どうする家猫

 

 茶トラくん、南側へ進出開始!

 

 

 冒頭の写真。

 おそらく、たいていの人には何だか分からなかったことと思うが。

 解説すると、白い部分がカーテンである。さらに言えば、我が家のリビングの、南側の掃き出し窓である。

 猫のお尻は、茶トラくんのもの。

 つまり、これは、茶トラくんが南の掃き出し窓のカーテンを潜って、窓ガラスに寄ろうとしている場面なのである。

 日時は、土曜日(昨日)の朝。

 茶トラくんは二回、この行動を見せた。いずれもほんの短い時間ではあるが。

 一回目は、自らケージに帰った。

 二回目は、アタゴロウに見付かり、怒られて逃げ帰った。

 少しずつだが、行動範囲を広げている茶トラくん。しかし、残念ながら、アタゴロウとの関係については、目に見える進展はない。

 

 

 茶トラくんが我が家に登場して、二か月である。

 当初、ケージに籠っていたとはいえ、登場初日から、猫同士はお互いの存在を知っていたわけで、つまり、知り合って二か月ということになる。

 さすがに進展が遅すぎないか。

(もしかして、本当に相性が悪いのかも…。)

 のんびり構えていた私であるが、ちょっと心配になってきた。

 実を言えば、こう見えて私は「成猫×成猫」で新猫を迎えるのが初めてなのである。他の連中は、初代のミミさんを除き、みんな仔猫のときに我が家に来た。(ダメちゃんだけは、最初から先住のミミさんと同じ大きさだったが、月齢的には十か月なのでギリ未成年である。)

 私の認識(というより、思い込み)では、成猫同士でも、女子×女子は、余程相性が良くないと厳しいが、男子同士は、穏やかに行く可能性が高いはず、だった。

 もちろん、雄雌を問わず、猫嫌いの猫もいるし、気性の荒い奴や、逆に内気過ぎて猫見知りする子もいる。だからこそ、男子同士で、どちらも穏やかで適度に社交性のある猫同士というのは、かなり安全圏で考えたつもりだったのだが、やはり甘かったらしい。

 情報収集のためネットでつらつら拾い読みしていたら、

「成猫のオス同士は、縄張り意識があるので難しいです。」

などと書いているサイトもあるではないか。(確か、獣医さんの意見だった。)

 他にもいろいろな人がいろいろな体験を書いていたが、結論から言えば、どれもあまり参考にはならなかった。いずれも結局のところ、

「最終的には、個々の猫同士の相性ですね。」

という結論に落ち着いてしまうのである。

 ただ、全体的な傾向として、「仲良くなった」という話は、数日のフーシャー期間を過ぎればすぐ打ち解けたという経過であり、だいたい一か月以内には、新旧の猫が一緒に遊んだり寝たりするようになっているようだった。

 となると。

 二か月経っても仲良くならないアタゴロウと茶トラくんは、今後も平行線なのか。

 一方、「仲良くならなかった」方の話はどうなのかと言えば、紆余曲折はそれぞれあるものの、いずれも最終的には、お互いあまり干渉せず、距離を保って生活するようになって落ち着いた、という結果である。

 そういう関係なら、我が家のこれまでの猫たちにもあった。ミミさんとダメちゃん然り。アタゴロウと玉音ちゃん然り。それでも彼等の場合は、それなりに仲間意識はあり、くっついて寝るほどではないにしても、互いを気遣う優しさは持ち合っている関係だった。

 アタゴロウと茶トラくんは、どうなのだろう。

 ネットの「仲良くならなかった」側のコメントとして、 

「家の中に十分なスペースがあれば、猫同士で調整し合って棲み分けますから、それほど心配する必要はありません。」

と、いう趣旨のことを書いている人もいたが、私も同意見である。現に今だって、仲良くはないけれど、特に喧嘩もせずに共存しているのだ。

 ただし。

 当初の目的は、茶トラくんに、アタゴロウの遊び相手になってもらうことだったはずである。それを考えると、ここで

(ま、いいか。)

