ダメちゃんサイボーグ伝説
ダメちゃんこと猫山大治郎氏が我が家に来て、早や十三年。
喜びも涙も分かち合い、唯一無二の相棒として共に歩んできた私達であるが、この頃になって、私は遅ればせながらある事実に気付き始めた。
(ダメちゃんは、普通の猫ではないのではないか――。)
仔猫、もとい、中猫時代を過ごしたYuuさんの家では「まあまあ大きめの猫」程度だった彼は、我が家に来てから、爆発的に巨大化した。
それは、まあいいとして。
十三歳六カ月と言えば、私の使っている二十年以上前の計算法によれば、人間にして六十八歳。だが、数年前に私が出来心で購入した『最新 ネコの心理』という本(今泉忠明著・ナツメ社刊/二〇一一年)によれば、八十八歳である。
であるのに。
(若すぎる…。)
何しろ、未だに、朝が来るたび七歳年下のアタゴロウと壮絶な猫チェイスを繰り広げているのだ。平気で寝ている私を飛び越え、キャットタワーに駆け登り、「おわあ、おわあ」と、メスを巡る喧嘩のような声でアタゴロウを威嚇する。そして、未だに、アタゴロウより強い。
(これが八十八歳のすることか。)
ハッスルじじいである。
ま、だからこそ若い娘にもモテるのだろうが。
先日、同僚から、
「猫を歯ブラシで撫でてやると喜ぶんだって。」
という話を聞き、なるほどと思って歯ブラシを見せたところ、何を勘違いしたのか、彼は(アタゴロウもだが)狂喜乱舞した。
ただし、それは、「撫でて欲しくて」という意味ではなかった。
となると、あとは、推して知るべしである。私の方が身の危険を感じたので、早々に歯ブラシは片付けた。徹頭徹尾、静かに撫でさせてくれそうな気配は、微塵もなかった。
そんな男である。
しかも。
痩せない。ちっとも。
食欲も、落ちない。
爺さん臭くなったことと言えば、口の周りの毛が白くなったことと、便秘がちになったこと、そして、若いころより傍若無人になったこと、くらいである。
腎機能が落ちてきたらしいので、一応、腎臓ケア対応のフードを食べさせているのだが、彼自身は、アタゴロウの食べている尿石症対応のフードの方が好きらしい。ダメの食餌療法はそれほど厳密なものではないので、彼がアタゴロウの残り物を片付けることは許しているのだが、それをいいことに、私が見ていないと、まだ食事中のアタゴロウのご飯をも盗み食いする。それも、アタゴロウが皿から顔を上げた途端に、自分の皿から瞬間移動し、彼を押しのけるようにして強奪するのである。
(若すぎる…。)
というより、大人げない、というべきか――。
彼の妹と言われている(実際には血の繋がりはない)、三ヶ月歳下のりりが、すっかり「おばあさんねこ」になって、家人の膝の上にばかりいるのとは、エラい違いである。
これは、私ひとりの感覚の問題ではない。今年の六月、たまたま他の用事でやりとりした際に、Yuuさんに下の写真を送ったところ、
何歳に?と訊かれた。
十三歳だと答えると、
「見えませんね。もっと若く見えます。」
猫のプロが言うのだから、間違いない。彼は自身の年齢をはっきりと裏切っている猫なのである。
そして。
つい先日のことである。
私の疑惑は、立証された。
ダメちゃんは、サイボーグだったのだ。
以下に、その証拠をお目にかけよう。
某ショップで彼のフードをネット購入したところ、送られてきた段ボール箱には、こんな衝撃のシールが貼られていた。
ちなみに、中身はこれ。
一見、普通のドライフードであるが、これを色を飛ばしてみると――
何と。
何かマイクロチップ的な物に見えてくるではないか。
忘れてはならない。猫は赤い色を認識できない。赤っぽい色のものは、彼らにはモノクロに見えているのである。この写真のように。
この「マイクロチップ的なもの」は、私に、幼少時の古い記憶を呼び覚ましたのだ。
(これと似た設定、読んだことがある――。)
小説ではなく、漫画だった。それは間違いない。
動物に、無機物をエサとして与える。何か科学技術っぽいもの。どう考えても、生き物のエサではないもの。
人間には危険なものであったような気も…。
記憶を辿るうちに、「アイソトープ」という言葉を思い出した。それから、絵と台詞の雰囲気。あれは、「サイボーグ009」ではなかったか。
なるほど。
サイボーグのゴハンね。
漫画で見たその「アイソトープ」は、小さな円柱状だったような気もするが、まあ、似たようなものだろう。
サイボーグたちは、普通に人間の食料も消化する。島村ジョーは旧友のヤスと一緒にパンと牛乳を食していたし、他のメンバーも、確かヤギらしき動物の肉を炙ったものを食べていた。ダメちゃんがアタゴロウのフードを食べたって、何の不思議もない。
(註:ゼロゼロナンバーのサイボーグたちは、通常の消化器官と体内原子炉という、二系統の動力源を持っているのだそうである。彼等が核燃料を体内に取り入れる場面は見た覚えがないが、生体に影響を与えない何らかの方法で、補給を行っていたのだろう。)
だが、漫画では、アイソトープを食べていたのは人間型のサイボーグではなく、動物だったような気がする。何か、猛獣っぽいもの。
猛獣のサイボーグ、だったかな?
