中年ヘンゼルの受難
土日は、ブログを更新せず、見に来て下さった方(がいたら)、大変失礼しました。
というわけで。
本日は、その「言い訳」を書こうと思う。
昨日(日曜日)は、書く気はあり、時間もとってあったのだが、書き始める直前にお腹が痛くなり、それどころではなくなって、急遽中止。
その前日、つまり、土曜日であるが。
この日は、時間も少なかったのだが、何より、ぜんぜん書く気が起こらなかった。
何故って…。
ダメに対して、怒り心頭だったからである。
ここから先は、金曜夜から日曜朝にかけての、私のダメちゃん折檻記録である。
おそらく、これを読むと、思わず児童相談所に通報したくなる衝動に駆られると思う。
そんなときは、次のように、鎮静呪文を3回続けて大声で唱えていただければ、その衝動は抑えられることと確信する。
「ダメちゃんは、オヤジです。
ダメちゃんは、オヤジです。
ダメちゃんは、オヤジです。」
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事の起こりは、金曜日の夜、私が残業して帰ってきた時に遡る。
リビングのカーテンを閉め、灯りをつけて、上着を脱いだりかばんを片付けたりしていると…
ふと、ダメと目が合った。
その途端。
ダメが、逃げたのである。
それで、私はピンときた。
急いで洗面所に行ってみると。
ああ、やっぱり…。
やられた。
カリカリの容器が落とされ、蓋が開いて、中身が床に散らばっていた。
拾い集めて容器に戻してみたら。
ううむ。凄い減りようだ。
こんなに喰ったんか、お前ら。
と、いうことで、その晩は夕飯ヌキ。
だが、それだけでは、家主の怒りは収まらない。
どうしてくれようか、と、考えながら、所用がありリビングと玄関の間の扉を開けたところで、その隙をついて、主犯の男が首都脱出を試みた。
それが、命取りとなった。
ちょうどいいので、そのまま江戸所払とする。
男は望郷の念狂おしく、ガラス越しに懐かしの江戸に熱い眼差しを注いでいたが、非情な家主は、無視してお風呂に入ってしまった。
結局、男が帰還を果たすのは、家主がお風呂から上がり、就寝する直前であった。
彼が、旅券法違反で検挙されることを覚悟していたかどうかは定かではないが、ようやくにして辛い異郷での日々に終止符を打ち、夢にまで見た江戸の地を踏んだとき、彼は既に過去の遺物と化していた。彼が出会ったのは、家主の冷たい黙殺であった。
にもかかわらず。
彼はやはり、家主の布団で寝たらしい。
土曜朝。家主が目覚めると、彼は例によって家主の枕の横に陣取り、
「起きた!?じゃあ、ごはん、ごはん!!」
と、懲りた様子もなく、シュプレヒコールを叫び始めるのであった。
でもなあ。
あの量を考えると、本当は、もう一食くらい、抜いた方がいいかも…。
家主はとりあえず、彼を「うるさい!」と怒鳴りつけておいて、しばし考えたが、まあいいか、と、朝飯は通常どおりに出すことにした。
後は気分の問題で、カリカリの量が、本当に気持ち程度、軽目になってはいたが。
そのせいかどうか、は、知らないが…
奴は、再犯した。
正午頃だっただろうか。
家主は午後から出かける予定があり、例によって時間が押してしまったので、かなり焦りながら掃除機をかけていた。
で。
リビングに掃除機をかけ終わり、スイッチの入ったままの掃除機を引っ張りながら、ひょいと洗面所を覗きこんだら…
有り得ない光景が、目に飛び込んできた。
昨日とはまた別の、カリカリの容器がはたき落とされ、床の上に、こんもりと茶色の山ができている。
そのおいしそうなお菓子の家を、ヘンゼルは夢中になって齧っていた。
グレーテルは、周囲に飛び散った粒に鼻を寄せていた。
そのとき。
「こらあ!!!」
ヘンゼルとグレーテルは、とびあがらんばかりにおどろきました。
おそろしい魔女が、怒りに燃えた目で、ふたりをにらみつけていたのです。
逃げまどうヘンゼルを追いかけ回す魔女。恐怖にパニックとなったヘンゼルは、壁に立てかけられたマットレスの陰に逃げ込む。
何しろ、昨日の今日である。
しかも、家主が在宅しているというのに。
とんでもないフザけた野郎である。
家主的には、追いかけ回して気が済むどころか、さらに怒りがエスカレートしている状態であったのだが、残念ながらすでに時間切れ。
「お前ら、今日も夕飯ヌキだからな!!」
と、捨て台詞を投げつけておいて、外出したのであった。
ところで。
ここまで書いて、ふと気付いたのだが。
童話の「ヘンゼルとグレーテル」では、女子のグレーテルは家事労働をさせられるのみであるが、ヘンゼルは、何と、「かまどで焼かれて(煮られて、だったかもしれない)食べられる」という、凄惨な運命を辿りそうになる。
男の子だって、置いておけば、何かと仕事はあったのではないかと思うのだが。
それに、魔女が魔法を使えるのなら、家事労働をする召使を置く必要もなかったはずであり、即ち、グレーテルのみを食べずに生かしておく理由もなかったはずだ。
明らかに、このハナシは、男子のみを苛酷な運命に追いやろうとしているのだ。
何故なのだろう。
女子グレーテルより、男子ヘンゼルの方が、美味しそうだったのか?
