本日、手術なり。


  
 
 アタゴロウくん、本日手術。
 
 
 手術だの入院だの、健康診断だの、要するに予約して病院に猫を連れて行く場合、最も緊張するのは、「果たして当日朝、捕獲できるだろうか」ということである。
 アタゴロウは捕まえやすい猫なのだが、やはり、事前に危険を察知されると、なかなか難しいことになる。
 と、いうわけで。
 作戦を立てていた。
 
 
 病院側の指示は、「前夜九時以降絶食、当日朝八時以降絶水、十一時までに来院」である。
 前夜の九時以降はともかく、問題は、朝ご飯を食べさせないことである。
 他の二匹にだけ食べさせていたら絶対にバレるし、彼が思い余って他の猫のご飯に顔を突っ込む可能性があるので危険である。かといって、三匹ともお預けしていたら、それはそれで、不穏な空気を作りだすことは間違いない。
 こうした場合、いちばん簡単なのは、「自分がギリギリまで寝ている」ということである。
 今回は、朝八時以降絶水だし、病院は九時からだから、まず、七時過ぎに一度起きて水を片付け、八時半近くなったらノソノソ起き出して、アタゴロウをキャリーに入れてから、自分の身支度をして出かければいい。
 と、思っていたら。
 何と。
 六時に目が覚めてしまった。(目覚ましを止めておいたのに。)
 必死に寝たふりをしているうちに、気が変わった。
 もともと、七時過ぎに水を片付けるとしたのは、八時という設定にしておくと、万一寝過ごした時にまずいからであった。だが、結局目が覚めて、むしろ眠れなくて困っているのだから、別に敢えて七時に布団を出る必要はない。
 と、いうわけで。
 グータラ家主は、八時ジャストに布団を離れ、あっという間にアタゴロウを捕獲してキャリーに押し込み、自分の身支度にかかった。
 が。
 まだ八時である。
(あ、行く前に洗濯できる。)
 つい、そんなことを考えてしまい、洗濯機を回し始め、ダメと玉音に朝ご飯を出し、自分も朝ご飯を食べてしまった。
 むしろ、アタゴロウには可哀想だったかもしれない。
 何しろ、一時間近くもキャリーの中で待たされ、外からは他の猫たちの朝ご飯の匂いが漂ってくるのだ。
 アタゴロウはキャリーの中で暴れたらしい、ふと気が付くと、キャリーが逆さになっていた。
 
 
 ちなみに、大治郎おじさんは、アタゴロウがいないことに気付いていないかのように、普通にメシを要求し、普通にたっぷり食べた。食べ終わってから、思い出したようにキャリーの匂いを嗅いでいたが。
 玉音の方は、何かを感じ取ったのか、マットレスの後ろに隠れていた。ご飯をデリバリーしたら食べたが、若干量は少なかったかもしれない。
 なお、冒頭の写真は、アタゴロウの入っているキャリーを遠巻きに眺めているおじさんである。
 
 
 九時を過ぎてから、自転車で病院に行き。
 アタゴロウを預け、手術の説明を聞き、費用の見積書を貰った。 
 二十六万四千円余り。入院七日の積算である。
 傷が治ってから退院なのか、訊いてみたが、
「抜糸はその一週間後です。その間は、カラーを付けておいていただいて。」
 ということだった。
 本当は抜糸まで入院させてもらった方がいいのではないか、という考えが頭をかすめたが、そんなに長いこと入院させたら可哀想だし、私も淋しいし、第一、お金が続かない。やはり退院後、エリザベスカラーで頑張ってもらおう。
 
 
 手術は昼過ぎ。
 夕方の診療時間内に、面会に行ってきた。
 たまたま待合室に誰もいなかったのだが、受付のお姉さんは、私の顔を見ただけで「面会ですね。」と。名前さえ訊かれなかった。
 アタゴロウは、すでに麻酔から覚めていた。エリザベスカラーを二重に付けている。
「今夜は絶対にはずしてもらっては困るので。時々、スポっと抜けちゃう子がいるのでね。」
 二重のカラーの中の頭を撫でてやったが、アタゴロウは無反応だった。緊張した顔をしているのが痛々しい。いや、緊張ではなく、朝から騙し打ちにした私を怨んでいるのか。
 だが、顔つきはしっかりしていた。
 ああ、無事に終わったんだな、と、実感した。
 
 
 その後、その足でかかりつけの病院に寄り、手術が終わったことを報告して。
 家に帰って、ダメと玉音に夕食を出した。
 ダメは朝と同様、もの凄い食欲でたっぷり食べ、たっぷり出した。
 完全に平常運転。ぶれない男である。
 玉音の方は、ごはんは普通に食べたが、普段より少し甘えたさんになっているようだ。
 アタゴロウがいなくて淋しいのか。
 あるいは、得意の学習能力の為せる技で、
(家主を怒らせたら、ワタシも恐怖の館に連れて行かれる…)
 という、極めて具体的な恐怖を感じているのかもしれない。