夜更けて台所に立っていたら、視線を感じた。
「あら、玉音ちゃん。」
彼女は台所の入口に立って私を見ている。オリーブ色の双眸に、何か物言いたげな色を滲ませて。
「どうしたの?」
手を止めた私が一歩、踏み出そうとすると、彼女は身を翻して逃げた。
「何だろうね、このムスメは。」
私はそれ以上追及せずに、台所仕事に戻る。
彼女は戻って来ない。いつもどおりの時が流れる。
玉ちゃんは、どうやらこの頃、急に私のことが好きになったらしい。
彼女の「台所覗き事件」は、その予兆であった。時は三月の終わり頃であったか。
私が彼女に尾行されているらしいことに気付いたのも、その頃である。
気が付くと、見え隠れに、一定距離を保っている。
それに近い猫を、通常は「ストーカー猫」と言う。だが、玉ちゃんは断じてストーカーではない。
なぜって。
まず、必ず、すぐ逃げられるだけの距離を保っている。
そして何より、尾行に気付いた私と目が合うと、彼女は一瞬にして逃げるからだ。
私の関心を惹こうとしていない。バレないように付いて来る。だからストーキングではなくて尾行だ。
そうでなければ「だるまさんがころんだ」だ。
面白いなあ。
このワケの分からなさが、いかにも玉ちゃんらしい。
と、思っていたのだが――。
ある日、私のその認識を覆す事件が起きた。
食事をしている私の椅子の下に、玉ちゃんがわざわざやって来たのである。
事は明白であった。
実は、私が食事の時に座る椅子は、いつもその下で、玉ちゃんに「腰パン」をしてやる椅子なのである。
私は食事の合間に、手を伸ばして玉ちゃんに触れてやった。玉ちゃんは腰を高くして私に腰パンをさせ、あるいは座り姿勢になって、私に頭を撫でさせた。そうやって、いつまでも椅子の下にいた。
彼女は明らかに、私に構われるのを望んで、椅子の下に来たのである。
「一体、どうしたの?玉ちゃん。」
彼女は答えない。私に撫でさせている頭は、若干無理をして伸びあがっているようにさえ感じられる。
その後、私は入浴した。風呂から上がると、バスマットの上で玉ちゃんが待っていた。
これまで、私を警戒し、うわべは家族として付き合いながらも、距離を保ち続けてきた玉ちゃん。
その彼女が、急に私に愛着を見せるようになった。
淋しいのだろうか――。
でも、なぜ?
アタゴロウもダメもいるのに。
まさか…
夫婦仲が、冷え切っているということか――。
思い当ることがある。
先日、玉ちゃんの右前脚にハゲを見つけた。
まさか真菌?とドッキリしたが、保護して一年半経って、今更真菌でもないだろう。
ケガであろうと当たりをつけて様子を見ていたら、それ以上、ハゲが増えたり広がったりすることもなく、ハゲ部分には順調に毛が生え始めたようだ。
(やっぱり、ケガだったか。)
安心はしたのだが、問題はケガの原因である。
こういう場合は、十中八九、猫同士やり合ったものと相場が決まっている。
てことは。
まず間違いなく、加害者は彼女の夫だ。
ここに至って、アタゴロウのDV疑惑が再燃したものである。
玉ちゃんが私の掛け布団の上で寝るようになったことは、前回書いた。
玉ちゃんは私の脇腹から腿にかけての右横。ダメちゃんは同じ線上の私の足の横。アタゴロウは最も猫らしく、布団のど真ん中。私の脚の間。
つまり、玉ちゃんとアタゴロウは、掛け布団の上でも、必ず離れて寝ているのだ。
昼間、私が家にいる時の観察でも、玉ちゃんは誰とも一緒に寝ていない。たいてい、押入れか、時にはこたつの中で、一人で丸まって寝ている。
一方で、アタゴロウは、しじゅうダメちゃんにくっついて寝ている。
これを人間に置き換えて言うなら。
夫婦はすでに寝室を別にし、夫は実家(もしくは仕事場)に入り浸って、妻には寄りつきもしない、ということではないか――。
昔はあんなにラブラブだったのに。
(平成24年12月撮影)
玉ちゃんが我が家に来たばかりの頃、アタゴロウは嬉々として彼女の面倒を見てやっていた、と思う。
当時は、私の脚の間で、二匹がくっついて寝ていた。
仲間外れになったダメおじさんに、何か悲哀を感じたりしたものだ。
ダメちゃんは一応、イクメンということになっているが、彼はあくまで、来るもの拒まずくらいのスタンスである。甘えてくれば甘えさせてやるが、積極的に遊んでやったり、毛繕いしてやったりするわけではない。
これに対し、アタゴロウは、玉ちゃんに何かと構ってやっていた。多分、本当のイクメンキャラは、アタゴロウの方なんだろうな、と、心密かに思っていた。
そんなアタゴロウと玉ちゃんの関係に変化が訪れたきっかけは、はっきりしている。
玉ちゃんの入院である。
玉ちゃんは二回入院しているので、入院をきっかけにといっても二段階あるわけだが、いずれも、彼女の退院直後、アタゴロウは警戒してフーシャー言った。それに対し、普段は無愛想で優しい言葉ひとつかけてくれるわけでもないオジサンは、身も心も傷付いた玉ちゃんに大人の気遣いを見せ、その懐の深さで大いに男を上げた。
