【2013衝撃事件の核心を追う】VOL.1 揺れる猫山財閥 「縞子帝国」の闇に蠢く「黒い陰謀」

 

 
 
 年明け早々、衝撃的なニュースが列島を駆け抜けた。猫山財閥のニューリーダーの呼び声も高く、人気の絶頂にあった、猫山愛宕朗氏の突然の逮捕――しかも、容疑は「疥癬取締法違反(所持・使用)」という、誰も予想だにしなかったものであった。
 だが、この世紀のスキャンダルに、当の猫山一族は、完全な沈黙を守りつづけている。猫山家当主であり猫山財閥総裁の大治郎氏はもとより、大治郎氏の「後見人」を自称し、そのスポークスマンを務めてきた義母の縞子も、事件以来、一切、マスコミの前に姿を現していない。
 一方、当局は立件に向けて日々、取り調べを続けているが、未だ愛宕朗氏の有罪を決定づける重大な証拠は挙がっていないという。
 日本経済の7割を担っているとさえ言われる猫山財閥。固い血の結束に支えられた、この華麗なる一族に、一体何が起こっているのか。謎に包まれた事件を追って行くと、日本屈指の財閥を操る一族の間に蠢動する「黒い陰謀」が見えてきた――。
 
 
◎仕組まれた逮捕劇 〜愛宕朗氏は「クロ」なのか〜

 年明け間もない1月9日午後。
 1本の匿名電話が、小誌編集部に寄せられた。
「当局がついに、愛宕朗氏の耳にカサブタを見つけたようです。これは、動きますよ。」
 電話の声が予想したとおり、縞子はその日、夕方以降の予定を突然全てキャンセルし、愛宕朗を連れて、猫山家御用達のR病院を訪れている。縞子が当局の動きを察知していたのかどうかは不明であるが、この時点で、縞子が事を内密に処理しようと動いていたことは明らかである。
 しかし、縞子の隠蔽工作は、結果的に失敗に終わる。愛宕朗の腕に複数の痕跡を見つけたR病院側が密かに当局に通報し、13日、縞子と大治郎の隙を衝いて、当局は愛宕朗の身柄を拘束することに成功した。
 疥癬取締法違反――
 それは、縞子と大治郎にとっても、晴天の霹靂であったはずだ。
 だが、昨年12月の華々しいデビュー以来、「フレッシュでクリーン」のイメージを売り物にしてきた愛宕朗には、実は、前々から黒い噂があった。
「一部の業界では、愛宕朗氏は真菌保持者であるという噂が、当初から囁かれていました。ただ、何しろ天下の猫山財閥の次期総裁候補ともなると、表立ってそれを追及する人もいなかったのでしょう。」
 猫山財閥に入る前の彼を知る「友人」は、このように語る。
 その愛宕朗を猫山財閥に迎えた縞子と大治郎は、この噂を知らなかったのか。
「おそらく、知らなかったのでしょうね。縞子さんは細かいことにこだわらない、鷹揚な女性だというイメージがありますが、実は猜疑心が強い小心者。その噂を知っていたら、あれほど愛宕朗氏を信頼しなかったでしょうし、少なくとも、当分、対外的なデビューは控えていたはず。」
 パン屋の売り子から一代で大財閥を築きあげた「女帝」縞子。完全無欠のやり手ババアと言われた彼女が、なぜそのような、普通では考えられない初歩的なミステイクを犯したのか。
 
 
◎「温情派」大治郎氏の謎の行動

 一方、猫山一族筆頭である大治郎は、愛宕朗の拘束直後に、一言だけ、こんなコメントを残している。
「一体、何があったのでしょう。愛宕朗が何をしたというのか。皆目分かりませんです。」
 日本屈指の財閥総裁のコメントにしては、どうにも頼りないという印象は否めないが、この無防備な一言により、大治郎がこの逮捕劇の埒外にあったことが、対外的に証明されたと言っていい。
 このように逮捕直後は、突然の出来事に驚き、また、愛宕朗を気遣う様子を見せていた大治郎であったが、この後の行動は不可解である。
 相変わらず分刻みのスケジュールをこなし、各界要人との会談も連日という大治郎であるが、その忙しさを理由に、一度も愛宕朗と面会していないのだ。
 そればかりではない。差し入れもしなければ、側近や関係筋に、事件の進展について尋ねることすらないと言う。
 そして、さらに不可解なのは、その気になれば国家をも動かすと言われるだけの「権力」を持つ彼が、愛宕朗釈放に向けて、何のアクションも起こしていないことだ。
 立場上、軽はずみな行動はできないというのは理解できるが、もとより「庶民的な温情派」として人気を博してきた彼である。ここまで冷たい態度を見せる必要があるのか。
 さらに、猫山家に近い情報筋からは、こんな話もちらほら漏れ聞こえてくる。
 大治郎と愛宕朗の養子縁組の話が、破談になったというのだ。
 昨年12月に猫山財閥入りした愛宕朗は、もともと猫山一族の血筋ではない。この「ヨソ者」を次期総裁に据えることを睨んで、愛宕朗は大治郎の養子となり、いずれは正式に後継者指名を受けるものと言われていた。
「養子縁組の話は、もともと、縞子さんがひとりで進めていたんです。大治郎氏は、断わりはしないが別に乗り気ではない、という態度でしたよ。」
 ある“猫山番”記者は、一度、その件について、縞子と大治郎が会話するのを耳にしたことがあると言う。
「大治郎氏は、少し考えさせてくれ、と言っていました。断る理由なんかないじゃない、あたしがそう決めたんだから、って、縞子さんは、声を荒げていましたけどね。」
 
