女には愛よりも譲れないものがある


  
 
 仔猫時代の玉音ちゃんは、寒がりさんであった。
 ヒーターを点けると、表面にぺたっとくっついていたのが可愛かった。
「まだ小さいからかもしれないわね。」
 友人さくらのコメントに、なるほどと思っていたのだが。
 果たして一年後。玉音ちゃん一歳の冬。
 私は一年前のことなど、気持ちよく忘れ去る人間である。であるから、確たることは言えないのだが、昨冬に関して言えば、玉音ちゃんについて
(寒がりだなあ。)
と、しみじみ思った記憶はない。
 一歳の玉音ちゃんが、冬の夜、どこにいたかと言えば、おそらく、キャットタワーの上か、せいぜいこたつの中だったのではないか。ヒーターにくっついていたという記憶はあまりない。
「あら、寒がりだからこたつに潜ってたんでしょ。」
 そう思った方もいらっしゃるかもしれないが、それは早計である。なぜなら、我が家のこたつには、めったにスイッチが入らないからだ。我が家において、こたつは単なる布団に囲まれた暗室に過ぎない。こたつもキャットタワーも、そこそこ暖かい場所ではあるが、ヒーター前の比ではない。その証拠に、男どもは、冬の夜にはヒーターの前を離れないのである。
 私がヒーターの前にクッションを一つしか置かなかったから、という事情もあるかもしれない。その一つのクッションの上で、ダメちゃんとアタゴロウは一緒に寝ていた。玉音ちゃんだって、仔猫の時は、そこに参加して一緒に寝ていたりしたのだ。
 まあ、冷静に考えれば、大きくなった玉音ちゃんを含めて三匹が寝るには、そのクッションでは狭すぎるのだが、そもそも、玉音ちゃんは他の猫とくっついて寝ることがなかったし、特にその場所を狙っているふうでもなかったので、私の方も、クッションを大きいものに取り替える必要性を感じていなかったのである。
(やはり、仔猫だったから、自力で体を温めきれなかったんだな。)
 大人になった玉音ちゃんは、夏でも冬でも、キャットタワーの上か押入れの中が定位置であった。いついかなる時でも、ぶれない女だったのである。
 
 
 が。
 今季。玉音ちゃん二歳の冬。
 彼女は、仔猫時代を思い出したのだろうか。
 ヒーターを出したら、表面にくっついて離れなくなった。
 
 

  
 
 昨年は、単に私を警戒してキャットタワーから降りなかったらしい。それが今年は、幾分、恐怖心が減ったので、暖かさを優先することにしたものと思われる。
 そうは言っても、このパネルヒーターが熱を放射するのは、床上三十センチくらいより上である。下の方は、くっついてみたところで、大して暖かくない。
 それを必死にへばりついているのを見て、何だか哀れを催してきた。そこで、お立ち台を作ってみたところ、
 
 

  
 
 お立ち台どころか、丸まって背中をくっつけ始めたものである。
 
 
 以来、ここは玉音ちゃんの特等席になった。
 どうだろう、この、くつろぎっぷり。
 
 

 
  
 何と言っても凄いのは、私が横を通っても、警戒はするが動かないという点である。通常なら間違いなく遁走するはずの至近距離を歩いてさえ。
  
 
 三匹の配置は、このパターンで決まった。
 この三つのクッションであるが、アタゴロウが乗っているのはビーズクッションである。これはおそらく、いちばん座り心地のよい柔らかさだ。
 ダメちゃんの席は、見てのとおり、座布団二枚に畳んだ毛布を乗せたもの。ここは毛布の感触と、何と言っても広さが魅力である。
 玉音ちゃんの「特等席」は、ミニスツールになるという固めのウレタンのクッションに、ふかふか系のバスマット(吸水が悪いので不採用となった)を乗せたもの。もともと「お立ち台」のつもりだったから、多分、三つのうちで一番固い。ひたすらヒーターに近いのが利点である。
 実は、昼間、玉音ちゃんがいないときに、ダメちゃんがこのバスマット付きクッションに座ろうとしているのを見たことがある。彼はちょっと乗ってみて諦めた。直系三十五センチのクッションは、やはり、彼の巨体には小さすぎた模様である。
 だが。
 ダメちゃんには小さすぎても、アタゴロウには決して小さすぎない。
 ここに、ヒーター前の利権をめぐる、夫婦間の抗争が勃発するのである。
 
 

 
 
 

 

 
 
 アタゴロウと玉音ちゃんの猫プロレスは、私が見る限り、何だかんだ言ってもやはり体の大きさの分、たいていアタゴロウが優勢である。
 が。
 この利権争いに限って言えば、私は玉音ちゃんが負けたのを見たことがない。
 
 
 別のパターン。
 玉音ちゃんがうっかり留守をしたところ、アタゴロウがこの特等席を乗っ取った。
 
 

 

 

 

 

 

 

 
 
 終始、唸り声も聞こえなければ、殴り合いの気配もなかった。
 しかし、この無言の圧力に負けて、ついに、アタゴロウは妻に席を譲ったのである。
 
 

 

 

 

 

 
 
 何だか、ちょっと可哀想な気もするけど――。
 
 
 ま、いいよね。
 アタゴロウは、そのクッションで、十分幸せでしょ。