すーっかり忘れていたが、明日は栗助の「うちのこ記念日」である。
と、いうタイミングに、これまた恐縮なのであるが。
実は今日、また、新しい猫が来た。
この子。↓↓↓
女の子。
推定七か月過ぎ。中猫である。
トライアル中なので、まだ詳細はヒミツ。
え、もう次の猫?
と、驚かれる方も、実際まあまあいたのだが、実は私にとっては、これはほとんど予定の行動である。
我が家にはもともと三匹の猫がいた。それゆえ、ダメちゃんが他界し、我が家の猫が二匹になった時点から、私の中では「空席あり」という認識だったのだ。
また、もう大多数の方が忘れていると思うが、玉音ちゃんを保護して三匹になった当時も、かねてから私は三匹目の猫、それも女の子を探していた。そのときと同じ理由で、「一年くらいしたら今度は女の子」というのは、ぶっちゃけ、栗助が我が家に来る前からもう、既定路線だったのである。
で。
その「同じ理由」とは?
それはね。
「家の中が男ばかりでムサイから」
ですよ。誰も同意してくれないけど。
猫を飼ったことのない人には、百パーセント分からないと思う。
そもそも、局部を見ずして外見だけで猫の雌雄を判別することは、猫慣れしている人にとっても、それなりに難易度が高い。
ふわふわでもふもふで、全身柔らかくて、可愛い声で「ニャーン」と鳴く。それは雄でも雌でも同じだ。むしろ、男の子には優しくて甘ったれの子が多い。むさくるしさなんて微塵もないじゃない、と言われたら、私にも返す言葉がない。
でもねえ。
男子はやはり、男子なんですよ。
いかにもふもふでも、男子猫二匹のお世話をしていると、自分が全寮制男子高校の寮母さんになったような感じがしてくる。
潤いが欲しいのだよ、潤いが。
前回もそうだった。そして前回、私のその渇望は、玉音ちゃんの登場によって癒されたのだ。
そうそう、それと。
ついでに、順番的に考えて、栗助にも嫁取りしてやろうかな、とも思ったのだった。
と、いうわけで、計画は一年前からあったわけであるが。
栗ちゃんの嫁取り作戦(と、いうことにしておこう)は、意外にミッションインポッシブルであった。
候補者がいないのである。
いや、もちろん、世の中に可愛いお嬢さんはあまたいるのであるが、こちらが提示する条件を満たす子は、なかなか見つからなかった。
さながら家格だけが高い、没落貴族の長男の縁談である。
こうした場合、お金もないのにプライドだけが高い母親が、お相手の御令嬢に難癖をつけるのが常道なのであるが、私が正にそれである。
いかに財を成していようと、平民はもちろん、子爵だの男爵だのは論外。逆に、古いお家柄でも、現在力を持っていない家の娘も却下。容姿端麗で学歴・教養も高く、稽古事は全て師範レベル。慎ましやかで、立ち居振る舞いも見事で、何より、傍流の某家の嫁よりハイレベルな令嬢を――。
いやいや、私がつけた条件は、もっとシンプルである。
その一。女の子
その二。一歳未満
その三。FIV陽性確定
たったこれだけ。
だが、予想外にこの条件は厳しかった。
まず、栗助の古巣である「にゃんくる川崎店」さんのサイトをしばらく見守っていたのだが、そもそも、仔猫が入ってこない。
そこで、例によって、yuuさんに尋ねてみた。
が。
いない、というのだ。
今季、リトルキャッツさんには七十六匹も仔猫がいたはずなのに。(後日、うち一匹は陽性判明している。)
やむなく、ネットで検索を始めたのだが、いずれのサイトも、この条件プラス「単身者可」を入力したとたんに、ヒットする件数が一桁になる。さらに地理的条件を考慮すると、一つのサイトで、せいぜい二匹程度しかいない。
となると、そこから先は、私の我儘なのかもしれないが。
ここで「家格」が出てくるのである。
保護主さんが、保護団体さんが、どんな人たちなのか。
猫のことを思って活動しているのは皆同じである。だが、我が家と釣り合うか――即ち、里親となる私と考え方、というより、気が合いそうかどうか。
いままで、いかにリトルキャッツさんに甘えていたかを、しみじみ思い知らされた。
