ジャングルジム登ろう
茶トラくんに、高所ブームの予感…。
一か月過ぎてもケージ暮らしの茶トラくん。
まだケージにいる、と話すと、たいていの人に驚かれる。私自身は、もちろん驚きはしないのだが、毎日、帰宅して、彼がいつものクッションの上にいるのを見るたびに、しみじみと感心する。
ブレない男だなあ。
いやいや。
感心している場合じゃない。
カフェの店長さんとのやりとりで、先方がふと漏らしたのだが、カフェでもやはり、最終的には「若干強制的に」ケージから出したのだそうである。
確かにね。
私だって、ちらりと頭を掠めたのだ。「いっそケージを閉鎖してしまったらいいのではないか」と。
多分、それで問題は解決する。
彼だって、ケージが無いなら無いで、適当に居場所を見つけるに決まっている。私のことは「ご飯おばさん」だとちゃんと認識しているし、我が家の食事も、トイレも、私の目の前で平気でするところまで行っているのだから、この期に及んで体調を崩すようなこともないだろう。
でもねえ。
それだと、何だか、負けた気がするじゃないの。
店長さんは、一か月のトライアル延長に加え「実際には更に時間が必要ではないか」とまで言って下さっている。ということは、時間はたっぷりあるのだ。
ここはひとつ、お言葉に甘えさせていただき、徳川家康方式で行こうと思う。
鳴かぬなら鳴くまで待とう、ってね。
しぶとい奴め。ま、せいぜい健闘を祈るぜ。(いや、祈ってない。)
ケージ閉鎖を思いとどまったのには、もう一つ理由がある。
そのとき、心の声がささやいたのだ。
(待て。その前に、やることがあるだろう。)
そうでした。
そのとおりでした。
と、いうわけで。
【報告】我が家のケージはジャングルジムに戻りました。
まずは、ケージを覆っていた布を完全撤去。
そして、側面二か所のパネルを「穴開き」に付け替えて通り道を増やし、
さらに、天面を半分開けて吹き抜けにした。
ついでに、ケージの位置を若干ずらしてキャットタワーに近付けたことで、ケージの四階からキャットタワーにダイレクトに飛び移れるようになった。
そして、反対側に作った隙間に、新しいガリガリウォールを設置した。
トイレやクッション、水鉢、そしてケージ内の爪とぎは、掃除しただけで位置は変えていない。これらは元より外から見える状態になっていたので、茶トラくんの生活にはあまり影響がないと踏んだ。
大きく変わったのは、四階である。
ここは最後まで、大部分を布で覆われている上に、ケージの壁と天井に囲まれて、袋小路になっていた。つまり、「隠れ場所」として残してあった場所なのである。
そこを、布を外して「まる見え」にし、さらに、天井と、キャットタワー側の壁を開けて、単なるベランダにしてしまった。
要するに、ケージの中には、隠れ場所が一切、なくなってしまったわけ。
隠れたいなら、キャットタワーのボックスに行けばいい。
ちなみに、これらの改造は、茶トラくんが、昼間、キャットタワーのボックスに出勤している間に行った。小公女セーラの屋根裏部屋みたいなものだと思ってくれればいい。セーラの場合は、夜、一日の仕事に疲れ切った体で、自室に戻ってみて驚くのだが、茶トラくんの場合は、昼寝の最中に目を開けたら自宅が大変なことになっていて、慌てて帰ってきたものの、
「茶トラくん、邪魔。」
と、簡単に追い払われたものである。
ただ、幸いにも、寝室(三階)はそのまま残っていたので、何だか分からないけど、とりあえずそこに落ち着いて、とりあえず再び寝直す茶トラくんなのであった。
茶トラくんは、四階が隠れ場所でなくなっても、別に困りはしないようであった。
むしろ、歓迎された感がある。
どうやら、彼にとって、この改造は自宅の増築であったようなのだ。
四階に座って首を伸ばした茶トラくん。天井が開いていることに気付き、頭を出して周囲を窺うと。
早速、ケージの屋根の上に飛び乗ったものである。
まあ、ね。
そんなこともあろうかと思って、一応、形ばかり古いバスマット(縁がほころびて穴が開いているやつ)を敷いておいたのだが。
ところが。
茶トラくん、この屋上が気に入ったらしく、その後もたびたび登っては、バスマットの上に座って寛ぐようになった。
いや、いいんだけどね。
何しろ、穴の開いた単なるタオル地のボロマットである。それを滑り落ち防止に洗濯バサミで留めてあるだけで、安定性もクッション性もまるでない。
そんなに好きなら、いっそ猫ベッドを置いてやろうか。
つい、そんなことを思いついてしまい、いやいや、と慌てて自己否定した。
別に、彼にそこに居てほしいわけじゃない。むしろ、降りてきてほしいのである。
四階の改造は、もう一つ、彼の生活に革命を起こした。
通勤が劇的に楽になったのである。
自宅から「職場」まで、わずか二っ跳び。
壁の穴からキャットタワーのステップに飛び降り、そこからボックスに飛び込むだけ。
これまでだって、これ以上ないほど職住近接だったわけだが、それでも、通勤のためには、二階ないしは一階に降り、ケージの出口からいったん床に降り立って、歩いて移動する必要があった。それが、四階から一気に、一度も床に降りずに移動できるようになったわけである。
そのせいだろうか。茶トラくんは前よりも気軽に、キャットタワーに出向くようになったようだ。
しかも、である。
彼はキャットタワーを、正しく使うようになった。
いや、ボックスに入るのだって、正しい使い方ではあるのだが。要するに、ただボックスに入るだけでなく、てっぺんまで登るようになったのである。
そして。
てっぺんが、気に入ったらしい。
