レンタルキャット構想


 
 
 レンタルキャットがあるといいな、と思う。
 正確に言えば、「引き取り保証付き猫譲渡」と言うべきか。
「猫付きマンション」というのが、この頃話題になっているが、この「猫付きマンション」の猫なし版、と言えば、イメージしやすいだろうか。そもそも、私の着想も、元を糺せばここから来ている。
 猫付きマンションに住みたいけれど、自宅は持家である、という人のために、猫だけを都合してくれる。そんなサービスがあるといいなあ、という夢想である。
 
 
 例えば、私が六十五歳で「猫なし」になったとする。
 長年、猫と暮らしてきて、いまさら「猫なし」は淋しい。
 が、新しい猫を飼い始めるには、やはりためらいがある。
 今は元気でピンピンしていても、十年後、二十年後にも元気だという保証がないからだ。いや、保証がないのは若いうちでも同じなのだが、高齢になるほどリスクは高くなる。自信が無い、と、言い換えても良い。
 とはいえ、仔猫からの二十年はキツいとしても、例えば、七〜八歳の成猫を飼えば、その後の十年くらいなら、六十五歳でも十分いける気がする。自分の両親だって、すでに二人とも後期高齢者だが、今でも元気に猫のいる暮らしを堪能しているのだから。
 だが――。
 それでもやはり、私はためらうだろう。
 万が一ということもある。自分が先に死んで猫だけが残される、などという悲劇は、何としても避けなければならない。
 私は猫をあきらめるだろう。待っているのは、「猫なし」の長い余生である。
 
 
 あーあ。
 淋しいなあ。
 そして、もったいない。
 体力も、暇も、住居も、何一つ不足はないのに。そして、世の中には、行き場のない猫たちが沢山いるのに。
 
 
 そんなときに、レンタルキャット。
 ――と、いうわけ。
 
 
 もうひとつ、私がこの夢想を持つに至ったきっかけがある。
 今から十年以上前にお世話になった職場の上司がいる。明るくサバサバした女性で、当時、すでにオトナの猫を飼っていた。
 私は同じ職場で、その方の定年退職を見送ったのだが、先日、その方のご主人がお亡くなりになったと聞いた。
 退職後は、ご夫婦で旅行に行かれたりして、楽しく過ごされていたと聞く。その連れ合いを亡くされ、さぞかしお力落としだろうと、職場でも噂し合った。
 そのとき、やはり猫好きの先輩が、こんなことを言った。
「Tさんは、猫を飼えばいいのにね。」
 なるほどと思った。
 当時の猫はもうとっくにこの世を去っているだろう。だが、もともと猫飼いの人なのだから、新しい猫を迎える心理的ハードルは低いはずだ。
 しかし。
 飼わないだろうな、と、内心、私は思った。
 Tさんも、もう七十を越しているはずだ。自分の歳を考えたら、とても決断できないだろう。
 そしてまた、周囲の私たちも、勧めることはできないと思った。
 Tさんに万が一のことがあったとき、責任を持てないからだ。
 それが、現在のTさんにとって、どんなに良いことであったとしても。
 明るく楽しいTさんと一緒に暮らす猫は、必ず幸せになれると、分かっていても。
 
 
 世の中には、こんな話が、山ほどあるのだ。
 
 
 そんなときに、レンタルキャット。
 ――が、あるといいなあ。
 と、心から思った。
 
 
 以下、私のその夢想を書く。
 
 

  
  
 正式名称「引き取り保証付き猫譲渡システム」。
 ここで、はっきりさせておかなければならない。「レンタルキャット」というのは、あくまで便宜上の呼称で、内容は「譲渡」である。つまり、契約が成立したら、猫の所有権は、被譲渡者側に移る。この点が大切である。
 つまり、猫の餌代や医療費は、完全に被譲渡者持ちということだ。
 そして、被譲渡者は、猫を「家族」として、終生飼育することが前提となる。人間で言えば、養子縁組に等しいレベルである。
 お手軽な猫出張サービスではない。その点をはっきりさせておくべきだろう。
 次に、被譲渡者となれる条件。
 譲渡日現在、満七十五歳未満であること。
 譲渡時点で、自力での猫のケアが可能であり、見通しとして、三年以上はその状態が維持できると考えられること。
 同居家族内に、飼育に反対している人がいないこと。
 親族や友人など、一名以上の保証人を立てられること。(これは、被譲渡者本人に万一のことがあったときに、連絡先となってもらうためである。)
 互いに害やストレスとなるような、他のペットを飼育していないこと。
 過去に五年以上の猫飼育経験があること。
 そして、原則として、持家であること。
 
