CED

 

 
 驚くべきことが起こった。
 家主が、ダメちゃんに負傷させられたのである。


 このごろ、私がブログ更新をサボっているのには、理由がある。
 いや、理由なんてない、とも言える。
 早い話が、朝、起きられないのである。
 いったん崩れた早寝・早起きの習慣。早寝の方は、11時頃までには就寝するところまで戻したのだが、早起きの方がついてこない。
 目覚ましが鳴っても起きられず、結局、覚醒するのが5時半頃。
 しかも、困ったことに、目が覚めてから活動を始めるまでに、1時間近くかかるのだ。
 猫どもは、私が目を覚ますまでは(起こしても無駄だと知っているので)、大人しく待っている。が、目を覚ましたと見るや否や、猛烈に騒ぎ出す。特に、ダメが。
 こういうとき、ダメは実に粘り強い男である。その1時間の間、彼は絶対にあきらめないし、努力を中断することもない。私の周りをうろうろしながら、ひたすら鳴き続けるのである。
 ついでに言えば、ダメの鳴き方。
 前半戦は、高く明るい声で「ワアー」と鳴いている。
 やがて、しびれを切らし、苛々してくると、トーンが下がって、ドスのきいた「グワー」になる。
 この時点で、彼的にはかなり機嫌が悪くなっているはずだと思うのだが。
 それでもなぜか、私の近くに来ると、同時に喉がゴロゴロとなる。
 やはり、呪われた咽頭を持つ男なのだ。


 まあ、そんなわけで。
 その朝も、私はとりあえず起き上がったところで、ただぼんやりと、布団の上に座ったまま、猫どもの様子を眺めていた。
 その間、ゴロゴロゴロ…グワー…ゴロゴロゴロ…グワー…ゴロゴロゴロ…、という通奏低音が、傍らの楽士によって奏でられている。
 やがて、楽士がおひねりを求めて近寄って来たので、私は彼の頸筋の辺りを撫でた。
 楽士が頭を摺り寄せてくる。
 続いて、胸のあたりを撫で。
 さらに、おなかを撫で始めたところで、ついに嫌がられた。


 ダメは、触られたくないときや離してほしいとき、私の手を舐める。
 私が、「舐められ嫌い」なのを承知してのことである。
 それでも止めないと、私の手を軽く噛む。
 噛む、といっても、七割方甘噛みなので痛くはないのだが、そこまでされると、私もさすがに手を引っ込める…のが、通常のパターン。
 だが、その時は、ぼんやりしていたせいもあって、手をひっこめるのが遅かった。
 ダメの歯にだんだん力が加わり、
「あ、痛!」
と、気がついた時には、すでに歯が刺さっていたのである。
 
 

(後刻撮影)
 
 
 ダメもヨメも、それから実家の猫たちも、考えれば、今当家にいる猫たちは、みな、安全な猫である。
 噛んだり爪を立てたりしない。人間と遊ぶ時は、爪をひっこめることを知っている。
 私は完全に平和ボケして、油断していた。
 後になって、ふと思った。
 これがジンちゃんだったら、どんな大惨事になっていたことか。
 何しろ彼女は、CED(Cat of Extremely Dangerous)なのだ。
 
 
「そういえば、最近、怪我してないよね。」
先日、ある友人に言われた。
「前は、生傷が絶えなかったよね。」
と。
 そのとおり。
 ジンは、気に入らないことをされると、本気で怒る鉄火姐さんだった。
 何しろ、目が怒りに燃えているのだ。
 従って、怒って噛む時は、最初から力いっぱい噛みつく。
 今にして思えば、まさにExtremely Dangerousな猫であったのだが、猫飼い初心者であった我が家族は、そういうものだと思って大して気にしていなかった。
 というより。
 彼女が一番遠慮なく噛みつく相手だった私が、怒りに燃える彼女を「怒るとますます美女!」と絶賛するほどの超猫バカであったので、それはそれで、ひとつの個性として捉えられてきたのである。
 
 
 話は戻ってダメちゃんであるが。
 記憶にある限りで、彼が人間に怪我をさせたのは、今回が初めてではないかと思う。
 で。
 私の猫バカぶりは健在であったらしい。
 怒ったりがっかりしたり、という感情は、全く沸き起こってこなかった。
 そのかわり。
「ダメちゃんも、こんなことができるんだね。それでこそ猫!!」
と、妙に嬉しくなってしまったものである。
 そうは言っても、噛みついたときのダメの目は、全然怒りに燃えてなんかいなかった。
 しつこい人間を持て余した、困った猫の目であった。
 ジンの場合とは、実は全く意味合いが違う。
 彼の場合は、単に、体がデカい分、顎の力が強かっただけなのだ。


 でも、モノは考えよう。
 怒らずしてここまで噛みつくことができるなら、ダメちゃんが本気で怒ったら、それこそキケンだということには、ならないだろうか。
 いや、でも…
 それ以前の問題で、彼に、本気で怒ることができるのだろうか。
 というより、怒ったとき、そのエネルギーを的確な攻撃に変換することが、できるのだろうか。
 普段、怒り慣れていない人には、それって結構、難しいんだよね。


 では、彼はCEDではないのか。


 そこで、私は気が付く。
 彼に噛まれて喜んでいる、自分の猫バカぶり。
 これは、彼等の洗脳の結果ではないのか。
 彼らが発する猫エキスを、日々、吸引させられ続けたことにより、私の理性は、いつの間にか崩壊していたのだ。
 そして。
 ジョン・マルコビッチのマーヴィンは被害妄想になったが、私は被愛妄想に陥っている。


 ダメちゃん。
 キミが噛んだのは、私を愛しているからだよね。
 愛い奴。
 愛してるよ、キケンなダーリンvv
 
 
 

輪ゴムは、最初から生きていません。