茶トラくん、三週間経過。
茶トラくんが、北側の部屋のクッションにおしっこをした。
そう。
それも、これまでに、二度。
一回目は、十月六日木曜日。
帰宅して、何だかニオうな、と思ったら、やられていた。
現場を抑えたわけではないので、アタゴロウの犯行である可能性もあるのだが、私は確信した。これは茶トラくんだ。なぜなら――
実はその直前まで、私は茶トラくんがおしっこをしないことに気を揉んでいたのだ。
ストレスだろうか。泌尿器系トラブルにも見えないけど。
病院に連れて行こうか。
だが、通院の方がもっとストレスかもしれない。
なーんて悩んでいたら。
おいおい、そっちかい。
まあ、病気よりは良かった。(と、前向きに考えよう。)
二回目は、今日。
午前中、三時間ほど外出して帰宅したら、前と同じ場所にやられていた。
前回被害に逢ったクッションは、鬼のように洗濯して、少なくとも人間の鼻には、匂いが分からない程度にはしてあったのだが。
その部屋自体も、私が留守の時や、寝る時には、用心のためドアを閉めるようにしていたのだが、今日は出がけのバタバタで閉め忘れたらしい。(はっきり覚えていないが、帰宅後にドアを開けた明確な記憶がないので、おそらく閉めずに出かけてしまっていたのだろう。)
ああ、しまった。
ま、しゃあないわ。
今回も、茶トラくんの犯行であるという証拠はない。強いて言えば、アタゴロウのトイレは使った形跡があるが、茶トラくんのトイレは、昨夜掃除した後、未使用だという点である。
(さて、どうしたもんかね。)
困るのは、原因が特定できないことである。
そもそも、「ストレス」を原因と考えたら、茶トラくんにも、アタゴロウにも、それなりのストレスはあると思うのだ。だが、私の目には、どちらの猫も平常運転に見える。二匹ともよく食べるし、寛いだ姿勢でグースカ寝ている。排泄物もだいたい順調。猫同士は基本的に没交渉だが、特に気にする様子もなく、お互い勝手にやっている。
ついでに言えば、茶トラくんに至っては、来た時よりむしろ、毛ヅヤが良くなっているようにさえ見えるのだ。
要するに。
どちらの猫が犯人(犯ニャン)だったとしても、粗相の原因はストレスと考えるのが妥当だろう。しかし、他に手掛かりがないため、その具体的な解消方法が分からないのである。
今、この記事を書きながら思った。
客観的に考えると、これは通常、繊細な茶トラくんが新しい環境に馴染めず、不安になっている証拠として解釈される事案だよな、と。
それなのに。
なぜ私は、そういう目で、彼を優しく見守ってあげることができないのだろう。
その答えは、よく分かっている。
なかなかケージから出て来られない茶トラくん。三週間経っても、私の手を避ける茶トラくん。アタゴロウにちょっと睨まれると、反撃できずに頭をひっこめる茶トラくん。
そんな彼をして、「臆病で、繊細で、神経質」と考える、その前提条件が、私の中で揺らいでいるのだ。
まず、彼は、割と気軽に、鳴いて人を呼びつける。
朝は私が起き出してくる前に、ケージの中で鳴いてメシの催促をする。
食べ終わってしばらくすると、お代わりの催促に鳴く。
そして、時々、特に用もないのに鳴く。理由は分からないが、状況的にどう考えても、「暇なので呼んでみました」的なノリとしか思えない時がある。
構おうとすると逃げるくせに。私に懐いているのか懐いていないのか、よく分からない奴である。
ケージから出て来ないと言っても、隅っこで緊張しているわけでもない。二階から四階を適宜行き来しながら、結構快適に寛いでいるように見える。
先日なんぞ、私が帰宅しても、寝たまま起きようとさえしなかった。(ケージを覗いたら一瞬目を開けて私を見たが、次の瞬間、速攻寝直した。)
ちなみにアタゴロウは、起きていても八割方、お出迎えに来ない奴だが、それを上回る無関心ぶりである。
さらに、前回の記事にも書いたが、彼は気が向くとケージを出て、キャトタワーのボックスに入ったり、ケージの周囲を歩いたりしている。北側の部屋に入っていくところも、何度か目撃している。
ケージを出るときの身のこなしも、伸びをしたり、物珍し気に辺りを見回したりしていて、
(さて、ちょっと散歩でもするか。)
とでも言いそうな雰囲気である。
恐る恐る、と言えないこともないが、眺めていても、さほど緊張感は感じない。
そして、一連の粗相事件である。
もし、彼の犯行だとしたら、こいつは私のすきを見て、ケージを出て家の中を徘徊した挙句、任意の地点で放尿しているということになる。
これが、環境に馴染めずケージに籠城している男のすることだろうか。
こいつは、もしかして…
神経質なわけでも、怯えているわけでも、緊張しているわけでもなく。
単なるマイペースな奴なんじゃないか。
そういう疑いを抑えることができない私なのである。
そうそう、その茶トラくんのトライアルであるが。
まだ当分ケージ暮らしが続きそうな旨をお伝えしたところ、どうやら時間がかかりそうだからと、先方から「二週間延長」を提案していただいた。
そんなわけで、トライアル期間は、とりあえずもう一週間残っている。
とはいえ。
実際問題として、あと一週間で、彼がケージ暮らしから足を洗うとは到底思えない。既にこの状態で落ち着いてしまった感がある。
正直、トライアル終了のタイミングが分からなくなってしまった。
私が当初抱いていた卒業のイメージは、
「籠城されても諦めず粘っているうちに、根負けした茶トラくんがケージから出てきて卒業」
であったのだが、今となっては、
「いつまでもケージで粘る茶トラくんに、根負けした私がもういいやで卒業」
という未来しか思い描けなくなっている。
これは、彼の勝ちなのか、私の勝ちなのか。
一つだけ言えることは、いずれにしても、当初の目的(アタゴロウの遊び相手)は、なかなか果たされそうにない、ということである。