と言ってしまって良いものやら、複雑な気持ちになる。

 だからと言って、茶トラくんを返して他の猫を…などということは、全く考えていないのであるが。

 

 

 

 

 てな具合で、逡巡していた矢先のこと。

 恐れていたことが、ついに起こってしまった。

 アタゴロウの特発性膀胱炎が再発したのである。

 先週の前半。火曜日だったろうか。猫トイレの砂の散らばりが、いつになく激しいことに気が付いた。

(ああ。ついに来たか――。)

 だが、恐れていたということは、裏を返せば、想定の範囲内ということである。

 地味に病弱系男子であるアタゴロウの持病の中で、特発性膀胱炎の歴史は浅い。もとより玉音ちゃんの闘病中におそらくストレスで発症したものが、ちょっとしたきっかけで再発するようになってしまったものである。

 玉ちゃんの没後にも一度発症している。きっかけはおそらく、彼が「一匹ぼっち」になったばかりで、孤独に慣れていなかった頃、私が仕事で極端に帰宅が遅くなってしまった日があり、これに強い不安を抱いたことではないかと思われる。

 その一件があって、

(やっぱり、早めに相棒を作ってやった方がいいな。)

と考えたことが、茶トラくん招致の動機の一つでもあるのだが、一方で、このときから、

(でも、新しい猫が来たら、膀胱炎を起こすかも。)

と、そのリスクは認識していた。

 その心配をよそに、茶トラくん登場の当初、アタゴロウは強気の平常運転で、体調的にもずっと順調だったのだが。

 なぜ、今になって、なのか。

 人間の場合でも、何か大きなプレッシャーがかかる事態に直面した人が、気が張っている間は元気だったのに、一段落してほっとしたら体調を崩した、という事例はよく耳にする。猫も同じで、アタゴロウも、当初の緊張がゆるんできた結果、今になって体調を崩したということなのか。 

 あるいは。

 当初はケージに籠りきりで、ほとんど問題にならなかった茶トラくんが、外歩きを始めた結果、アタゴロウの縄張りを侵犯し、衝突が生じるようになったためなのか。

 幸い、アタゴロウも本当に苦しかったのは最初の二日ほどだけだったようで、じきに回復し、週末には完全に元に戻った。

 その間、不謹慎ながらちょっと興味深く思ったのは、アタゴロウが何の躊躇もなく、茶トラくんのトイレを使っていたことである。おそらく、手近なトイレに出たり入ったりで忙しく、選んでいる余裕などなかったためであろうが、茶トラくんの匂いがするトイレを敬遠しないということが、新鮮な驚きではあった。

 茶トラくんの方は、自分はいつトイレを使ったらいいものか、ちょっと困った様子ではあったのだが。

 

 

  

「うちの男子たち、まだ仲良くならないんですよ。」

 飼育経験豊富な猫友に愚痴ってみた。

 すると。

「うちの男子たちは、十年経ってもほぼ毎日ケンカしてるよ。」

 絶望的な返事が返ってきた。

 それも、

「時々ニワトリの喧嘩のようになる時もあります。」

 毛が落ちているので分かるのだそうである。我が家でもごくまれに、そういうことはあったので、状況はおおかた想像がつく。

 今のところ、アタゴロウと茶トラくんは、そこまで激しくはない。フーシャーは時々あるが、どちらも基本的に穏やかな性格なので、それが血を見るような大バトルに発展することは、見ている限りではちょっと想像しにくい。

 だがそれが、ネットの獣医さんのおっしゃるように、雄猫の「縄張り意識」、即ち本能に根差すものであるなら。

 今後、茶トラくんの行動範囲がさらに広がり、アタゴロウの領域――家の南側――に度々立ち入ることになると、ひょっとしたら、我が家でも「ニワトリの喧嘩」が勃発することになるかもしれない。

 そして。

 もし、本気で喧嘩したら、おそらく、アタゴロウより茶トラくんの方が強い。体も大きいし、だいいち、彼は伸び盛りの若猫だ。対するアタゴロウは、もともと持病持ちの上、そろそろ老いに直面するお年頃でもある。となると、アタゴロウにとって、茶トラくんの存在は、無視できない脅威になりかねないのではないか。

