全田一姑の事件簿 vol.2「悪猫の蹴鞠唄」

(中略)
 お義母様は、あたくしがお好きではないのですわ、と、投げやりな微笑を浮かべた猫山家の嫁の姿を、全田一は思い出していた。嫁はゴム紐をもてあそびながら、幾分皮肉な調子で付け加えた。お義母様は、あたくしの好きなものは、何でも気に入らないんです。先だっても、あたくしの大事にしていたボタンを取り上げておしまいになりましたわ。とても蹴り心地のよいボタンで、気に入っておりましたのに。
 嫁は小柄で色の黒い、目の小さい女で、しじゅうゴム紐を手にしていた。美貌で恰幅の良い夫と並ぶと、若さばかりが目立ち、貧相な印象さえ与えた。その嫁の弾けるような若さに、一時は夢中になっていた夫も、この頃はまた母親べったりだと聞く。束の間、全田一はこの若い女に同情を覚えた。
 それにしても、嫁のゴム紐は、何か奇異な感じを全田一にもたらした。こんなゴム紐が、猫山屋敷のどこにあったのだろう。全田一の視線に気付き、嫁はまた短く笑った。ああ、これ。あたくしはゴム紐が大好きですの。ゴムの匂いを嗅ぐと、懐かしい人を思い出すのですわ…。
 全田一はハッとして、思わず鞄を取り落とした。ゴム紐!昨日、全田一が宿で会った物売りを名乗る男は、先月刑務所から出てきたばかりだとうそぶいていた。あの男が、県警が血眼になって探している「重要参考人」だとしたら。
それより…全田一は、鞄を取り落としたまま、一つの問いを胸の中でゆっくりと咀嚼した。屋敷から一歩も外出を許されていないはずの嫁が、一体どうやって、あのゴム紐を手にいれたのであろうか。