 
「持家」を条件にすることには、異論があるかもしれない。
 だが、このシステムが高齢者を想定する以上、住居が賃貸物件では安定性に欠けると考えた。冷たいようだが、高齢者にとって都会の住宅事情は厳しい。猫を飼っていることが、その後の契約更新などにあたり、被譲渡者の側に不利に働く可能性も否定できないし、また、長年同じアパートに住んでいるような場合には、本人には何の落ち度もなくても、物件そのものの古さ故に、建て替えや取り壊しによる退去という憂き目に会う可能性も無視できない。そうしたとき、高齢・単身・猫付きというハンデを背負って転居先を探すのは、至難の業である。
 とはいえ、住宅事情は地域によってもまちまちであるから、その辺りは、最終的には運営団体側の判断になる。また、いずれ高齢者以外の家庭もターゲットに入ってくるようなら、希望者の中には「今は賃貸だけど、いつかは家を買います」という人もいるわけで、そういった人々を対象から外す理由はない。もちろん、あくまで、現住居が「ペット可」の物件であれば、の話であるが。
 
 
 もう一つ。
 大事なルールがある。
 譲渡対象となる猫は、満四歳以上(推定を含む)の成猫とする。
 
 
 年齢設定も、意外に難しい。
 ここに書いた年齢設定も、例えば七十四歳の人が四歳の猫を貰い受け、その猫が二十歳まで生きたとすると、猫の死亡時、飼い主は九十歳という計算になる。十五歳で死んだとしても、八十五歳。決して安全域ではない。
 だが、被譲渡者の年齢設定を七十歳未満まで引き下げると、先に書いた私の元上司のような、連れ合いを亡くした人、あるいは、子供世代と別居に至った人、親を見送った人など、家族構成が変わり単身や夫婦のみとなる人の多くが、対象外となってしまう。
 猫の方の年齢設定を、五歳以上、あるいは、七〜八歳まで引き上げると、今度は、対象となる猫が減り、被譲渡者側との条件のマッチングが整わなくなる可能性が高まる。
 ただし、住居の問題と同じく、若い家庭がターゲットに入ってくるようなら、こうした年齢設定も見直していい。過去の飼育年数の条件も同様である。いずれにしても、高齢者の家庭には、別の意味で、落ち着いたオトナの猫をお勧めしたいとは思うけれど。
 
 
 そして、引き取りの条件である。
 これはむしろ、条件を設定しないという方向を選択したい。
 お気軽な貸し出し猫ではない。その理屈から言えば、引き取りは「やむを得ない場合」とする方が道理に合うのだが、現実的ではないと考えた。
 もし、条件に適合しないからといって、引き取りをお断りした場合、「それじゃ、保健所へ」ということになってしまったら、本末転倒だからだ。
 それに、「飽きた」とか「別のペットに乗り換えたい」などというふざけた理由であっても、そうやって愛情の冷めた飼い主に渋々飼ってもらうことが、猫にとって幸せだとは、とうてい思えないからである。
 一番心配なのは、猫の方が病気や事故で、看護・介護が必要となった場合である。世話が面倒だから引き取ってほしい、などというのは、ずいぶん勝手な話だし、運営団体の負担にもなる。だが、実際問題として、被譲渡者側の体力などの問題で、本当に十分な世話ができなくなることは有り得る。そうした場合、それでも住み慣れた家で静かに過ごさせるか、十分なケアを受けられる環境に移すかは、非常に難しい選択となる。
 正に、ケースバイケースである。事前に決めておくことは、無理だと考えざるを得ない。
 それに。
 希望的観測を述べれば、一年でも二年でも、同じ家の中で一緒に暮らした猫ならば、普通の人なら愛着が湧いて、そうそう簡単に手放す気にはならないはずである。家族としての愛情があるなら、自分の手で世話をしてやりたいと思う方が人情だろう。
 先程と同じ理屈だ。世話ができるのにやりたくない、そんな不人情な飼い主に、猫を安心して任せられるものだろうか。そういう人は、やらざるを得なくても、結局やらないことが目に見えている。
 
