エサの切れ目が縁の切れ目


 
 
 一週間前の話を今頃書くのも如何なものかとは思うが、実は先週、三連休の後ろ二日間で、職場の後輩たちと小旅行に行ってきた。
 行先は、信州安曇野
 高速バスの中は、明らかにスキーかスノボに行こうとしている人々ばかりで、どこから見てもそんな労働をする決意など微塵も感じられない私たちは、ミステリアスに浮いた存在であったと思う。
 メンバーは4人。私のほか、ヨシハル♀に、天竜いちご、そしてもう一人、以前、爬虫類カフェ訪問に参加していた、囲碁少女のMちゃんである。
 穂高駅前に11時過ぎに着。まずは「安曇野アートヒルミュージアム」で、昼食と、ガラス工芸体験。
 絵描きの天竜は張り切ってサンドブラストのキューブに自キャラを描きまくり、ヨシハル♀はグラスを、Mちゃんと私はハンコを作った。
 棒人間しか描けないはずのヨシハル♀が熱心に下絵を描いているので、何を描いているのかと思えば、彼女の好きなゲームのキャラであった。割合単純なデザインだったので、サンドブラストでの絵付けもきれいに仕上がり、いかにも本物っぽいグラスを手にしたヨシハル♀は、
「これで公認グッズを買わなくて済む!」
と、喜んでいた。
 変なところで貧乏性を発揮する奴である。(でも、ひょっとすると、グッズを買った方が安いかもしれない。)
 ちなみにこいつは、未だにフリースにくるまって暖房なし生活をしているらしい。
 私は、せっかくだからと「縞子」のハンコを作った。
 ふと、一緒にハンコのデザインを描いているMちゃんの手元を見ると、本名とはちょっと違う名前が書いてある。
「Mちゃん、その名前は?」
「偽名です。」
「・・・・・・」
 ――こいつも、よく分からない奴だった。
 で。
 私の「縞子」のハンコは、コレである。どう考えても使う機会がないので、多分、このままお蔵入りであろう。
 
 

  
  
 宿泊はコテージ。



  
  
 今回の目的は、ズバリ「暖炉」。
「暖炉付きコテージに泊まる」という触れ込みに惹かれて、後先考えず予約したもので、そもそも雪が降るという発想さえ、私たちにはなかった。であるから、朝、バスに乗ってみて、周りがスキー・スノボ客ばかりであることに、むしろこっちが驚いたくらいの話なのである。
 その暖炉。
 
 

  
  
 ちなみに、積んである薪は、「オガライト」というもので、要するにおがくずを薪の形に成形したものらしい。見た目は固そうだが、ちょっと固いところにぶつければ簡単に折れる。
 暖炉の使い方の説明書きに「オガライトを半分に折って…」という一文があり、そうとは知らない私たちは、その瞬間、一斉に天竜を見た。
「やっぱり薪割りじゃないですかっ!!」
 事前に、「アンタは薪割り担当ね」と、冗談で言い聞かせておいたのだが、本人はそれを真に受けたらしく、何日も前から覚悟を固めてきたものである。
「いや。薪割りじゃない。薪折りだ。」
と、よく分からない慰めを与えつつ、オガライトを持たせると、本人は、
「とりゃーっ!!」
と、全身全霊で真っ二つにしたわけであるが、それで思いのほか柔らかいということが分かったので、その後は、Mちゃんが黙々と折っていた。
 この二人は、その後もかまど番を続け、帰るころには暖炉焚きのプロとなっていた模様である。
   
  
 夕食は「信州贅沢鍋」。
 表面にたくさん浮いているのは「信州サーモン」である。
  
  

  
  
 さすが信州だけあって、鍋のシメは「そば」だったのだが、そばが出ると分かっていながら天竜がごはんをお代わりしていたことも、ごはんをパスしたヨシハル♀と私が、その後、夜中の2時半まで酒盛りをしていたことも、最初から予想された展開ではあった。
 
