座談会:酔っ払い人間との共存の道

 

 
 
 先日、私はムムのおもちゃ籠の中から、見慣れないものを発見した。上の写真がそれである。サイン入りの猫ポスター。私が最近、東京メトロの駅構内で目にしたマナー啓発のポスターと同じものであるらしい。年末・年始にかけて多く見られるようになる、酔っ払いさんへの戒めである。
 サインはおそらく、出演猫のものであろう。よく判読できなかったのだが、「グレリン」であろうと、予測をつけた。
 こんなに大々的にポスターに出ているのだから、グレリンはきっと、著名なタレント猫なのだと思う。そのアイドルのサイン入りポスターを、なぜムムが持っているのか。
 そう思っていたら、もう一つ、見慣れないものが、籠から出てきた、ICレコーダー。何だろう?と思って聞いてみると…
 どうやらこいつら、グレリンがパーソナリティーを務めるNEKO-FMの番組に、いつの間にか、出演していたらしいのだ。テーマはズバリ、「酔っ払い人間との共存の道」。
 以下は、その録音を書き起こした、グレリンと猫山大治郎・ムム夫妻の座談会の内容である。
 
 
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グレリン(以下グ):みなさん、こんにちは。今日は「酔っ払い人間との共存の道」をテーマに、私たち猫が、迷惑な酔っ払いとどう向き合うべきか、経験者の方々のお話を参考に、その方向性を探っていきたいと思います。
 スタジオには、長年、酔っ払い人間と付き合い、酔っ払い人間のケアをライフワークとして研究されているこの方々、猫山大治郎さん・ムムさんご夫妻にお越しいただいております。大治郎さん、ムムさん、よろしくお願いします。
大治郎(大)・ムム(ム):よろしくお願いします。
グ:ではまず、おふたりが酔っ払い人間に興味を持ち始めたきっかけから教えてください。
大:きっかけというほどのものはないんです。たまたま、家族に酔っ払い人間がいて、意味不明の行動を目にする機会が多かったものですから。まあいわば、自分の身を守るために研究を始めた、とでも言うべきでしょうか。
ム:あたしは、小さいころから酔っ払い人間を見てきて、酔っ払い人間が大嫌いだったんです。それがあるときから、酔っ払い人間が酔っ払うのには、その人間なりの理由があるらしい、ということに気付いて、それで興味を持つようになりました。実際、酔っ払い人間って、酔っ払ってなければ、優しい人や真面目な人も多いんですよ。例外もいますが。(うちの家主とか。)
 
 
酔っ払い人間には「外飲み」型と「家飲み」型がある。 
 
グ:ところで、酔っ払い人間って、そもそもどんな人間なんでしょう?
大:酔っ払い人間は、大きく分けて二つの系統に分類されます。一つは、自宅以外のところで酔っ払って帰宅するタイプ。これを僕は「外飲み人間」と呼んでいます。もう一つは、自宅でしこたま飲んで潰れるタイプ。これを「家飲み人間」と呼びます。従来は、「外飲み」には男性が多く、女性は「家飲み」型が多いと言われていましたが、最近では一概にそうとも言えなくなっているようです。また、「外飲み」と「家飲み」の特徴を併せ持つタイプの人間もいます。
ム:うちの家主は女性ですが、基本的に「外飲み」型です。
グ:「外飲み」型と「家飲み」型とでは、猫に与える被害に違いがあるのですか?
大:決定的な違いとしては、「外飲み」型の酔っ払い人間は、概して帰宅が遅くなる傾向があるため、家庭内にフォロワーがいない場合には、猫の夕飯が遅くなりがちだということです。対して、「家飲み」型の場合は、通常、猫の夕食を済ませてから飲み始めますので、こうした被害は少ないと言えます。ただし、「家飲み」型の中には、飲みながら猫に絡んでくる悪質なタイプが、一定割合で存在すると言われています。こうしたタイプが家庭内にいた場合は、猫の受ける被害は甚大と言えます。
ム:うちの家主は、ときどき仲間を集めて「家飲み」もするのですが、その場合には、正にこのタイプに当てはまります。あたしの最も嫌いな酔っ払い人間のタイプです。この手は、同じような酔っ払い人間が徒党を組むケースが多いので、絡まれた猫は、よってたかっていじられて、本当に悲惨な状況に追い込まれます。あたしも何度か、危ない目に逢いました。
グ:なるほど。集団で悪質化する酔っ払い人間というわけですね。
ム:ええ。でも、うちの家主について言えば、もともと普段から意味もなく猫をいじりたがる偏執狂的なところがありますから。「家飲み」で猫に絡むタイプの酔っ払い人間には、しらふの段階からその傾向があるのではないでしょうか。
大:その人間がどういったタイプの酔っ払い人間になるのかは、普段の生活を注意深く観察していれば、だいたい予測ができます。要するに、人間は酔っ払い人間になることで、その悪い性質が顕在化するということなのです。
 
