病院通い・その1


(外れたカテーテル。黒く見えるのは、カテーテルを固定したアタゴロウのしっぽの毛。)
 
 
 実は、ここ三週間は、素人猫飼いの私にとって、悩み多き期間であった。
 愛宕朗と玉音が、続けざまに病院のお世話になっていたからである。
 本日、やっと一区切りついたところで、とりあえず経過を書く。

 六月十七日(土)。
 アタゴロウのワクチン接種。
 このところ、気管支喘息の発作がまた頻繁になっていることを伝え、消炎剤と気管支拡張薬を処方してもらう。
 
  六月二十八日(水)。
 夜、アタゴロウがやけに長い間、トイレに座っていることに気付く。
 泌尿器系かな?と思ったが、オシッコはしたようだし、ご飯は他人の分まで平らげるし、どのみち翌日は動物病院が休診なので、様子を見ることにする。
 
 六月二十九日(木)。
 アタゴロウがまたしても、トイレに座り込んでいる。
 オシッコが出ていないようにも思える。
 膀胱炎を疑い、ネットで調べてみると、「猫は二日間オシッコが出ないと命に関わる」という恐ろしい記述が。
 慌てて、休診日ではあるが一か八か、動物病院に電話してみる。案の定、不在であったが、ややあって、先生が折り返し電話をくれた。事情を話すと、お腹に触ってみて、固くなっていないか確認するように言われる。だが、確認しようにも、アタゴロウはもがくし、正直、よく分からない。命に関わるのでは?と懸念を伝えると、その状態だったらまだそこまで時間は経っていないだろうと。翌日、朝一番で受診することになった。
 取り急ぎ、同僚にラインで事情を伝え、翌日、午前休をとりたい旨を伝える。「ゆっくりね、慌てないでね。」と、優しく諭された。
 
 六月三十日(金)
 動物病院受診。
 やはり、尿道が詰まってオシッコが出なくなっているという。カテーテルを入れてシリンジで尿を吸いだす。残念ながら数字を忘れたのだが、確かおよそ九十ミリリットルの尿が出た。(猫は一時間に体重一キロあたり一ミリリットルの尿を生成するのだという。先生は「およそ半日分かな」と言っていたので、もう少し少なかったかもしれない。)
「早く連れてきてもらってよかった。」とは言ってもらった。夕方まで放置していたら倒れていたよ、と。
 最初はもがいていたアタゴロウが、しだいに落ち着いてくるのが分かった。「彼も楽になっているはずだから。」と、先生。
 続けて、今度は逆に、シリンジでカテーテルから生理的食塩水を注入して、膀胱洗浄をする。吸いだした生理的食塩水の中に、砂状のものが沈殿しているのが見える。ストルバイトである。
 アタゴロウのストルバイトは、かなりの量だったらしい。「取っても取っても出るわねえ。」「この子は体質的に結晶ができやすいんじゃないかな。」一般的な尿道結石の猫と比べても多かったようだ。そうやって何度洗浄したか分からない。先生の手が見るからに痛そうだ。 
 とにかく、現段階で取れるだけのストルバイトは取ったが、再発の可能性が高いことを指摘され、再発を繰り返すようなら外科手術も視野に入れるように言われる。
「なるべく、手術はしたくないです。」
「確かにね。手術すればその後は詰まらなくなるけど、細かい手術だし、傷の上がりが遅いのよねえ。」
 その日は「オシッコを出やすくする薬」と消炎剤、そして、療法食としてc/dマルチケアコンフォートを渡される。また、脱水しかけているので皮下補液。水を飲ませるように、と指示が出る。
「今日はよく様子を見ているように」との指示で、急遽、休暇を一日に変更。
 
 七月三日(月)。
 土・日と平穏に過ごしたが、月曜朝、例によってトイレに座り込んでいるのを発見。何度も出入りしてはトイレに座り込むが、排尿している様子がない。
 その日は出勤したが、一時間早く帰らせてもらって、再びアタゴロウを病院に連れて行く。やはり、また尿道が詰まっていた。
 金曜日と同様、カテーテルを入れ、導尿と膀胱洗浄。尿の量は前回よりやや少ないが、またしても、大量のストルバイトが出る。
 カテーテル導入の際、一般的な猫のサイズでは入らないことが判明。「この子は尿道も細い。」要するに、本当に詰まりやすい体質だったのだ。
 このため、今後のことを考えて、導入したカテーテルを留置してみることにする。(管を入れるのも、三回は無理、とのこと。)
「まあ、猫はたいてい、器用に抜いちゃいますけどね。」
 カテーテルから出てくる尿をどうするかということになり、シリンジを付けっぱなしにする(重い)、栓をする(詰まっているのと同じ状態なので、ときどき捕まえてオシッコを取ってやらなければならない)、栓をせずにいわゆる「垂れ流し」にする(家の中が汚れる)、の三つの選択肢を示された。猫の体にいちばん負担にならないのは「垂れ流し」であるから、栓を開けたままケージに入れるという方法を選択した。
 が。
 ケージ慣れしていないアタゴロウは、ケージに入れるとパニックを起こし、終いには、中に敷き詰めたペットシーツを手当たり次第に齧り始め、ついには過呼吸にまでなってしまった。
 やむなく、ケージから出し、カテーテルに栓をしたが、疲れた私がついついうたた寝し、さあそろそろオシッコを取ろうかと起き出した頃には、栓どころか、カテーテル自体が引き抜かれていたものである。夜中の一時半のことであった。二、三日留置どころか、六時間ももたなかったのだ。
 
