そしてまた冬が訪れる

 


  
 あまり早くはないが、一応、朝。
 さて、洗濯するか、と、風呂場を覗くと、ダメが風呂蓋の上にいる。
 ありゃりゃ。洗濯ができない。(風呂の残り湯が汲めない。)
 温まっている彼を追い払うのも可哀想で、どうすんべえ、と思案しつつ、同時に頭の片隅で思う。
 ああ、もう、そんな季節になったか。
 朝食後の猫が風呂蓋の上に乗る季節。花も紅葉もないマンションの風呂場で、しみじみと秋の深まりを実感する瞬間である。
 
 
 だから、というわけでもないが。
 今日は、模様替え決行。
 夏用の畳ラグを片付けて、キルティングのラグに取り換える。
 夏物の座布団カバーを、冬物に取り換える。
 とりあえず、それだけなのだが。
 
 
 今の家に住み始めて13年。当初の意気込みはどこへやら、すでにインテリアにさっぱり興味をなくしている私は、13年間、モノの配置を変えたことがない。
 暑くなったり、寒くなったりと、必要に迫られるから夏物と冬物を取り換えるだけで、つまり、半年経つと全く同じ状態に戻るという、新鮮味ゼロの模様替えしかしない。
 強いて言えば、冬物のラグが猫どもの爪にやられてボロボロになったので、一度買い換えているだけである。それだって、他の家具類とのバランスを考えなおすのが面倒で、同じようなものを探して買った。
 ダメちゃんが我が家に来て7年目。
 となると、彼の知っている模様替えとは、半年経てば元の状態に戻る変更でしかないわけで、部屋の景色が少々変わったからって、ドキドキもワクワクもビクビクもしないのは、むしろ当然なのであろう。
 と、言いたくなるほど、私の労働に、彼は無関心であった。
 
 
 さすがに、畳ラグを片付けて床を掃除している間は、隣の和室に避難していた彼であるが、終わるとさっさと戻って来て、
 
 

  
 
 フローリングの上にぽつんと残された椅子の上に座る。
 
 
 いつも思うのだが、座卓を片付け、敷物を取り払ったフローリングの床は、いつもより広く、若干おしゃれに見える。
 この状態で暮らせば、私の生活のクオリティも、いくらか上がるのではないか。
 そんなことを、毎回ちらりと思うのだが、結局、そりゃ無理だ、で終わる。
 それでは、床に寝転がれないではないか。
 冬は冷たいし、寒々しいし、もし仮に我が家が床暖房だったとしても、そもそも、床に寝たら痛いじゃないの。
 ちなみに、実家のリビングは床暖房で、その代わり、カーペットやラグを敷いてはいけないらしい。おかげで、私はたまに実家に帰ると、居場所がなくて困る。
 であるから、我が家でおしゃれなフローリング生活など、どだい無理な話なのである。
 だいいち、そんなことをしたら、ダメちゃんが困るじゃないか。
  
 
 こう言っちゃナンだが、彼は軟弱男である。
“オレだって野良になったら、野性に戻って生きていけるさ”的な気概はひとかけらも持っていない、というより、そんなこと、おそらく、考えたこともないに決まっている。
 というのは。
 彼は決して、固いところに座らないのだ。
 夏の暑い日などに、冷たい床で体を冷やしたい時以外は、必ず敷物のあるところに座る。
 ただし、王子様やお坊ちゃまではないので、敷物の種類は問わない。
 雑巾でも新聞紙でも、事によったら段ボールでも、別に文句は言わない。いわんや私のかばんをや、である。
 そんな彼だから、掃除機の音が止んで、やれやれとリビングに戻ってみたら、きれいさっぱり、座るところがなくなっていて、さぞかし困ったに違いない。
 彼にしてみれば、あの椅子に乗るよりほかに、身の処しようがなかったのだ。
 
 

  
 
 キミのその気持ちは、よく分かるんだよ、大治郎くん。
 同じ「床に寝る派」として。
 だが、そんな私でさえ凄いと思ったのは、彼がその後、頑としてその椅子を降りなかったことである。
 
 
 夏物の片付けが終わったら、当然、次は冬物の配置である。
 そこで、困った。
 ダメちゃんが座っている椅子は、実は、夏・冬とも、敷物の上に置いているものなのだ。
 大きくて重いため、運び出すのが面倒なので、いつも左右に傾けて脚を動かしながら、下の敷物の方を、引き抜いたり差し込んだりして、何とか取り換えを完了している。
 そう。
 であるから、今、その上に体重6kgの大治郎君がでんと鎮座ましましているのは、非常に都合が悪いのである。
 が。
 彼は、降りる気なんか、さらさらない。
 かといって、クッションの上で気持ちよく日向ぼっこしている彼を、追い払うのも可哀想で、どうすんべえ、と、私はしばし思案した。
 といっても、とくに妙案があるわけでもなく。
 結局、彼を乗せたまま、いつもどおり脚を左右に動かして、椅子の下に敷物を敷き込むことにした。
 
