風が吹けば桶屋が儲かる
これまで黙っていたが、実は、我が家の猫トイレは、ほぼ無法地帯である。
何しろ、用を足した後、慣習に従ってきちんと排泄物を埋める者は、トイレ利用者のおよそ三十三パーセントに過ぎないのだ。
その三十三パーセントの模範利用者が、アタゴロウである。彼は几帳面に埋める。あまり上手に埋め過ぎて、時々存在に全く気付かないほどだ。
で。あとの二匹はというと。
こう言っちゃナンだが、まったく埋める気がない。(としか思えない。)
まず、大治郎先生。彼は自身の為すべきところを為してしまうと、悠々たる足取りでその場を後にする。まるで
「苦しゅうない。始末しておけ。」
とでも言わんばかりに。
もうお一方のお嬢様は、まるで忌まわしいものを砂に落としたとでも言わんばかりに、用が済むと弾丸ダッシュで飛び出してくる。いずれも、決して後を振り返ることがないのが共通点である。
猫によって「埋める」「埋めない」があるのは何故なのか。諸説あるようだが、私が耳にしたことがあるのは、
・ボス猫は、埋めない。
・力の弱い猫は、自らの存在を誇示するために、敢えて埋めない。
という二説である。
これを我が家に当てはめると、確かになるほど、ということになる。
ダメだって昔は埋めたのだ。彼が埋めなくなったきっかけは、ズバリ、先住のミミさんが亡くなったことである。ミミの死去によって、彼はボス猫に昇格し、今なお、その地位にあるということだ。
そして、三匹の中で一番若く、小さく、唯一の女子である玉音は、同時に、いちばん弱い猫、ということになる。
となると、三匹飼いをしている家庭では、常に、「埋める」率は三十三パーセントになる理屈であるが、実際はどうなのだろう。どうなのだろう、とは思うが、そんなことを知ってみたところで、何のタシにもなりゃしない。だから、調べてみたことはない。
そのボス猫大治郎氏であるが。
連休明け十七日の火曜日に、彼を病院に連れて行った。
予想どおり、イケメン獣医師は、彼のレントゲンを撮った。待合室で少し待った後、呼ばれて診察室に入ると、
「どうやら、腫瘍がちょっと小さくなっているように見えますね。」
診察台に置かれたパソコンの画面には、前回と今回のレントゲン写真が並んで映っていた。
「あ、ちょっと気道が太くなったかしら。」
私は真っ先にそこを見た。まだまだ細いには違いないが、前回よりは明らかに、黒い部分がしっかりとした太線になっている。心の中で快哉を叫んだ。
イケメン獣医師は何やらパソコンを操作して腫瘍の大きさを測り、
「うん。小さくなってますね。それと、前回と比べて、この部分――、」
前回、薄い影になっていた部分を示して、
「この辺の影が、消えてきてますね。」
「じゃあ、ステロイド効いたんですね!」
私はつい浮かれるのだが、クールな先生は、はっきり「効いた」とは言わない。
「効いてきているのかもしれません。もう少し続けてみていただけますか。」
「はい。もちろん。」
そこで、先生の方がお願い口調になるところが意外であった。まるで、治したいと願っているのが先生の方で、私が協力者であるかのような。
前回打った抗生物質の注射の効果が二週間ということで、それが切れるタイミング、即ち一週間後に、もう一度連れてくることになった。また連休明けだ。職場には迷惑をかけてしまうけど。
ダメを連れて診察室を出る時、ふと、先生が声をかけてきた。
「アタちゃんは、元気ですか。」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「ハイ、お陰様で。今ちょっと喘息が出てますけど、それ以外は元気です。」
「それはよかった。」
イケメン獣医師は、にっこりと笑った。
アタゴロウのことを、覚えていてくれたんだ。
まあ、そりゃそうか。
それにしても――
(やっぱり、アタちゃん呼びなんだ。)
