ヒモと仔猫と女の闘い


  
 
 久々に「Cats安暖邸」に行ってきた。
 行こうと言いだしたのは、友人さくらである。
 もともとは、さくら・こっこと三人で「夕ごはんを食べに行こう」という話だったのだが、やりとりしているうちに、三人とも午後が空いていることが判明したため、「じゃあ、ごはんの前に安暖邸に」という話になった。
 さくらには、先日、他の友人たちと安暖邸訪問を目論んだところ、予定した日が定休日だったため他へ行った、といういきさつがある。それで、何となく不完全燃焼感が残っていたらしい。
 また、私が、マンションの管理人さんを通じて匿名の支援品(猫砂)を預かっていたという事情もある。山梨に持って行くにはさすがに重すぎたので、いずれ安暖邸にでも届けます、という話をYuuさんにはしてあったのだが、なかなか持って行く機会がなく、気になっていたところであった。
(なお、その猫砂三袋は、さくらとこっこにも一袋ずつ持ってもらい、無事に安暖邸に届けました。安暖邸のブログに載せていただいたのですが、砂の寄付者は、先述のとおり私も知らない匿名の方で、私達三人ではありません。なお、一緒に移っているフードはさくらの差し入れで、私は自前では何も持参していません。)
 そして、もう一つの事情。
 事前の打ち合わせは、三人の間でやりとりされていたわけだが、途中、さくらから、私一人だけを宛先に、メールが送られてきた。
「この際、安暖邸行って、こっこをたきつけてみようか。まあ、彼女のことだから、慎重だとは思うけど。」
 なるほど。そういうことか。
 さくら宅には、アメショのやっちー。我が家には、ダメちゃんとアタゴロウ。こっこの家にだけ猫がいないことを、常々残念に思っている私達なのである。
「おぬしも悪よのう。」
 返信しながら、いえいえお代官様ほどでは…という、さくらの切り返しが、聞こえる気がした。
 
 
 こっこは、とにかく猫にもてるオンナである。
 さくら宅のやっちーしかり。
 我が家のダメちゃんしかり。
 今回も、出発前に、猫砂を取りに二人とも我が家に立ち寄ってくれたのだが、しばらく遠巻きに警戒した末に、突然、この人たちが誰なのかを思い出したダメちゃんは、まっすぐに、こっこめがけて甘えに行ったものである。
「ダメちゃんは、こっこが好きだよねえ。」
 私とさくらがしみじみと嘆息すると、飼い主に遠慮したのか、こっこは控え目に言った。
「私がメロメロだって、分かっているのよ。」
「さんまの皮をあげたからじゃないの?」
「ええ。いろいろあげてますから。」
 アタシは彼に、何にもあげないもんね。
 そのときは皆で笑いながら、何気なく流した以上の会話であるが、しかしこれを、私を主語に言い換えてみると、
“猫山は、ダメちゃんに淡白である”
“猫山は、ダメちゃんに対してケチである”
ということになる。
 いかにも、愛がないと言わんばかり。
 こっこめ…。
 さては、人のオトコを横取りする気だな。飼う気もないくせに。
 単に、私とダメちゃんの仲の良いのを妬んでいるだけなのである、このオンナは。
「さて、そろそろ行かないと…。」
 私は慌てて、危険な友人を家から追い出して、魔性のオンナに「お相手」をあてがうべく、揃って安暖邸へと向かったのであった。
 
 

  
 
 本人は覚えていないかもしれないが、こっこはかつて、「猫カフェはフーゾクである」という名言を残した女でもある。
 この指摘は、当たっている。
 さくらや私のような「所帯持ち」は、ほとんど岡場所に行く感覚で、ヨソの猫と遊びに行く。そして、帰宅すると浮気の証拠隠滅にやっきになるのがお約束である。
 と、いうわけで。
 安暖邸である。
 こうした場に行くと、どの猫に最初に目を奪われるか、それぞれ好みが分かれて面白いのだが、ちなみに、私が最初に目で追ってしまったのは、やはり「アンリちゃん」であった。
 相変わらず、均整の取れた体つき。大人っぽくて少し野性味もあって、周囲に独特の空気層を纏っているような、何か超越した雰囲気が、たまらなく魅力的な女子である。
 ただし、拒否はされないものの、相手にもしてくれない。
 こういう子が、それこそそういうお店にいたら、なんとか振り向かせようとやっきになって、入れ上げた挙句に身上潰すバカ男が、いるんだろうなあ。
 で。
 次に目を惹かれたのは、「ポキおじさん」であった。
 何と言っても、デカい。
 ボラさんが遊びに誘っても、体が重くて大義なのか、実に横着な遊び方しかしないというあたりも、ツボである。
 一匹で猫ベッドがいっぱいになってしまう重量感。
 顔もちょっとオトボケ系で可愛いし、横着なフレンドリーさも、期待を裏切らない。
 巨体をゆさゆさと揺らして鷹揚に歩くところも、どこから見ても胴体が立派な円筒形をしているところも、座るとお尻が小山のようになるところも、完璧である。
 立って良し。座って良し。歩いて良し。
 久々に、ダメちゃん以外の男にトキめいてしまった。
「でも、この子をキャリーに詰め込んで動物病院に連れて行くことを考えると、ちょっと引くわよね。」
 さくらは言う。
「大丈夫。何とか詰め込めるものよ。」
 私はその点には、極めて楽観的である。
 というより、
「でもやっぱり、この子よりダメちゃんの方が大きいような気がするんだけど。」
「ダメちゃんは、長さが長いのよ。」
 確かに。
 歩いているダメちゃんが方向転換をすると、胴体がきれいにカーブを描く。私はそれを見るたびに、悪名高き飯田橋駅の曲がったプラットホームを思い出す。
 ついでに、ダメちゃんはポキくんと違い、上から見ると割にほっそりしていて、ウエストがくびれている。横から見るとハラが垂れているけれど。
  