 
 翌朝の雪景色。部屋の窓から撮ったもの。
 
 

  
  
 実はこのコテージ、お風呂のお湯が温泉なのもウリの一つ。「温泉に来たらお風呂は3回以上」を標準としている貧乏性の私は、朝一番でお風呂を楽しんだ後、
「Mちゃんも入りなよ。」
と、彼女を風呂に押し込んで、張り切って雪かきをしていたのであるが。(ちなみに一緒に就寝したヨシハル♀はまだ爆睡中であった。)
 部屋に戻って、ああ汗かいちゃった、またお風呂入ろうかな、などと言っていると、すでに風呂から上がっていたMちゃんがぽつり。
「あのお風呂って、別のところに温泉の出口があるんですね。」
 へ?
「上がり湯の蛇口の横に、『温泉』って書いたひねるところがありました。」
 ひねってみたら、石造りの浴槽の壁の、私が石鹸置きだろうと思っていたところから、お湯が出たそうである。
 何ということだ。
 じゃあ、私たちは、温泉場に来て普通の風呂に入っていたのか。(しかも、二回)
 朝食の後、私が速攻、お風呂を汲み替え、チェックアウトまでのわずかな時間で無理矢理「温泉」に漬かったことは、言うまでもない。
 
 
 と、まあ。
 そんな感じで、楽しい信州旅行から帰還したわけであるが。
 
 
 毎度お馴染みの質問。「その間、猫ちゃんたちは、どうしていたんですか?」。
 旅行の後には、必ず誰かにそう、尋ねられる。
 翌日、午後の休憩に休憩室に入ったら、猫好きのNさんと、とくに猫好きではない(が、嫌いでもない)Sさんがいた。お喋りに加わるうちに旅行の話になり、その流れで、Nさんが件の質問を口にした。
「留守の間、猫ちゃんたちは?」
「また、姉に来てもらったんですけどねえ。」
 その姉から、当日届いた報告メール。
「お宅の現金な猫は、餌をよそっていたら自分から寄って来て、迷いもせず食べました。(中略)ご飯のおかげか、先日よりよく遊び、遊ばないヒトは、撫でさせてくれました。」
 現金な猫、とは、良く言ったものである。
 実は、正月2日、例年どおり母と姉が遊びに来ていた。が、例によってうちの猫どもは、お客様相手にお愛想のひとつもせず、ダメはまだ一応近くにはいるからいいようなものの、アタゴロウに至っては、隠れたっきり出て来ないという、まるで話にならない無愛想ぶりだったのである。
 それが、ご飯をちらつかせると、何事もなかったかのように、ちゃっかり自分から寄って来て、遊んだり撫でさせたりする奴らなのだ、こいつらは。
 そして、待ちに待った家主の帰宅。
 奴らは、踊り出さんばかりの大興奮ぶりだった。
 帰宅したのは夕方の6時半近く。我が家の(猫の)夕食は7時なので、少し早めではあるが、荷物を置くとすぐ、あまり待たせることなく夕食を出してやった。
 で。
 二匹揃ってご飯を食べ終えると、奴らは追っかけっこを始めた。
 その後は、ヒーターの前のお気に入りの場所で、やはり何事もなかったかのように、寝に入った。
 家主のことは、一切無視である。
「ダメちゃん、淋しかった?」
 たまりかねて、こちらから顔を近づけていくと、オッサン、迷惑そうに頭をのけぞらせ、ついにはいかにも嫌そうに立ち去り、寝場所を変えたものである。
「何だい。冷たいじゃないか、大治郎くん。」
 そう。要するに、帰宅時の奴らの大興奮は、単なる晩メシ要求運動だったのだ。
 
 

  
  
「ね、ヒドイでしょ。ヒドイと思いません?」
 ここぞとばかりにその非道ぶりを訴える私に、二人は笑いながらも同情してくれたらしい。
「まあ、猫にはありがちなことですから。」
 自らもご実家のシャム君と微妙な関係を築いているNさんは、穏やかに話をまとめようとする。
 続けてSさんが、明るく冗談めかして、
「エサの切れ目が縁の切れ目、ってやつですね。」
 