 
快楽を求める酔っ払い人間たち 
 
グ:さきほど、ムムさんは、「酔っ払い人間が酔っ払うのにはそれなりの理由がある」とおっしゃいましたが、その辺りを、もう少し詳しくお話いただけませんか?
ム:ご存知のとおり、酔っ払い人間には様々なタイプがいて、酔っ払う頻度も程度も様々です。そして、全く酔っ払いにならない人間もいます。あたしは、この、酔っ払わない人間に着目しました。
 そこで分かったのは、酔っ払い人間の多くは、自分から率先して酔っ払いになるということだったのです。酔っ払い人間も、酔っ払いの度が過ぎて体調を崩したり、人間同士のトラブルに発展したりすると、一定期間、酔っ払うのをやめたりします。これをあたしたちは「反省」と呼んでいます。ただし、この「反省」の期間が過ぎると、人間はまた酔っ払いを始めます。
 また、病気になったり、あるいは、まれに何か目標があったり、願い事があったりする場合にも、人間は酔っ払うのをやめます。つまり、人間は、酔っ払わなくても生きてゆけるのです。
 ではなぜ、人間は酔っ払いをするのか。非常に雑駁な言い方ですが、要するに、人間が酔っ払うのは、快楽を求めてのことなのです。
グ:ほう。人間は酔っ払うと、快楽を得られるのですか。
大:まあ、正確なところは、人間になってみないと分からないわけですが(笑)。
 ただ、酔っ払い人間の脳内には、大量の快楽物質が分泌されているらしいことが、数々の実験から報告されています。この快楽物質の一部が、猫に対する責任感を麻痺させる副作用を持つとする見方が、現在、最も有力な仮説として世界中で支持されています。しかし、残念ながら、物質の正体はまだ突き止められていません。
グ:いったいどんな物質なのでしょうね。
大:一説によれば、それは、猫にとってのまたたびのようなものだとも言われています。
グ:なるほど。それは快楽ですね。
ム:ただ、さきほどお話したとおり、全く酔っ払いにならない人間もいるんです。つまり、人間の中には、一定割合、その「またたび」に反応しない者もいるのです。
グ:となると、またたびといいうより、トルコききょうのようなものでしょうか。
ム:あたしはそう考えています。
 