譲渡したらそれで終わり、という団体もあるかもしれない。だが、その後のお付き合いを想定した時、互いにフランクな信頼関係が結べるかは、真剣に検討すべき問題だと私は思っている。
で。
ようやく見つけた茶白女子。
そもそも、女子の「仔猫」を希望したのは、栗助が来たときのアタゴロウの反応を踏まえてのことである。栗助の場合は雄同士だったからということもあるが、やはり成猫同士は、馴染むのに時間がかかるということを実感した。
それゆえ、今度は仔猫にした方が、アタゴロウの負担が少ないのではと考えたのである。(常に我が道を行く栗助はどのみち時間がかかるので、ここでは考慮しない。まあ、意外と図太いから、最終的には大丈夫だろう。)
それに。
(アタゴロウは、ああ見えてイクメンだからね。)
またしても、古い話を思い出す。
玉音ちゃんが二~三か月齢のチビのとき、アタゴロウは彼女を可愛がっていた。その記憶が、私の脳裏に鮮明に残っているのである。
チビの女の子を可愛がるアタゴロウ。
あの光景が、また見られるのだろうか。
(回想シーン:去年と同じ写真使ってます。)
ところが、そうは問屋が卸さない。
なぜなら、「FIV陽性確定」は、だいたい生後半年以降であるからだ。FIVの簡易検査では、幼猫の場合、母猫から受け継いだ免疫が反応している可能性もある。従って、母親譲りの免疫が切れた頃に、陰転する場合もあることを考慮しなければならない。
仕方ない。チビチビは諦めよう。可憐な少女なら、まあいいか。
だが。
「あれ、この子、でかくない?」
写真を見た友人さくらが言う。
「……。」
実は私も、そんな気がしてたんだ。
「いや、別に大きくてもノープロブレム。」
これは嘘でも強がりでもない。その子単体で見たら、大きさなんかどっちでもいいのだ。
だが、同時に。
思い描いた光景と違う…という声が、頭の中に響いたのも、これまた事実である。
これは――もしかして、昨年と同じ展開なのか。
「ま、アタちゃんが大きさ負けしないならオッケーだよ。」
そのとおり。だけどキミ、不吉なこと言うね。
そういえば、我が家は歴代、大柄女子が多いのだ。ミミもムムも四キロ代半ば。ついでに、実家の初代猫であるジン子姐さんも、五キロ近くあって、獣医師から再三、痩せさせろと言われていた。玉音ちゃんは四キロに届かなかったと記憶しているが、その代わり、膨張色(白)のため、遠目にはアタゴロウと同等に見えることも多かった。
しかも。
保護団体さんのブログを見ると、四月末頃の記事の中に、当時の見立てで、彼女は月齢「五か月くらい」とある。そのブログを見つけたのが七月。ブログを通じて連絡し、相談を経て、日程を調整し、結局、トライアル開始が今日である。当初の見立てから計算すると、もう九か月齢に至っていることになる。
これはすでに、ほぼ成猫と言えるのではないか。
(その後、見立てを修正したらしい。今日の説明では「二月十二日くらいの生まれ」とのことであった。)
ちなみに、アタゴロウはほとんど体重の変動がない猫で、若い頃から五キロ前後で推移している。
トライアルが決まった後も、度々写真を送っていただき、その都度、さくらと一緒に見ていたのだが、
「やっぱり、ちょっと大柄女子の予感が…」
違う。目の錯覚だ。写真うつりの問題だ。
と、さくらに言い返すだけの根拠を、私は持たなかった。
そして、今日。
「初めまして。」
さわやかな笑顔と共に現れた保護主さんは、片手にピンク色のキャリーケースを提げていた。中にいたのは、可憐な茶白の少女であった。
「大人しくて、来る途中も全然鳴かなかったんですよ。」
無造作と言えるほど気軽にキャリーケースを開けた保護主さんは、少女をふわりと腕の中に抱き上げた。そして、そのまま、私の腕に彼女を預けた。
「毛が柔らかいでしょう?」
それより別の言葉が、思わず口をついて出た。
「軽い…。」
いや違う。それは普通の中猫の重さだ。
大人しい少女は、大人しくケージの二階に入り、水入れの匂いをちょっと嗅いでから、三階のクッションの上、そして四階に上がって行った。