と、いうわけで。
その疑問を解くべく、その夜は何時間もかけて、ひたすら、ネット検索しまくっていた。(我ながら、びっくりするほど無駄な時間の使い方である。)
で。
以下がその検索の結果である。
放射性アイソトープをエサにする動物は、「サイボーグ009」の「黄金のライオン編」に登場する。そう、正にその、タイトルとなっている金色のライオンである。
うーん、時代を感じるなあ。(ちなみに、同じコミックスに収録されているのは、ベトナム戦争を舞台とする「ベトナム編」である。私はいずれも子供のころに読んだ。)
008(ピュンマという名前だったことを、私は全く覚えていなかった)から「独立運動を妨害する、口から火を吐く黄金のライオンを倒してほしい」と依頼され、ピュンマの故郷を訪れた009は、黄金のライオンが仔ライオンを盾に取られて本国側に操られ、村や鉱山を攻撃していることを知る。その黄金のライオンのエサが放射性アイソトープで、ここは私の記憶なので不確かなのだが、毎日二個もらううちの一個を、仲間である「黄金の木」に分け与えていた。
で。
そんなアブない物を食べる、「黄金のライオン」と「黄金の木」の正体は――。
009は瞬時にして見破る。彼等はロボットでもサイボーグでもない。その正体は「地球外生命体」なのであった。
え??
サイボーグじゃなかったの?
何と!
じゃあ、ダメちゃん、キミも本当は、地球外生命体なのか??
はっ!!
そ、そうだった。
猫はフェリネ星人である。
その説を、私は米原万里さんのエッセイで知った。曰く――、
同じ銀河系宇宙に存在するものの、われわれの太陽系からは何万光年も離れた別の太陽系に、われらが地球の生態系と驚くほど似通った条件を持つ惑星がある。そこでは高度の知能を持つ動物が文明社会を創り出したが、異常に発達した殺戮兵器の使用を伴う戦争の結果、星の生態系は回復不可能なほどの壊滅的打撃を受けてしまった。
その惑星、即ちフェリネ星の権力者やその傘下のエリート科学者たちは、三十隻の宇宙船で惑星を脱出し、移住先として地球に白羽の矢を立てた。彼等はおそらく穏便に地球を征服する方法として、地球の万物の霊長たる人間の嗜好を研究し尽くし、地球人が無条件に魅了される動物の形にメタモルフォーゼして、地球に降り立った。
それが猫だ、というのである。
要するに、フェリネ星人たちは、猫に化けて地球人に近付き、地球人を骨抜きにした上で地球を乗っ取ろうという魂胆なのだ。
この話は、以前にも紹介したことがある。
ちなみに、その後、私はそのエッセイ集『ヒトのオスは飼わないの?』と、ブックオフで再会した。それが今、手元にある。
読んでいると、犬猫の医療事情などが、やはり、古い。時代を感じる。
冒頭の一文を読むと、米原さんがこの本の原稿を書き起こしたのは「一九九八年一月」だという。何と、二十年前の本なのであった。
まあ、さすがに。
アフリカ独立運動や、ベトナム戦争の時代にはかなわないけれど。
だが、米原さんの説によれば、クレオパトラが猫を愛でたのは、フェリネ星人たちが、当初、影響力を持つ王侯貴族を重要視した証拠だという。つまり、フェリネ星人の方が、放射性アイソトープを食べる黄金のライオンより、ずっと古くから地球に存在したわけだ。その末裔が、今、我が家にいる三個体なのである。
ともあれ。
件のドイツ製精密機器は、サイボーグなのかフェリネ星人なのか知らないが、ダメちゃんの生命維持プログラムに適合したらしい。
精密機器アニモンダを体内に取り込んだ彼の体は、嗅覚を通じて地球人の精神神経系にダメージを与える、例の巨大廃棄物を、順調に生産し始めたものである。
追記。
先日、友人のRさんの愛猫コタローくんの訃報に接した。
コタローくんは、私の実家のりりと同い年である。ダメちゃんの三ヶ月後輩に当たる。心臓の不調であったというが、突然のことで、未だに信じられない思いがある。
このブログにも何度か書いているが、容姿・キャラともに王子であるコタローくんは、どこから見てもRさんの「年下の彼氏」であった。お洒落で個性的なRさんと、青い目の王子コタローくん。ふたりは「似合いのカップル」であったと言っていい、と思う。
Rさんはもともと、友人さくらの友人である。私がコタローくんたち兄弟のことをさくらに話したのがきっかけで、Rさん宅にコタローくんが行くことになり、そこでRさんと私は初めて知り合ったのだった。
そんないきさつがあったため、Rさんからは、「いいご縁を紹介してくれたのを感謝します」とのメッセージをいただいたのだが、それは違う。
私が縁を繋いだのではない。コタローくんは、自分からRさんを選んで、彼女のもとにやってきたのだ。そして、結果論かもしれないが、むしろ、彼が私達の縁を繋いでくれたのである。
猫という動物は、時として、人知の及ばぬ凄い力を使うことがある。
フェリネ星人は、地球人よりもずっと優れた知的生命体、なのだから――。
ありがとう、コタローくん。