五年目の危機

 当家の猫晩飯タイムは、多分、一般家庭より遅い。
 私の帰宅が遅いことを想定して、遅めに設定したのである。
 そして、その想定は間違ってはいなかった。いやむしろ、想定した晩飯タイムより、私は相当遅く帰宅していた。
 3月までは。
 4月から仕事が変わり、用事がなければ定時に帰宅できるようになって、当初、私も戸惑ったが、猫どもも混乱したらしい。
 何がって、それまでは、「家主が帰宅する=直ちに晩ごはん」だったのに、家主が帰宅してもなかなかメシが出てこない、ということに、奴らとしては、どうしても納得がいかなかったらしいのである。
 まあ、無理もない。
 我が家は置き餌をしていないので、奴らは朝飯の後、何も食べていない。家主が帰宅する前から空腹には違いないのだ。
 であるから、奴らはおそらく、「ウチの家政婦は仕事が遅くて底意地が悪い」くらいの不満は抱いているに違いない。しかし、奴らが何と思おうと、私はヘーキである。
 ただ、某男がやかましくて参った。
 こいつは、とにかく辛抱強い。不屈の根性を備えた男である。
 絶え間なく熱い視線を投げかけられ、立ち歩くたびに食事場所にダッシュされ、高く低く響き続ける悲痛な叫びが遠吠えに変わる頃には、何だかこっちが精神の鍛練を強いられているような気分になってくる。
 それでも、私は負けてはいない。が、彼の視線が痛くて、結局、猫の晩飯が済むまでは、実は自分の夕食もお預けなのである。
 自分だって負けず劣らず、空腹であるにもかかわらず。


 以上が、前置き。
 そうした生活の変化から3箇月を経過し、奴らもようやく、今のスタイルに慣れてきたらしい。
 帰宅直後には、それほど騒がなくなった。
 私の精神鍛練タイムは、以前の半分くらいに短縮された。
 ありがたいことである。


 そして、今日。
 帰宅して、そっと玄関を開けると、いつになく静かである。猫の鳴き声が全くしない。
 少々不安にさえなりつつ、玄関の明かりを点けると、何のことはない、二匹とも、いつもどおり、ちゃんとお出迎えには来ていたのだ。
 が、しかし。
 二匹とも、かろうじて「お出迎え」と認定できるところまでしか来ていなかった。
 ヨメは呑気に座って胸の毛を舐めている。
 ダメに至っては、私にお尻を向けて、伸びをしている。
 やる気というものが、全く感じられない。


 やっぱり、ね。
 すぐにメシが貰えないなら、熱烈歓迎なんかする気にならない、
 …という意味であると、私は理解した。


 まあ、猫ですから。
 と、思いつつも。


 おいっ!大治郎クン。
 キミは私のことを、死に物狂いで愛していたんじゃなかったのか!?


(だって、暑いし〜)
 ↑言い訳になってない!