ちょっぴり可笑しくなり、同時に、何だか胸があたたかくなる気がした。
話はまた、一週間前に遡る。
ダメのあまりの弱りっぷりに動揺した私が、猫専門病院から帰ったその日に、早々に酸素ルームのレンタルを申し込んだことは、前回書いた。
このとき、私が申し込んでいたのは、それだけではない。
フードである。
何しろ、食べない、吐いてしまう、痩せてしまった、だったのだ。ダメは太った猫だったから、その「貯金」でこれまでやってきた。だが、その貯えは底をつきつつある。そして、猫は食べなければ死んでしまう。
当たり前じゃないか、人間だってそうだろう、と、言われるかもしれない。だが、この場合、私が言いたいのは「経口摂取させないと」という意味である。点滴などで、ただ栄養を体に入れるだけでは駄目なのだ。
猫は何も食べない状態でいると肝臓をやられ、四日ほどで黄疸をおこして死んでしまう、というのは、かかりつけの先生から何度も聞かされた話だ。事実、ムムが命を落とした一因でもある。
とにかく食べさせなければならない。何があっても、食べさせなければならない。
そして、体力をつけさせないと。
強制給餌は、当然ながら、視野に入っていた。
少量で豊富な栄養を含むこと。強制給餌に対応すること。でも、少なくとも今は、本来なら食べる力があるのだから、なるべく嗜好性が高く、あるいは、フードに混ぜ込んで与えることができるもの。
そのときは、酸素ルームのこともあり、頭が飽和状態だった。その状態で選んで注文したものが、以下の三つである。
a/d缶。
ロイカナのクリティカルリキッド。
森乳サンワールドの「エナジー500」(粉末)。
こういうときに、ありがたいのが某通販である。商品の種類にもよるが、急ぎ便を選択すれば翌日には届く。
と、いうわけで。
水曜日。酸素ルームの搬入と前後して、これらの品物が届いたわけであるが。
受け取ってはみたものの、私は困惑していた。
(これ、どうやって使えばいいのかな…。)
まず、その時点で彼の食欲は復活していた。
そして、注文した時はいちばん頼もしく見えたクリティカルリキッドは、何しろ、開封したら四十八時間以内に使い切らなければならないというシロモノである。金額を考えても、どう考えても、自分で食べられる猫に与えるものではないのだ。
そして、エナジー500。
加える水の量によって、ダンゴを作ったり、ペーストにしたり、スープにしたり、あるいはフードに混ぜたりと、使い勝手が良さそうな気がしたのだが。
単なる印象であるが、パッケージを見る限りでは、美味しそうな気がしない。
せっかく自分から食べる気になったのに、うっかりフードに混ぜて「美味しくない」認定されてしまったら、元も子もない。
結局、とりあえずa/d缶だけを登場させることにした。
「カルカン」の代わりのウェットフードとして、a/d缶を与えるという作戦である。
これは一応、当たった。最初のうちは匂いだけ嗅いで食べようとしないので、やむを得ずシリンジで与えていたのだが、やがて「固めのペーストなら食べる」ことが分かり、割合良い調子で一缶食べきった。
一缶食べ終わったところで、今度は「カルカン」にエナジー500を混ぜて出してみたのだが、気に入らなかったのか、その時たまたま食欲があまりなかったのか、定かではないが、やはり食べなかった。
と、いうわけで。
彼の栄養対策としては、当面、ウェットフードをa/d缶にする法式にした。一缶が大きいので、いつ飽きるとも分からないものを、なるべく開けたくなかったのだが、やむなく二缶購入したうちの二缶目に手を付けた。だが、まあ、これがいちばんオーソドックスな方法だよな、と思った。
一方、ドライフードの方である。
ダメの食欲が回復した当初、私はウェットフードしか出さなかった。ドライは食べられないだろうと思ったのだ。
が。
a/d缶に微妙な反応を示していた彼が、気が付いたら、アタゴロウの残したドライフードの皿に顔を突っ込んでいた。
