フェリネ星人の焦燥


 このごろとみに、ブログの更新が遅くなり、皆様に申し訳なく思う。
 これから、その言い訳を書くのだが、要するに、とにかく時間がない。そう言うと、まるで忙しくてちっとも休んでいない人のように聞こえるのだが、実態は逆である。
 休み過ぎて時間がないのだ。
 休日。朝はゆっくり目に起きる。猫どもに朝メシを食べさせ、洗濯機を回し、自分も朝食を済ませたあたりで、早くも力尽きる。
 こういうのを、何と呼ぶのだろうか。
 朝寝、は、朝遅く起きることだし、昼寝、は、午後だろう。
 該当する日本語がないということは、日本文化史上、そんな生活スタイルは、まったく想定されてこなかったということだ。
 まあとにかく、そのナントカ寝を終え、体を引きずるようにして洗濯物を干し、洗い物だの掃除だの、とりあえず目先のことを終えたあたりで、また力尽きる。
 そこで、座り込んでダラダラと通販のカタログなんかを眺め始めるか、下手をするとまた、「ナントカ寝・その2」に突入する。そうこうしているうちに昼になり、昼ごはんを食べると、今度は昼寝である。目が覚めるともう夕方近いので、明るいうちから「晩メシ!晩メシ!」と騒いでいるダメと目が合わないように心がけながら、洗濯物をたたんだり、午前中にやり残した家事をやったりして、何とか翌週も生活に困らない準備がようやく整った頃に、猫の晩メシの時間になる。
 猫の晩メシの後は、自分の晩メシ。ちなみに、なぜいつも猫が先かと言えば、猫より先に人間が食べていると、部屋中に呪いの雰囲気が漂うからである。
 自分の食事が済むと、お風呂に入りましょうということになるのだが、そこでまた、いったん力尽きたりする。あるいは、先にお風呂に入った後、PCを開いて、生協の注文なんかをしていると、そのままPCの前で力尽きたりする。
 つまり、何かやるごとに、いちいち力尽きるのだ。
 おかしい。
 自分でも、そう思う。
 そんなに忙しいわけでも、疲れているわけでもないはずなのに。
 だいいち、仕事に行っているときは、夕方まで元気に働いているし、休日でも、外出先で眠気を感じるようなことはない。(電車に乗っている時を除く。)
 ついでに言えば、お風呂に入っている時も、割と元気である。ぬるめの湯に浸かりながらついうとうと、くらいならあるが、本当に仕事で疲弊していた時代のように、体を洗うのもおっくうになるような眠気ではない。
 家のLDKにいる時、限定なのである。
 ということは。
 家の中に「何か」があるのか。
 化学物質過敏症の人が、住宅の建材に反応し、家に帰ると具合が悪くなるように。
 
  
 おい、お前ら、何か怪しい菌でもバラ撒いてるんじゃないだろうな。
 
 

  
 
 いや。
「お前ら」という言い方には、語弊があるかもしれない。
 私がこの家で猫を飼い始めて九年になるが、この現象は、最近になって生じたものである。
 となると――、
 
 
 怪しいのは、こいつである。
 
 

 
   
 そう考えると、この男、怪しいところだらけなのである。
 まず、その出自自体が怪しい。
 何だって、生後一ヶ月だか二ヶ月だかの、年端の行かない仔猫が、山のてっぺんなんぞにいるものか。
 そして、あのハゲ。
 見た目はただの真菌なのに、ふつうの猫の薬が効かず、先生を悩みに悩ませた。ついには大学病院に行くかという話にまでなったのだが、その後、急に薬が効き始めたのか、結局、大学病院の門をくぐることなく、何となく解決してしまった。
 何か、大学病院で診られたら困ることでもあったのだろうか。
 まだある。
 こいつの好きなおもちゃは「猫じゃらし」で、それには恐ろしいほど反応するのに、これまで百発百中、どんな猫で間違いなく釣れた、我が家の最終兵器「釣り竿式猫じゃらし(鳥の羽根つき)」には、大して食いつかない。
 私が床に寝ころんでいると、ほぼ確実に頭にじゃれつきに来るのに、布団に寝ていると足許にしか来ない。
 トルコキキョウには反応しない。また、先日、爪とぎについてきたマタタビを収納しておいた壜に水がかかったので、中身を入れ替えていたところ、やってきたのは大治郎先生だけで、こいつは無反応だった。
 それほど太っているわけでもないのに、子どものころから、ハラがだけが垂れている。
 足マメの色が揃っている足がない。
 そして、鼻。