「可愛いですねえ。」
何て小さな頭だろう。栗助の半分くらいしかないんじゃないか。
いや違う。これは普通の中猫女子の頭だ。
もう、私の頭の中は、猫の大きさ判定に関し、完全に脳がバグっている。
それもこれも、栗助がデカいせいだ。同じ茶系だから、つい比べてしまう。
トライアル契約を取り交わし、ケージの中の少女と私のツーショット写真を撮ったところで、保護主さんが言った。
「先住猫ちゃんたちの写真も撮っていいですか?」
多分、ブログに載せる写真を撮りたいのだろう。
「あー、でも出て来ないと思います。内気な連中なんで。連れてきましょうか?」
「あ、いえ、無理なさらなくても…」
保護主さんは遠慮されたが、私はとりあえず、アタゴロウを連れてこようと思った。
が。
押し入れの襖を開けると、いきなり栗助と目が合った。
(ま、こっちでもいいか。)
逃げる隙を与えずに栗助の胴体をがっしり掴んだ――までは良かったのだが。
(も、持ち上がらない…。)
ずっしり重い上に、足元の何かに必死でしがみつく力の強さに、私は負けた。いや、正確には、私の手を蹴飛ばしたぶっとい足の爪に負けた。
「すいません、無理でした。」
その頃には、アタゴロウはどこかに逃亡していたものである。
「大丈夫です。いただいた写真があるし。」
保護主さんはにっこりと微笑んで下さったが、私はちょっと心配になった。
どんな写真を送ったか覚えてない。まさか、栗助が太鼓腹出してる写真じゃないだろうな。
(太鼓腹)
昼間は四階に引きこもっていた少女であるが、夕方頃から、二階に、そして一階に降りてきた。食事とトイレと、そして、私にスリスリするためである。
そう。
大人しい茶白の少女は、猫山家史上例を見ない、人懐っこいお嬢さんでなのあった。
今回は全くお見合いをしていないので、彼女にとって私は全く未知の人間、ストレンジャーである。そのストレンジャーに、最初からスリスリと顔を寄せてくる。
私がケージを覗くと、すぐ寄ってきてぐるぐる歩きとゴロンをする。しかも、肛門腺から匂いまで出すと来たもんだ。
金網の隙間から指を入れて撫でてやるが、それでは物足りないらしい。前脚を伸ばして、
「出して~!」
と、言ってくる。
そうねえ。
私もあなたをフリーにして、思う存分、撫でまわしたいけど。
でも、男子どもがびっくりしちゃうからねえ。
(なお、私自身は本来、新猫も最初から放流しちゃう派なのだが、保護主さんとのお約束もあるし、ミツコ先生にも釘を刺されているので、一応、ケージインは守っている。)
今、私は、パソコンを食卓に移動させてこのブログを書いているのだが、その間も、背後のケージの一階で、少女が
「ニャ、ニャ」
と可愛い声で短く鳴き、今まで誰も使わなかったガリガリサークルで爪を研ぎながら、私を呼んでいる。
おいこら。私は知らないオバサンだぞ。
そんな簡単に、知らない人について行っちゃ駄目じゃないか。
大丈夫なんだろうか、この子。
いや違う。
これは普通に人馴れした猫の行動だ。飼い猫として優等生の振舞だ。
ちっともおかしくなんかないぞ。
もう、言いたいことは分かっただろうか。
そう。何もかもが、一年前の逆なのだ。
ちょうど一年前。
重たいつづらを開けたら、大きなお化け、もとい、大きな猫が出てきて、よこしまなお婆さんが腰をぬかした話。
四か月もケージにいた引きこもり青年の話。やっと出てきた後も、私が手を出すと一目散に逃げていた、超マイペース男の話。
そのマイペース男は、何度かそーっとケージに近付いてきたものの、ごはんも半分しか食べずに、ケージのなるべく遠くへと逃げ回っている。
何でお前が逃げるんだ。全くワケ分からん。
アタ社長はもう、しっかり新入社員の面接を済ませたというのに。
あ、でも、そういえば、今回は栗助の嫁取りってことになってるんだったわね。
すーっかり忘れてたわ。
ちなみに、冒頭の写真は、一年前に自分が入っていたケージ(に、誰かほかの猫がいる様子)を見つめている栗助くんである。
思うところはいろいろあるのだろうが、何故か妙に可愛い顔をしている。