神は試練を与え給う

 

 
   
 キンモクセイの 花が咲いたら
 さあ、行こう!ダメちゃん。
 
 
 

 
 
 10月の風が
 渡る道を

  
 
 

 
 
 動物病院へ
 遠乗りしよう。
 
 
 

 
 
 ダメちゃんを 肥やしてくれて
 ダメちゃんを、肥やしてくれて
ありがとう、ぼくのマブダチ
 ダメちゃんを肥やしてく〜れ〜て〜
 
 
 

 
 
 …と、楽しく歌っていたのは、往路だけ。
 
 
 帰り道。
 
 
 家に帰れると分かって、騒ぐのをやめたダメと、むっつりと押し黙った家主。
 重い猫と重苦しい空気を乗せて、自転車はのろのろと進む。
 
 
 やがて。
 胸につかえる重苦しいものを吐き出そうとでもするかのように、家主は低くつぶやく。
「洒落にならなかった…」
 
 
 動物病院で、久々の体重測定。
「何だか、ちょっと太ったような気がするんですよねー。」
と、笑いながら、家主は、抵抗するダメをなだめすかして診察台に乗せたのだった。
 結果は…
 
 
 6.95kg!!
 
 
 …って、それ、ほとんど7キロやん!!
 
 
「記録更新しちゃいましたね。」
と、先生は優しい口調で言うが、目は笑っていない。
 そして、カルテをめくって、
「一度、6.85まで行って、翌年、ダイエットして痩せたんでしたよね。」
 はい、そのとおりです。
 でも、考えてほしい。小さな動物病院とはいえ、かかりつけにしている猫はたくさんいるはずなのだ。それなのに、先生はカルテも見ずに「記録更新」とおっしゃった。
 いくらダメが気に入られているとはいえ(先生宅の先代の猫に似ているから)、数字を見ただけで「記録更新」と言う。
 それは、その数字が、有り得ない数値、言い換えれば、先生にとっても衝撃だった、ということではないだろうか。
「2年前は、6キロちょっとだったのにねえ。」
 そのときは、一時的にダイエットに成功したのだった。
 2年間で900g。人間にしてみれば、8年間で、単純計算して9キロ増えたことになる。
 今、ダメは人間年齢で42歳くらい。となると、30代前半では、ちょっと太めくらいだったお兄さんが、40を越したころには9キロ増えてデブオヤジ…ってなことになる。
「メタボですな。」
 それが、トドメだった。
 
 
「今はともかく、10歳過ぎるとやばいですよ。」
と、先生は真顔でおっしゃる。
「突然、ご飯食べなくなって倒れちゃったり…」
 彼がごはんを食べない、という事態は、全く想像の範囲外なのだが。
「うちの猫もそうでしたからね。そうなると、毎日、泣きながら注射して…」
「それは嫌です。」
 思わず、即答した。
 あんな切ない日々は、もう二度と経験したくない。
 何しろ、私は注射が下手なのだ。今でも思い出すと、ミミに申し訳なくて涙が出そうになる。
「じゃあ、痩せないと。」
 
 
「もっとダイエットさせないと、駄目かなあ。」
「いや、それより、運動させなさい。」
 そのくらいの年齢になると、あまり動かないで寝てばかりいるでしょ?と、先生は看破する。たしかに、そのとおり。
「でも、どうやって動かしましょう?」
「ねこじゃらしとか、色々おもちゃがあるでしょ。」
 いや、おもちゃなら、家にもないわけじゃないのだが。
 色々、モンダイもあるのだ。
 例えば… 
「でも、おもちゃを出すと、別の猫が来ちゃうんですよねぇ。そうすると、こいつは、譲っちゃうんです。」
「優しいわねえ。」
と、助手さんは感心して下さるが、先生はむしろ呆れている。
 でもね、さらに本当のことを言うと。
 猫どもが一番乗って来る、釣り竿式猫じゃらしを出せば、ダメも真剣に遊ぶ。ただし、真剣すぎて、あの巨体で突進してこられると、私の方が怖くて引いてしまうのだ。
 それに、ドドドドド…ドスン…バタン…と、マンション住まいでは、ちと気になる。
 だいいち。
 そんなにして、日々、遊んでやる時間が、にゃい。
 
 
「一応、少しは二匹で遊んでいますが…」
 そうだ、ヨメが悪い。(と、とばっちりはヨメに行く。)
 何のために、オマエを飼っていると思ってるんだ。
 自分だけトレーニングしてないで、ダメと遊んでやれよ。
 夫の健康管理もできないなんて、妻として失格だぞ。(と、自分の飼い主責任は棚に上げて言う。)
 と、苦々しく思いを巡らす私をヨソに、先生はフードのサンプルを探している。
「大ちゃんは、何でも食べる?」
「はい、食べます。」
 何しろ、常にご飯が足りてない状態ですから。(彼的には)
「こんなのもあるけど。」
と、先生の手に握られていたのは、ヒルズのw/dのサンプルだった。
「あ、それなら、前に食べてましたから大丈夫です。」
「今は?」
「今は、ロイヤルカナンの『満腹感サポート』を食べさせてます。」
「え…」
 先生は、絶句した。
 改めてサンプル棚を探って戻ってきた先生の手には、もはや何も握られていなかった。
「そこまで行ってたか…」
 それが、トドメのトドメだった。
 
 
 打つ手なし。
 重苦しい空気に耐えかねたように、自転車はマンションの駐輪場にへたり込む。
「ただいま。」
 何も知らずに、玄関先まで走って出迎えに来るヨメ。
 お前、家主ひとりが帰宅した時は、出迎えになんか来ないくせに…
 と、突っ込む気力も、もはや、ない。 
 
 
 
 
 そう。貰ったらキミに横流しするつもりだったんだけどねえ。
 ごめんね。今度、「減量アシスト」買ってあげるから。
 
 
 ああ。
 犬はいいなあ。
 運動不足なら、ドッグランに行けばいいんだから。
 猫にキャットランはない。造ったって、みんな隅っこに潜り込んだまま、走りゃしないだろうからね。
 
 
 タワーをもう一台、置こうかな。場所がないけど。
 動物病院の唯一のお土産、「ペピィ」のカタログをめくりながら、現実逃避する家主である。
 
 
 
 

 キミに贅肉をくれた神様がかい?