続々・ダメちゃん病院へ

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(今朝の大治郎さん)

 忘れないうちに、経過だけを書いておく。

 

 話は一昨日に遡る。

 ダメが夕食を、ほんの少ししか食べなかった。

 それまで、食欲があることだけが救いだったのに、「健康缶」を少し舐めただけでやめてしまい、そして、吐いた。

 吐いた物の中には、ふやけたカリカリも混じっていたので、おそらく、朝食べたものも消化していなかったのだろう。

 吐瀉物を片付けようとして、そこに血が混じっていることに気付いた。それで私は、急に不安でいたたまれなくなってしまった。

 後から冷静に考えると、血といっても、粘液に明るい色の血が少量混じったものが、吐瀉物の中に筋を引くようにごく少量ついていただけなので、おそらく、吐く際に粘膜を傷つけただけだったのだと思う。だが、そのとき、

(消化管から出血したのか?)

と考えてしまった私は、時間外であるにもかかわらず、動物病院に電話してしまった。

 電話は繋がらなかった。

 実際には、少し後に折り返しの着信があったのだが、電話が繋がらなかった時点で、私も少し冷静になっていた。大量に出血しているわけでもないのだから、様子を見て明日の朝に相談しようと考えを改めた。そこで電話の傍を離れてしまい、申し訳ないことに、先生からの着信に気付かないという大変失礼なことをしてしまった。

 ダメの呼吸は、前日より早くなっているようだった。それも私の不安を掻きたてた一因だった。

 

 そして、翌朝である。

 九時の開院を待って、かかりつけの先生に電話をした。

 昨夜、食べたものをみな吐いてしまったこと、血が少量混じっていたこと、呼吸の状態も悪くなっていることを説明し、

「血は多分、吐いた時に食道を傷つけたかなと思うのですが、ぜんぜん食べてないような状態なんです。今朝も、ちょっとだけ食べましたけどすぐに吐いちゃいました。」

「でしょうね。気持ち悪くて食べられないんですよ。」

「もう、やっぱり連れて行きます。」

「うーん、連れて来てもらっても、やれることがないんですよ。」

「いえ、そうではなくて、例の救急病院です。」

 そう。

 先生に「二~三日考えて」と言われていたことと併せ、昨夜、考えたのである。

 かかりつけの動物病院に連れて行ってもどうしようもないことは分かっていた。でも、何とかしてあげたい。となると、その病院に連れて行くしか方法がないではないか。検査も必要だし、併せて、何らかの対症療法を行ってくれるかもしれない。

 もちろん、先生が反対するはずはなかった。ただし、釘を刺された。

 その病院も、今、かなり手一杯で、すぐに受け入れてもらえるかは分からないよ、と。それは、紹介であっても同じだそうだ。もしかしたら、むしろ飼い主から直接アタックした方が、受け入れて貰いやすいかもしれない、ということだった。

 これで、なぜ先生がはじめからその救急病院を教えてくれなかったかが分かった。そして、情報提供しつつも、微妙に気乗りのしない雰囲気であった理由も。

 わかりました、と、電話を切って、こんどはその救急病院にかけてみた。

 詳細は省くが、結局、体良く断られた。

 

 どうしたら良いのだろう。絶望的な気分になった。

 

 と、そこで、別のことを思い出した。

 日曜日、私がうじうじ悩んでいるのを見かねた友人さくらが、「それなら、セカンドオピニオンをとって見れば?猫を連れて行かなくてもやってくれるところもあるよ」という、アドバイスをくれていたのだった。

 なるほど、と、思い、ついでに、自分の知っている病院でセカンドオピニオンに対応しているところがあったことを思い出した。

 アタゴロウの手術をしてもらった、猫専門病院である。

 もちろん、その病院の存在を全く忘れていたわけではなかった。ただ、そこにもCTの設備はないので、今回については俎上に上がっていなかっただけである。

 セカンドオピニオンなら、と思い、さっそく電話してみた。特に予約なしで大丈夫とのことだった。また、レントゲン等のデータを持って行けば、猫を連れて行かなくても相談に乗ってくれるという。(ただし、当然ながら、分かる範囲が狭められる。)

