クリスマスプレゼント


  
 ダメちゃんは5年前の12月24日に、我が家に来た。
 日程を調整してみたら、たまたま、その日しか双方の都合がつく日がなかったためである。
 ちなみに、後日、リトルキャッツさんのHPを見たら、同じ日に譲渡された仔猫がいた。ダメの方が時間差で先だったので、私はその子に会っている。グレーの毛並みの、とてもかわいい女の子だった。
 リトル名「マリちゃん」だったその子は、「メリーちゃん」に改名した、と書かれていた。クリスマスにちなんだ名前をもらったわけだ。
 一方、お分かりのとおり、「大治郎」も「ダメちゃん」も、クリスマスには全く関係がない。


 その日の、ミミとダメの出会いは、今思い出しても、感動的な瞬間だった。
 ダメの入ったキャリーをリビングに持ち込むと、ミミの五感は、全てそちらに向けて集中されたかのように見えた。
 そして。
 キャリーの扉を開け、ダメがゆっくりと姿を現すと。
 ミミは、怒りも恐れもしなかった。
 ミミはまっすぐにダメに歩み寄った。ダメがミミを凝視する。二匹は正面から見つめ合ってにおいを嗅ぎ合い、静かに鼻を寄せ合った。
 二匹は、一瞬にして、お互いを受入れたのだ。
 その後、彼らは、一緒にこたつの中で過ごした。
 ミミがダメの毛皮を舐めてやり、ダメはうっとりと眼を閉じていた。
 幸せなクリスマスであった。


 と、言いたいところであるが…


 良かったのは、前半部分だけ。
 この後、ダメちゃんは、予想もしなかった災難に巻き込まれることになる…(つづく)


 ではなくて、その「つづき」を、これから書くのだが。


 山梨を出発する直前、キャリーに入れようとしたら、何を思ったのか、ダメは突然、トイレに入ってオシッコをした。
「そうだそうだ。道中長いんだから。」
と、そのボケぶりに人間たちは笑ったのであったが。
 結果的に、それはたいへん良いことであった。
 というのは。
 我が家に来て、ダメが巻き込まれた災難。いいや、巻き込まれたわけではなく、自らが招いたことなのであるが。
 つまり、彼は、我が家のトイレに入れなかったのだ。
 今でこそ笑い話であるが、彼にとっては、死ぬ思いであったろう。


 何しろ、多頭飼いの環境から来る猫である。共用トイレには慣れているはずだ。それに、これまで当家で飼った猫で、他の猫が使ったトイレを拒否した猫はいなかった。みんな平気で、初日からしっかり用を足していた。
 が、ダメは躊躇したのである。
 うろうろ落ち着かないのでトイレに連れて行っても、中に入らず、Uターンしてしまう。
 そこで、予備のトイレ(未使用)を出してきて、新しい砂を入れて、そちらに誘導してみたのだが、それも拒否。
 砂の種類が違うからだろうか。
 しかし、時はすでに深夜。買いに走るわけにもいかず。
 もう、トイレ以外のところで粗相されることも覚悟したのだが、結局、ダメは、うろうろ、ニャアニャア言いながら、尿意に耐えて一夜を明かしたのだった。
 人間だって、まともに眠れやしない。
 結局、耐えきれなくなったダメは、明け方ごろ、予備トイレの方で用を足した。
 ああよかった、と、新しい飼い主は胸を撫で下ろしたものである。


 そして。
 その後は、ふっ切れたのか、ダメは平気で共用トイレを使うようになった。
 

 一体、何だったんだ…。
 だったら、さっさと予備トイレにでも入っておけば、キミだって自分の毛を掻きむしって家じゅうにまき散らすほど、苦しい思いをしなくて済んだだろうに。
 その時点ではまだ、その名はついていなかったが、もうその辺りから、彼は「ダメちゃん」の片鱗を見せていたのである。


 まだある。


 運命の出会いの瞬間から、孤独な少年であった彼を優しく受け入れてくれたミミさん。
 だが、その後、シッコしたさに錯乱していたダメは、前後をわきまえず、心配して近寄ってくるミミを威嚇して追い払ってしまっていた。
 その、報い。
 サッパリして、当初の幸せな気持ちが戻ってきたダメであったが、今度は、ミミさんがヘソを曲げ、甘えてくるダメを追い払うようになっていたのである。
 わずか一日で、フラれちゃったダメちゃん。
 時はクリスマス。


 思い返せば、何というのか、別に頭が悪いわけではないのに、ダメは最初から、何となく要領の悪い猫であったような気がする。
 そもそも、我が家に来る前、図体はデカいくせに、多頭飼いの中で食いっぱぐれていた、という辺りからして、相当にドンくさい。
 こうした彼のドンくささは、つまるところ、気が弱いから。あるいは、優しいから。
 そして、真面目で、ズルをしないから。
 何だか人間にありがちな要領の悪さである。
 ヨメも色々、面白いことをしてくれるが、彼女の場合は、若い猫にありがちな好奇心から来るイタズラや失敗である。
 ダメは、とにかく、目的に向かって一直線な猫である。常に直球勝負。彼の欲求は、主に「食いたい、甘えたい」なのであるが、それに向かっては、とにかく努力と根性と忍耐で何とかしよう、できるはずだ、という決意が、ありありと見てとれるのだ。


「ダメちゃんは、健気よね。」
 私から猫話を聞かされている知人たちは、そう言う。
 健気な猫って…。
 褒められているんだか、けなされているんだか。
 でも、似合いすぎる。


 以前、殺人的な仕事の忙しさに、当時のメンバー全員がへたばりかけていたころのこと。
 いつもお喋りし、愚痴をこぼし合っていた先輩が、何かの話のついでに、私にこう言った。


「ダメちゃんは、あなたを癒すために遣わされて来たのよ。」


 あ、と思った。
 字面にすると大仰だが、さりげなく口にされたその一言は、何の違和感もなく、すとん、と私の中に落ちた。
 そう、ダメは、神様が私にくれた、クリスマスプレゼントだったのだ。


 ただし、この一言は、ダメにとっては新たな災厄の原因になったのであった。
「アンタはアタシを癒すために来たんでしょ。役目を果たしなさい!」
と、身に覚えのない理屈をこねられて、抱っこやスリスリを強要される鬱陶しさに、内心、ひそかにサンタさんを恨んだ瞬間が彼になかったとは、とうてい考えられない。


 でも、仕方ないでしょ。
 サンタさんを恨むのは、ちょっとばかり筋違い。


 だって、キミがプレゼントをもらったわけじゃなくて、キミ自身がプレゼントなんだから。
 
 
 
 

体型は、似てるけどね。