新年はビッグにいこうぜ


 
  
 2014年元旦。
 目覚めた私の眼前に広がっていた世界が、これである。
 起き上がって見ると――
 
 

  
 
 正体は、枕の上に置かれたネコジャラシの軸であった。
(先端は、はるか昔にアタゴロウが齧り取った)
 
 

  
 
 要らんわ!! 
 
 
 新年早々、ムカつくガキ…もとい、若造である。
 
  
 それにしても、寝覚めの悪い朝であった。
 そもそも、直前に見ていた夢があまり気分の良いものではなかった。
 私よりかなり年若い女性の友達(といっても、どこからどう見ても知らない人)が、私の顔を至近距離から覗きこみ、満面の笑みで
「やっぱり、お化粧はした方がいいですね。」
と、言うのだ。
「ふ、普段は一応塗ってるわよ。今日はたまたま忘れちゃっただけで…。」
 私は苦しい言い訳で応戦するのだが、その見知らぬ「友達」はさらに輝くような笑顔で、フォローしてくれるのかと思いきや、ひょっとしてこのままキスする気か?というくらいの超至近距離まで顔を近づけると、輝く笑顔のまま私の顔を舐めるように凝視して、
「やっぱり、素のままではキツイですね。」
と、たたみかける。
 ちょっとしたホラーであった。
 
 
 ああ、夢でよかった。
 いや、ちょっと待て。
 もしかして、今のは初夢か?
 いやいや。初夢は、明日の朝見る夢のはずだ。子供のころ、「初夢とは、1月2日の朝に見る夢」と教わったではないか。
 だが、理論的に考えると、「初夢」とは「新年最初の夜に見る夢」であるはずである。子供の頃は早寝だったから、それは1月2日の朝で間違いなかったのだが、昨夜の私は日付が変わってから就寝している。寝付いたのも新年・目覚めたのも新年だ。
 となると――
 いやいや。やっぱり初夢は明日だ。今日のは関係ない。あれは初夢なんかじゃない。
 ね、ダメちゃん。
 
 

 ハイ、おっしゃるとおりです。すみません。
 
 
 そればかりではない。
 どうも今年は、スタートが悪い。
 何しろ、新年早々、何と午前2時30分に
 
 
 メガネが折れた 
 
 のである。
 夜更かしの末、早く寝なきゃ、と焦りつつ、風呂から上がって洗面台のキャビネットから就寝前用のコスメ類を取り出そうとしたところ。
 やはり、焦りで手元が狂ったのかもしれない。
 手が滑って、ほぼ満杯に入った化粧水のボトルが、洗面台の上に落下した。運悪く、その真下に眼鏡があったものである。
 ボトルそのものは、ペット製なので無事。だが、眼鏡の方は、レンズとレンズをつなぐブリッジの部分が、ポッキリと折れた。
 ひょえええええ
 どうしよう。
 眼鏡がなければ生活できないよ。
 やむを得ず、何年かぶりで先代の眼鏡を出して来たのだが、そもそも今の眼鏡を常用するようになる前は、長らくコンタクトレンズ生活だったので、先代のメガネなんて、一体、いつ作ったものやら。確実に度は合わないよな、と思いながら引っ張り出してきてみたら、それ以前の問題だった。
 
 

 
 
 え…
 こ、こんなデザインだったっけ?
 いや、確かに、そうだった。
 が。
 どうだろう。この全体から漂う20世紀のかほりは。
 眼鏡単体の写真より、かけてみてビックリ、なのだが、恥ずかしくてとても他人様にはお見せできない感じ。
 しかも、やはり度は全く合っていなかった。眼鏡をかけて洗面台の前に立っても、乗り出して鏡に顔を近付けないと、自分の睫毛が認識できない。
 
 
 などと。
 ブツクサ言いながらも、お正月なのでとりあえず実家に行った。
 普段、ダメちゃんを見慣れているので、毎度、実家に帰ると実家の猫たちは実に小さく見える。今回もそれを期待してドアを開けたのだが。
「あれ、意外と小さくない。二匹とも太ったんじゃない?」
「前と同じよ。」
「やあ、ななちゃん。キミ、太った?」
 
 

  
 