「呼吸の苦しい猫ちゃんでしたら、十分くらい前にお電話下されば、酸素室の準備をしてお待ちしますよ。」

とまで言ってくれた。

 そうだ。あそこの病院があった。

 いずれにしても、セカンドオピニオンをとろうと思っていたのだから、連れて行って診てもらおう。あそこなら近いから、タクシーを使えば五分もかからないほどだ。先日の検査専門病院や、件の救急病院に行くほどの負担ではない。予約も必要ないと言っていたではないか。

 正直に言うが、そのときの一連のやり取りで失望し、疑心暗鬼になっていた私は、かかりつけの先生に見捨てられた気がしていたのである。先日のCT失敗の一件で、先生も怒っているか、呆れているのだろうと。

 

 アタゴロウと玉音の時は、問診票をダウンロードして、予め記入したものを持参したのだが、急なことだし、プリンタのインクは切れているしで、とるものもとりあえず駆けつけた形になった。

 初診です、と告げて、その場で問診票を書き、宅の別の猫がかかっていることも告げて待っていると、受付の女性が問診票を見て、

「呼吸が苦しいのでしたら、先にお預かりして、酸素室で休んでもらいましょうか?」

と、言ってくれた。

「お願いします。」

 そうだった。

 慌てていたから、「十分前に電話」というアドバイスをすっかり忘れていた。ちょっとしたことだが、親切が身に沁みた。

 やがて、

「猫山さん、二階奥の診察室へどうぞ。」

 ああ、院長先生だ。

 ラッキー、と思った。

 

 久々にイケメン獣医師の顔を見て、心底ホッとした私である。

 とはいえ、院長先生の方は、いつもどおり淡々とした話し方であった。

「レントゲンのデータはお持ちですか?」

 あ…。

 すっかり忘れていた。

 いや、本当に忘れていたのではあるが、覚えていたとしても、かかりつけの先生のところに貰いに行く気には到底なれなかったかもしれない。

「すみません。持ってません。」

 院長先生は何かを察したのか、やさしく微笑んで、

「では、こちらで撮らせていただいてもいいですか?」

「はい、お願いします。」

 レントゲンだって、あまり何度もやらない方がいいんだろうな、という考えが頭をかすめたが、結果的には、撮ってみて良かったのかもしれない。

 一度待合室に戻り、また呼ばれて、画像を見せられた。

 診断は、かかりつけの先生のときとほぼ同じ。ただし、気のせいかもしれないが、腫瘍に圧迫された気管の狭まり具合は前回よりかなり酷く、本当にギリギリしか通っていないように見えた。

「心臓も、ちょっと寄っちゃってるように見えますね。」

 院長先生が指摘する。やはり、前より大きくなっているのだ。

「CTを撮らないとやはり分からないのですが、これで見る限りで、ほら、この辺。このあたりも、うっすら白くなっているのが分かりますか。」

 はっきり分かる腫瘍の周りに、ぼかしたように薄く白い影が見える。それもかなり広範囲に。

「もしかしたら、ここもかもしれません。そうなると、手術で取るのは難しいでしょうね。」

 CTを撮らないことには先に進まない、という点では全く同じ見解である。手術は難しいだろうという点も同じだ。ただ、この画像を見せられると、その説明は「先生の見立て」を超えて、かなり説得力を持ってくる。

「ただ、場所から見て、肺ではなくてリンパ腫の可能性もありますね。」

「でも、とりあえずは、気道を圧迫しちゃってるのが問題なんですよね…。」

 たとえ良性であっても、腫瘍を取り除かないことには問題は解決しない、というのが、かかりつけの先生の診断だったはずだ。

「良性か悪性かの判断は、やはり難しいのですか?」

「そうですね。通常なら針を刺してということになりますが、場所が場所だけに、肺に穴を開けてしまう可能性があるんです。そうなると、取り返しがつきませんから。」

 これも、凄い説得力だった。

「CTを撮って、手術ができるようであれば、する。そうすれば腫瘍の正体も分かります。そうでなければ、リンパ腫である方に賭けて、ステロイド剤を使ってみる。リンパ腫であれば、腫瘍も小さくなります。そのどちらかになるでしょうね。」

ステロイドにはリスクはあるんですか?」

「ないといっていいでしょう。ただし、そうでなかった場合は効果はありません。」

 素人だから分からないが、どちらの先生も、第一選択として手術を挙げているのだ。というより、手術して腫瘍を取って生検しないことには、何の病気かも分からず、有効な手だてを確定できないのだ。そうなると、何となく、ステロイドを投与しても無駄である可能性が高いように思えてしまう。

