マクシミリアンの肖像(前篇)

 

 この記事は、実は、ずいぶん前に書いたものである。

 下書きの日付は、十一月八日。

 公開寸前まで行っていたのだが、一部書き直しの必要が生じ、じゃあ直すか、と、保留していたところで、そのまま放置されていた。

 このままお蔵入りにしようかなと思っていたのだが、二ヶ月を経て、ようやく直しを入れる気力が湧いたので、せっかく書いたし…ということで、遅ればせながら掲載する。

 なお、本篇は、下書き段階では一本の記事であったものであるが、長すぎるという某所からの指摘があり(まあ、それはいつものことなのだが)、内容的にも前後で分裂が見られるため、前篇・後篇に分けて書き直した。

 このため、今回(前篇)の終わりが、どうにも尻切れトンボの感が否めないが、こうした事情であるので、どうかご容赦いただきたい。

 

 それでは、前篇をどうぞ。↓↓↓

 

 

 

 

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 気になる猫がいる、というさくらからの第一報を受け取ったのは、六月も末のことだった。

「どう見てもその筋のひと」

というキャプションを添えて送られてきたのが、上の写真である。

 アメショ雄のやっちーの没後、さくらは残された膨大な量のキャットフードを寄付すべく、都内の保護猫カフェ巡りをしていた。そうしているうちに馴染みとなったいくつかの店の一軒で、兄貴に出会ったのだという。

 その日、さくらは友人こっこを連れてそのカフェに遊びに行っていたのだが、二人が店内にいる間に、兄貴が猫同士のケンカに巻き込まれて怪我をした。その事件をきっかけに、店長さんから彼の事情やら猫となりやらを聞くこととなり、結果、惚れてはいけない男に惚れてしまったらしいのだ。

 しかも、うっかり失念して小説には書かなかったのだが、その直前まで、彼女は他のカフェにいるイケメン猫とも懇意にしていたらしい。

 つまるところ、優しくハンサムな恋人がありながら、ふとしたことで知り合った、陰のある危険な男が気になり始め、彼が抗争に巻き込まれて負傷するのを目撃してしまったことから、その男の孤独な生きざまを知ることになり、ついつい情にほだされて、恋人を捨ててそいつに走ってしまった――というわけ。

 これは、男で身を持ち崩す女の典型的なパターンではないだろうか。

 友人として、これは看過して良いものだろうか。

 だが。

 送られてきた写真を見て、私の目は釘付けになった。

  

 うわっ。

 かっけー。

 やば。

 惚れてまうわ、他人のオトコなのに。

  

 猫のビジュアルに関して、さくらの好みと私の好みはだいたい一致しているので、これはもう、明らかに確信犯である。

 今はコロナ禍中ゆえ、互いの家へ遊びに行くことは控えているが、状況が好転して、さくらの家に遊びに行けるようになったら、そこにはこの男がいるのだ。素晴らしい。

 と、いうわけで、私は反対しなかった。友情より男に対する興味を優先したのである。

 同じく写真を見せられた、コタローカノのRさんは、

「まあ…強そうで素敵な方。」

という感想を述べたそうだ。(さくら談)

 なお、R家には現在、共に二歳になる白キジカップルがいるが、聞くところによると、おっとりとした甘えん坊男子に対し、女子は手に負えないやんちゃぶりらしい。その辺の事情を噛みしめて聞くと、何とも味わい深いコメントである。当然、彼女もさくらを思いとどまらせるようなことはしなかった。

 そして、一連の事情を知っているこっこである。

「兄貴を貰うことにしたよ。」

と、さくらが報告すると、こっこは

「えっ…。さくら、決断早っ!!」

 唯一、性急すぎると指摘していると取れないこともない返答をしたのだが、これに対しては、さくらと私とで口を揃えて、

「じゃなくて、アンタが遅いの。」

 あっけなく返り討ちに遭って終わった。

 こっこは数年来、私達に対し、保護猫を飼う飼う詐欺を働いている。お目当ての猫はいるが、未だに決断できずにいるらしい。ちなみに、猫の名前もちゃんと決まっている。

  

 そんなわけで。

 誰にも反対されず、あっさりとさくら家に御輿入れが決まった兄貴である。

 さくらによれば、兄貴は保護当初、カフェの環境に馴染めず、長いことやさぐれていたそうだ。生まれつき用心深い性格なのだろう。

 さくら家に来て四、五日は夜鳴きをしていたそうだが、これは想定の範囲内である。抱っこNGは最初から分かっていて、さくらは非常に残念がっているのだが、これは致し方ない。そして、お腹タッチもNGという触れ込みであったが、その点だけはガセであった。

 まだ、さくら家に来て何日も経たないうちに、「一瞬だけど撫でられた」という速報(惚気)が届いたものである。

 お腹がOKなら、いわんやお尻をば。

 夜鳴きが終わる頃には、すでに高々とお尻を持ち上げて、「さあ叩け!」と言わんばかりに胴体をぶつけてきたという。

 もちろん、さくらは喜んだのだが、問題はこの後発覚した。さくらの留守中に兄貴の様子を見に来ていたさくら母が、同じ手で籠絡され、何と、兄貴は夕飯の二重取りをしていたのである。

