狸の嫁入り
先述のとおり、家主と大治郎くんは、ラブラブ状態に復帰した。
本日も、帰宅後、家主がリビングの床に座って、通勤用バッグの中の物を出していると、さっそく彼が寄ってきて、家主の膝にもたれかかった。
ヨシヨシ、可愛い奴、と、しばらく撫でてやる。
その後、家主が用事を済ませてリビングに戻ると、彼はいつもの場所(こたつ布団の上)に座っていた。
先程、あまり構ってやらなかったこともあり、今度は腰を落ち着けて、濃密スキンシップを実行することにした。
上半身をくっつけ、頬を寄せ、手で顎の下や胸のあたりを撫でながら、「ダメちゃん、大好き。愛してるよ。」と、囁き続ける。
ダメも、気持ち良さげに目を閉じて、ゴロゴロと喉を鳴らす。
ああ。
幸せ。
ふと見ると、少し離れたところにヨメが座って、くっつき合う私とダメを凝視している。
愛にのぼせている時、得てして、人は脳天気になる。
彼女は参加したいのであろう、と、勝手に解釈し、自分は幸せいっぱいゆえ、独りよがりの広い心で、ライバルを快く受け入れようとする。
「ムムちゃん。あんたもおいで。仲良くしようよ。」
家主は愛想よく呼びかけたが、ヨメは眉ひとつ動かさず(といっても眉はないのだが)、やがて、ゆっくりと踵を返して立ち去った。
ここで私に媚びることは、猫としてのプライドが許さなかったのか。
それとも。
…ヨメとしてのプライドが許さなかったのか。
しばらくラブラブしてから、さすがに猫も人も飽きて離れた。
それから10分ほども経っただろうか。
私は他のことをしていたのだが、ふと見ると、ダメが丸くなってうつらうつらしている胸元へ、ヨメが強引に押し入っていくところだった。
ダメは姿勢を変えただけで移動しなかったので、二匹はそのまま寄り添っていた。
このとき、夫婦の間でどんな会話が交わされたのか。
それは知る由もない。
私は見ていなかったし、もちろん、聞き耳なんか立てていなかったのだから。
やがて、就寝時間となり、家主は灯りを消して、布団に潜った。
コーヒーを飲んだせいか、いつもより少し寝つきが悪い。
今日は猫ども来ないな、とぼんやり考えながら、それでもうとうとと寝入ったのだが。
果たして、寝入りばなに、やはり目が覚めてしまった。
薄ら寒い感じがする。
気付けば、掛け布団の掛け方が浅かったらしく、肩口に少し隙間ができている。
ああ、これか、と思い、掛け布団を引っ張って、顎の下までたっぷり引き上げようとしたのだが。
…動かない。
起き上がって、枕もとの灯りをつけてみると。
掛け布団の上、私の足先のあたりに、猫二匹分の毛皮の塊が、どっかりと居座っていた。
今日は寒くないのに。
ダメはヨメとくっついて、しかも、私の顔から、目いっぱい離れたところにいる。
ま、別にいいけどね。
でも、寒いのは困る。
そう思って、再び布団を引っ張るのだが、毛皮の塊は石になったかのように、頑として動かないのである。
2匹合わせて、多分、11kg前後。綿ブロードの布団カバーとシーツは滑りが悪い。私は一生懸命布団を引っ張るのだが、戦況は変わらず。
そうこうしているうちに、目が覚めてしまったので、起きてレストルームに行き、ついでに水を飲んで戻ったのだが、その間も、奴らは全く動いた様子がなく、くっつきあったまま、音一つ立てずにいるのであった。
時計を見ると、私が布団に入ってから、30分ほどしか経っていない。
私が寝付いた時、まだ猫は近くにいなかったのだから、奴らが布団に来てから、せいぜい20分ほどしか経っていないはずなのだ。
二匹揃って、布団を引っ張られても気付かないほどに熟睡していたとは、とうてい思えない。
私は断言する。あれは、猫の狸寝入りに違いない。
あの時。
ヨメはダメを脅したのか。それとも、泣き落としにかかったのか。
いずれにしても、やはり、優柔不断な男・大治郎は、結局、ヨメの言いなりだったのだ。
情けない。
それもこれも、やっぱりあのヨメが悪い。(結論)
別にいいけど、ご実家の方は、返品お断りって言ってるよ。