 
葛藤のしわ寄せは猫に及ぶ
  
大:僕がまだ若いころ、こんなことがありました。うちの家主が「外飲み」をして帰ってきて、そのまま床に倒れて寝てしまったのですが、寝ながら、どう見ても寒そうなんです。このままでは風邪をひくのではないかと、心配して様子を見に行ったら、いきなり胴体をつかまれて、アンカにされてしまいました。もちろん、それだけでは寒さ対策にはならないわけですが、だったら布団に入ればいいということが、酔っ払い人間には分からないらしいのです。
 結局、家主はしばらくして目を覚まして、寒い寒いと騒ぎながらお風呂に入ったようですが、お風呂の中でも寝ちゃったんじゃないかな。困ったものです。
グ:ははは。アンカですか。大治郎さんは優しいのですね。
大:(照れながら)いや、優しくしてやったつもりはないのですが…
ム:ダメちゃんは、断れないんです。
大:後から考えるに、あのとき、家主は最初からお風呂に入るつもりで、途中で力尽きたのではないかと。細かな状況をつなぎ合わせて考えると、お風呂に入らなければならないことも、床で寝たら寒いことも、早く就寝しないと明日の朝が辛いことも、家主は分かっていたようなのです。酔っ払い人間も、全ての理性がダウンするわけではありません。さきほど、人間の悪い性質の顕在化という言葉を使いましたが、その悪い性質には「怠惰」も含まれます。家主の場合、まだ残っていた理性と、顕在化した怠惰が、快楽の一方で激しいせめぎ合いを演じていたと言えます。こうした葛藤は、逃避行動となって表れます。家主は普段から、面倒なことからの逃避行動として猫いじりに走る傾向を持っていましたから、酔っ払いの葛藤のはけ口として、衝動的に「猫をアンカにする」という、暴力的な行為に出たと考えて、まず間違いはないと思います。
グ:それは「外飲み」型の酔っ払い人間のケースですよね。「家飲み」型の場合はどうなりますか?
大:基本的には同じです。強いて言えば、「家飲み」の場合、用心深い人間は先にお風呂に入っておいたり、布団を敷いておいたりできるので、葛藤に至る前に、自ら解決の道を用意できる、ということでしょうか。また、葛藤が生じる事態に至る前に、充分猫をいじり倒しているので、猫の方が先を予測して自衛策をとる場合もあります。
グ:「外飲み」の酔っ払い人間の場合は、先の行動の予測が難しいというわけですね。
大:そうですね。でも、実際には、その人間のパターンを把握すれば、それほど難しいことではありません。
ム:困るのはむしろ、予測はできるんだけど、防ぐことができないケース。
グ:例えば?
ム:夕食を抜かれちゃったりとか…トイレを掃除してくれないとか…
グ:え!?そんな大事なことも忘れて寝ちゃうんですか?
大:忘れているわけではないんです。葛藤しながら怠惰に負けるんです。
ム:そうそう。見ていて、時々哀れに思えるくらいよ。
グ:優しいんですねえ、ムムさんも。
ム:「可哀想」とは言ってません。何しろ、実害「有り」ですから。
大:夕食を抜かれた時は、空腹でこっちが倒れそうだったよね。
 