いや、それは違うだろう。何しろ、魔女は、ヘンゼルを「太らせてから食べよう」とするのだから。
我が家のヘンゼルは、これ以上太らせる必要はないほど太っているのだが、私は別に、彼を食べたいと思ったわけではない。
それなのに、なぜ、ここまでの話で、叱られるのがダメばかりなのかと言うと。
理由は簡単である。「カリカリの容器をはたき落とす」は、ダメの専売特許であり、彼の犯行であることが明らかだからである。ヨメは、そこまで食べ物に執着していないし、一縷の望みをかけて成功率の低い労働をするようなど根性も、持ち合わせていない。
そして。
夕刻。家主、帰宅。
猫は猫頭である。
昼間の私の捨て台詞なんて、キレイに忘れちまっている。
だが、象と人間は、そう簡単に物事を忘れたりはしないのである。
断わっておくが、今回も、強奪されたカリカリの量は、一回の食事量と同程度はあった。言ってみれば、奴等は、夕御飯を前倒しして昼に食べちまったわけである。
今回は二匹の合唱であるが、私は無視した。
少々可哀想な気もしたが、ヨメだって、決して油断できるほどスリム体型なわけではない。以前、獣医さんから「猫は3〜4日食べなくても大丈夫」と聞いているし、まあ、ここは、心を鬼にして、ダイエットの一環だと思うことにしよう。
人間なんていい加減なもので、そうしていると、昼間の怒りが、ちゃんと蘇ってくる。
全く、ひとをバカにしおって。フン。
しばらくすると、ヨメは諦めて静かになった。
が。
ダメは、決して諦めない男である。
いつまでもしつこく鳴き続け、私が洗面所の方に向かうと、ダッシュでやってきては、カリカリ容器の置いてあった棚(懲りたのですでに物入れの扉の中に移動した)を見上げては、私に念を送ってくる。
あまりにうるさいので、またしても、江戸所払にしたものである。
そうして、前日と同じく、家主がお風呂から上がり、寝ようとして壁に立てかけてあるマットレスを倒してみたところ。
意外なものが発見された。
何と。
マットレスの陰に、リバースしてあったのだ。
だいぶ時間が経っていたらしく、モノはすでに、乾いていた。
そして、そのモノは…
汚い話で恐縮だが、それは、食べたまんまの、粒の形も大きさもそのままの、カリカリであった。
我が家でリバースする猫は、彼だけである。
察するに、焦って慌てて飲み込んだため、胃が受付けなかったのであろう。せっかく食べたのに、何のことはない、おそらく半分くらいは、食べたそばから出てしまっていたのである。
しかし。
そんなことにはぜんぜん気が付かなかった家主は、しっかり一食分、食事を抜いてしまっている。
おやおや。
と、思ったが、もう眠かったので、そのまま寝た。
そして。
前日と同じく、家主の就寝とともに許されて帰京したダメは、彼をかまどに入れようとしたはずの恐ろしい魔女と、一緒の布団で寝た。
この一連のダメちゃん受難物語は、翌朝の光景をもって終わる。
休日朝の朝寝からようやく目を覚ました家主。いつもと同じように、鳴いたりつついたりして、何とか家主を起こそうと、頑張るダメちゃん。
数々の受難を潜り抜け、身も心も痛めつけられたはずの彼であったが。
これもいつもと同じ。なかなか起きようとしない家主に呼び掛ける彼の、あの独特の低い鳴き声の中には。
なぜか、喉をゴロゴロいわせる音が混じっているのであった。
以上が、ダメちゃん折檻事件の顛末である。
ところで。
多分、ここまで読んで下さった方の大半が、次のような疑問を抱いていることと思う。
その間、ヨメはどうしていたのか。
そして、そのヨメに、家主はどう接していたのか。
結論から言うと。
その間の、ヨメの態度は見事であった。
何が見事かというと、その如才のなさにおいて、である。
ダメが追放されている間は、心配そうに扉の嵌め込みガラスの方を見やったりして、不遇の夫を気遣う気配を見せつつも、私にも適度に甘えてくる。
この「適度に」が、ミソである。
擦り寄るほどではないが、さり気なく近くに来たりして、実に絶妙の距離を保ち続けた。
あまりに百点満点の身の処し方なので、お前だって共犯だ、と、冷たくしていたはずの家主も、つい、
「お前は、要領がいいなあ。」
と、苦笑いして、うっかり頭を撫でそうになってしまう。
一応、撫で撫でスキンシップは差し控えたが、正直なところ、ヨメにはあまり怒れなかった家主である。
対するダメであるが。
実は、奴は土曜夜、私が怒っている真っ最中に、毛玉を吐いた。
それも、わざわざ、テーブルの下のカーペットの上に吐いたのである。
毛玉を吐くのは、猫にとっても決して快楽的な行為ではないと思うのだが、何しろ、もともと怒っていたわけなので、同情どころか、私はキレた。
といっても、悪態をついただけで、別に何も危害は加えなかったが…。
それにしても、間の悪い男である。
一事が万事、奴はそうなのだ。
そもそも、金曜夜に私が犯行に気付いたきっかけも、「ダメが私を見て逃げた」ことであるし、彼は終始、私が怒っていることを感知して、オドオドしていた。
こういっちゃナンだが、実は何をかくそう、その態度が、怒りを増幅するのである。
こりゃダメだ。
怒りつつ、私は呆れていた。
あまりにも要領が悪い。ダメすぎる。
もしかしたら、童話の魔女が、グレーテルを贔屓して、ヘンゼルのみを食べようとしたのも、このへんに理由があったのかもしれない。