 
 最後に、保証料の問題である。
 保証料を課金するか否か。これも意見の分かれるところだろう。
 私は、被譲渡者の負担にならない程度で、課金した方がいいと思っている。
 理由は、まず、一般の譲渡との差別化を図るため。そもそも、譲渡を受けるというのは、終生飼育が大前提なのであって、それには、万一、自分自身が飼育できなくなった場合に、猫の身の振り方を考えてやることも含まれている。その責任を免れるのだから、それに見合う代価を払うのは当然で、そこに一般の譲渡との線引きがなされるのだと考える。
 それと、もう一つ。
 被譲渡者の「本気度」を測る、という意味がある。
 そこまでして、猫を飼いたいか。
 自分に何かあったときに猫が困らないように、ということを、本気で考えているか。
 お金を払ってまで引き取り保証をつけるより、引き取ってくれなくてもいいから、一般の譲渡にしたい、と考える人もいるかもしれない。そういった方々については、申し訳ないが、ご家庭の状況などをお伺いして、猫の行く末が危ぶまれるような状況なら、譲渡そのものをお断りするというのも有りだろう。
 課金方法は、月ごと・年ごと・譲渡時一括など、いろいろ考えられるが、私は、譲渡時に一括して払ってもらった方がいいと思う。大手量販店が付ける家電の延長保証みたいなものである。
 譲渡後にお金をいただいていくとなると、必ず滞納者が出てくる。そうなると、例えば、保証料を滞納したまま被譲渡者本人が亡くなった場合など、死後の整理にあたる親族などが、「お金を払ってまで引き取ってもらうことはない」と、安易に猫を処分してしまう危険があるからである。
 逆に、すでに保証料を納めてあるとなれば、「お金を払ってあるのだから、引き取ってもらおう」と、考える方が普通だろう。
 では、金額は幾らくらい?というのは、難しい問題だ。
 一括で払えないような金額では、希望者がいなくなるし、かといって、捨てても惜しくないような低額だと、先述のような場合、面倒だから処分、という道を選択されてしまうかもしれない。
 月々数百円×三年分とか。(最低三年は飼ってもらうという前提なので、三年を越したら無料になる、という考え方である。逆に、三年以内に引き取りに至る場合には、事実上のペナルティが付くというわけ。)
 あるいは、猫をお迎えに行く移送費相当の金額にするとか。
 おそらく、引き取りの際には、被譲渡者本人(または家族等)が猫を持ちこむことは難しい状況であろうから、最初から迎えに行くことを前提に、移送にかかる金額だけいただいて、とりあえず足が出ないようにする。(別途移送費を申し受けるとなると、結局、引き取り時に現金の支払いが発生し、先に危惧したような事態が生じかねない。)
 なお、猫が天寿を全うして引き取りが生じなかった場合であるが、この場合、保証料は返金するという考え方もある。確かに、その方が理にかなってはいるが、猫が比較的若くして死んだ場合の考え方が難しいし、さらに、運営団体側の事務は、かなり煩雑になると予想される。ご理解をいただいた上で、掛け捨てということでも良いのではないだろうか。
 
 
 以上、私の勝手な夢想を書いてきた。
 ただ、私は数値的なデータ――猫の平均寿命とか、保護猫数の年齢別分布とか、一般家庭と高齢者家庭との猫保有率の差とか――を全く持っていないので、そういったものを加味して検討すると、また違った構想が導けるのかもしれない。
 だが、少なくとも、需要はあると思う。
 ここまで具体的にではないが、猫好きの友人二人に、レンタルキャット構想を話してみた。二人とも、それはいい、と、大賛成してくれた。
 ちなみに、一人は独身の女性、もう一人は、結婚しているがお子さんのいない女性である。
 それこそ数値的なデータはないが、私を含め、こうしたカテゴリーに属する人々の猫好き率って、結構高いんじゃないかと思いませんか?
 
 
 誰か、私が「猫なし高齢者」になる前に、こうしたシステムを始めてくれないかなあ。
 それこそ、夢想だけれど。
 
 
“こんな企画書作ってるヒマがあったら、もうちょっと真面目に仕事しろ”とか言わない。
 
 
 
 

 いや、まだ一度も儲けたことないけど。