 
酔っ払い人間との共存の道
  
グ:そんな迷惑な酔っ払い人間に対する、対策のようなものはあるのでしょうか?
大:一般的に、「外飲み」型の酔っ払いは金欠に弱いと言われています。逆に、「家飲み」型は金欠には比較的強いのですが、家庭内に全く酔っ払いにならない成人がいる場合には、毒性が弱まることが経験的に知られています。
ム:かといって、猫にはどうにもできないんですけどね。
大:まあ、せいぜい、高いフードを要求し続けて、「外飲み」型を金欠に追い込む、とかですかね(笑)。でも、下手をすると、今度は「外飲み」型が「家飲み」型に変異する可能性が出てくる。
ム:「家飲み」型から「外飲み」型に変異するケースは目立ちませんが――というより、純粋の「家飲み」型はそんなに多くないんです。大抵は多少「外飲み」も入ってますから――、「外飲み」は金欠に襲われると、割と簡単に「家飲み」に変異するんです。
大:そして、金欠が去ると、また「外飲み」に変異する。そうやって、変異を繰り返して、酔っ払いを続けるわけです。非常にしぶといです。
グ:なるほど。多剤耐性ウィルスみたいなものですね。
大:そうです。そんなわけで、残念ながら、酔っ払い人間を根絶する方法は、今のところ発見されていないのです。もし方法があったとしても、おそらく、労力や危険といったリスクの方が大きいだろうと言われています。
グ:となると、我々猫は、嫌でも酔っ払い人間と共存せざるを得ない、ということでしょうか。
ム:嫌でも、といっても、人間が酔っ払うことは、猫にとってマイナスばかりでもないんですよ。
グ:それは初めて聞きました。どんな良いことがあるのですか?
ム:申し上げたとおり、人間は快楽を求めて酔っ払います。ですから、酔っ払い人間の多くは、機嫌が良いのです。これにより、勢いでいつもより高いフードを買ってもらった猫もいますし、いつもは食べさせてもらえない、人間の食べ物をもらったり、つまみ食いできたりする場合もあります。それだけではありません。人間は機嫌が良くなれば寛大になりますし、逆に機嫌が悪いと猫に当たったりしますから、長い目で見れば、人間が酔っ払って機嫌がよくなることは、猫にとってもプラスになるのです。
大:仮に、本来酔っ払いとなるべき人間が、長期間、全く酔っ払いになれない状況が続いたとしましょう。その人間は、求める快楽が得られない不満が鬱積しますから、その人間が猫と暮らしていた場合、虐待につながる危険性があります。
グ:恐ろしい…
大:ですから、いかに迷惑とは言え、酔っ払い人間を完全に排除するのも非常にリスキーだと、僕は考えています。これにはもちろん、異論があるわけですが。
ム:あたしはやっぱり、酔っ払い人間はキライ。本当のところはね(笑)。
大:僕だって、散々迷惑をかけられたよ。でも、うちの家主から酔っ払いを取ったら、多分、抜け殻になっちまうよ。トイレ掃除が翌朝になるどころか、永遠にしてくれなくなっちゃうかもしれない。
ム:それは困る!
グ:つまり、人間の酔っ払いの意義を認めてあげた上で、迷惑を改めさせる、と…。
大:いや、それは無理でしょう。悪い性質が顕在化するのが酔っ払い人間なのですから。理不尽かもしれませんが、猫の方が賢く迷惑を避けるのが、最善の道です。そのためには、酔っ払い人間の行動パターンをしっかり把握すること、そして、その日その日の酔っ払いの程度を、正確に測ることが必要です。まずは、自分の身近な酔っ払い人間を、好き嫌いはさておいて、客観的に観察してみることが重要だと思います。その中から、猫がとるべき対策が、必ず見えてくるはずです。もちろん、酔っ払い人間に関する知識を持つことも大切です。
ム:我が家の場合、家主は基本的に「外飲み」型ですから、まずは倒れる前に夕食を出させるよう、積極的にアピールしますが、倒れてしまったら、しばらく近寄らずに放っておくことにしました。寝ながら葛藤してますから、長くても2〜3時間もすれば目を覚まします。そのタイミングで、なるべく罪悪感を募らせるようなねだり方をすれば、問題は一挙解決です。
大:一般的に、酔っ払い人間は眠りが浅いし、喉が渇くと言われているんです。ですから、同じようなパターンの酔っ払い人間は結構いると思いますよ。
グ:なるほど。非常に参考になるお話です。まずは理解と分析、というわけですね。
 さて、そろそろお時間のようです。今日は、酔っ払い人間をテーマに、猫山大治郎さん・ムムさんご夫妻にお話をうかがって参りました。いよいよ師走、酔っ払い人間が急増する時期です。みなさんも、まずは、身近な酔っ払い人間をよく観察してみてはいかがでしょうか。その上で、迷惑に巻き込まれぬよう、お互い賢く身を処していきたいですね。
 大治郎さん、ムムさん、本日はありがとうございました。
大・ム:ありがとうございました。
グ:それではみなさん、また来週お会いしましょう。サヨウナラ!
ム:サヨウナラ!
大:失礼いたしました。
 
 
 
※以上は全部フィクションです。東京メトロさん、勝手にポスターで遊んじゃってごめんなさい。出演猫さん、勝手に名前つけちゃってすみません。