壁紙剥がしのチビのこと
9月に山梨に行って以来、ずいぶんたくさんの方から、
「新しい猫はいつ来るの?」
と、訊かれた。
予定は、11月の連休頃。
クリスマスにお披露目するね、と、友人たちには話してきた。
そして、今日。
Yuuさんからメールをいただいた。
チビが、夕方5時55分、虹の橋へと旅立った、と。
実は、10月19日に、メールをいただいていた。
風邪をこじらせ、インターフェロン3日連続のメンバーに入っていた、と。かなり危ない状態が続いていたが、「なぜだか不思議と生きてくれています」と、書かれていた。
その時点で、兄弟猫三匹は、すでに亡くなっていたという。
強情で医者泣かせ。強制給餌も、無理に口をこじ開けようとしても無理だったそうだ。
その状態で、ずいぶん頑張った。
その後は、食べてはいたらしい。ただ、体重は、300グラムから増えないまま、小さな小さな体のままで、ついに力尽きたのだった。
もう少し。
もう少しで、一緒に暮らせるところだったのに。
強制給餌も受け付けないくせに、兄弟猫のなかで一匹だけ生き残っている、と聞いた時、私は勝手に、
(ミミとムムが、天国から守ってくれているんだ。)
と、思った。
一回しか会っていないのに。
本当にうちに来ると、決まっていたわけでもないのに。
それなのに、何だかもう、うちの猫みたいな気がしていたのだ。
だが、よく考えると、私はチビに本当に何もしていない。チビの方は、私を覚えてなんかいなかっただろう。
私が彼女にしてあげたことは、ただ一つだけ。
私が彼女に、つけた名前。
ジュゲム――寿限無――
長生きしてほしかったから。
ミミもムムも、あまりに早く、旅立ってしまったから。
彼女へのたった一つの贈り物は、あまりにも悲しいプレゼントになってしまった。
私はどうしたらいいんだろう、と、今、戸惑っている。
「気をとりなおして、新しいご縁を探します」と、Yuuさんにはお伝えしたが、モノじゃあるまいし、予約した子が亡くなったから、ハイ、次!…なんて簡単なものなんだろうか。
それでは何だか、あまりに不人情な気もするが、だが、冷静に考えれば、彼女はまだ、正確にはうちの子ではなかった。ただ一度会っただけ。その一回だって、彼女が特に私に懐いたわけではない。
一日も早く、新しい猫を迎えたい。その思いが、消えるわけではない。
それに、根拠は全然ないけれど、一匹飼いの期間が長くなればなるほど、新しい猫を迎えた時のダメの抵抗が大きくなるような感じがして、少々焦りを感じているのも事実だ。
けれど。
じゃあ、猫なら何でもいいのか、と言えば、そこまで割り切れない自分もいる。
我が家に来るべく生まれてきた、ただ一匹の猫。そんな子を迎えたい。
キミはここに来る運命だったんだよ、と、心から言ってあげられるような子。
ミミともムムとも違う、だが、彼女たちの「系譜」を受け継ぐ猫。
ジュゲムがその猫だと、思ったのだ。
世間には、赤い糸を探している猫が、こんなにたくさんいるのに。
その中から、「我が家の猫」に巡り逢うのは、何と難しいことだろう。
我が家の猫になるはずだったジュゲム。
彼女のことを、どう考えたらいいのか。
うちの子、と、呼んであげるのが、せめてもの供養なのか。だが、私にそこまでの資格はないように思う。彼女のことをほとんど知らないのだから。
それに。
彼女を「うちの子」として受け止めると、また当分、次の猫を探すことはできなくなる。
だが、彼女が「うちの子」でなかったとしたら。
うちに来る前に旅立ったことが、その証明であるとしたら。
今後、私は何を基準に、「我が家の猫」を探せばいいのだろう。
名前を、つけなければよかった。
そうすれば、もう少し、割り切ることもできただろうに。
どうせ届かない祈りであったのだから。
寿限無
限りない長寿を意味する名前。