ダメちゃん測定
夏。
我が家の床を眺めていると、「ここは魚河岸か?」という気分になる。
丸々と脂がのって、高値で取引されそうだわ。
眺めているうちに、ふと思いついて、ダメの胴周りを測ってみることにした。
とはいえ、この暑いのに、捕まえて押さえつけて…は、やりたくない。(毛が付くし。)
なので、簡略化して、寝ている彼の胴体に、メジャーを乗せてみた。
こんな感じ。
目盛りは、このへん。
腹側もぴったり床につけたら、35センチ弱であろうか。
これに加えて、床についている面(左脇腹)もあるから、胴周りはだいたい、50センチ〜55センチといったところか。
げげっ。
そのへんの、か細いお嬢さんくらいあるじゃないか。
それ、いくら何でもじゃないかい、大治郎クン。
そういえば、そうだ。
今は暑いからやらないが、冬場、暖房代わりにダメにくっついていると、私の首の下から脚の付け根まで、つまり、胴体全体がダメの体と接触するのである。
つまり、胴体の長さがほぼ一緒ってこと。
ちなみに、私の身長はおおよそ155センチである。特別に脚が長い・短いということもない。日本人女子の体長としては、標準よりはやや短め、くらいであろう。
でも、そうすると。
彼は人面魚ならぬ、人体猫、ってこと!?
それって、微妙…。
そういえば、以前、このブログを始める前に、同じ「ダメちゃん測定」のタイトルで、メールを配信したことがあった。
内容は、ダメの体長と体高を測定した結果であったのだが、受け取った先輩からは、タイトルを見て、
「『ダメちゃん度測定』かと思った。」
という、コメントをいただいた。
そのときは、その先輩の早とちりであったわけだが、今回については、その解釈は、ある意味、正しいかもしれない。
ところで、話変わって。
私の猫好きは職場でも有名なので、私自身もよく猫の話を振られるが、私のいないところでも、他の猫好きさんたちの間で、我が家の猫が話題になることがあるらしい。
そんなわけで、以下は後から聞いた話。
職場の某女性が提起した新説。
「猫山さんちの‘猫のひとたち’(註:彼女はうちの猫どもをこう呼ぶ)は、猫山さんが家にいる間は猫の格好をしているけど、猫山さんが出かけると、人間の姿になっているんじゃないでしょうか。」
凄い!!
それは私も、考えてみなかった。
だとすると、奴等は、姑のいないのをいいことに、こーんなふうにいちゃいちゃしているんだよね。
(作画:天竜いちごさん)
いや、実は、思い当るふしがある。
私が帰宅すると、ヨメはいつも、トイレのそばにいるのだ。
少し前までは、私が玄関から室内に入ってくると、彼女はトイレに入っているか、トイレの前とか、猫トイレを置いている洗面所の入口とか、とにかく、「たった今までトイレに入ってました」というような位置に、必ずいた。
この女、アタシの気配を感じると催すのか!?…と、訝しんではいたのだが。
もし、彼女が、私の帰宅直前まで人間の格好をしていたとすると、こいつも一応、女の子である。姑の帰宅を察知して、慌ててトイレで着替えていた、ということではないだろうか。
それでも、最近は、だいぶ手際が良くなったようだ。トイレからリビングの入口辺りまで移動する余裕も出てきた。このごろは、トイレから少し離れた辺りで、お座りして待っている。
我が家の家庭事情をご存知の方々には少々意外かもしれないが、私が帰宅して最初にやることは、こうしてお座りしている「ヨメの頭を撫でること」なのである。それが済むと、ヨメはさっさと私から離れていく。
(ああ、今日もバレなかった。お義母様の目は、やっぱり節穴ね。)
とでも、思っているのだろうか。
では、ダメは?というと。
私が最初にヨメの頭を撫でるのは、何もダメを無視してのことではない。私としては、猫の順列を重視して、最初にダメに挨拶したいのだが、彼の方がそれをさせない。
私が靴を脱いで玄関に上がると、彼は一目散に私の横をすり抜けて、玄関のたたきで「ゴロンゴロン」を始めるのである。
私を盲愛しているはずの彼が、なぜ、ろくに挨拶もせず、ヨメが先に撫でてもらっているという屈辱的な事実を無視してまで、必死にゴロンゴロンするのか。
彼は草食系とは言え、男子である。私の帰宅を察知して、ヨメがトイレで着替えているなら、彼はそのへんで慌てて毛皮を着込んでいるはずだ。
思うに、彼は、慌てて毛皮を被ってみたものの、どうにも収まりが悪いため、私が勘付かないうちに体に馴染ませるため、必死で床を転げまわっているのではないか。それも、わざわざ、私が通り過ぎて戻ることは通常ない、玄関のたたきにまで移動して。
なるほど。
だから、私が観察していると、ゴロンゴロンをやめて立ち去ってしまうのか。
いちいち合点が行く。
では、なぜダメが、そんなに毎日、毛皮を着るのに苦労するのか、と、言えば。
やはり、お腹のあたりがきつすぎて、途中で引っ掛かってしまうためであろう。
一度、毛皮を脱いだところを、測定してみたいものである。