詰まる男、三たび。


 アタゴロウの尿道が、また詰まった。
 朝、トイレで「空振り」しているのを見て、お腹を触ってみたら、ゴムまりのような塊があった。
 ああ、また詰まったな、と思った。
 そういえば(といっても、思い出したのはつい今しがたなのだが)、昨日の朝は三〜四回、嘔吐していた。いずれも毛が混じっていたので、大きな毛玉を吐きたいのにうまく出せずにいるのかな、と思っていた。
 例によって、かかりつけは休診である。(これはもう、ジンクスと言っていいのかもしれない。)
 そこで、前回同様、件の猫専門病院に連れて行くことにした。
 連れて行くと、またキャリーの中でするかもしれない。おまじない効果を期待したものでもある。
 
 
 なお。
 今回は、玉音も一緒に連れて行った。
 前夜、お腹を撫でたら、しこりのようなものに指が触れたように思ったのである。
 何しろ、触らせてくれない猫である。その時の感触としては、下腹部の真ん中へん、人間で言えばビキニの紐が当たる辺りに、幅一センチくらい、横長に小さなしこりがあるように感じたのだが、今一つ自信がない。
 病院に連れて行くべきか、考えあぐねていたのだが、どうせアタゴロウを連れて行くなら一緒に連れて行けばいいやと、簡単に考えたものである。また、こちらの病院なら、検査結果が出るのが早いだろうという読みもあった。
 自転車に乗りながら考えた。
 しこりがあると言えば、腫瘍の惧れということになる。検査してみて、何事もなければその一回のみ。もし腫瘍だったら、後日、手術が必要になる可能性が高い。となると、最初から大きい病院に連れて行くことは、決して間違いではないのだ。
 
 
 それにしても。
 リュックキャリーを背負ったまま、後ろの荷台に箱型のキャリーをくくりつけて自転車に乗るのは、やはり厳しかった。背後でキャリー同士がぶつかってしまう。最初の信号で確かめたら、荷台の箱型キャリーが後ろにズレていたので、これは危険だと、リュックをお腹抱っこにした。
 なかなか異様な光景である。
 しかも、である。
 こいつら、どうやら、前と後ろで鳴き交わしているようなのだ。
 双方、押入れから引っ張り出してキャリーに詰め込んだ時は黙っていたのだが、玉音の入ったリュックを背負い、アタゴロウの入った箱型キャリーを下げて、マンションの廊下でエレベーターを待っていたら、まずはアタゴロウが鳴き出した。 
 すると、つられたように玉音まで鳴き出したものである。
 おいこら。こんなところで夫唱婦随するな!
 しかも、ハモるな!
 それが自転車に乗った後も続き、チンドン屋か?と、思わず人が振り返ってみるような珍道中が、台風一過の青空のもと、炎天下の大通りを舞台に繰り広げられたものである。
 
 
 残念ながら、おまじない効果はなかった。
 夫唱婦随に忙しくて忘れたのか、アタゴロウは道中、出す物を出さなかったのである。
 と、いうわけで、また院長先生に尿をとってもらうことに。
 玉音の方は、バスタオルにくるまれ、カラーをはめられて、看護士さんに全身をがっつりと押さえられ、私が両前足を掴んだ状態で、院長先生の触診を受けた。
「うーん、どこですかね。」
 私も触ってみたが、私が「このへん」と思っていた辺りには何もなかった。だが、私の記憶とは少しずれたところ、右側の一番後ろの乳首の下あたりに、あまり固くはないが塊らしきものがあった。
「脂肪でしょう。腫瘍の感触とは違うような…。いや、微妙なところですね。」
 院長先生も断定するにはためらいがあったらしく、
「一ヶ月様子を見てください。大きくなってくるようなら、検査した方がいいです。」
 と、いうことになった。
 カラーの中の玉音ちゃんの顔を覗きこむと、目がすでにあらぬ方向を見ていた。玉音ちゃん石になるの巻。
 そういえば、今日が玉音ちゃんにとって、男の人初体験であった。
 
 
 アタゴロウの処置は、前回より時間がかかった。
 呼ばれて再び診察室に入ると、
「かなりストルバイトが出てますね。」
 採取した尿を見せられて、我が目を疑った。
 尿は多分五ミリリットルくらいのシリンジに入っていたが、その半分が白い砂だったのである。
「洗った水がこれです。十回くらい洗いましたけど。」
 水は完全に白く濁っていた。例えて言うなら、使いきった牛乳パックをすすいで、二回目に出てきた水くらい。
「何故…。」
「フードはc/dだけなんですよね。」
「はい。ウェットも、先日紹介していただいたのを買って食べさせてます。」
「c/dでは不十分なのかもしれませんね。s/dに替えた方がいいでしょう。」
「でも、s/dって、長くは食べさせられないんですよね。」
「そうです。」
「当面ってことですね?」
「そのとおりです。」
 だが、これまでc/dだけを食べさせて駄目だったのだ。当面はs/dを食べさせても、c/dに戻したとたんに、再発するのではないか…。
 とにかく、今日はs/dを出してもらい、しばらく食べさせてみることになった。
「また詰まったら、手術を検討した方がいいかもしれませんね。」
 もう、諦めるしかないのか。
「まあ、手術したからって、コレ(ストルバイト)が解決するわけじゃないんですけどね。尿道が広くなるだけで。」
 なお、今回は、膿が少し出ていて、血尿にもなっていたらしい。抗生物質を処方された。
 
 
 と、いうわけで。
 帰りの道中は静かであった。私もその状態での自転車こぎに慣れたので、往きよりも早く着いたような気がする。
 尿を抜いてもらったアタゴロウは、すっかり元気になって、午後はヘソ天で寝ていた。いい気なもんである。
 夜の投薬は楽勝。考えたら、この一年で、私の投薬技術は、格段に向上している。喜んでいいのやら、複雑な心境ではあるが。
 ほぼ私の勘違いで、恐怖の館のもっとデカい版に連れて行かれ、しかもそこで、見知らぬ男に体をまさぐられる初体験をした玉音ちゃんは、それでも割合すぐに平常運転に戻った。
 つい先程は、いつもどおり、腰パン・撫で撫でをしてやったのだが、しかし、何かを察したのか、決してお腹は出さなかったし、私が撫でようとしても触らせなかった。
 これで、一ヶ月後にジャッジができるのだろうか。またしても、彼女の無駄な学習能力に翻弄される家主ではある。
 
 
 ところで。
 本日、印象に残ったこと。
 診察室で、アタゴロウを処置のため預け、玉音を連れて待合室に戻る時、院長先生がおっしゃった。
「じゃあ、アタちゃんは、お預かりして尿を抜きますから。」
 
 
 あーっ!!!
 今、「アタちゃん」って言った!!
 
 
 いつもクールで理知的で、端正な話し方をする先生なのに。
 ひとんちの猫を勝手に略称で呼んだな。
 正体、見たり。
 外国の病院で修行したとか、著書多数とか、マスコミに出まくりとか、色々立派な肩書が付いているけど、アナタ、素顔はただの猫デレでしょ。(そうじゃなきゃ猫専門病院なんかやってない。)
 もうもう。
 そんなクールなふりしちゃって。
 分かってるわよ。ウチのアタゴロウが可愛いんでしょ。(←完全に親バカ)
 なーんて。
 まあ、通院三回目にして、アタゴロウもめでたく、院長先生の患畜として認められた、ということなのかもしれない。
 それが喜ぶべきことなのかは別として。