男子校的思春期 

 

 
 昨日、猫どもを連れて久々に動物病院に行ってきた。
「猫ども」とは、ダメも含む、ということであるが、ダメの方は、片耳だけ何故か耳の中が汚れていたので、耳ダニを心配して、一応連れて行ったまでのことである。
 結果的には、やはり単なるヨゴレだったようで、一般的に言えば、彼は「連れて行かれ損」ということになるのであろうが、それが損か得かはあくまで主観的な問題であるため、第三者の判断は差し控えておく。
 なお、彼は、私が目を離している隙に、若い助手のお姉さんの胸のいちばん柔らかい辺りに顔を埋めており、気がついた私が叫んだ、
「この、セクハラオヤジ!」
という非難には、あくまで聞こえないフリをしていたことを、ここに悪意をもって報告しておく。
 
 
 で。
 本題のアタゴロウくんの方であるが。
 もともと、病院に行ったのは、前回
「1ヶ月後に連れてきて下さい」
と言われたからである。つまり、例の全身水虫の経過観察であったわけだ。
 結論から言えば、それは治りきっていなかった。
 まあ、行く前から予想していたことであったので、べつにショックも感動もない。
 やっぱり、1ヶ月経つ前に連れてきておけばよかったな、と、思ったくらいである。
 実は、薬もシャンプーも、2週間以上前に切れていた。その時点ではかなり綺麗になっていたので、後は毛が生え揃えばもういいかな、と思って放置していたのだが、そうしているうちに、何故かハナが黒くなってきた。
 
 

 
  
 最初の頃のカサブタとは色が違う気がしたので、原因が同じなのか、判断がつきかねたのだが、よーく見ると、黒い部分は毛があまり生えていない。
 てことは。
 やっぱり、治ってなかったか。
 というわけで、最初から薬をもらう気で連れて行ったわけ。
 そして、私の予想どおり、前と同じ薬(ローション)が出たのだが。
 実は、その後、凄いことが起こった。
 アタゴロウくんのハナの黒いヨゴレ?は、それまで、私が軽くつついたり、こすったりしてみても、全く取れそうな気配がなかったのであるが。
 何と、病院から帰ってきたら、その日の午後、全部、キレイに取れたのである。
 私がもらってきた薬を塗ってやる前に、である。
 断わっておくが、病院では、先生と助手さんたちが代わる代わる観察しただけで、一切手は触れていない。
 す、凄い。先生。
 見ただけで、アタのハナを、キレイにしてしまった。
 ゴッドハンドどころか、ゴッドアイである。
 
 

  
  
 ところで。
 久々に体重を測ったアタは、やはり大きくなっていた。
 2,650グラム。
 5週間で500グラム増加である。
「今、人間で言えば、中学生くらいですね。」
 増加スピードはさすがに落ちてきた。成長段階によるものなのか、それとも、これまでと違って、食べた分を暴れて消費しているので、太り方がゆるやかになったのか、その辺は定かではない。
「アタゴロウくんは、10月生まれでしたね。もうそろそろやらないと――だいぶ大きくなった?」
「ええ。立派なマリモさんが。」
「あら、ホント。立派なマリモさんね。」
 去勢手術の話である。
 改めて断わっておくが、私にとって、雄の仔猫を育てるのは、これが初めてのことである。ダメちゃんは生後10ヶ月になってから、すでに手術済の状態で我が家に来た。従って、男の子のマリモさんがこんなに早く大きくなるというのは、私が今回初めて知ったことの一つなのである。
 ちなみに、このブログにも度々登場する「猫カフェ荒らしのSさん」は、アタゴロウくんに会いたいと熱望している一人なのだが、彼女曰く、
「取っちゃう前に行って、マリモさんをプニプニしたいです。」
 おいっ!
 それはヘンタイ行為ではないのか!?
 そういえば、確か桜沢エリカさんの漫画の中にも、
「こんな可愛いものを取っちゃうのなんてもったいない」
という言葉があったように記憶しているが(うろ覚えである)、まあ確かに、ちゃんと毛皮に包まれているそれは、見た目に可愛らしい。もったいない、とか、触りたい、とか言う人の気持ちも分からないでもない。
 だが。
 しかし――
 
 
「そろそろ、よからぬことをしていませんか?」
「してません。」
 私は、即答した。
 その時、私の頭の中には、スプレイ行為のことしかなかった。
 助手さんが、横から口添えする。
「大ちゃんの上に乗って、腰を振ったり…」
 
 
 …え!?
 えええ!!!?
 そ、そんな…
 じゃあ、こいつは。このガキは…。
 私の最愛の大治郎くんを相手に、おかまを掘ろうっていうのか!
(確かに、おかまだけど。)
 
 
 許さん。
 断じて、そんなことは許さん。
 それにしても、お姉さん、ちょっと表現が生々しくない?
「上に乗って、首を噛んだりしますね。ペロペロって舐めて、カプっと噛んだりする。」
 先生が苦笑しながら付け加えた。
「跳び乗ろうとしたりはしてますけど。でも、いつも、振り落とされているので分かりません。」
 そう。相変わらず、ダメの首をめがけて跳びついて行くのだ。ただ、ダメがそれに慣れて、上手によけたり、振り落としたりしているので、たいていは空振りである。
 であるから、確信は持てないが、その様子になまめかしさを感じたことは、今のところ、ない。ないと思う。
 そう。私の目から見ると、アタなんぞは、まだまだほんのお子ちゃま、なのである。
 それよりは、むしろ、縄張り主張のスプレイ行為の方が、こいつにはずっとありそうなことに思えてならない。
 