 

(何故か写真が横向きに掲載されてしまうので、頭を右に傾けてご覧ください。)
 
  
 何でこの一か所だけピンクなのか。
(怪我してるのかと思った。)
 
 
 どんなにいじり倒しても、反抗しない。
「エ」をしたことがない。
 私が魚を食べていても、無反応。
 箱に興味を示さない。
 そして、そして――。
 
 
 …あれ、何だったっけ!?
 何か極めつけに、「これは猫らしくない」と感じたものが、あったのだが――。
 
 

  
  
 閑話休題
 猫はフェリネ星人である、という説を、ご存知だろうか。
 元ロシア語通訳の米原万里さんのエッセイ集「ヒトのオスは飼わないの?」に収録されている学説(?)なのだが、今、手元にその本がないので、だいたいの記憶で書く。
 フェリネ星は、地球よりずっと文明の進んだ惑星であった。が、地球と同じように、文明の高度化とともに環境汚染が進み、ついには居住に適さない星となってしまう。
 そこで、高度の文明を持つフェリネ人たちは、他の星への移住を決行する。その移住先として、フェリネ星に環境のよく似た地球が選ばれたのだが、後進文明とはいえ、地球にはすでに地球人がいる。
 フェリネ星の科学技術や軍事力をもってすれば、地球人を駆除し、地球を乗っ取ることなど簡単なのだが、何しろフェリネ星人は、文明人である。そんな野蛮な行為には及ばず、穏やかに地球に侵入して、地球人との共存を経て内部から侵略する道を選んだ。
 そのために、地球人が好む生物の特徴が研究され、結果、生まれたのが猫である。フェリネ星人たちは、猫に姿を変えて地球に定住し、地球人の生活に入り込んで、合法的に地球人を征服しつつある…。
 ――という、ハナシ。
 これを読んだ時、私はまだ実家にいて、実家はジン子姐さんの絶対王政の時代であった。であるから、当時の私は、正に目からウロコ、なるほど我が家もつまり、フェリネ星人の支配下にあったのかと、激しく納得したものなのであるが、そこからおそらく十年以上を経過した今、この説には、少々補足したい点もあると感じている。
 まず、「猫」という生物だが、おそらくこれは、フェリネ星人による全くの創作ではなく、地球上には野生の猫またはその原型が既に存在していたものと思われる。フェリネ星人は、その姿や特徴を借り、それに地球人ウケする美点を付け加えて、あたかも野生の猫の変異種ででもあるかのように、いわゆるイエネコのジャンルを創出したのだ。
(そういえば、新井素子さんの「・・・・・絶句」という小説に登場する、地球人よりずっと高度な地球外生命体、通称「いーさん」も、形は猫そっくりという設定だった。)
 それと、もうひとつ。
 フェリネ星人の地球人内部侵略作戦は、もう相当、長期にわたっている。となると、すでに地球に事実上の帰化を果たし、土着の「猫」となった者や、地球で「猫」同士結婚し、子孫を設けた、いわゆる侵略二世・三世もいるはずだ。
 当然、その中には、今のような穏やかな共存関係の継続を望む者が出てくる。
 しかし一方、彼等から見れば野蛮人種である地球人は、未だに、地球人同士で、武力を恃んだ勢力争いやら、フェリネ星を破滅に追いやったと同じ環境破壊やら、差別・搾取・犯罪、などなど、愚劣な蛮行を繰り返している。同胞である「猫」に対する虐待も後を絶たない。それならいっそ、共存などというまどろっこしい手続きは抜きにして、さっさと地球人をフェリネ星人の支配下に治めてしまった方が、お互いの幸福のためではないかと考える、急進派も台頭してくる。
 もしかしたら、急進派の焦りは、地球人たちが行う環境破壊のスピードが予想以上に速く、このままでは、侵略が完成し、フェリネ星人が社会のキャスティングボードを握る前に、地球が滅んでしまうかもしれない、という危機感なのかもしれない。彼等の多くは、まだ宇宙船の中にいる。何しろ、たまたま立ち寄っただけの「一部の難民」であるバルタン星人だって、二十億三千万人もいたのだ。最初から移住目的で、母星を捨ててやってきたフェリネ星人の数や、推して知るべしだろう。
 こうした事情を背景に、今日も宇宙船からは、速やかなる地球侵略を掲げる急進派の若者が次々と地球に降り立ち、浅薄なる地球人に対し、静かな侵略戦争を仕掛けているのである。
 
