腹に一物ある男

 

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 九月二十八日土曜日。

 病院に行ってきた。

 火曜日(二十四日)に、腫瘍の経過観察とコンベニア注射のため、仕事を一時間早く上がらせてもらって、ダメを連れて通院したのだが、そのとき、

「何か、また痩せたような気がするんですよね。」

 実際、痩せていた。四・八五キロであった。

 腫瘍はまた少し小さくなり、気管の太さもかなり回復しているのだが、

「吐くというのが、気になりますね。」

と、私の話を聞いた先生は、おっしゃった。

「もしかしたら、お腹にも何かあるのかもしれない。近いうちに検査させてもらっていいですか?」

「お願いします。」

 お腹にも腫瘍があるとしたら、それは深刻な事態だろう。だが、先生は、こうもおっしゃった。

「もし、お腹にも腫瘍ができていて、その正体が分かれば、もうちょっと積極的な手が打てるようになります。」

 なるほど。

 プラス思考である。ものは考えようなのだ、と、変なことに感心した。

 薬は二週間分。コンベニアも二週間効くので、通常なら、次回の通院は二週間後ということになるのだが、

「その前に一度、お腹の検査をしましょうか。」

 先生が月末海外に出張されるということなので、その前か後か…と言われ、内心では、

(じゃあ、十月に入ってからかな。)

と、思っていたのだが。

 結局、なるべく早く連れて行こうと、方針を変えた。

 病院から帰った後も、ダメはご飯を食べなかったからである。

 

 で。

 土曜日。

 その朝、ダメは珍しいくらい旺盛な食欲でご飯を平らげた。

 アタゴロウの残り物を片付け、それも「phコントロール」のウェットの方を喜んで食べたので、似た感じのものということで、ニュートロのパテを出してみた。半分出したらばくばくと、あっという間に完食したので、もう半分に、思い付いて「エナジー500」を混ぜて出してみたところ、全く気にする様子もなく、それも喜んで食べた。そして、ドライフードも食べた。

 要するに、通常の一食分以上を食べたのである。

 あまり食べ過ぎたら吐くだろう、と思って、少しずつ時間をおいて、様子を見ながら出していたのだが、吐く様子もない。待たせている間は物欲しげにうろうろするし、食べっぷりは凄いし、むしろ心配になって適当なところでやめさせた。

 猫の食事が終わり、自分の食事が終わり、洗濯なども終わって、さあ出掛けるか、という時になって――。

 あ、しまった。

 もしかして。

 お腹の検査だから、朝ご飯は、抜いた方が良かったのでは。

 遅ればせながら気が付いたのだが、もう遅い。どうしようかな、とちょっと迷ったが、絶食の指示は出ていなかったので、もう仕度しちゃったし…と、とりあえず行くことにした。

 病院に電話して、呼吸の苦しい子が行くから酸素室を…と、お願いすると、私が名乗る前から、

「大治郎ちゃんですか?」

 すでに覚えられていた。

 先生からは、検査に時間がかかるので、火曜日のような遅い時間ではなく、もう少し余裕を持って来てくれと言われていた。それで午前中の診療時間に行ったのだが、何だかんだで家を出るのが遅くなり、九時に診察開始のところ、到着がすでに九時五十分。何とか午前中に終わる時間かなと思いつつ、呼ばれて診察室に入ると、

「お待ちいただければ、二時間くらいで終わらせることもできますけど、呼吸の苦しい子ですからね。途中で酸素を吸わせて休ませながら、ゆっくりやった方がいいかと思います。」

と。

「お預かりして、夕方迎えに来てもらうというのでは、どうですか?」

 そんなわけで、ダメのお腹の検査は、一日コースということになった。

 人間ドックみたいだな、と、思った。

 

 そして夕方。

 受付に顔を出したとたん、やはり名乗る前から、

「お迎えですね。」

 そういえば、アタゴロウが入院していた時、見舞いに行くと同じように

「お見舞いですね。」

 と言われたのを思い出す。

 しばらく待合室で待ち、再び呼ばれて診察室に入ると、先生は開口一番、

「何も無いんですよ。レントゲンと、血液検査と、エコーをやったんですが、どこも異常はないんです。いや、いいニュースなのですが。」

 まず、血液検査の結果を、丁寧に説明してくれた。素人なのでよく分からないが、要するに、中性脂肪がちょっと高い他は、すべて正常だと言うのである。

「肝臓も腎臓も、まったく問題ない。膵臓の検査もしてますが、そちらも正常でした。」

 この歳で腎臓が元気なのだから、ある意味、大したジジイだとも言えるだろう。

 だが、簡単な血液検査は九月初旬にもやっていて、そのときも異常はないと言われていたのだ。また、院長先生自身、前回、「胃腸の異常は血液検査には出ないんですよ。」とおっしゃっていた。つまり、ここまでは、いわば「前振り」というわけだ。

 先生は次に、例によってPCの画面を立ち上げ、レントゲンの画像を見せてくれた。

 最初に一言。

「胃の中にご飯がいっぱいに詰まってて…」

 あ、バレた。(そりゃバレるさ。)

「す、すいません。今朝に限って、すごく食べたんです。」

 先生は、もともとクールな人なので表立っては見せないが、そのクールなマスクの下で、目は小さく笑っていたような気がする。

 実際、レントゲンに映ったダメの胃袋は、素人目にもはっきりわかるくらい、ご飯でパンパンになっていた。

(は、恥ずかしい…。)