 
疥癬入手ルートを追う

 Y県K市。
 K駅から車でおよそ30分。緑深い山を登りきった人里離れた森の中に、切妻屋根の瀟洒な建物がある。近寄ると、白い窓枠の中に覗く顔、顔。まだあどけない童顔から、立派な髭を生やしたものまで、幾多の顔が並ぶ。建物に看板はない。
 ○庵サテライト――知る人ぞ知る、全寮制のエリート養成施設である。
 Y県はじめ、各地から集められた俊英たちは、ここで「帝王学」を学び、各家庭に君臨する「絶対君主」となるべく巣立っていく。
 愛宕朗がここの出身であることを突き止めた取材班は、度重なる交渉の末、校長を務めるY女史から直接話を聞くことに成功した。
 
――猫山愛宕朗氏の逮捕については。
Y:
ええ。存じております。事件があった直後に、縞子さんから連絡がありました。
――縞子さんは、あなたに、疥癬の入手ルートについて尋ねられたそうですね。
Y:
私どもにはお答えのしようがありません。全く心当たりのないことですから。
――愛宕朗氏は猫山財閥入りしてから、事実上、縞子さんと大治郎氏以外の人物に、直接接触していない。当局は、愛宕朗氏が疥癬を隠し持って上京したと見ているようですが。
Y:
だから、ここの生徒から入手したとでも?いえ、それは考えられません。ここの寄宿生は入寮時に必ず所持品検査を受けますし、愛宕朗君が在籍した初・中等科には、そもそも、疥癬を持ってきた生徒は一名もおりませんでした。確かに、シニアコースの受講者に一名、こっそり持っていた者がおりましたが、シニアコースと、初・中等科の生徒は、互いに接触することはありません。施設が完全に分けられているのです。そのシニアコースの学生も、完全に更生するまで、現在は別室で矯正教育を受けています。その間、誰とも接触は許されません。
――スタッフが仲介した、という可能性はありませんか?
Y:
まあ…。(しばし沈黙)
 わたくしは何事にも正確を期さなければならない立場ですから、「絶対」という言葉は使いません。ですから、そのようなことはないと信じます、としか申し上げられません。でももし、そのようなことがあったとしたら、極めて遺憾なことです。
――質問を替えましょう。愛宕朗氏は、縞子さんに見染められて猫山財閥に引き抜かれたと伺っていますが、縞子さんは愛宕朗氏の、どのような点が気に入ったのでしょうか?
Y:
それは、縞子さんに直接訊いていただかないと…。ひとつだけ言えるのは、愛宕朗君が人に媚びない性格だということです。縞子さんは、媚びへつらったり、情に訴えるような自己アピールをしてくるような若者を好みません。でも、天下の猫山財閥の、しかも幹部候補生と言えば、ここの生徒だって、つい色気を見せたくなります。それが自然でしょう。でも、愛宕朗君は、最初から何の関心も示しませんでした。わたくしは、そういう生徒を推薦してくれと、縞子さんに頼まれていたのです。
――では、愛宕朗氏は、あなたが縞子さんに推薦したのですね。
Y:
まあ、そういうことになりますね。実は、それまでにも何名か候補はいたのですが、どれも話がうまくまとまらなかったのです。愛宕朗君は、最後の切り札でした。だから、少し若すぎるのは分かっていましたが、縞子さんに紹介したのです。
――最後にもうひとつ。愛宕朗氏は、在学中、真菌を持っていましたか?
Y:
(沈黙ののち)真菌は、今のところ一応合法でしょう?校則で取り締まってはおりますが。確かに、寄宿生の中に、校則に違反して真菌を持ってきた者はおりました。愛宕朗君が在学中に、その者から真菌を受け取っていたかどうかは、存じません。
 
