ダメ隊長の地球防衛戦記 エピローグ

 
 隊長は奇跡的に一命をとりとめた。しかし、彼が長い眠りから覚めたとき、すでに戦いは終わっていた。地球人たちは、何事もなかったように、元どおりの平和な生活を営み、その中にエイリアンは、まるで千年の昔からそうしていたかのように、すっかり根を降ろしてしまっていた。
 もはや、隊長のあの壮絶な戦いぶりを覚えている者など、誰もなかった。隊長は全てを失い、エイリアンは全てを手に入れた。だがもう、それもどうでもいいことだった。ぼんやりと周囲に漂わせた隊長の目に、薙ぎ倒された植栽が映った。エイリアンが蹴飛ばしたものだ。地球人たちはまったく意に介していない。隊長の予想どおり、エイリアンは目に見えない侵略を始めているのだった。
 だが、それが何だろう。全ては地球人たちが自ら望んだことだ。あの可愛い女王様にお仕えしたい、と彼らは、そう、言ったではないか。彼らの幸せは、彼らが決めることだ。彼らがエイリアンの傍若無人ぶりを愛するなら、それはそれで結構なことではないか。
   
 どこかから聞き覚えのある古い歌が流れてきた。瞬時、隊長は胸を掻きむしられるような強い憧憬に、全てを忘れた。あれは…あの頃、ミミと暮らした下宿の女将が、古いテープレコーダーでよく聞いていた歌だ。その歌詞は、期せずしてこの部分だった。
(ああ、ミミ!僕の美しいミミ!)
 自分は何のために戦ってきたのだろう。隊長は、虚脱感さえ通り抜けた、奇妙に醒めた意識の中で考えた。ミミは地球が好きだった。冬の午後のやさしい陽だまりの中、夏の朝の爽やかな微風の中、ミミの漆黒の被毛は光を帯び、星を嵌め込んだような金色の瞳は、うっとりと夢見るような色を浮かべた。幸せそうな彼女を見ることが、隊長にとっては、無上の喜びであった。
 ミミは孤独な彼の猫生に投げかけられた、一筋の光だった。あの日、孤児院を出たばかりで、心を閉ざしていた彼を、ミミは何も訊かずに、ただ優しく舐めてくれた。雪に閉ざされたあの下宿で、火の気のない炬燵の中、ぴったりと寄り添って温めあった日のことを隊長は今でもはっきりと覚えている。目を閉じれば、ミミの鼓動がまだ彼の胸に伝わってくるような気がした。
 結局のところ、彼が地球を守ろうとしたのは、ミミのためなのだった。彼女の愛した地球を、彼女の愛したそのままの姿に保ちたい。そうすれば、ミミはいつでも彼の傍にいて、あの美しい瞳で見つめていてくれる――彼女を亡くして以来、それだけが彼の望みであり、猫生を導く灯であったのだ。
 もう、俺には守るべきものは何もない、と、隊長は思った。いや、守るべきものなど、もうとっくに失くしていたのだ。ミミがこの世を去った時に。ミミのいない地球。ミミのいない猫生。そこに何の意味があろうか。ああ、ミミ。俺の美しいミミ。
  
 ふと、彼は額の上に、温かく柔らかい舌が静かに動くのを感じた。彼は目を閉じたまま、その舌が顔を舐めるに任せた。顔が温かくなり、体全体が柔らかくほぐれていくのが分かった。舌はあくまで優しく、リズミカルに動く。彼の孤独な思いを舐め取ろうとするかのように。ミミと初めて出会ったあの日の記憶がしみじみとよみがえり、冷え切った胸があたたかいもので満たされるのを、隊長は感じていた。彼の閉じた瞼の間から、うっすらと涙が滲んだ。目を開ければそこに、あの日の自分とミミがいるような気がした。そう、時は戻る。幸せな時代に。猫生に愛と希望を見出した、あの時点に。猫生はやり直せるのだ、きっと…。
  
 彼は目を開けた。
 エイリアンの黒い顔が、そこにあった。
「おじちゃん、ちゅばちゅばしてもいい?」
  
 

  
   
 完。
 
 
 Special thanks to Yoshiko”Oneisan”T.
 
 
 
 
 
作者補註:こうして体を張って地球のために戦った地球防衛隊長が、何を隠そう、後の抜け毛大魔王である。正義の騎士がいかにしてダークサイドに堕ちたのか、その真相は誰も知らない。しかし、過去の彼を知る人々は、畏怖の念を込めて、彼をこう呼ぶ。「ダーメ・ベイダー」と。
 
  
 
 
 
 To be continued to EPISODE 4.