ダメ隊長の地球防衛戦記 第九話:哀愁のカッサンドラ

 
 ついに、隊長は過労で倒れた。渋る彼を、上層部はほとんど強制的に病院へと連れていった。
 ところが、隊長が病院に着いてみると、あろうことか、診察台にはあのエイリアンがいたのだ。目的は、血液検査。それを知ったとき、隊長は心の中で快哉を叫んだ。上層部は、決してエイリアンを信用していたわけではなかったのだ。検査の結果、エイリアンの有害性が証明されれば、世論は一気にエイリアン排斥へと傾く。隊長の戦いの正当性が、ようやく社会に認められるのだ。
 隊長にははっきりと見てとれる。今は無邪気な顔をしているエイリアンも、一年後には必ず牙を剥くだろう。女王のごとく振舞い、そして、地球人たちに僕となることを要求する。エイリアンの見せかけの愛らしさに騙され、すでに骨抜きとされた地球人たちは、その頃にはもはや、抵抗するすべを持たないだろう。
 隊長には分かっていた。だから、彼は上層部に訴えたのだ。エイリアンの企みを、見誤ってはならない、と。
「そんな可愛い女王様なら、お仕えしてみたいもんだ。」
 それが答えだった。地球人とは、かくも愚かであったのか…。
 
 
  空間を引き裂く大絶叫に、隊長がふと我に帰ると、診察台では騒ぎが持ち上がっているらしかった。エイリアンが血液検査に抵抗して暴れているらしい。そこまで検査を拒否するとは。隊長はほくそ笑んだ。よほど心にやましいことがあるに違いない。
 エイリアンはついに、洗濯ネットに捕縛されたようだ。再び血も凍るような叫び声が響き、強制的に採血が行われた。が、地球人側も無傷では済まなかった。エイリアンの爪で医療スタッフ二名が負傷。本部長が院長に必死に詫びを入れている。さすがに狼狽の色は隠しきれない。無理もない、愛らしかったはずのエイリアンがついに、凶暴な本性をさらけ出したのだから。
 我に返ったエイリアンは、静かに予防接種を受けている。今更もう遅いよ、隊長は胸の中で一人ごちた。慣れないことにパニックになっていたとは言え、あれほどの狂態をさらけ出したのだから。検査の結果はまだだろうか。隊長は興奮に思わず体が熱くなるのを感じた。
 続いて隊長の診察が行われ、過労と診断された。熱もあると言われた。(当たり前だ。)院長から注射を受けながら、しかし、隊長は信じられないことを聞いた。
 エイリアンの検査の結果は、シロだったのだ。本部長も医療スタッフも、小躍りせんばかりの喜びようで、エイリアンを撫でさすりながら、よく頑張ったと口々に褒め称えている。本部長がちらりと隊長を見た。隊長は思わず口を開きかけたが、やめた。今、彼が再検査を要求したところで、聞き入れられるわけもない。あの騒ぎを再現したい者など、誰もいないだろう。一事不再理。エイリアンの無実は確定したのだ。
 
 
 一時間後、隊長はエイリアンとともに宿営にいた。先程の凶暴さが嘘のように、エイリアンは最大限の媚びを見せ、隊長にすりよってくる。病院での出来事は、関係者の間で固く口止めされ、永遠に明るみに出ることはないだろう。いきさつはどうであれ、エイリアンの「無害性」は証明された。全ては終わったのだ…。
 虚ろな目をあらぬ方に据え、逞しい胸の毛をエイリアンに吸わせながら、しかし隊長は、一つの決意を心に秘めていた。(つづく)
 
 
 

(2009年8月9日撮影)