この辺りのいきさつは、かつて「愛〜ゴロウの物語〜」に書いた――と、言おうと思ったのだが、この話は私がブログを休んでいた時期にあたるので、実はこの企画は実現していない。(要するに企画倒れである。)
特に、二回目の入院後は、アタゴロウはしばらく、玉ちゃんに近付こうとしなかった。療養着で胴体をぐるぐる巻きにし、エリカラを付け、おそらく薬の匂いもする玉ちゃんに警戒したのだろうが、それ以来、玉ちゃんはアタゴロウと寝なくなった。
玉ちゃんが元気になってから、追っかけっこやプロレスの遊びは復活したが、それ以来、二匹は、単なる遊び相手になってしまったらしい。
なお、オジサンの方は、相変わらず無愛想で、玉ちゃんに親しげな態度ひとつ示すわけではない。せいぜい、お尻の匂いを嗅ぐ程度である。
玉ちゃんも、別にオジサンに擦り寄って行くわけではない。だが、それなりに好きみたいである。くっつきはしないが、よく、今にも接触しそうなギリギリの至近距離を歩いていたりする。
夫婦仲は冷え切り、夫は親方の家に入り浸るようになっていた。
妻はべつにそれで良いと思っていた。他に女を作ったわけじゃなし、私の体面が傷付くハナシじゃない。夫が家に寄りつかないなら、むしろ私は私で伸び伸びやれる。亭主は元気で留守が一番。
それに、冷え切ったと言っても、お互い顔も見たくないという関係ではなかった。
遊びに関しては気も合ったし、気兼ねのない間柄ではあるから、一緒にいることが苦痛ということはない。だから連れだって遊びに出掛けることもあった。傍目には仲の良い夫婦と見えていたに違いないが、その実は、互いに都合のよい遊び友達に過ぎなかった。
ある意味、バランスのとれた、安定した関係だったと言っても良いのかもしれない。
夫の彼女に対する暴力が始まるまでは。
(暴力夫の図)
まさか――。
あんな温和な男性が。
まじめで、人当たりが良くて、むしろ気が弱い。
彼のようなおとなしい男が、妻に暴力をふるっているなんて――。
誰も彼の内に秘めた暴力性に気付かない。親方は優しい男だが、彼を信頼し切っているし、だいいち、彼がしじゅう傍にいるから、妻が彼の目を盗んで相談しに行くこともできない。いや、話したって信用してくれないか、良くても、彼に対して、妻に優しくしろとかお小言を垂れる程度だろう。そうしたら、親方を巻き込んだことで、彼はむしろ、激昂するに違いない。
妻は孤独を深めていく。
前脚の傷を舐めながら、ふと、彼女は思い出す。
ひとりだけ、いた。
「どうしたの?玉ちゃん、その脚、見せなさい!!」
彼女の傷に関心を持った人が、ひとりだけ、いたのだ。
おっかなくてお節介で、いつも彼女を子供扱いする、口やかましい下宿のおばさん。やれウンチを埋めろだの、カリカリを残すなだの、年寄りの礼儀作法とやらを押しつけようとして、鬱陶しい人だと思っていたが、考えれば、病気の時には看病してくれたし、別に意地悪な人じゃない。
おばさん…。
わたし、夫に暴力を振るわれているの…。
何度、打ち明けようと思ったことだろう。
だが、その都度、彼女の希望は打ち砕かれた。
夫と親方と、揃って賄いの食事を出してもらうたびに。
おばさんは、夫を可愛がっているのだ。わたしの訴えに耳を傾けてくれるわけがない。
彼女は涙をこらえながら、食べかけのカリカリをそのままに、マットレスの陰に逃げ込んだ。嫌いな黒缶にこっそりかつおぶしをかけてもらっている、甘やかされた夫の姿を背後に感じながら。
うっとりと淀んだ水底から、あたたかい水泡がゆっくりと浮かび上がるように。
明け方の夢は、無意識の底から、現実の予感を包んで立ちのぼる。
私は見た。必死に逃げまどうアタゴロウを追いかけてきた玉ちゃんが、鋭いジャンプで、アタゴロウにバックアタックを仕掛けるのを。そしてそのまま、アタゴロウに馬乗りになり、もがくアタゴロウに猫キックを繰り出そうとするのを。
あれは私の願望が見せた幻だったのか。
私の溺愛するアタゴロウが、膝の上の可愛いアタゴロウが、妻に暴力を振るうような男であってほしくないという。
いや。
現実である。
アタゴロウはDV夫かもしれないが、玉ちゃんだって、黙って殴られているタマじゃなかった。
辛くも馬乗りの妻の下から逃げ出したアタゴロウが、体勢を立て直し、今度は彼の方が逃げ出す妻を追いかけ始める――。
玉ちゃんの前脚の傷はすっかり毛も生え揃い、ただ、まだ毛の長さが短いのでへこんでいるのみとなった。
玉ちゃんが食事中の私の椅子の下に来たのは、あの一回のみである。バスマットにも来ていない。
アタゴロウは今日も、私の膝の上にいる。
オジサンは相変わらず無関心。
私は未だに、季節外れのこたつの中に脚を入れて、この原稿を書いている。こたつの中には玉ちゃんもいる。そして、私の足は、玉ちゃんの背中に密着している。
これはこれで、けっこう、凄いことだと思う。
(無関心なオジサンの図)