 
 …あ。
 
 
 何も知らない者こそが、鋭く真実を衝く。
 そんな意を表す格言があったはずだと思うのだが、それ以来、私はそれを考え続けていて、未だに思い出せずにいる。
 
 
 ダメちゃんの冷淡ぶりは、その時だけではなかった。
 翌日も、翌々日も、三日経っても四日経っても、私がスキンシップを試みると、いつもほんのちょっと撫でさせただけで、するりと身をかわして歩み去ってしまう。
 いや、それすらも、普段どおりの生活だと言ってしまえば、それまでなのだが。
 だが、そんな日々が続くうちに、私には分かってしまった。
 これは彼の「甘えたい」サインなのだ。
 少々解説を要するが、私は平日、まっすぐ帰宅してのんびりくつろぐ、ということが、ほぼ、ない。寄り道して帰ってくるか、帰宅してからまた出掛けるか、空いている日は、何かしらやり残した雑事があって、家の中でバタバタしている。これは意識的にしていることでもある。なぜなら、夜、ゆっくりこたつに座ってくつろいでしまうと。たちどころにその場で寝落ちするからだ。
 しかし。
 ダメちゃんは、私がこたつや床の上にゆっくり座ってくつろがないと、甘えることのできない猫である。人間の都合などお構いなく、ちょっと腰を下ろすとすぐに膝に飛び乗ってくるアタゴロウと違い、ダメちゃんは空気を読む。今、甘えてもいい時か。私が猫とラブラブしたい気持ちになっているか。熟考してから甘えにくるのである。
 ただし、彼の場合、熟考しすぎてタイミングが遅れがちなので、実際には、そろそろ洗濯機が止まるとか、お風呂が沸くとか、その他の用事で私が立ち上がりたくなった頃に行動を起こす、という欠点があるのだが――。
 旅行から帰った日、私は片付けと洗濯とに忙殺された。その後は、普段どおりの生活で、家にいる間は、寝ている時とお風呂の中を除いて、常に何となく動き回っていた。寝落ちの魔物が住むこたつには、極力近付かない生活をしていた。
 彼には、そんな私に甘えるタイミングがなかったのだ。
 だからこそ、私はちょっとしたタイミングをとらえては、彼にスキンシップを試み続けた。
 が、彼は応じない。
 そうこうしているうちに、横からアタゴロウが割り込んでくる。ダメはそっとその場を立ち去る。
 結局、この一週間、彼が私に能動的に関わってきたのは、メシくれ行動の時だけだった。
 ネコヤマ・ダイジーは違いが分かる男だ。彼が求めるのは、本物の愛と献身だけ。小手先のご機嫌取りなど、ニオイも嗅がずに却下なのである。
 エサの切れ目が、縁の切れ目。
 ことダメちゃんに関しても、結果的に言えば、この言葉は正しかったことになる。
 それが彼の望んだことであるか否かは、別として。
 
 
 そして、今日。
 家事が一段落し、久方ぶりに、私はビーズクッション(大)に座り、こたつに足を入れ、PCを開いた。
 ダメが、すぐ左脇にいる。
 彼を飛び越えるようにして、アタゴロウが私の膝に飛び乗ろうとした。
「アタゴロウ、降りなさい。」
 私はとっさに手で膝をブロックしてアタゴロウを退けると、ダメに呼び掛けた。
「ダメちゃん、おいで。」
 ダメはのっそりと、私の膝に登ってきた。そして、座って私の腕に顔を埋めた。
 
 
 そんなことで、胸がいっぱいになったと言ったら、笑われるだろうか。
 膝の上の大治郎くんの体は、暖炉の炎にもまして温かかった。もちろん、温泉よりも。
 
 

 いや、とりあえずそこにはないと思うよ。