ヨメ猫復活記
先日のヨメ発熱事件の顛末を書かないでいるうちに、ずいぶん時間が経ってしまった。
「ヨメちゃんファン」様から、お叱りのコメントもいただいていたのだが、大丈夫、ヨメは現在、至って元気である。
今日も、せっかく掃除した居間のラグの上に、植木鉢の土を散らかして、臆することなく姑に挑戦してきたくらいである。
そんなこんなで、今さらではあるが、前回以後のヨメ復活の顛末を、今日、ここ記そうと思う。
こう言っちゃナンだが、熱でヨワっているヨメは、従順で可愛かった。
いつまでも発熱していてほしい…と、一瞬、本気で思っちゃったくらいである。
今にして思えば、その感覚は正しかった。倫理的には問題があるとしても。
しかし、当時の私は、そうした自分の素直な心の声を、即座に全否定した。
いやいや、「可愛いムムちゃん」には、早く元気になってもらわなければ。
元気になると、彼女は再び私に挑戦してくるということを、その時、私は忘れていたのだ。
だからこそ、あの渾身の豪華ディナーを用意したのである。結局、食べたのはダメちゃんだったわけであるが。
ヨメは、私の手作りディナーを、食べなかった。
しかし。
先生の治療のおかげで、翌日から、ヨメはごはんを食べるようになった。
普通の猫メシを、ね。
翌朝、朝のデモ行進にヨメも参加していたので、あ、これは食べるかな?と思い、ダメと一緒に、レトルトのウェットフードを出してみた。
すると。
食べたのである。少しだけ。
で。
砂かけした。
が、立ち去らない。
明らかに
「カリカリ出しなさいよ」
と、言っているのである。
私は迷った。
先日、動物病院で、絶食の後、いきなりカリカリでは、消化器への負担が大きすぎると言われたばかりである。
だが、同時に「この子が食べたがるものなら何でも」とも言われた。
どうしよう。
食べたがっている時がチャンスである。ふやかしフードを作っている暇はない。(それに、この様子だと、多分、ふやかしフードは食べないだろう。)
考えた末、ウェットフードの上に、少量のカリカリを「ふりかけ」にした。
これは、ヨメがワガママを言ってウェットよりカリカリを食べたがる時に、いつも使う手である。
こうすると、騙されたヨメは、カリカリを食べた勢いで、下のウェットまで食べるのが常である。
ヨメはふりかけご飯のにおいを嗅ぎ、食べた。
上に乗っているカリカリだけを。
そして、立ち去った。
残ったウェットフードが、ダメちゃんのお腹に収まったことは、言うまでもない。
そこからが、闘いであった。
以降、ヨメはお腹が空いたと言っては、ダメと一緒に食事場所に来るのだが、食べ方が、どうにもはかばかしくない。
ウェットを出すと、ちょっとだけ食べる。その後は、カリカリしか食べない。
胃腸が弱っているのだから、本当は、カリカリよりウェットを食べてほしいのに、である。
亡くなったミミさんは、カリカリしか食べられない子であった。
ウェットフードを食べると、お腹を壊す。
我が家に来た当初は食べていたのだが、下痢をするので先生に相談したところ、ウェットをやめるよう勧められ、出すのをやめてしまった。彼女自身も自覚したらしく、出しても食べなくなった。
元気な時は、それでよかった。
困ったのは、病気になってからである。
薬を飲ませるのが徹底的に下手な私に、毎日の投薬なんて、出来るわけがない。「ご飯に混ぜなさい」と、先生はおっしゃるのだが、混ぜようにも、ご飯が全部カリカリでは、混ぜようがないのである。
結局、錠剤をトンカチで砕いて粉にして、それをカリカリにまぶして食べさせていたのだが、味が分からないように猫ミルクの粉を混ぜたり、カリカリを砕いてその中に薬の粉も混ぜてからまぶしてみたり。そこまでやっても、結局半分以上、ご飯そのものを残してしまったりして…と、まあ、結局、投薬できたんだかできないんだか分からない状態であった。