 
 地球暦2012年12月XX日――。
 一人の少年が、銀河系辺縁部に停泊する宇宙船「フェリネの希望VIII」号から、愛宕山の頂上に降り立った。
 この少年が隠し持つ最先端兵器が何であるかを知っていたら、地球人は決して、彼に近付こうとはしなかったに違いない。
 はじめて地球人を目にした時、緊張と、任務の重大さが与えるプレッシャーに、彼の喉はカラカラに引きつった。適性テストを満点で突破した自慢の美声は、その乾いた喉に絡まり、ようやく開いた口から漏れたのは、しわがれた掠れ声に過ぎなかった。
 何も知らない地球人が、彼に気付き、驚きの表情で歩み寄って来る。彼は無我夢中で、そのしわがれ声を振り絞り、精いっぱいのアピールを試みた。
 地球人は、彼のその激しい焦りの原因にも、全く気付かなかったらしい。
「おや、鳴き過ぎて声が涸れてるよ、この仔猫。」
と、地球人は言った。
 
 

(保護当時のアタゴロウの里親募集写真。Yuuさんのブログからお借りしました。)
 
 
 思い当たることがある。
 リトルキャッツさんに保護される仔猫の数の、異常なほどの厖大さ。
 そして。
 以前、私が尋ねた時、Yuuさんはおっしゃった。
「懐かない子がいいって言われてもねえ。みんな懐いちゃうのよね。」
 当然である。どいつも、そのための苛酷な訓練をくぐり抜け、難関と呼ばれる適性テストをパスして送り込まれた精鋭なのだから。
(とはいえ、時には、土着の猫を保護してしまうこともあるらしい。そういう連中は、サテライトの中で家庭内野良をやっている。)
 彼らは、積極的に啓蒙活動にも携わる。「猫」としての生活に満足し、地球人征服の大義を忘れた、いわゆる穏健派の同胞たちを覚醒させる。それは大事な仕事だ。
 アタゴロウ少年が派遣されたのは、日本の首都・東京の中の、とある一家庭であった。
 そこには、着任して七年になる、穏健派の同胞がいた。
 アタゴロウ少年は、手始めに、彼の説得を試みた。シマシマの同胞は、家庭猫たる自らの地位に満足し、家庭内に地球人の家主が君臨することを良しとしていたのである。
 だが、説得は失敗に終わった。
 シマシマは、覚醒しなかった。
 アタゴロウは、ついに覚悟を決めた。こうした事態を予見して、彼は「それ」を体内に埋め込まれてきたのだ。
(最終兵器を、使う――。)
 それは、地球人の思考能力を奪い、活動意欲を削ぎ、つまり、知的生命体としての能力を大幅に減退させる、地球人の科学では解明できないダークマターであった。
 
 

(それでも急進派と穏健派の間で争いが起こらないという辺りが、フェリネ星人の文明人たる所以である。)
 
 
 いや、しかしね、アタゴロウくん。
 私はいつから、そんな重要人物になったわけ!?
 私が家で寝てばかりいたところで、地球人社会には、何の影響もないんだけど?
 
 
 あ…
 
 
 もしかして、彼は、私にこのブログを書かせないために、ダークマターを放出し続けているのか?
 
 
 いや、しかしね、アタゴロウくん。
 もともと、私は、そんなことを書こうと思っていたわけじゃないんだ。
 思い出したよ。
 私がキミを見て、どうにも猫らしくないと思ったのは、これだった。
 
 

 

 

  
  

 これではあまりにも、猫としての慎みが無さすぎないか?
 
 
 

(慎みのある寝姿)
 

 だが、誰もがこんなふうに、平和でラクチンな生活が送れるのなら、いっそ地球人は、さっさとフェリネ星人の支配下に入った方がいいのではないか、と、ちらりと思ったりする私は、もうすでに、ダークマターに洗脳されている。
 
 

 

いろいろ?