野良娘、病院へ。


(ペットシーツの惨状に注目)
   
 
 玉音を動物病院に連れて行った。
 しばらく前から、耳に傷を作っていることが度々あったのだが、アタゴロウにやられたのか、自分で掻き壊しているのか、判別がつかなかった。注意して見てはいたのだが、特別に痒がっているようにも見えなかったし、傷の方も、治っては、数日してまた現れるという状態で、広がる様子でもない。耳の中も、特に汚れているようには見えない。
 二、三日前から、耳を掻いているところを何度か目撃していたため、やっぱり連れて行こうか、と、思い始めていたところであった。
 そして今朝。
 寝坊した私が布団の中から眺めていると、アタゴロウとの取っ組み合いで興奮した玉音が、血が上ってピンク色になった耳を、続けざまにバリバリと掻いた。おそらく、血流がよくなって温まったため、痒みが増したのだろう。
 ああ、やっぱり、痒いんだ。
 こうやって掻いたときに、傷になっていたんだな。
 保護して三ヶ月になる。今さら虫や皮膚病というのも、何となくピンとこないし、耳が汚れていないから、耳ダニでもなさそう。色の薄い猫には紫外線アレルギーというのもあるらしいが、こいつ、昼間は潜っていて、日なたに出てはいないから、それも違う気もするし…。
 何だか分からないけど、いや、分からないからこそ、先生に診てもらおう。
 
 
 と、いうわけで。
 布団の中で、病院に連れて行く決意はしたものの、何しろ、こいつは野良である。
 捕獲する方法は、一つしかない。
 食事中にかっさらうのである。
 
 

 
 
 大治郎氏の執拗な抗議にも関わらず、家主が布団を出たのは、すでに動物病院の診療開始後の時刻である。そこでまず、猫どもに朝メシ(というよりブランチ)を食べさせ、玉音が九割方、食べ終わったところで捕獲した。
 そのまま、玉音嬢にはキャリーケースの中で待機してもらい、次に家主の食事。
 その間。
 いやはや。暴れること、暴れること。
 
 

  
 
 心配そうに、遠巻きに見守るアタゴロウ。
 
 

  
 
 ダメおじさんは、近くまで行ったものの、
 
 

 
 
 匂いを嗅いだだけで――
 
 

  
 
 アンタ、さっき散々食べたでしょ!!
 
 

  
 
 そういう問題なのか!?
 
 

  

 
  
 アタゴロウの回想シーン。
  
  

(アタゴロウ収監の場)
 
 
 そんなこんなで、動物病院に到着。
 どうしたの?と訊かれ、耳に傷が…と話すと、先生の最初のコメントは、
「アタゴロウが怪しからんことをしてるんじゃないの?」
で、あった。
 
 

  
 
 そんなことはありません、と、彼の名誉のために否定しておいて、とにかく耳を診察してもらうと、
「うーん、猫アトピーかな。」
 猫風邪。猫ニキビ。猫ぜんそく
 さらに、猫アトピーなんてものもあるのか。
 ていうか――
 
 
 オマエ、野良のくせに、そんなお嬢様的な体質なのかっ!!
 
 

 ちなみに、他人様のブログで読んだのだが、「猫アトピー」とは「原因の特定できないその他アレルギー一般」くらいの意味らしい。

 
「実は、顔にも傷があるんですよね。昨夜急に出現したんですが。」
 昨夜、夕ごはんを食べさせようとして、現れた玉音の顔に何か付いているようだったので、
「タマちゃん、顔、汚れてるよ。」
と、よく見たら、小さなキズだった。その時点で見た限りでは、ポチポチと二、三箇所、毛が抜けている程度で、赤くもなっていなかったので、それこそアタゴロウにやられたかな、と思っていたのだが。
「どれどれ。――うーん、怪しいかも。」
「そうですねえ。」
 先生と助手さんは、代わる代わる、玉音の顔を覗き込んで、互いに頷き合う。
 私だけが、意味が分からない。
「怪しい、って?」
疥癬です。」
 
 
 えーっ!?
 
 
「アカルスではなさそうよね。」
「そうですね。違うと思います。」
「真菌症でもないし。」
 先生と助手さんの会話を聞きながら、だんだん不安になってくる。
「一応、疥癬の薬を出します。注射もあるけど、鬼のように痛いので。」
 確かに、そんなことしたら、二度と人間を信用しなくなるだろうな。
「あと、痒み止めの消炎剤を出しておきますから。」
「あの…、」
 私は、さっきから気になっていることを訊いてみた。
「普通に生活させていいんですか?他の子にうつったりとか…。」
「確かに、疥癬だったらうつりますけど、もしそうだったら、もうとっくに、うつってますからねえ。」
 なるほど。
「他の子は何ともないんでしょ。」
「時々は耳を掻いたりしますけど、こんなふうにはなっていません。」
「でしょ。」
 玉音をキャリーに戻す時、顔と耳をしげしげと眺めて思った。
 確かに、見た目、疥癬っぽいわ。
「うーん。こんなになってたか。久しぶりに明るいところで見たもんで。」
 何しろ、こいつ、昼間は出て来ないから。夜だって、私が近付くと逃げちゃうし。
 状況を察したらしく、先生は私のつぶやきを聞いて笑っていた。
 
 
 帰宅して、まだキャリーの中で固まっている玉音を撮影したのが、以下の写真である。
 動物病院で塗り薬を塗ってもらったため、毛がまだ少々固まっているので、かなりハゲっぽく見えるが、普段はもう少しマイルドな見た目である。
 

 

 

 
  
 後からネットで検索してみたのだが、疥癬の原因となる猫ヒゼンダニが、産卵し、卵から成虫になり、また産卵し…というサイクルは、約三週間だという。玉音を保護して三ヶ月。確かに、もともと疥癬を持っていたなら、もっと早く発症していたのではないか。
 それに、何度も言うが、もし疥癬だったら、とっくの昔にアタゴロウにも伝染していたはずである。
 何しろ、毎日、こーんなことをしているのだから。
 
 


 

 

  
  
 ところで、本日の時点で、玉音の体重は1,900gを突破していた。
 それなので、今回の治療が一段落したら避妊手術を、ということになり、二月七日に、手術の予約をしてきた。
 もう、野良で野良で…と愚痴る私に、
「避妊手術すると、懐っこくなる子が多いですけどねえ。」
 私もそれを期待しているのだ。何と言っても、明るいところでじっくり観察できないと、やはり、それなりに支障がある。今回、それを痛感したものである。