「でも、胃も腸も、こう見ても腫瘍があるようには見えないんですよね。」

 確かに、ご飯以外には、綺麗なものである。

「次にエコーですが…」

 こちらも、画像を見せながら色々説明して下さるのだが、レントゲンと違って、エコーの画像は素人が見ても全く分からない。ただ、これもやはり、「何もない」状態だったそうで、言われてみると、シマシマ模様が乱れたような印象を受けるものはなかった。

「ただ、胃の入口の部分だけは、ご飯が詰まっているのでよく分からないんですよ。なので、次回の通院の際、お金はいいですから、もう一度、エコーを撮らせて下さい。」

「ハイ。すみません。ありがとうございます。」

 そこで先生は、多分、クールなマスクの下で半分笑いながら、穏やかに、こう、付け加えた。

「次回は絶食で来てくださいね。」

「す、す、すいません!!」

 あああ。

 また、やらかした。

 どこまで駄目な飼い主なんだろう。

 情けないやら、先生に申し訳ないやら。

 あ、ダメにも申し訳ないよね。痛くないとはいえ、二回もエコーを撮られるのだから。

 先生の方にも、「絶食の指示を出し忘れた」という意識があったのかもしれない。勝手な推測だが、これまで、私の方が、「酸素室をレンタルした」だの、「a/d缶を与えている」だの、「皮下補液ならやったことがある」だのと、偉そうな話を並べ立てていたので、そこそこ基礎のできた飼い主だと誤解し、油断したのではないか。

 あるいは。

 私が「食べない、食べると吐く」という話をしていたので、当然、胃袋が空っぽの状態で来るものと思っていたのか。

 その油断は、私自身にもあった。

 まさかその朝だけ、大量に食べて、しかも、吐かないとは、思いもよらなかったのだ。

 

 その夜。

 ダメは朝と同じ勢いで、ニュートロのウェットフードを半分食べ、もう半分を食べかけたところで、スピードダウンした。

 何とかウェットを食べ終え、ドライを少し食べたところで。

 吐いた。

 ほぼ全量、吐いたのではないかと思う。

 ただ、その中に、親指ほどの太さの、大きな毛玉が混じっていた。

(え、それじゃあ…。)

 まさか。

 まさか、これまでの嘔吐って、毛玉のせいだったわけじゃ、ないだろうな。

 そういえば、先日も、吐瀉物の中に大きな毛玉が混じっていた。その次に吐いた時も、小さな毛玉があった。

 あれは、どのくらい前だったろうか。

 吐瀉物の中にあったふやけたドライフードが「エイジングケアステージ1」だったから、ほんの一週間くらいまえのことではないか。

 毛玉の溜まり方が、速い。

 通院や投薬、そして、病気そのものからくるストレスで毛繕いが増え、毛玉が溜まり易くなった、というのは、考えられる話だ。

 と、いうわけで、その夜は、真夜中になってから「毛球症」について、突然、調べ始めてしまった私である。

 

 だが、残念ながら、その推理も当たりではないらしい。

 翌朝、つまり今朝のことだが、彼はまた、良い勢いでニュートロのウェットを食べ始め、半分出したうちの半分くらいで、急に食べるのを止めた。そして、吐いた。

 吐いたといっても、大して食べていないのであまり固形物はなく、当然、毛玉もなかった。

 毛玉なら、昨夜吐きだして、スッキリしているはずなのだ。

 その後、食欲があるんだかないんだか、良く分からない状態が続き、先週はよく食べたドライフードも、たまにポリポリと口をつける程度。夜ごはんもほとんど食べなかった。

 と、思ったら、今、この原稿を書いている最中に催促され、「phコントロール」のウェットを出したら、これはペロリと食べた。ただし、ドライは食べなかった。

 もう、訳が分からん。

 先日までは、ウェットよりドライばかり食べていたのに。

 

 食欲はあるはずだ、と、先生はおっしゃっていた。

 何もないのに、なぜ吐くのか分からないと。

 ついでの質問で、アタゴロウのphコントロールを食べさせても問題がないかと尋ねた。問題ないとのことであったが、私がつい、

「アタゴロウのごはんを盗み食いして…」

という言い方をしてしまったとき、このときも、どうやら先生は、クールなマスクの下で、笑っていたような気がする。

 実は親しみやすい人柄の先生だ、ということは、よく分かったんだけど。

 何か、ね。

 もしかしたら、「食べない、食べても吐く」という、私の切実な悩みは、核心の部分で先生のココロに届いていないのではないか?という疑念が生じてきたのである。

 何しろ、食べないはずの猫が、レントゲンを撮ったら、ごはんで胃袋がパンパンだったのだ。信憑性がないことこの上ない。

 だいいち、呼吸の苦しい子を、炎天下にバスで通院させてみたり、お腹の検査の日に、たっぷり朝ご飯を与えてきたり、飼い主自体、全く信頼が置けないヤツなのだ。

 信じてもらえなくても、無理はないよね。

 それにしても、なぜ彼は、検査の日の朝に限って、あんなに大量に食べたのか。

 今もって謎である。

 

 おい、ダメちゃん。

 アンタの狙いは、何なのさ。

 そんなことをしても、何一つ、アンタのためにはならないと思うけど。

 強いて言えば、私の評判を貶めることくらい、かな。

 

 毎日、酷いことをしてくれる家主への、ジジイの周到な嫌がらせだったりして。

 

 

おまけ。アタゴロウくんの恥ずかしい写真

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見えているのは、パンツだけではない。