ファニーフェイス
21日の記事に少し書いたが、本日、友人三人が我が家を訪れ、クリスマスパーティなるものを行った。
過日、ヨメが母に毛皮を撫でさせたとき、「ひょっとしたら、ヨメは家族以外の来客の前に姿を現すかもしれない」という期待が、私の中に芽生えた。以来、三人も来客が予定されているこの日を、ピサの斜塔に匹敵する大実験と位置付け、日々、期待と不安に胸を躍らせながら、この日を待っていた私である。
さらに、近くなっては「第三者的に見て、ヨメは美猫なのか」という例のモンダイも生じたため、友人たちの反応は、非常に気になるところであった。
ところで、期せずして正に当日朝、Yuuさんからメールをいただいたのである。
私がその21日の記事にYuuさんとの会話を載せたので、それ関するコメントを下さったのであった。
こうあった。
「『ムム嬢』ですが、美猫になるのは確実でしたので、お勧めしたんです。」
そう、やっぱり、聞き違いではなかったのだ。
こうも書かれていた。
「しかも、『ムム嬢』は、半長毛でした。美猫になる要素は、仔猫の時から兼ね備えていたわけです。」
ううむ。
確かに、ね。
仔猫のとき、動物病院でもその点は指摘されたんだ。
「将来、結構、ゴージャス系になるかもよ。」って。
ただし、ヨメの半長毛と言ったって、大して長くない。短毛に毛が生えた程度である。(もちろん、短毛にも毛は生えているが)
それに、ヨメの場合、仔猫から成猫になるにあたり、解決しなかった問題があった。
一つは、鼻の下の白っぽい部分。通称「出っ歯」もしくは「チョビヒゲ」。
もうひとつは、こいつ、猫にしては目と目の感覚が近く、正面顔に並んでついているのだ。しかも、若干小さめの真ん丸目。
微妙に人間くさい顔なのだ。
分からん。
メールを読みつつ、自分の顔をタテにしたりヨコにしたりしてヨメを眺めのだが。
どう見ても、私にはこいつが美猫には見えない。
私の美的感覚の方が狂っているのだろうか。
と、悶々と考えているうちに、友人たちが我が家に到着した。
驚いたことに、ヨメはちゃんと、お客様に全身を見せた。
最初はちょっと隠れがちであったが、おもちゃでおびき寄せるうちに、自分から出てきて遊ぶようになった。
さすがに、女四人が飲んだくれているリビングに積極的に立ち入る勇気はなかったようだが、隣の和室の見えるところで、ずっと人間共(と、おもちゃ)の様子を窺っていたのである。
そして。
私が尋ねるまでもなく、友人たちは声を揃えて
「可愛い!! 美猫じゃないの。」
と、言ったのだ。
どうせお世辞だ。
私には、とうてい美猫には見えないし。
だが、反論してみると、見事に理詰めで迫られた。
毛皮がフカフカだの、目が真ん丸だの、顔が丸いの、しっぽがりっぱだの、横顔がいいの、と…
曰く、鼻の下の白っぽい部分のせいで、一見、ファニーフェイスに見えるが、良く見ると、本当は美猫であると。
「でもこいつ、目が正面についてるよね。」
追い詰められた私は、ついに、伝家の宝刀を抜いた。
が。
「そこが可愛いんじゃないの。」
…何と。
相手は、意表をついた飛び道具で反撃してきたのであった。
そして、彼女たちは、ファニーフェイスの鼻の下さえ、
「舌を出しているように見えるよね。」と。
ううむ。そんな見方があったのか。
いいですよ。どうせ、私の美的センスがおかしいんですよ。
みんなでヨメの肩ばかり持って。
フンだ。
もう、この際だから、最後まで暴露してやろう。
その、理詰めで私を言いくるめた友人。実は、私の猫飼いのセンセイなのだが。
そこまで褒められて、すっかり気を良くしたのであろう。ヨメの奴、私が見ていない隙に、彼女に毛皮を撫でさせ、耳をコチョチョまでさせたんだそうだ。
飼い主である私には、10ヶ月近く、撫で撫でなんかさせなかったくせに。
以下は、本日のヨメの行動の、証拠写真である。
いや、証拠能力があるほどではないものだが。
この写真、撮影者は私である。ということは、画面隅に見えている、棒の端を持っている手は、私のものではない、ということをご理解いただきたい。
ところで。
私の美的センス問題の方は、どうなったかというと。
思うに、ヨメが「可愛く見える」のが身びいきであるという理屈であるなら、「美猫に見えない」のは、悪意の証明ではないかと。
そりゃそうだよ、姑だもん。
ああよかった。ピーポーピーポーじゃなくて。
そう。
美猫かもしれないが、可愛げのないヨメなのだ。
と、いうことにしておこう。
(※遅くなりましたが、21日の記事に、写真を追加しました。)