「何だ、アンタ、カリカリ食べられるの。」
残っていたロイカナお試しセットの「セイバーエクシジェント」を出してみると、何のことはない、食べた。
それが、多分、木曜日の夜くらいの話。
それからは、a/d缶プラス、ロイカナのドライフードという組み合わせで食事を出し、合間に「おやつ」としてドライフードを出してやる、という方法で、せっせと食べさせていたのだが。
日曜日に開封したお試しセットの最後の一種類「プロテインエクシジェント」が不評であったことは、前回、書いた。
その後、「エイジングケアステージ1」に代えてみたが、これも最初だけで、すぐにそっぽを向かれた。
で。
月曜日あたりから、食欲そのものが下り坂であったことは、これも前回書いている。
食欲は、その後、持ち直したのだが、食欲が再度回復の兆しを見せた時、彼が最初に自主的に食べ始めたのは、アタゴロウの食べている「phコントロール1」だった。
どうやら、これは、他のロイカナより美味しいらしい。食欲が低下する前の彼も、アタゴロウが食べているのを常に気にしていたのだが、単に隣の芝生が青いだけではなかったようだ。
(この際、食べてくれれば何でもいい。)
尿結石用の療法食を、結石でない子が常食にすることが、必ずしも推奨されるわけではないだろうが、食べないよりはマシだろう。
こうして、ボス猫大治郎氏は、
「それはアタゴロウのゴハンでしょ!」
と、これまでは下々の者にしか許されなかった禁断のカリカリを、思う存分、口にすることができることになったのである。
過去の経験も思い出しつつ、今、切実に思うのだが、猫を介護する上でいちばん飼い主のココロをすり減らすのは、投薬でも点眼・点鼻でも、もしかしたら補液などの医療行為でもなく、「ゴハンを食べさせること」なのではないだろうか。
「ダメちゃん、お願い。食べてよ。」
文字どおり、床にへたり込んで、土下座と見られても無理はないくらいの体勢で彼に向けた私の哀願は、ほとんど悲痛な叫びであった。
だが、絶対に、私だけではない。今日もどこかで、猫の飼い主が、この叫びを発しているのだ。
ダメが美味しいと感じる禁断のカリカリ「phコントロール1」が身近にあったことは、私にとっては、まさしく天の配剤であったのである。
とまあ、こんな経過を辿って、ようやくダメの食事は落ち着いてきたのだが。
現状である。
まず、ドライフードは、その後、「エイジングケアステージ1」を食べるようになった。
きっかけは、私が間違えたこと。
猫たちの食事中、「phコントロール1」を入れていた容器が空になったので、取り急ぎパッケージから直接ダメの皿に出した時に、間違えてエイジングケアの方を入れてしまったのだが、私が気付かなかったように、彼も気付かず(か、どうかは分からないが)、ぱくぱくと食べた。後になって、私が間違いに気付くと同時に、彼がそれも食べられることが発覚したというわけ。
なので、今は、基本的にエイジングケアの方を与えている。ただし、一度にたくさんは食べられないようなので、自分が家にいる間は、折を見て、何度も出すようにしている。
自分が家にいない時間帯については、これまで「置き餌」というものを決してやらなかった私も、背に腹は代えられず、猫一匹の一食分程度を置いていくようになった。置き餌に使うのは「phコントロール1」である。これなら、アタゴロウが食べても大丈夫だからだ。実際、音がするので身に行くと、ダメではなくてアタゴロウがポリポリ食べていたりする。
そして、ウェットフードの方。
こちらが問題になった。
猫あるあるだが、a/d缶の二缶目を開けた途端に、ダメの食い付きが悪くなった。それでも、試供品で貰ったフリーズドライの鶏肉(おやつ)をほぐしてふりかけてみたり、最終兵器の煮干し粉を少量匂い付けに使ってみたりと、なだめすかして、何とか食べさせてみたりしたのだが。
