距離を詰める


  
 
 玉音は、五ヶ月になった。
いたずら盛りのやんちゃ盛り。毎日、仕事から帰ると、家の中が凄いことになっているのだが、それにつけても、
(大きくなったなあ…。)
と、見るたびにしみじみ実感する。
 彼女の成長を感じるのは、体の大きさばかりではない。
 ご存知のとおり、おそらく母猫から、「人間は敵!」を体にしっかり叩き込まれている、生粋の野良娘なのだが、それでも、少しずつ、少しずつ、私との距離を詰めているのだ。
 彼女を見ると、「もののけ姫」を思い出す。
『アシタカは好きだ。でも、人間を許すことはできない。』
 あるいは、ロミオとジュリエットか。
『おお、ロミオ。なぜあなたはロミオなの?』
 なぜあなたは、猫じゃなくて人間なの?
 そう言われても、ねえ。
 もしアタシが人間じゃなかったら、アンタに家も食事も提供できなかったんだよ。
 なーんて、言っても分からないんだろうなあ。
 
 
 最初は、まだこいつが、ケージから出たばかりのころ。
 まだまだチビで、逃げ足も大して速くなかったから、時々はつかまえて撫でてやっていた。
 で。
 撫でられると、こいつ、耳を水平にし、体を固くしたまま、ゴロゴロ言うんだよ。
 嬉しいんだか、拒否しているんだか。意味が分からない。
 
 
 そうこうしているうちに、こいつも室内の生活に慣れ、動きが活発になると共に、私を見ると凄い勢いで逃げるようになった。
 撫でるどころか、ほぼ、触れない。キケン系ではないけれど、逃げ足が速すぎて捕捉できない。
 ま。
 べつに、いいけどね。
 それでも、メシの時だけは、至近距離に来る。食べている間なら、ある程度、触れる。
 飼い主の権利を行使できるのはメシ時だけ、という時期が、しばらく続いた。
 
 
 それから。
 少しずつ、距離が縮み始めた。
 
 
 一月の上旬頃、だっただろうか。
 猫たちの夕食時。仕度をしながら、現れた玉音と、五秒ほど見つめ合った。
 言い換えれば、五秒ほど、逃げなかった。
 それがスタートだったかもしれない。
 
 

  
 
 ある日、帰宅したら、玄関とリビングの境のドアの、嵌め殺しのガラスの内側に、玉音の顔が見えた。
 お出迎えメシくれコールに、参加することにしたらしい。
 私がドアを開けてリビングに入ったら、一目散に逃げて行ったけど。
 
 
 休日の朝。
 ダメちゃんのメシコール。自らねこじゃらしを持参し、掛け布団の上で遊ぶアタゴロウ。
 玉音は当初、布団のまわりで様子を窺っている単なるギャラリーだった。
 が。
 いつの間にか、掛け布団を横切って、アタゴロウと追っかけっこの取っ組み合いを演じるようになっていたものである。
 
 
 私が洗面所にいると、洗面所を通ってお風呂場に水を飲みに行けなかった子が、私の前を横切って歩けるようになった。
 私と目が合うと、十秒くらい見つめ合い、まず後じさりしてから、おもむろに逃げるようになった。
 昼間も、ときどき物陰から出てきて、私の目の前で遊ぶようになってきた。
 朝、目覚めると、掛け布団の上で寝ていた玉音が、「私の」上で寝ているという現象が、しばしば起こるようになった。
 そして、もう一つ。
 
  
 このところ、私がお風呂から上がろうと、お風呂場のドアを開けると、必ず玉音が洗面所にいるのだ。
 で。
 私が風呂場から出てくると、一目散に逃げる。
 シチュエーション的には、私を待っていたとしか思えないのだが。やはり、意味が分からない。
 
 
 今朝のこと。
 布団の上に半分起き上がり、アタゴロウと玉音の取っ組み合いを、ぼんやりと観戦していた私。
 二匹は、私の脚の上の、ちょっと手を伸ばせば届くところで、転がりつつ縺れ合い、やがて小休止に入って、玉音は横寝の状態になった。
 ふと、いたずら心がおきた。
 手を伸ばして、玉音の背中を撫で、そのまま、手を滑らせて玉音の腹側を撫でてみたものである。
 玉音は、逃げなかった。
 それどころか、じゃれる相手を私の手に替え、四本の足で押したり蹴ったりし始めた。爪は、出ていなかった。
 そして。
 私の指を、甘噛みした。
(ああ、そういえば、こいつは噛む猫だった。)
 まだ玉音がケージ暮らしで、時々私に掴みだされては、薬を飲まされたり目薬を点されたりしていたころ。よくこいつに、甘噛みされた。舐めるより先に噛む猫なのである。
 そんなこと、すっかり忘れていた。
 そのくらい、久しぶりのことだった。
 ちょっとした感慨があった。
 
 

 
 
 ちなみに、もう一つある。たった今、過去の記事を読み返してみて、気付いた。
 実は、一昨日久々に、猫山愛宕朗指定ブランド、「猫じゃらし産業」のねこじゃらしを、買ってきて、投入しておいたのである。
 例によって、アタゴロウは、そのねこじゃらしを、私の布団の上に運んできていた。
 ゆえに、布団の上に起き上がっていた私は、何となくそのねこじゃらしを手にし、アタゴロウ相手に振り回していたのだが。
 このねこじゃらしに、玉音が反応した。普通に手を出して遊んだ。
 だが、過去の記事によれば、彼女はおもちゃに乗ってこない猫だったはずである。
 ねこじゃらしは、人間と猫の接近戦により成立する遊びである。こいつもようやく、飼い猫の遊びを覚え始めたらしい。
 
 
 ところで。
 話は変わるが、そのねこじゃらしを買った時に、玉音に与えようと思って、別のおもちゃも買ってきていた。
 これである。
 
 

 

 
 

 
 
 投入した途端、まず、アタゴロウが、例によって陰険な目をして咥え上げ、どこかに隠匿しようとした。(彼は小動物型の玩具には、必ずこのような反応をする。)
 次に、玉音が、つついたり、はたいて追っかけたり、爪に引っ掛けて放り投げたり、と、正しい方法で遊んだ。
 やがて、椅子の下に放置されると、今度はダメちゃんが寄って来て、舐めたり、スリスリしたりした。キャットニップ入りが効いたらしい。
 つまり、一応、猫たちには「受けた」ということになるのだが。
 
 
 でも、これって、一体何の動物を模しているんだろう。
 ヤマアラシかな? いや、足の形が違うし、尻尾も長すぎる。
 アルマジロ? いやいや。アルマジロにはこんな毛は生えていない。
 ひょっとして、コケが生えたカメだったりして——あ、でも、耳あった。
 
 
 正解は…
 
 

  
 
 中国のネズミには、蹄があるんかい!!