彼の行動を見ていると、ケージからキャットタワーのステップに降り立ち、いつもそこで、しばし考えているのが分かる。
ボックスに入ろうか、それとも、てっぺんに登ろうか。
てっぺんに登ると、そこでまた首を伸ばして、辺りを窺っていたりする。その様子を見ると、私の脳裏に、つい、この言葉が浮かんできてしまう。
(おのぼりさんだー。)
ついでながら、多分、これは彼の初登頂の瞬間だったのだと思うが、彼が実に面白い登り方をするのを、私は見た。
これまでの猫たちは例外なく、てっぺんに登ろうとするときは、最上段の床の穴に上半身を入れ、床面に前足を掛けて、主に後ろ脚のキックと、補助的に前足の懸垂とで上階に上がっていた。おそらく、それがスタンダードな登り方なのだと思う。
ところが、彼は上半身を伸ばして最上段の柱にかじりつくと、後ろ脚も下段の柱に掛けて、「木登り」でキャットタワーを登っていたのである。
(そんな登り方があったか。)
つい、感心してしまった。
考えようによっては、実に器用な登り方である。とにかく予想の斜め上を行く男なのであった。
とはいえ、彼がその登り方をしたのは、その一回きりである。そのときスマホが手元になかったため、動画を撮れなかったのが非常に残念だ。
最初の方の写真に載せたように、「壁の穴」は四階だけでなく、一階にもある。この通り道は、むしろアタゴロウがよく使うのだが、茶トラくんも、水を飲んだついでにふらりと外に出るようになった。
行き先は相変わらず、台所と風呂場である。
今日は、私が朝食を食べている間に、二度、一階の壁の穴から彷徨い出てきたが、一回目が風呂場で二回目が台所だった。これらも相変わらず、ただ見学するだけなのだが。
朝食を食べ終わった後、三度目があったのだが、このときは何と、寝室の入り口まで足を踏み入れたものである。
頑張れ!!と、心の中で強く応援していたのだが、やはり、首を伸ばして辺りを見回しただけで、すぐケージに戻ってしまった。
窓際の猫ハウスの中に、アタゴロウがいたからだろうか。
ふと思ったのだが、私のいない平日も、彼はこのように、ふらふら社会科見学を繰り返しているのだろうか。
もちろん、監視カメラを設置しない限りそれを知る術はないのだが、あくまで個人的な感覚として、それはないような気がする。
彼は、私がいると気が大きくなって、外に出てくるのではないか。
私がいれば、アタゴロウに怒られても、とりなしてもらえるから。
あるいは、怒っているアタゴロウをなだめてくれるから。
私のことは、どうやら恐れていないらしい。何しろ、ケージから台所に向かう際に、私の足元を通って、私の座っている椅子の下を潜るというショートカットを、平気でするのである。
アタゴロウのことは、やはりちょっと警戒している。だが、実際問題として、アタゴロウの威嚇はだいたい一瞬で終わるし、茶トラくんの方も、だんだん強気になってきたようで、驚いたり恐れたりしている様子があまりない。立ち去るアタゴロウの後姿を、首を伸ばして眺めていたりする。ごくたまには、近付いてきたアタゴロウに対して、茶トラくんの方から申し訳程度の「シャー」を言うこともある。
これは先週のいつだったか。キャットタワーのボックスに籠っている茶トラくんを、アタゴロウが覗きに来たことがあった。
アタゴロウは、キャットタワーのステップに立ってボックスの中を覗き込み、鋭い声で、一声、鳴いた。
で。
次の瞬間、踵を返して走り去った。
ピンポンダッシュかいな。
面白かったのは、茶トラくんがボックスから頭を出し、きょとんとした顔で、アタゴロウの走り去った方を眺めていたことである。
そのとき、思った。
これはすでに、威嚇ではなく「挑発」なのではないだろうか。
(何だか、小学生男子みたいだなあ。)
このときほどではないが、最近のアタゴロウの威嚇は、ちょっと凄んでみせては自分の方が走り去るというパターンが多い。さらに、それにより一時的にテンションが上がるのか、その後もちょっと走り回っていたりする。
気分の問題かもしれないが、これによりアタゴロウの運動量が若干増えているような気がする。(そういう意味では、茶トラくんを迎えた当初の目的に合致していると言えるかもしれない。)
茶トラくんの方も、つられて運動してくれるといいのだが。それにはまだ時間がかかりそうである。
まあ、高所好きが幸いして、積極的に上下運動をしてくれるようになっただけ、進歩したと言えるだろうか。
区切りである現在のトライアル期間終了まであと二週間。それまでに、彼がケージを出て、のびのびと家の中を走り回る日は来るのだろうか。
ところで。
最初に「ケージをジャングルジムに戻した」と書いたおかげで、先程から私の頭の中で、「ジャングルジムのうた」が、エンドレスで回り続けている。
かつて小学校の音楽の教科書に載っていたと思われる歌である。歌詞は、私の記憶に間違いがなければ、以下のとおり。
ジャングルジム登ろう
動物みたいにね
君はリスだ 僕はサルだ
一緒にさあ登ろう
ジャングルジム登ろう
みんなのビルディング
ここは窓だ ここは出口
一緒にさあ登ろう
そんなジャングルジムを、「僕のビルディング」として、悠々自適に住みついている茶トラくん。
そうか、なるぼど。
お前さん、茶色いと思ったら、日本猫じゃなくて、ニホンザルだったのかい。
道理で、あんな木登りをするわけだ。
ついでながら、非常にどうでもいい問題なのだが、この状況に至って、私が内心密かに頭を悩ませている疑問がある。
茶トラくんの「定位置」の一つとなった、ケージの屋上。
ケージの上にいるというのは、「ケージから出た」ことになるのだろうか。それとも、「まだケージから出ていない」という分類になるのだろうか。