 七月四日(火)
 たまたま、自分の用事があって休暇を取っていた。その用事の方は事情がありキャンセルしていたのだが、朝、アタゴロウがまたオシッコをしていない。いや、正確に言えば、ほんの少し、ぽたぽたと垂らした程度の痕跡は認められるのだが、何度もトイレに出入りしており、そのほとんどが「空振り」であるように見受けられる。
 やはり駄目だったか、と、三たび、彼を連れて病院へ。
 状況を話し、アタゴロウを診察台に乗せると、先生が彼のお腹を触り、
「ぺったんこですけど。」
 私の早とちりだった。
 少しずつだが、出ているのだろうと。尿道の詰まりが取れても、膀胱炎の状態になってしまっているため、膀胱がきちんと収縮せず、出が悪くなるということらしい。
 その日は、薬の追加分と、s/dのサンプルを多めにもらった。
 水を飲ませるのが難しい話をすると、助手さんが、
「シリンジで飲ませてあげるという手がありますよ。」と。給水用に、十ミリリットルのシリンジをいただく。その日は家にいたので、昼間も何度か捕まえては、強制給水する。明日以降は、昼間は留守になるので、朝一回、夜二回くらいだろうか。
 
 七月五日(水)。
 夕刻、急ぎの用事があったので、私の家の近くで友人さくらと落ち合い、慌ただしく食事する。そのとき、やっちーの兄猫(故猫)が、尿道手術を受けていたことを聞かされる。その後は元気に過ごしていたと。身近にそういった話があることを知って、少し安心する。
 この日、アタゴロウに水を飲ませるために購入した「ピュアクリスタル」(給水機)が届く。早速セットして、こちらはワクワクしながら眺めていたが、ダメちゃんが申し訳程度に飲んでくれただけで、アタゴロウは完全に無視。
 
 七月六日(木)。
 アタゴロウが昨夜からオシッコをしていない。また尿道が詰まったようだ。お腹を触ると、今度はゴムまりのような塊がはっきりと分かった。
 朝、はずせない仕事があったので、急いで職場に行き、事情を話してすぐに帰らせてもらう。八時を回ったところで職場から病院に電話をかけると、幸い、先生が出た。ただし、この日は休診日である。
 おそらく手術になるだろうから、大きめの病院に連れて行くよう指示される。先生がとっさに教えてくれたのは、私の自宅のすぐ近所にある、大手の動物病院だった。
 だが、正直、私はそこで手術は受けさせたくなかった。近所の奥さんから、あまり芳しくない評判を聞いていたからである。
 途方に暮れて、ダメモトでさくらにメールしてみる。他に大きな病院と言っても、やっちーがかかっている大学病院しか思いつかなかったのだが、大学病院が、飛び込みの患畜を診てくれるものか。
 幸い、さくらはまだ始業前で、メールを見てくれた。だが、案の定、大学病院は紹介状がないと不可だという。そのかわり、さくら自身がやっちーの病院探しをしていたときにチェックしていた、私の自宅から一駅のところにある大きめの病院を教えてくれた。
 地獄に仏、とはこのこと。
 帰りの電車で、教えてもらった病院のホームページを閲覧し、場所と診察時間を確認する。事前に問診票を書いていくと良いらしいので、自宅に着くとすぐさまダウンロードして記入。かなり細かい問診票で、日頃食べさせているフードの種類まで記入欄があった。
 とにかく早く着きたい一心で、タクシーに飛び乗る。
 果たして、その病院は繁盛していた。院長と副院長で診察しているようだが、待合室はいっぱいで、かれこれ一時間足らず待っただろうか。
 呼ばれて診察室に行くと、院長先生がいた。
 問診票は既に読んでくれていたので、ではさっそく、と、アタゴロウを床に置いたキャリーケースから持ち上げて、診察台に乗せようとすると。
 何と。
 その瞬間、彼の股間から、茶色い液体が迸った。
「あ、すみません。今しました。」
 あああ。
 嬉しいけど、恥ずかしい。せっかく院長先生の診察なのに、大騒ぎしておいて、立場がない。
「今、何かのはずみで詰まりが取れたのでしょう。良かったですね。」
 院長先生は冷静にそう言ってくれた。
「すみません。床を汚しました。」
「大丈夫ですよ。拭いときますから。はい、新しいペットシーツどうぞ。」
 恐縮しきり。
「何もしないですみません。」とまで言われてしまった。(これは、帰りがけに受付の女性にも言ってもらってしまった。「お待たせしたのにすみません」と。)
 院長先生は続けて、再発を繰り返すようなら手術も考えた方が良いこと、また、私が彼の発病以来、食いつき優先(薬を混ぜるため)で食べさせているウェットフードがよろしくないことを、はっきりと指摘した。
「これはやめた方がいいです。健康な子ならいいですが、結石を持っている子は駄目です。これを食べさせていたら、いくらs/dで頑張っても無駄ですよ。」
「いえ、今だけ、食いつき優先なんです。薬飲ませるんで。」
 言い訳している私がいた。指摘してもらって良かった。だが、あらゆる面で、ダメ飼い主ぶりが露呈してしまった気がして、ちょっと悲しかった。
 結局、午前中に家に帰れたので、午後は改めて職場へ。
 