 結局また、CTを撮る・撮らないの話に戻ってしまうのだ。

 返す返すも、先日の私の失敗が痛いのである。

 

 だが、今考えるのは、「これからどうするか」である。

 この病院にCTの設備はない。先日の検査専門病院に再チャレンジするか、今朝断られた救急病院に、今度はこの先生に紹介してもらうなりして当たってみるか、どちらかになるだろう。だが、いずれも移動のリスクは高い。そして、ダメの呼吸は、あのときより悪くなっている。

「先生、彼は今日ここに来て、今現在も、呼吸が苦しい状態になってしまっているのですよね。」

「そうですね。」

「じゃあ、先生だったら、今の彼の状態で、CTは撮りますか?」

 院長先生は、苦い微笑みを浮かべた。

「――難しいでしょうね。」

「そうしたら、結局、CTは無理だと思います。また撮りに行っても、ここよりもっと遠いのですから、もっと呼吸が酷いことになってしまいますから。」

 話しながら、こういうのを「決断」というんだな、と、頭の片隅で思っていた。

 手術もCTも諦める。とりあえず、今は。

 どれほどの可能性のある賭けかは分からないけど、もう一つの道に賭ける。それが彼に無用の苦しみを与えるものでないのなら。

ステロイドをやります。お薬を飲ませればいいんですよね。それなら、できます。」

 それが苦しい決断なのか、楽な決断なのかさえ分からない。だが、大きな決断であることは確かだ。

 ただ一つ、感じていたこと。

 何かを決断するとき、人の心の中は、その決断の大きさに反比例するように、意外なほどあっさりと乾いているということ。決断に至るまでの悩みの重さ比べたら、それは真空状態、と言ってもいいかもしれない。

 だが、真空はカマイタチだ。カマイタチは、後になってその傷の深さに気付く。そして、思い出したように血がどくどくと流れ始める。切られたその瞬間は、痛くもないし血も出ないのに。

 

 意外に長くなってしまったので、あとは、今日のことを少しだけ書いておく。

 昨晩のダメは、「モンプチ・ナチュラルキッス」をほんの少し舐めただけで、ほとんど食べられなかった。今朝も食べようとしない。そこで、覚悟を決めて、水で溶いた「健康缶」をシリンジに吸い上げ、三口ほど、強制給餌した。

 昨日の夕方に頼んだ酸素ルームが、午後、届くことになっていたので、職場に無理を言って、午前中で上がらせてもらい、昼頃帰宅した。すると――

 ダメがリビングの扉まで、出迎えに来ていたのである。

 彼は私を見て、「ニャア」と鳴いた。少しダミ声かかった、押しの強い声。つまりは「要求」の鳴き方だった。

「ダメちゃん、ひょっとして、お腹すいたの?」

 試しに「カルカン」を出してやると、はぐはぐと食べた。少しずつ、少しずつと、様子を見ながら食べさせていたのだが、最終的に、七十グラムのパウチをおよそ半パック、ぺろりと平らげた。

 朝は強制給餌だったのに。

 目の輝きが違う。動き方も違う。昨日までは横寝のままだったのが、香箱を組んでいる。咳もほとんどしない。

 そういえば、今朝は、私の布団まで起こしに来ていたのだった。ご飯場所まで来てしきりに匂いを嗅ぐので、期待してご飯を出したのに、結局食べなかったから、強制給餌なら入るのではないかと踏んだのだった。

 ひょっとして。

 ひょっとして、ステロイドが効いているのか?

 まだ予断は許さない。でも、一時的にでも気休めができた。

 

 まあ、その時食べ過ぎたのか、夕ご飯は、ほんの少ししか食べなかったけど。

 だいいち、ステロイドが効いたとしたら、今度はリンパ腫の可能性が高くなる。それは別に良いニュースではないのだ。ただ、今の危機を脱して、次の闘いが始まるということ。

 それでも、今を乗り越えられれば、もしかしたら、次に何らかの手が打てるのかもしれない。希望は捨てていない。だから、ステロイドが効いてくれることを、切に願う。 

 だって、昨日、院長先生はおっしゃったのだ。

「これで改善しなかったら――今月中でしょう。」と。