ダメスティック・バイオレンス?


 
 実はこのごろ、少々気になっていることがある。
 時々、ダメがヨメをいじめているように見えるのだ。
 暴力をふるっているところを見たわけではない。ただ、追いかけっこが妙に真剣味を帯びているというか、ヨメが本気で逃げているように見える時があるのだ。


 いわゆる猫の追いかけっこは、文字どおり「〜っこ」である。
かつて、10年くらい前だろうか、カップヌードルのCMで「Hungry?」というのをやっていたのを、ご記憶だろうか。
 画面の右端から、マンモスが走って逃げてくる。その後を、原始人の集団が手に手に石斧だの何かを持って追いかけてくるのだが。
 両者が画面の左端に消えてから数秒後、今度は、慌てふためいた原始人の集団が、画面左端から逃げ帰ってくる。その後を、怒ったマンモスが追いかけてくる。そして、両者が画面右端に消えた後、画面には「Hungry?」の文字が現れる。
 猫の追いかけっこは、まさにこれである。行った時は追う側だったのが、戻ってくるときは逃げる側。適宜、攻守がチェンジするのである。


 この攻守のチェンジのルールは、もちろん、人間には分かるわけがないのだが、どうやら、追われる側が追い詰められる一歩手前くらいに行われるようだ。追われる側がくるりと向きを変え、「今度はこっちが追いかけるぞ」と宣言をすることで、それまで追いかけていた側も、素直に追われる側に回る、という展開であるように見える。
 ところが、このごろ、ダメは時々、執拗にヨメを追い詰めている。ヨメも、「追う側になる」宣言をしない。それはつまり、ゲームの域を超えているからだとしか思えない。
 ダメは大きい。やっぱり、本気で戦ったら、ヨメなんかとうていかないっこないのだ。
 人間で言えば、一般婦女子が関取に追いかけられるようなものだ。ヨメにしてみれば、これは結構、本気で怖い場面かもしれない。


 実は、ダメはかつて、ミミさんをいじめていたことがあった。
 ミミは、明らかに、本気で怖がっていた。家じゅうを追いかけ回され、最後には、猫トイレに飛び込んで立てこもる。ドドドド…と音が鳴り響いたと思うと、弾丸のようにミミがトイレに飛び込む、という光景が、日常茶飯事であった。
 このとき、ダメは多分、ミミに嫉妬していたのだ。
 当時、ミミは慢性腎不全で、食事量が極端に落ちていた。一度に少しずつしか食べられないので、食べそうだと見れば、必ずごはんを出してやっていた。
 一方、ダメは当時からダイエッター生活であったので、要求しても絶対にもらえない。しかも、鬼のような家主は、ダメがミミの食べ残しを失敬しようとすると、猛烈に怒るのだ。
 ダメにしてみれば、理不尽な思いでいっぱいであっただろう。
 さらに、先住猫優先の原則で、自分がどう頑張っても「一番の猫」になれないことも、彼の不満を募らせる結果につながっていたのだと思う。
 ついでに言えば、当時のダメは、遊びたい盛り。もう遊ぶ年齢ではなく、しかも病気で体調の悪いミミさんが相手では、体力の使い途がなく、そうした意味でもストレスがたまっていたのかもしれない。


 じゃあ、ダメはヨメに嫉妬しているのか。
 それは、有り得る。
 最近、ヨメはそれとなく私に甘えてくるので、私も以前と比べ、ずいぶんヨメを可愛がるようになっている。(何しろ、手触りがいいので病みつきになるのだ。)
 もうひとつ。
 私はこの頃思うのだが、猫のカリカリを食べるスピードって、年齢とともに落ちていくのではないだろうか。
 かつては、ものすごい勢いで、皿の上の物を一気呵成に食い尽していたヨメであるが、食事量が増えたこともあって、最近は、先住猫優先の原則に従って「ダメ→ヨメ」の順でカリカリを出すと、食べ終わりがダメより相当後になるのだ。
 猫たちは、それぞれ二種類のカリカリを食べている。メインを食べ終わると、お代わりとしてサブを出す。結果、ダメが全て食べ終わった後にヨメがお代わりをもらっていることも、このごろは結構、ある。
(ぼくは、もうおしまいだって言われたのに、ムムはお代わりをもらっている…)
 ダメがそう勘違いして、自分より「たくさん食べさせてもらえる」ヨメに敵意を抱いたとしても、不思議はない。


 ただし。
 事態は、ミミの時とは、だいぶ違う。
 何しろ、ヨメはアスリートなのだ。
 最終的に、ダメはヨメを、キャットタワーのてっぺんに追い詰める。そして、自分はタワーの下の段に陣取って、じっと睨みをきかせている。
 ミミさんだったら、そこで、にっちもさっちも行かなくなったかもしれないが。
 ヨメはヘーキである。そこから、高さにして1.5メートルほど下にある、椅子の座面に直接飛び降りて、さっさとその場を逃げ去ってしまう。
 ちょっとカンフー映画っぽい。
 小柄な主人公は、自らの二倍以上ありそうな巨漢と戦うが、驚異的な身体能力を駆使して軽々と身をかわし、鋭いカンフー技で相手の攻撃を封じてしまう。ただし、その巨漢が、鈍重そうな見かけに似ず、かなりの遣い手だったりして、一時は絶体絶命のところにまで追い詰められたりもするのだが。
 ダメとヨメの戦い(?)は、イメージとしては、そんな感じである。
 だいいち、ね。
 ヨメの強さは、そればかりではないのだ。
「アタシはダメちゃんに愛されている」という、何を根拠にしているのかよく分からない絶大なる自信が、いかなる事態に至っても「気にしない」という、ヨメの精神的な強さ、というより図太さにつながり、結局、彼女は常に、けろりとしているのである。


 むしろ、心配なのは、ヨメに嫉妬しているかもしれない、ダメの心の闇だ。
 人間だって、「まさか、この人が…」というような、気が弱くておとなしい人が、家に帰ると、暴力夫に豹変していたりすると聞くし。


 こんな光景を見ると、心配いらないかな、とも思うけれど。
 
 

 
 
 ただ、敢えて言うなら、暴力夫にも、周期的に、妻に優しくなる時期はあるって言うよね。


 ダメちゃんのDV疑惑は、まだ晴れそうにない。