 でも。

 アタゴロウの奴、その「脅威」のトイレを、平気で使うのよね。

 ご飯も目の前で失敬するし。

 茶トラくんの方も、アタゴロウに怒られると、常に反論せず逃げの一手である。

 それに、前回も書いたが、こいつらは何故か、わざわざ相手に近寄っていくようなところがあるのだ。

 一体、どういう関係性なんだか。ワケが分からん。

 件の猫友は言う。

「しかしうちの男子たち、夜、私のベッドで寝る時は、付かず離れず喧嘩せず、です。もう、全く分かりません!」

 つまり、十年越しケンカを続けているという、そちらのお宅でも、夜はみんな一緒に寝ているのだ。

 ううむ。

 分からん。

 やっぱり、参考にならなかったな。

 いやいや。そうでもない。おかげで私は悟りを開いた。

 つまるところ、猫とは、ワケのわからん生物なのだ。人間がどうのこうのと気を回したところで、投げたボールが的確に的に当たることはない。それも、投げる側のコントロールが悪いのではなく、的の方が予測不能なのである。

 もういいや。なるようになるさ。

 と、人間側が思考停止したところで。

 メールが届いた。

 

 

 ああ、来てしまった。

 いや。そうではなく。

 むしろ有難く思わなければいけない。連絡すべきは私の側なのだから。

 約束の「延長一か月」の期間が満了したのである。茶トラくんは土曜日に我が家に来たので、期限は常に土曜日だ。猫カフェさんは、几帳面に土曜日に連絡をくれた。

 それも礼儀正しく、その日一日待って、土曜日の夜に、遠慮がちな「お伺い」メールを下さったのである。

 ここで卒業か、トライアル延長か。

 返事をしなければならない。

 まだご不安な点があるなら、トライアル延長も可能ですのでお気軽にお申し付けください、と、丁寧に言ってくださってはいるのだが。

 だが私は、もう、分からなくなってしまっている。

 トライアルって何だろう。

 私は一体、何にトライしているのだろう。

 ここまで引っ張っておいて、やっぱりお返ししますというのでは、猫カフェさんにも茶トラくんにも、あまりに迷惑な話だろう。多分、茶トラくんは、もうすっかり、ここで生活する気になっているだろうから。

 だけど。

 通常、トライアルって、先住猫との相性を見る期間だよね。

 普通なら一週間から二週間で、新入り猫も、新しい環境での生活スタイルがおおむね確立し、そうなれば、先住猫との付き合い方も定まってくる。あるいは、今後の展開が見通せる。

 そのうえで、彼らが一緒に暮らすことが、お互いの幸福を邪魔しないかをジャッジする。

 となると。

 我が家の場合、どうなんでしょう?

 もう、ここまで来たら、事実上、「卒業」しか選択肢はないような気もするのだが、でもそれは、今下す判断なのだろうか。

 一か月前、私は、アタゴロウと茶トラくんとの関係が構築できていないことを理由に、トライアルの延長を願い出た。

 二匹の関係は、一か月前と比べ、わずかでも進展しているのだろうか。

 していないなら、それは、そういうものとして既に定着した状態なのだろうか。

 どちらも違う気がする。

 この期に及んで、私はまだ、奴等がこれから仲良くなるのではないかという希望を、内心密かに抱いているのだ。

 根拠はない。だが確信もない。

 もし、その希望に賭けると言うなら、一か月前から今までの間に、進展と言えるほどの進展はないのだから、卒業宣言にはまだ早いということになる。

 だが、そんな根拠のない希望は捨て、先に私が悟ったとおり、猫同士の関係なんて結局分からない、と、開き直ってしまうなら、これ以上トライアルを続ける意味はなくなる。というより、ここまで引っ張ってきたこと自体が無駄だった、ということになる。

 だが逆に、ここまで引っ張ってしまったからこそ、何か、決め手に欠ける気がして、今も決断を躊躇してしまうのだ。

 

 

 礼儀上、お返事は、本日中に送信するべきだろう。

 さあ、どうする。

 困った。

 

 ブライト、リュウ、助けて。