 娘ばかりか、母までも――。

 ゲスい。

 ゲスすぎる。

 これが“その筋の男”のやり方なのか。

 だが。

 さくらから、彼の犯行について聞き及んださくら母は、

「まあ、けしからん子ねえ。じゃあ、どんどん遊びに行くわ。」

 騙されていたことさえ、喜びに変わるらしい。

 それを自慢気に報告してくる、娘も娘である。

 

 

 

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(そういうワタシも、ある意味、同類ですが。)

 

 

 兄貴がさくら宅に来たのが、七月末。

 キャリーに入れられない、という難関を突破して、何とか動物病院デビューも果たし、通院後の激おこ期間も過ぎ。

 ようやく落ち着いたところで、久々にさくらと昼夜連続で遊んだのが、十月も半ばのこと。

 兄貴が来たばかりの頃にも、一度だけ夜に食事をしていたが、場所はさくら宅の近所で、兄貴の夕食が済んだ後、さくらが家を出てから帰宅するまで、トータル二、三時間程度の短い外出であった。そのときも、帰宅したらやはり、激おこだったと聞いてはいたが。

 今回は何しろ、朝出て行ったきり、帰宅したのが深夜である。

 兄貴にしてみれば、自分の所有物であるはずの女が、自分を放置して勝手に夜遊びしたのは許せん、と思ったのであろうか。(註:夕食はさくら母が食べさせている。)

 以下。翌日さくらから届いた報告。

「…(帰宅したら)怒りにみちみちになった兄貴が雄叫びを上げており、ナデナデの奉仕の末に感極まって水皿を蹴り飛ばし、(中略)水が散らばったフロアでドヤ顔でした。兄貴やばい。」

 本当にヤバい男だったらしい。

 猫カフェにいた時分は、他の猫の喧嘩の仲裁をするなど、「学級委員長」とまで呼ばれる猫格者ぶりだったというのに。

 優しいと思ってケッコンしたら、暴力夫に豹変したパターン。

「あんた、これで子供が生まれたら(←?)、タバコの火押しつけられるようになるよ。」

 遅ればせながら、私は忠告したのだが、さくらの返答は、

「どちらかと言うと、いたいけな孤児をひきとったら、とんでもないヤンチャ坊主だった感じ。」

 であった。

 何ということだ。

 すでに彼女には、兄貴が子供のように見えているのだ。(本当はオッサンなのに。)

 私は戦慄した。

 聡明だと思っていた友が、悪い男に絡め取られ、正常な判断力を失っていく。

 ちなみに、その話を聞いたさくら母の感想は、

「さびしかったんだねえ。」

 だったそうだ。

 誠に遺憾ながら、洗脳はすでに、家族にも及んでいたのである。

 

 

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 (でもそれ、洗脳って言わない気がする。)
 

  

 私が九月二十七日のブログに書いた、あの「さくら」と名乗った「女」。

 淋しさに耐えかねて、行きずりのカフェーの雇い人と同棲を始めてしまった女性は。

 あの話の続きは、一体どうなるのだろう。

 彼女が拾ったのは、要するに無職のヒモである。

 前の男の時も、彼女が働いて家計を支えた上に、口の奢ったおぼっちゃまのために、毎日手の込んだ料理を作らされていたのだ。よっぽど、搾り取られ体質と見える。

 男は職も友人もなく(同棲を始めると同時にカフェーは辞めているはずだから)、おそらく趣味もない。(街中で猟はできないから)

 毎日、家のなかでゴロゴロするのみで、やがて昼間から酒を飲みだすのも時間の問題であろう。

 私の勘であるが、あの男は酒乱である。彼女がたまに、職場の懇親会に出席したり、あるいは、残業で遅くなったりでもしようものなら、帰宅して玄関を開けた瞬間に、物が飛んでくることは間違いない。一晩中、大荒れに荒れて、彼女は一睡もできぬまま、翌朝には、黒ずんだ目の周りを厚塗りのファンデーションで隠して出勤することになる。(*)

 ほうら、ね。

 言わんこっちゃない。

 だから忠告してあげたのに。(いや、してない。)

 

 いや、ちょっと待て。

 おかしい。

 私は友人と新猫の前途を祝して、大人のファンタジーを書いたはずなのだ。

 それがなぜ、こんな夢も希望もないハナシになってしまうのか。(**)

  

 と、いうわけで。

 私がふたりの愛のファンタジーを放棄した一方で、思いがけないことを言いだした人がいた。

 こっこである。

 もちろんこの時点で彼女は、私が脳内で描いていた、例の妄想の物語は知らない。

 だが、彼女の何気ない一言により、ふたりの物語は、別の道を歩み始めることになるのである。 (後篇に続く)

 

 

 

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(*)もちろん、彼が酒乱でない可能性もあるし、男の側にもいろいろ言い分があるであろう。これは多分に偏見に満ちた予測である。が、そもそも作者は私なので、誰からも文句を言われる筋合いはないと思われる。

(**)この状況からの二人の愛の再生を描く、壮大なドラマの導入であるという解釈もできなくはないが、そこまで徹底的にこっぱずかしい話を創出する能力を、私は持ち合わせていない。