結局、やめた。
そうやって食べさせたものを、彼はことごとく吐いたからである。
朝晩の食事の後は、たいてい吐く。だが、「おやつ」にドライフードを与えた後は吐かない。これはひょっとして、a/d缶が原因なのか?と思って、やめた。
a/d缶をやめた後、試しにまた「カルカン」を出してみたら、食べるには食べた。が、このときも吐いた。
と、いうわけで。
彼には当面、ドライフードだけを食べさせることにした。ちなみに、「ドライフードにエナジー500を混ぜる」という方法も試してみたのだが、皿の前に静止し、時折匂いを嗅ぎながら、恨みがましい目で念を送ってくるジジイの怨念攻撃に、精神力で負けた。やはり、予想どおり、これは美味しくなかったらしい。
通院の際、イケメン獣医師には、フードのことも話していた。少しでも栄養価の高いものを食べさせようと思っている、と話すと、
「そうですね。」
今はa/d缶をあげてます、ということについては、
「いいじゃないですか。」
と、いずれも賛同してもらえたのだが、残念ながら、その後、普通食に戻ったわけである。
「体重が減ってしまったのが、ちょっと心配ですね。」
先生の手元を見ると、カルテには「5.1→4.95」とあった。確かに減ったのだが、私はそれより、前回は五キロを超していたのだ、ということに驚いていた。
かかりつけの先生のところで測ってからの一週間、私がしていたことは、「好きなものを食べたいだけ食べさせる」、つまり、甘やかしていただけである。同じ理屈で、彼が再び、自分から食べられるようになったのなら、食べたいだけ食べさせておけば、それだけでも体重増となる可能性はあるのではないか。そう考えることにして、今はとにかく、ドライフードをせっせと食べさせている。
ところで、飼い主的に言えば、食事にムラのある子がいる場合、別の意味で困ることになる。
残ったフードをどうするか。
これは「その都度の残飯」の意味もあるし、「買ったけど食べなかった、食べなくなったフード」の意味もある。
友人さくらは、後者が大量発生したため、一時期、保護猫カフェを巡ってフードを配り歩いていたようだが、幸いなことに、我が家は多頭飼いである。ダメが食べないフードは、他の猫に食べさせるという手がある。
と言っても、この場合、療法食喰いのおぼっちゃまは戦力にならない。従って、何でも食べられる玉ちゃんが、ダメの残り物を一手に引き受けることになった。
まずは、ダメに食べさせようとして皿に出したが、食べずに残ってしまったウェットフード。
ドライフードは、一度そっぽを向かれても、時間をおいて再チャレンジしてみたりしたが、香りが飛んでしまうからか、大抵において、もう一度出しても食べない。あまり時間が経ってしまうのもどうかと思うので、結局これも、二度目くらいで早々に見切りをつけることになる。
「玉ちゃん、これもあげるよ。」
おかげで、玉ちゃんの食事は、突然、バラエティに富むことになった。
それだけではない。
ウェットフードばかりでは栄養が足りなくなるのではという懸念から、ウェットフードを二匹分食べたからと言って、ドライフードを抜くことはしていない。また、残り物ばかりで可哀想という引け目から、ダメの残りのドライフードを食べさせた時も、玉音の常食フードも少しは出してやる。つまり、結果的に言えば、ダメが残した分、玉音が余分に食べているのだ。
しかも、である。
二缶目を開けた途端に食べなくなったa/d缶まで、やむなく玉音の食事として供されることとなった。
当然ながらa/dはカロリーが高い。
(玉ちゃん、太っちゃうかしら…。)
内心、少しばかりびくびくしていたのだが。
彼女の体重を家で測るのは不可能なので、本当に太ったかどうかは分からない。だが、先日、珍しくアタゴロウと玉音が鼻鼻挨拶をしているのを見かけた時、私は衝撃を受けた。
(もしかして――玉音の方がデカくない?)