  

(上から見たダメちゃん)
 
 
 ところで。
 肝心のこっこが、その間、何をしていたかと言うと。
 彼女の膝の上には、終始、一匹の仔猫がいた。
 名前は、みずきちゃん。美形のキジシロである。
「美形じゃない。こっこ、その子、将来イケメンになるよ!」
と、早速、焚きつけてみると、近くにいたボラさんが、
「その子、女の子です。」
とのことであった。
 少々出鼻をくじかれた形であるが、この際、性別なんてどちらでもいい、と、私は勢い込む。
 みずきちゃんは、こっこの膝に乗ったまま、彼女が振るおもちゃを相手に、延々と遊び続けている。
 途中、さくらや私や、他のお客さんの膝にも乗ってみたようだが、結局、さっさと降りて、こっこの膝に戻って来ていた。
「こっこはやっぱり、猫にもてるねえ。」
 さくらと私は、素直に感心する。
「ていうか、その子、こっこのことが大好きだよね。」
「それって運命の出会いじゃないの?」
 聞けば、みずきちゃんは、前日に安暖邸に着いたばかりだという。
「こんな人懐っこい子、すぐ売れちゃうよ。こっこ、今がチャンスだよ。」
「うーん。」
 やはり、こっこは、歯切れが悪い。
 そうこうしているうちに、
「この子、結構、気が強いよね。」
 私は決定的瞬間を見逃したのだが、どうやら、こっこに近付いて来た他の仔猫を、みずきちゃんが殴って撃退したらしいのだ。
「いいんじゃない。女の子はそのくらいの方が可愛いよ。」
 私はフォローしてみたが、この事件は、「甘えん坊の仔猫ちゃん」の本性を垣間見せるのに十分だったようだ。
「じゃあ、ポキさんなんかどう?いいわよぉ、大猫は。」
 だが、こっこは、その意見は軽く笑ってスルーしつつ、膝から降りないみずきちゃんと、ひたすら遊び続けたのだった。
 
 

(みずきちゃん) 
  
  
 安暖邸の仔猫たちの中に、まだ顔にシールポイントの出ていないシャムミックスがいた。
 このブログにも何度かご登場いただいた、王子キャラのコタローくんの、仔猫時代に似ている。
 そのことから、コタローカノのRさんの話題になった。
 Rさんは、先日、さくらが共に安暖邸訪問を目論んだお友達のうちの一人である。
 Rさんは、私が彼女とコタローくんの関係を「年下の彼氏」と書いたことが、いたくお気に召さなかったらしい。
「年下のカレシですって?とんでもない。これを見て、ヒモよ、ヒモ!!」
 憤慨するRさんがそう言ってさくらに示したのは、Rさんが起きた後のベッドの上で、いぎたなく眠り続けるコタローくんの写真であったという。
 なるほど。
 確かに、ヒモだ。
 だが、そもそも、「年下の彼氏」と「ヒモ」は、相反する概念なのだろうか。
 たとえ女性の稼ぎでのらくら遊び暮らしているヒモであっても、女性の側が彼に心底惚れ込んでいて、彼を養うことに喜びを感じているならば、それは、一切の不法性を持たない、立派な職業としてのヒモではないかと、私は思うのだ。
 娼婦を「世界最古の職業」と呼ぶ、やや皮肉めいた言い方がある。これに対し、世界で二番目に古い職業は「王族」だと、某国の皇太子殿下がおっしゃったそうだが、だったら、世界で三番目に古い職業は「ヒモ」ではないかと、私は密かに思っている。
 もちろん、そのヒモが、女性が働きに行っている間に、他の女との情事を楽しんでいたり、何か不道徳なことをやらかしていたり、女性の預金を降ろしたり女性の名義で高額な借金をしたりなどした挙句にトンズラする、などと、女性を利用し不幸にするような男なら、それは言語道断だ。だが、そうでなく、ヒモの側も、彼女を愛し、忠誠を尽くすなら、そのヒモは、同時にカレシと認めてもいいのではないか。
 殺さず・犯さず・盗まれて難儀するものから盗まず。この「盗賊の三カ条」を守る由緒正しい盗賊と、「畜生ばたらき」の外道との違いみたいなものである。
 女の愛を殺さず。他の女を犯さず。女が難儀するほど財産を消費せず。
 Rさんちのコタローくんも、さくら家のやっちーも、そして、我が家のダメちゃんも。
 みんな、その「ヒモの三カ条」を守る、正道のヒモである。
 まあ、ダメちゃんに関して言えば、彼は我が家の育児係なので、必ずしもヒモとは言い切れないわけであるが。
 