 

  
  
 まあ、現実的に考えれば、どっちが困るって、大治郎くんの貞操の危機より、トイレ以外のところでオシッコされちゃう方が、家主的には困るわけであるが。
「まだしてないなら、もう少し様子を見てもいいかと思いますが、始まる前に、という考え方もあるので。」
 全くそのとおり。
 留守の間に、家の中をオシッコ臭くされたんじゃ、たまらない。
 が。
 それでも、答えに詰まった。
 もう?という驚きが、にわかに頭の中に浮かび上がってくる。
 分かっては、いたのだ。
 リトルキャッツさんの注意書きにも、「4月末までに去勢手術をしてください」とあったし、マリモさんが大きくなっていることも分かっていた。もうそろそろだな、と、頭の隅でぼんやり認識してはいたのだが、水虫の方にばかり気が回って、今一つ、現実的に考えていなかった。
 だから。
 別に、何が、というわけじゃないけど。
 取るのをもったいながっているわけでもないけど。
 何と言うか、ココロの準備が…
 そんな私の心中を察したのか、先生自身が、助け船を出してくれた。
「4月の三連休辺りでもいいですよ。その頃には、3キロを超えているでしょうし。」
 きっと私は、少しほっとした顔をしたのだろう。その私にクギを刺すつもりだったのか、先生はひとりごとのように小さく付け加えた。
「それまでに、よからぬことを始めなければいいけど。」
 
 
 大小二匹の猫をかついで帰ろうとする私に、先生はふと、思い出したように問いかけてきた。
「そういえば、大治郎君の方は、大丈夫ですか?」
「え、ああ。全然大丈夫です。」
 その時も、私は、質問の意味を取り違えていた。
 水虫が、大治郎に感染していないか?という意味だと思ったのである。
 だが、そういう意味ではなかった。
「イライラしたり、食欲が落ちたり…」
 先生は、しつこいチビの相手をさせられている、ダメのストレスのことを言っていたのである。
 そういえば、アタを放牧した翌々日に、薬とシャンプーを貰いに行った際、
「アタが乱暴なんで、ダメがうんざりしているみたいなんです。」
という話を病院でし、心配した先生から、あまり酷いようだったら家主の留守中は収監しておいた方がいい、というアドバイスをいただいていたのだった。
「大治郎君は、優しい猫ですから。」
 そのとき、先生にそう言われて、どうして知ってるんですか?と、つい、要らぬ突っ込みを入れたくなったことを、今更のように思い出した。
 結局、その後、アタの態度が一応落ち着いたので、ムショ戻りには至らなかったわけであるが。
「大丈夫です。嫌な時は、怒って追い払ってますから。」
 私が何気なくそう答えると、先生と助手さんたちはぱっと顔をほころばせ、心底嬉しそうに、声を合わせて言った。
「よかったぁ。嫌な時は嫌だって、言えるようになったのね!」
 そんなふうに、そんなことを、皆に本気で喜ばれてしまった、私の心中を察してほしい。
 
 

 
 
 今日も二匹は、くっついて寝ている。
 先程は、お互いにお互いの首に前足を掛け合って、ほとんど抱き合っているような体勢だった。写真を撮ろうとしたら、アタが目を覚まして前足を引っ込めてしまったので、お目にかけることができず残念である。
 朝方は、例によってアタが、ダメの首をめがけて跳び乗ろうとしていた。
 これまでも、毎日繰り広げられてきた光景である。
 しかし。
 それを見る私の目が、変わってしまった。
 この光景のどこかに、BL的な要素が隠されているのではないか。
 つい、そんな疑いを抱きながら、無邪気に遊ぶアタを見てしまうのである。
 そうしているうちに、私は、恐ろしいことに気がついてしまった。
 確かに、ダメは、しつこく絡んでくるアタを、怒って追い払っている。だが、アタの方は、まったく気にする様子もなく、追い払われても、追い払われても、ダメに絡みついていく。
 つまり、断わり切れていないのだ。
 と、いうことは。
 いつか、アタが本当に「よからぬこと」を始めたら、「優しい猫」であるダメちゃんは、結局、断れないのではないか。
 嫌な時は嫌だって、言えるって!?
 でも。
 いやん、いやんも、好きのうち、ってか?
 それに。
 絡んでくるアタを懲らしめるように前足で押さえた後、ペロペロ舐めたり、カプっと噛んだりしているのは、むしろダメの方なのだ。
 あああ、どうしよう。
 ダメちゃんが、「そっち」に、目覚めてしまったら。
 ダメちゃん、分かってる?
 いくら美形でも、キミはオジサンなんだよ。
 オジサンがおかまを掘られたって、そんなの、二次創作のネタにもなりゃしない。
 お願いだから勘弁してよ。ねえ、私の愛する大治郎さん。
 
 
 そしたら、そのダメちゃんにくっついている、私は「おこげ」ってか?
 
  

 そういや、キミ、助手のお姉さんにセクハラしてたっけね。