東京の猛暑と不死鳥と


 
 
 猛暑である。
 長い猫はますます長くなり、一方では、
 
 

  
  
 こんな現象が起こっている。
 
 
 我が家は風通しが良いので、東京の猛暑と言えど、割合に過ごしやすい方だと思う。故に、私自身は、家ではほとんどクーラーをつけない生活をしているのだが。
「留守の間、猫ちゃんたちはどうしているのですか?」
と、よく訊かれる。
「クーラーつけてますよ。」
というのが、今年の答えである。猫のくせに贅沢な、と、正直、私自身も思うのだが、大抵の人は、まあ、この暑さじゃ無理もないわね、と、一応納得する。
「で、私が帰宅したら止めるんです。」
 この話は、台湾出身の同僚に、大ウケにウケた。
 
 
 クーラーをつけている、というのが「今年の答え」だと書いた。
 言い換えれば、去年までは、つけない日も多々あった。
 それがなぜ、今年は毎日つけているのかと言えば。
 暑くなり始めたころ、アタゴロウの食欲が、急に落ちた時期があったためである。
 こりゃヤバい、と、クーラーをつけたら、さっさと元に戻った。
 やはり、山のてっぺんなんぞから出てきた男は、暑さに弱かったのである。
 そういえば、冬場も、こいつのために、暖房をつけっぱなしだった。何しろ、一番寒い時期にムショ入りしていたものだから、昼夜湯たんぽを入れ、さらに、夜、私が寝るときには、あろうことか、ヒーターを奴のムショの側に向けて(即ち、私とダメには背面を向けた格好で)、一晩中、暖めてやっていたものである。おかげで、我が家の電気代は前代未聞の数値に跳ね上がったものだった。
 冬は暖房。夏は冷房。
 何と。
 おぬしは、いつから、そんな高級な猫になったのだ。
 全く、猫山家の家風にそぐわない、軟弱な男である。
 
 

  
  
 そんなある日。
 ちょっとした怪奇現象が起こった。
 
 
 猫どものために留守宅にクーラーを入れると言っても、ごく弱く、である。
 具体的には、28度〜29度の除湿。陽が落ちれば、窓を開けて風を入れた方が涼しく感じられるくらいのレベルである。
 数日間、夕方帰宅すると、思いのほか涼しく感じる時があった。
 外が暑いからより涼しく感じるのだろうと思い、最初のうちは気にしていなかったのだが、やがて気が付いた。設定が「28度の冷房」になっていたのである。
 そういえば、その何日か前に、友人が訪ねてきたので、冷房に切り替えていたのだった。そのまま、除湿に戻すのを忘れていた。
 いけない、いけない。と、その場で設定を、除湿に戻した。
 事件は、その2〜3日後に起こった。
 帰宅すると、妙に涼しい。猫山家始まって以来の涼しさである。
 これはおかしい、と、さすがにその時は、すぐに異変を感じとった。テーブルの上のリモコンを取り上げて設定を確認すると…
 24度!!
 有り得ない。
 自分で何かを押し間違えたのではないか、と、色々考えてみたが、その24度という設定が微妙なのである。冷房だったら、せいぜい26度までしか下げたことがないし、暖房だったら、上げても22度だ。自分自身が24度という設定をすることは、どう考えても、ありそうにない話なのである。
 じゃあ、誰が…
 私が帰宅したとき、玄関は施錠されていた。
 となると。
 犯人は、家の中にいるのだ。
 
 
 ダメちゃん、キミなのか――!?
 
 

 イエ、ないです。すいません。
 
 
 だが。
 今日になって私は、その考えを改めた。
 きっと、あの犯行は、もう一匹の軟弱男の手になるものに違いない。
 はじめから私は、ある一つの点が気になっていた。それは、24度に設定されたリモコンが、「テーブルの上にあった」ことである。
 より正確に言うなら、テーブルの上に敷き詰めた「ドント・キャット」のトゲトゲの上にあった。
 テーブルの上に、荒らされた痕跡はなかった。
 猫が前足もしくは後足の肉球で、リモコンのボタンを押したのなら、リモコンは床の上に落ちていた方が自然ではないか。
 だが、リモコンは、いかにも私が置いたとおりに、テーブルの上にあった。
 ということは。
 何者かが、説明不可能な力を使ってリモコンを操作し、設定温度を下げたとしか、考えられないではないか。
 これは超常現象だ。二匹のうちのどちらかが、誰かに「力」を借りているのだ。
 
 

 
 
 先日、天竜いちごさんが「青の祓魔師エクソシスト)」の続き(5巻〜11巻)を貸してくれた。そこで、昨日はそれを熟読していたわけであるが。
 中に、主人公・燐の弟、雪男が、伽樓羅(カルラ=不死鳥)を自分に憑依させた「悪魔落ち」の男と対決する場面がある。
 優秀なエクソシストである雪男も、この男を相手に苦戦する。その理由は様々あるのだが、その深いところは本編に譲るとして、何とも嫌なのは、倒しても倒しても、男が即座に再生し、どこまでも雪男に絡んでくる辺りである。何しろ、不死鳥なだけに、再生能力が異様に高いのだ。
 私はその場面を読んだ時、何か、既視感のような感覚に襲われた。
 自分が伽樓羅と闘ったことがあるわけでもないのに。
 何かもの凄いシンパシイを、雪男に対して感じたのだ。
 その理由は、今朝、目覚めた瞬間に判明した。
 
 
 アタゴロウの猫じゃらしだ! 

 
 放っても、放っても、即座に咥えて駆け戻ってくる。どこまでもしつこく、猫じゃらしを持参しては、きりもなく私に絡んでくる。
 こいつ…
 まさか、伽樓羅が憑依しているのではあるまいな…!?
 
 
 そういえば、奴の胸元には、私が密かに「フェニックス模様」と呼ぶ白い柄があるのである。
 
 
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 ていうか、オマエ、火の鳥なんか飼ってるから、そんなに暑がりなんじゃないの?
 
 

 そりゃ、暑いだろうさ、愛宕山よりは。
 
 
 ひとつ疑問なのは、なぜ火属性の伽樓羅が、エアコンの設定温度を下げるのに手を貸したのか、ということである。