 

(コタローくん)
 
 
 結局、私達の「こっこに猫を飼わせる」作戦は、失敗に終わった。
「この子、激しすぎてコワい。」
 こっこはそう言って、極めて理性的に、みずきちゃんを却下した。
 確かに、そうかもしれない。
 ベタベタの甘えん坊さんだから、一日お留守番させた後は、間違いなく“かまって攻撃”に悩まされることになる。明らかに女王様タイプだから、こっこが遊んであげないと、留守の間に報復行動に出るかもしれない。かといって、他の猫と二匹飼いにしてみたところで、今度は嫉妬の嵐で、家庭の平和が乱されることは必定である。
 それに。
 これは私自身が密かに思うだけなのだが、後からゆっくり考えると、私のイメージでは、こっことペアになる猫は、やはり「男子」なのである。
 やっちーやダメちゃんが、こっこに甘える姿を見ているからかもしれない。
 仕事が忙しいこっこが、夜遅くなって帰宅した時、玄関で「ニャーン」と鳴いて迎えてくれる猫。ごはんを食べさせてもらった後、台所に立つこっこから見える位置で、満足げに毛繕いしてみせる猫。ソファーに寛いでテレビを観るこっこに、さりげなく寄り添って、膝に頭をもたせかけてくる猫。
 どの風景も、別に女子でも、構わないといえば構わないのだが。
 こんなことを言ったら、こっこは怒るかもしれない。だが、真面目でしっかりしたキャリアウーマンで、(だけど、時々抜けていて)、誰にでも優しくて、猫に簡単にメロメロになってしまう、こっこのような女性には、やっぱり、正統派のヒモネコが相応しいように思うのだ。
 まあ、もちろん、最終的にはこっこ自身の判断だし、かつての私とミミさんのように、女同士の楽しい生活、というのも、十分に有り得るのであるが。
 
 
「アタシはやっぱり、ポキさんがお勧めだけどねえ。」
“こっこ宅に行くとポキさんが居る”というシチュエーションを諦めきれない私は、未練がましく主張し続ける。 
 そのポキさんの隣に、同じようなキジシロの猫が、ずっと眠り続けていた。
「そういえば、この、ポキさんに似てる子って、誰だっけ?」
 ボラさんに尋ねてみると、
「なるみくんです。」
 そのなるみくんが、私たちが帰る少し前になって、ようやく起き出して活動を始めた。
「なるみくん!アタシなるみくんのファンなのよね。」
 さくらが、狂喜乱舞する。
「なるみくん、本当にいい子で。なぜお声がかからないのか、不思議で仕方がないくらいなんですよ。」
「ホント、可愛いですよねえ!」
 ボラさんを相手に盛り上がるさくら。
 と、いうわけで、
「こっこ、なるみくんはどう?」
 が。
 こっこの膝は、最後までみずきちゃんに占領され、気付けば、彼女には、他の猫を検討する時間も機会も、与えられていなかったのであった。
 
 

(ポキさん)
 
 
 後になって、ふと思った。
 みずきちゃんの、こっこへの執着。あれはもしかして、他の猫に目移りさせないための、彼女の妨害工作だったのではないか。
 みずきちゃんがあれほど強引に、こっこの膝を占領し続けなかったら、こっこは、なるみくんをはじめ、もっと他の猫とも交流し、そのなかに彼女のヒモ候補もいたかもしれないのだ。
 みずきちゃんが、こっこを、自分専属の召使にしたかったのかは定かではないが、「他の仔猫を殴って追い払った」という事実から察するに、少なくとも、こっこが他の猫にメロメロになってしまうことは、彼女の独占欲とプライドが許さなかったものと思われる。
 女子猫、恐るべし。
 ただし。
 冒頭に書いたとおり、そのこっこ自身が、猫を手玉に取る魔性の女である。
 この駆け引き、どちらがどちらを出し抜いたのか。ひょっとして、無理矢理猫を飼わせようとする、さくらと私の目論見に対し、こっこがみずきちゃんを利用した側面もあるのではないか。
 一見、微笑ましい光景でありながら、その陰には、どれほどの黒い陰謀が渦巻いていたのだろうか。
 そして。
 こっこにヒモをあてがうことにより、魔性の女をダメちゃんから引き離そうとする、私の下衆な思惑。さらに、自分の気に入ったオトコを友人宅に囲わせることによって、公然と浮気を楽しもうとする、あまりにも見え見えな策略の失敗。
 げに恐ろしきは、オンナの闘い、である。
 
 
 あ、でも。
 友達であるこっこを、魔性の女扱いしたり、黒い陰謀だとか、そんな根拠のない言いがかりをつけて、ネタにしたりなんかしちゃ、いけないのだった。
 その後の飲み会で、下戸のこっこは一杯しか飲んでいないにも関わらず、お会計はちゃっかり、ワリカンにさせていただいたのだから。