら断固たる口調で言い切ったことが、鮮烈に印象に残ったお正月である。

 

 

 

 樽腹に言われたかないわ。