 
 幸い、椅子の下に敷物を敷き込むと言っても、敷物の上に乗せるのは、右側の脚だけである。(左側は敷物の外にはみ出した状態になる。)
 だから、持ち上げるのは、右側だけで良いのだ。
 後は、位置合わせ。
 それをどういう手順でやるかだ。
 使いつけない鈍いアタマで必死に考え、まずは、ダメの乗っている椅子を、ずるずるとそのまま引っ張って、定位置である部屋の隅に持って行った。
 それから、目見当で、定位置となろう位置に、敷物を配置する。
 当然、椅子のある角は、三角に立ちあがってしまうわけで、次にそれを、椅子の下に差し込む手順に入る。
 いつものとおり、椅子の右側を片手で少しだけ持ち上げて、反対の手でそろりと差し込めば…
 と。
 ありゃりゃりゃ。
 駄目だ、こりゃ。
 重すぎて、椅子が片手で持ち上がらない。(重いぞ、大治郎くん。)
 
 
 それが、ケチのつき始め。
 そんなの、両手で椅子を持ち上げて、足で差し込めばいいんじゃない?と、思うでしょ。
 ところが、そう簡単にはいかないのである。
 実は、冬物のラグの下には、ホットカーペットが入る。そのコントローラーが、ちょうど椅子の下にくるのだ。
 このため、ホットカーペットの固さと、コントローラーの大きさとの関係で、この位置で椅子を持ち上げるとしたら、椅子の角度を60度くらいまで傾けないと、敷物の角がうまく椅子の下に進入してこない。
 ダメを乗せたまま、その角度は無理というものだ。
 ならば角度を緩くするとなると、敷物と椅子の距離をいったん離さなければならず、かといって、椅子はもうギリギリ部屋の隅だから、敷物の方を動かさねばならず、となると、敷物の上に乗って作業している私が、まずは降りないと。
 だが、そうやって何とか、椅子の右側の脚を敷物に乗せたとしても、その後の位置合わせはどうするのか。椅子の下になる部分も、もっと深く押しこまなきゃだし…
 そんなこんなで、この課題は、当初予想されたよりも、はるかに困難なプロブレムだったのである。
 結局、だましだましという感じで、少しずつ椅子と敷物を動かしながら、最終的には位置も合わせたのであるが、その間、椅子はあっちに引っ張られ、こっちに押され、横に傾け、前後に傾けと、どう考えても安住の地ではなかった、と思う。
 が。
 
 
 野性に返って固いところで寝ることを潔しとしない大治郎君は、その喧騒の中、少しも臆することなく、クッションの上で沈黙を決め込んでいたのであった。
 
 

 オメエのせいだ、オメエの!!
 
  
 思うに、彼は、部屋の中で今何が起こっているのか、的確に理解していたのではないか。
 だから、オドロキもしないし、焦りも、怖がりもしなかった。
 自らがここで暮らすようになってからの7年間。毎年2回、何の変わりばえもなく繰り返される儀式に、彼は慣れっこになっていたのだ。
 
 
 一方、自分のやる気のなさ・ワンパターンさを間接的に指摘された私は、これにより著しく気分を害したことを、一応つけ加えておく。
 
 
 そして、夜。
 冬物の温かいラグの上に座っているダメちゃん。
 しかし。
 その位置だと、どの向きでも、微妙にはみ出しているような気がするのだが。
 
 

 
 
 
 
 

 
 

  
  
 あのさ、だったら何で、座布団に座らないの?
 昨日までは、座布団にばかり座っていたじゃない。
 
 

平成24年10月14日撮影)
  
  
 冬物の座布団カバーの、サテンの感触がキライなのだろうか。
 でも、これだって毎年使っているし、今までだって、ここに座ることも、あったよね。
 
 
 それとも。
 
 
 今日の私の作業が、半年前と同じ室内状況の再現に他ならないことを、よく知っているダメちゃん。
 となると。
 彼は、このラグの下がホットカーペットであることを知っていて、だからこそ、敢えて座布団に乗らずに、ラグにへばりついているのではないか。
 私がスイッチを入れることを期待しつつ。
 
 
 でもねえ。
 いくら何でも、そりゃ早すぎるよ、オッサン。
 まだ10月でしょ。ここはお山のてっぺんじゃあ、ないんだよ。