そんなふうに、見えたのだ。
おそらく、玉音はフカフカ、アタゴロウはツヤツヤという毛質の違いと、玉音が膨張色(白)、アタゴロウが収縮色(黒)という視覚効果の問題だろうが、それ以来、「玉音の方が大きい疑惑」は、常に私の脳裏にある。
だが、ダメのムラ喰いのお陰で余分に食べているのは、玉音だけではない。
先に「置き餌を始めた」と書いた。実は、そのカリカリを一番食べているのは、ほかならぬアタゴロウなのではないかという、かなり信憑性の高い疑惑がある。
ダメの食事はロイカナのドライフードのみということで、現在とりあえずの結論が出ている。となると、日々の食事の際に、玉音が残り物を片付けさせられる状況は、ほとんどなくなるはずだ。
a/d缶は二缶しか購入していないのだから、食べ終わったらそれまで。だが、ドライフードの「置き餌」はまだまだ続く。ということは、今後は、玉音の成長(?)は止まり、一方で、アタゴロウの体重は順調に増え続けるのではないか。
残り物ばかり食べさせられた玉ちゃんは、ある意味、災難でもあったわけだが、アタゴロウにとっては、今の状態は「儲けもの」であるのかもしれない。
病院で、ダメの体重が五キロを切ったことを知った時、私の頭に浮かんだのは、
(アタゴロウより軽くなってしまったじゃないか。)
ということだった。
アタゴロウの方が、ダメちゃんより重い。
ダメちゃんの方が骨組みが大きく、胴体も手足も長いので、見た目は小さくないのだが、いかんせん、彼は闘病中である。実質的にアタゴロウの方が「大きい」のではないか。
そこへ以ってして、もし、仮に今、玉音がアタゴロウより大きかったとしたら。
トランプの「大富豪」というゲームをご存知だろうか。これに「革命」というルールがある。同じスートのカードを四枚(もしくは階段四枚)を揃えて出すと、カードの順位が全てひっくり返り、それまで最強だった「2」が最弱に、最弱だった「3」が最強になるというものだ。
これまで最弱だった玉音が最強のボス猫になる。そんなことが、あるのだろうか。
想像できない。
そもそも、玉音は怖がりで気が弱い、ごく大人しい女の子だ。たまにアタゴロウにちょっかいを出され、嫌がって抵抗することはあるが、彼女の方から仕掛けることはない。そもそも、抵抗はするが、攻撃はしない子なのだ。
「大きい」が必ずしも「強い」とは限らない。
それに、先述のように、玉音は今後、これ以上太る要因がなくなるわけだが、アタゴロウはもっと太って大きくなるかもしれない。もともと彼の方が玉音より大きく、若い頃には暴れん坊で鳴らした男でもある。玉音にとっては、幼少期には「遊んでくれるお兄ちゃん」、長じてはDV(疑惑のある)夫と、常に彼女をリードする存在であったわけだ。
同じように、アタゴロウにとってのダメちゃんも、常に彼をリードする存在であったはずだ。だが、忘れてはならない。ダメはアタゴロウにとって、彼の妻を寝取ったライバルでもあるのである。
最近ちょっと気になっているのは、このところ、アタゴロウのウンチの埋め方が、少しぞんざいになっているということ。
以前のように、どこにあるか分からないほどの几帳面な埋め方ではなくなっている。たいてい、三分の二くらいは、砂の上、もしは砂の間に覗いているのだ。
トイレの始末をしながら、私は微かな危機感を抱く。
アタゴロウよ。
お前、まさか、クーデターを目論んでいるわけじゃ、なかろうな。
追記。
今朝、私は驚くべき光景を目の当たりにした。
例によって私が掃除した直後、悠然たる足取りで猫トイレに歩み入った大治郎氏が、その思うところを為した後――。
埋めたのである。
慣れない仕事ゆえ、実際に砂の下となったのは、全体の半分ほどに過ぎなかったとはいえ、老いたるボスは、自ら砂を掻いたのだ。
私は衝撃を受けた。
アタゴロウは、既に無血クーデターを完遂していたのか。
健康問題を理由に退陣を迫られた老卿は、断腸の思いで、その地位を狡猾な秘書官に明け渡した。
もし、そうであれば、先に私が目撃したアタゴロウと玉音の鼻鼻挨拶は、全く違う意味を持つことになる。
間違いない。最も若く、弱い女子である彼女は、無位の男と運命を共にすることを潔しとせず、うだつの上がらなかった夫とよりを戻すことでファーストレディとなる途を選んだのである。