それより何より、朝晩、台所からトンカチの音が響いて来る我が家を、近所の人は、どんな奇怪な思いで眺めていたことであろうか。
「でも、この子は、ウェットフードも食べられるから良かったです。」
と、私は動物病院で言ったのだ。
絶食後にカリカリは控えなさい、と、警告された時に。
まずは、口当たりの良いウェットフードで慣らしてから、仔猫の離乳食のように、少しずつカリカリを混ぜる。
今回は投薬はなかったが、薬を飲ませる必要が生じたときは、ウェットに混ぜればよい。
私の脳内設定は、そうなっていたのに。
どうだろう、この体たらく。
いや。
ここで負けては、姑の名がすたる。
だから私は、懲りずに、「ウェット多め、カリカリ少なめ」を心がけたのだ。
もちろん、最初からカリカリは出さない。砂かけしたら、ふりかけご飯にする。
「もっとカリカリ出しなさいよ。」
と、ヨメは不満げに鳴く。
が。
私は負けない。
「だめよ。そんなにカリカリ食べたら、お腹に悪いの!」
ヨメは、プイと背中を向けて立ち去る。
ひょっとして、これは本末転倒なんじゃないだろうか、という不安が、姑の脳裏をかすめる。
彼女が食べたいと言うなら、食べさせてあげるべきなんじゃないだろうか。
この時点で、まだ、「可愛いムムちゃん」の亡霊は、生きていたのだ。
なお、このときも、残ったウェットフードがダメちゃんのお腹に収まったことは、言うまでもない。
次の日から、私の考えも変わった。
もはや、絶食と言うべき状態は過ぎた。
今のところ、ヨメはお腹を壊してもいないし、吐いてもいない。
だったら、体力をつけさせるため、少しでも食べさせた方がいい。
何しろ、最初に動物病院に連れて行った時、すでにヨメの体重は、前回の測定より0.5kg減っていたのだ。
相変わらず、ウェットを食べさせる努力はするが、彼女が食べたいだけ、カリカリも食べさせることにした。
まずはウェットを出す→ヨメが砂かけする→カリカリを少量乗せる→ヨメがカリカリだけを食べる→カリカリを足す→また砂かけする→違うカリカリを乗せる(この時点でけっこうテンコ盛り)→まあ、これで妥協するか、と言わんばかりに、ヨメがカリカリを食べる→ウェットフードが残る→自分の分を食べ終えたダメが、ヨメの残り物を片付ける
我が家の猫飯は、上記のような手順に変わった。
でもさ。
そんだけ食べられるんなら、それって、本当は単なる好き嫌いなんじゃないの?
そんな疑いが、姑の脳裏をかすめる。
「可愛いムムちゃん」の亡霊が、幻影でしかないことに、姑はようやく気付き始めたのだ。
豪華ディナーが、日曜日。
ヨメが病後はじめて食事をしたのが、月曜日の朝。
そして。
それが水曜日だったか、木曜日だったか、定かに覚えてはいない。
朝、夢うつつの寝床の中で、姑は、猫たちがメシくれコールを叫ぶのを聞いていた。
そして、夢うつつの寝床の中から。
いいや、夢ではない。確かに私は見たのだ。
ヨメが目にも止まらぬ弾丸ダッシュで、隣のリビングを駆け抜ける様を。
お前…
バリバリ元気じゃん。
その後、寝室を覗き込んだヨメは、自分を見ている姑と目が合った。
このとき、彼女は自分のミステイクを悟ったのだと思う。
「可愛いムムちゃん」の欺瞞は、すでに打ち破られていたのだ。
その朝から、ヨメはきちんと出されたごはんを食べるようになった。
以上が、ヨメ復活の顛末である。
思う存分、病猫気分を満喫したヨメは、それでどれだけ姑を振り回したかなんぞ、もはやすっかり忘れて、以前と同様、堂々と振る舞っている。
いや。
ひょっとして、彼女の目的は、最初から姑を振り回すことにあったのではないか。
「可愛いムムちゃん」の幻想が破れた今、姑は、そんな疑いさえ抱くに至っている。
が。
一見、ヨメ姑の確執の一環と捉えられる、この一件。
しかし、少し離れて、客観的に眺めてみると。
一連の騒ぎで、得をした者が、実は存在するのだ。
言うまでもない。それは終始脇役に徹していた、ヨメの夫である。