 なな姐さんは、いかにも機嫌が悪そうに見えるが、いつもこんな感じである。
 真っ白で、フカフカで、ぬいぐるみみたいな可愛い猫なのだが、よく考えると、彼女が「可愛らしい顔」を作っているところなど、未だかつて、見たことがない。
 鳴き声も、「ニャーン」などという愛らしい物言いはせず、もともと無口な上、何か用があって喋るときも、ブーとかアーとかアーウとか、何となく人間くさい低い声を発し、しかも常に命令口調である。
 人にお愛想を、しないのだ。
 ななは最初から「姉の猫」という位置付けなので、私や母から見ると、やはり姉に対しては、最も甘えっぱなし・わがまま言いっぱなし、なのだが、
「もっと可愛い甘え方をしてほしいわ。」
 姉は不平たらたらである。
 何しろ媚びないお方なので、甘える=わがままを言うということになり、マゾ体質の薄い姉からすると「可愛くない」ということになるらしい。
「どうせ私は、でっかい足温器くらいにしか思われてないのよ。」
 ななは足が冷えて来ると、姉の膝に乗り、立ったまま肉球を温める。そして、温まると、そのまま立ち去る。
「ま、いいけどさ。軽いから痛くないし。」
 確かに。私がダメちゃんにあれをやられたら、肉球が温まる前に膝にアザができるだろう。
 うーん。
 ななって、こんなに可愛い奴だったか。(でも、やっぱり太ったような…)
「りりと取り替えたいわ。」
 姉はうんざりしたように、言う。
「いや、それは無理だと思うよ。ななはお姉さんのことを、第一侍女だと思ってるから。」
「第一?そんなに重要に思われてないと思うけど。」
「ていうか、ホラ、お嬢様が小さい時から仕えてる最古参の腹心で、お嬢様が不始末をしでかすと、代わりに未婚の母にさせられりゃったりする、アレよ。」
「やだ。そんな侍女、なりたくない。」
 やだも何も。すでにそういう位置付けになっていることは、間違いないのである。
 
 

  
 
 その、りりであるが。
 彼女は夕食どきが近くなると、人間が立ち働く台所の入口辺りにスタンバイして、ご飯が出てくるのをじっと待っている。そして、母か私と目が合うと、世にも哀れをさそう声と哀愁に満ちた眼差しで、
「ごはん」
と鳴く。
 その鳴き方と言い、表情と言い、スタンバイしている位置まで、ダメちゃんと同じ。
「やっぱり、血は争えないわねえ。」
と、私が言うと、母が笑う。
「血なんて、つながってないじゃない、多分。」
「え、本当の兄妹じゃなかったの?」
 何と。
 驚くべきことに、我が一族の中に、ダメ・りり兄妹説を真に受けている人がいたのだ。
 いや、ご存知だったはずですけど、姉上。
 後から考えても、ダメとりりが別々に保護されていることは、当初から明らかにしていたはずだ。私が冗談で「兄妹」と言いだしたのを姉が悪ノリして「りりちゃん、アニキに会ってくるからね」などと使い始め、次第に定着したフィクションである。私ははっきりと覚えている。
 まあ、姉の名誉のために弁解すれば、実はダメには一緒に保護された本当の妹(姉?)がいる。そのことを私が後から言い出したので、姉の中では、冗談じゃなくて本当に兄妹だったのか…と、りりのことと混同してしまったらしい。
 だが。
「やっぱりこいつら、兄妹としか思えない。」
 ダイエット兄妹である。
「りりちゃん、だるまさんみたいだねえ。」 
 唯一、似ていないのは、写真が苦手なダメと違い、りりは写真うつりがいい、という点だろうか。
 
 

  
  
 自宅に戻って、その“兄貴”と腰巾着に夕食を食べさせながら、しみじみ思った。
 やっぱり、ダメは巨大だわ。
 実家の猫を見てきたばかりだからだろうか。ダメがいつもに増して、大きく見える。
 やっぱり、大きい猫はいいねえ。
 ななもりりも可愛いけど、やっぱり私は、巨大なダメちゃんがいちばん好き。
 そして、アタゴロウも、ずいぶん大きくなった。お前も頑張れよ。
 
 
 猫どものご飯も終わり、PCを開くと。
 あれ、何だか、画面の字が大きくなったみたい。そのわりには読みにくいけど。
 
 
 あ…
 
 
 いつもの眼鏡をかけていないからだ。
 道理で。今日は何でも大きく見えると思った。
 
 
 
 

(ななちゃんの大きなあくび)