 七月七日(金)。
 夕刻、かかりつけの動物病院に報告の電話。
 そこで先生と話しているうち、今回の騒動の原因が、全て私にあったことが分かった。
 消炎剤である。
 アタゴロウの消炎剤は、最初、気管支喘息の薬として処方された。これが「一日一回、四分の一錠」。これは漸減させて止めるため、後半は二日に一回にするよう指示されていた。
 その後、膀胱・尿道の消炎として「一日一回、二分の一錠」が処方された。
「この薬が終わったら、前の喘息の薬を飲ませるんですか?」
「そうしてください。」
 気管支喘息の薬は、この時はもう、気管支拡張薬は終わっていて、消炎剤だけが、三〜四回分、残っていたのである。
 後から考えるに、先生は、消炎剤を二分の一錠から四分の一錠にすることで、投与量を漸減できると考えたのだろう。だが、私は愚かにも、それが「同じ薬の量が減っている」のだと理解していなかった。消炎剤でも、種類の違うものなので飲ませる量が違うのだろう、と、勝手に解釈してしまっていたのである。
 一度、先生に「薬が違うような気がするんですけど」と訊いたことがある。先生はちょっと意外そうな表情を浮かべたが、
「まあ、同じ○○(薬の名)でも、作っているメーカーがいくつかありますからね。」
 その時、私が「違う薬」と思った理由が、投与量の違いだということを言えば良かったのだ。
 二分の一錠が終わり、四分の一錠を飲ませ始めた。ここで私は、今考えると、実に頭の悪いミステイクをした。
 今飲ませている消炎剤は、気管支喘息の薬である。喘息の方は、このところぴたりと治まっている。ということは、この薬は、二日に一度で良いのではないか。
 そう考えて、消炎剤を一日サボった。
 これが命取りだったのである。これが原因で、アタゴロウのオシッコは詰まってしまったのだ。
 ああ。やっぱりダメ飼い主だった。
 ごめんよ、アタゴロウ。苦しい思いや怖い思いをさせてしまって。
 
 その後、アタゴロウのオシッコは順調に出るようになった。
 お水も飲んでいるようなので、強制給水はその後の土日(八日・九日)が終わった辺りで、何となくやめた。
 ちなみに、お水を飲んでいるのは、ピュアクリスタルからではない。(たまに口をつけているようではあるが。)
 これが怪我の功名というのだろうか。
 カテーテルをつけた彼をケージに入れようとした時、私は北側の部屋にあった三段ケージを、リビングに運んできた。結局、ケージは使わなかったことは既述のとおりであるが、せっかくそこに据え付けたので、そのまま扉を開放して、猫たちのジャングルジムにした。
 このケージの中、最下段の入口すぐの所に、水鉢を置いたのである。
 猫たちはこの位置が気に入ったらしい。三匹が代わる代わる、そこから水を飲むようになった。通りすがりにケージの入口から頭を突っ込んで。
 猫に水を飲ませる方法として、「水をあちこちに置く」「普段通る所に置く」というのがあるが、正に本当だった。「通りすがりについでに飲んでもらう」は、本当に効果てきめんだったのだ。
 ついでに、ケージの最上段と二段目の棚板は、玉音の寝場所になっている。
 ケージをそこに置くきっかけとなったことだけが、今回の収穫と言えるだろうか。
 
 アタゴロウの件は、これで終わりである。
 この後、一週間のインターバルを経て、今度は玉音が病院通いをすることになるのだが、文章が長くなってしまったので、その件は次回書こうと思う。