嫌がらせの応酬

 ヨメはお風呂が大好き。
 何だか知らないけど、浴槽に非常にキョーミがあるらしいのである。
 浴槽の蓋が開いていると、必ず覗きこむ。そして、中に水が入っていないことを確認すると、必ず飛び込んで、浴槽の壁や底を検分するのである。
 過去に、風呂ポチャ事故2回、カラ風呂転落事故1回を起こしているにも関わらず。いやむしろ、そんな災難に逢っているからこそ、関心が高いのかもしれない。
 そして、本日、4度目の事故発生。


 今回の状況を説明しよう。
 前回のカラ風呂転落事故の時は、お風呂掃除の後で、浴槽は乾いていた。
 今日は、洗濯の際に、浴槽の残り湯をほとんど汲み上げた直後だったので、浴槽の底には、ほんのわずかに水がたまっていた。
 浴槽の蓋は、半分(一枚)が閉まり、もう一枚は、45度くらいの傾斜をもって、浴槽の縁から壁に立てかけてあった。
 その風呂蓋の配置が、ヨメにとっては、えらく新鮮だったらしい。
 折しも私は洗濯機から洗濯物を取り出している最中だったので、ついでにヨメの行動を見張っていたのだが、彼女は斜めに立てかけた風呂蓋の両側から代わる代わる首を突っ込み、浴槽を覗きこみつつ、何か考えている様子であった。
 ちなみに、当家の風呂場には窓はない。照明を点けていなかったので、浴室は薄暗い。浴槽の中は、更に暗い。
 とはいっても、猫は暗闇でも目が見える…はずなのだが。
 しばらく浴槽の中を目視確認していたヨメ。ついに決心して、斜めに立てかけた風呂蓋の下をくぐるようにして、一見カラの浴槽の中に飛び込んだものである。
 が。
 言ったとおり、浴槽の中は、実はカラじゃなかったんだな。
 着地のはずが、着水しちゃったヨメ。予想外の展開にパニックを起こし、慌てて脱出しようとするものの、慌てる乞食は何とやら(ちと違うか)、浴槽の縁にかけた手が滑り、よじ登り損ねて、更に大慌て。すぐに体勢を立て直して無事脱出したが、普段、私の入浴に付き合っているときと違って、脱衣所に足ふきマットは敷いてない。
 というわけで、そのまま台所に突っ走り、キッチンマットで足を拭いておりました。
 すべて、予想どおりの展開。
 ちょっとくらい床が濡れたって、拭き掃除の労働くらいの価値はある見物であった。


 ところが。
 話は、これで終わりではなかった。
 私が洗濯物を干し終わり、居間の座布団の上で一休みしていると、ヨメが鳴きながら近付いてきた。
 愛い奴、と思いながら撫でてやると、後脚としっぽの辺りが、まだ濡れている。(浴槽の縁で滑った時に、尻餅をついたのではないかと思われる。)
「お前、まだ濡れてるよ」
と、私が指摘した途端…


 ヨメは、傍らに積んであった、たたみ終わった前日の洗濯物を、その濡れたしっぽでぬるりと撫でたのである。


 こら!!!
 そこで拭くんじゃないっ!!


(よくも、あたくしをハメてくれたわね…。)
 嫌がらせの応酬、ということであろうか。


 違うってば。アンタが勝手に浴槽に飛び込んだんでしょ。
 私は静観してただけですっ。  


(あたくしの不幸を嘲笑うなんて…)