 
華麗なる一族に巣食う「闇」
 
 この○庵サテライトの取材を通じ、期せずして、二つの事実が明らかになった。
 一つは、縞子が後継者選びを急いでいたこと。
 そして、もう一つの事実とは――実は、大治郎自身が、この教育施設の出身であったことである。
 正確には、大治郎の“母校”は、○庵サテライトの前身にあたる、Y女史が自宅で開設していた私塾である。その寄宿生時代に、大治郎は縞子に見出され、縞子の女婿となることで、猫山一族入りを果たしたのだ。
 先述の“猫山番”記者は語る。
「大治郎氏が縞子の女婿であり、実の息子でないことは、周知の事実です。その意味では、大治郎氏と愛宕朗氏は全く同じ立場なんです、出身校も同じなら、なおさらでしょう。ただ、縞子と大治郎は実の親子以上に結びつきが強く、ビジネスパートナーとしても、完璧な役割分担が成立しているんです。大治郎と縞子、そのどちらが欠けても、猫山財閥は成り立たないと言っていい。」
 その役割分担とは。ありていにいえば、表は大治郎、裏は縞子、といったところか。
「庶民派で温情派。温厚だが押し出しの良い大治郎氏は、いわば表の顔。彼に象徴される企業イメージを保ちつつ、表に出せない汚れ仕事は、縞子が片付ける。一部では、大治郎氏は単なる看板であって、猫山財閥を本当に仕切っているのは縞子一人だとさえ言われています。大治郎氏自身の手腕を疑問視する専門家さえいます。」
 だが、その鉄壁の協働関係にヒビが入りつつあると、記者は言う。
「大治郎氏は故三冬さんとの結婚によって、確かに、正式に猫山一族の一員となりました。ですが、三冬さんはとうの昔に他界していますし、大治郎氏はその後、再婚さえしている。その後妻にも先立たれていますが、二度目の妻と縞子さんは折り合いが悪かったとか。この辺りから、二人の関係は微妙になってきたようです。」
 となると、自身の年齢を意識し始めた縞子が、大治郎を切って新しい後継者探しを始めていたとしても、不思議ではない。それを裏付けるように、近頃の縞子の発言には、「歳には勝てない」「若い者に頑張ってもらわないと」といった、あたかも引退をほのめかすような言葉が頻繁に現れるようになっているのである。
「縞子さんとって、大治郎氏はあくまで共同経営者。後継者として考えてはいないのでは。それに対し、大治郎氏には、縞子さんの傀儡(かいらい)から、いずれは自分が実権を握りたいという、秘めた野心がある。二人の思惑は、完全に逆方向を向いているんです。」
 そこに登場したのが、Y校長“お墨付き”の、愛宕朗だったのだ。
 
 
◎揺れる猫山財閥 〜後継者問題の行方〜
 
 1月26日。猫山財閥は、新たな危機に直面する。
 縞子がインフルエンザで倒れたのだ。
 中東を訪問中だった大治郎は、急遽、予定を繰り上げて専用機で帰国。以来、縞子の病床に詰めきりだという。
 その一方で、収監中の愛宕朗には私選の弁護士すら未だ派遣されていない。もはや彼は猫山財閥から抹殺されたという噂さえ、まことしやかに囁かれる昨今である。
 そもそも、一連の愛宕朗事件には謎が多い。疥癬の入手ルートが未だ解明されていないのに加え、猫山家が事件について一切釈明を行わないこと。その一方で、猫山財閥における愛宕朗の処遇には何ら手をつけないまま、ただ、事実上「見殺し」にしていること。
 さらに言えば、猫山家に“絶対忠実”であるはずのR病院が、縞子を裏切って当局に通報したことも、どうにも腑に落ちない。
 「バリバリの健康体」を自称していた縞子の、突然の病は、猫山財閥の後継者問題をいやが上でも再燃させることとなろう。若手ナンバーワンと言われた愛宕朗が失脚した今、独り勝ちとなった大治郎の高笑いが聞こえてくるようである。
 このまま大治郎が、後継者の座を射止めるのか。
 インフルエンザから快復した縞子が、またもや新たな後継者探しを始めるのか。
 あるいは、事態は思いもよらぬ展開を迎え、復活した愛宕朗が、復讐とともにこの巨大財閥を手中に収めるのか――。
 一つだけ言えることは、この不毛な「お家騒動」が続く限り、猫山一族に明日はない、ということである。