玉音ちゃんが風邪をひいた。

 さて。
 玉音ちゃんである。
 アタゴロウの尿道結石勃発後、続いて玉ちゃんも病院のお世話になったことは、前々回に書いた。
 アタゴロウと違い、玉ちゃんの病名は簡単である。要するに「風邪」。
「玉音ちゃんが、風邪をひいた。」
 簡潔な文であるが、実は大きな問題を孕んでいる。
 まず、「風邪」ということ。
 完全室内飼いで、予防接種も定期的に受けている大人の猫が風邪をひく。それは、実は、滅多にない話ではないのか。少なくとも、猫山家の猫歴史には、ない。
 いや、一回だけある。りりを実家に迎えた際に、ななが、ごく軽い風邪を引いた。それも、「声がかすれた」という程度。お医者様の見立ては、「仔猫(りりのこと)からもらったのでしょう」であった。そのりりは、移動中にウィルスを拾ったのか、実家に来てすぐに一度風邪をひいているが、その後は全くひいていない。
 ダメも我が家に来てすぐ、アタゴロウは我が家に来る前から、いずれも風邪をひいていたが、いずれもその時限りで、我が家に落ち着いた後に風邪をひいた猫は、一匹もいない。
 猫たちは家から出していないが、私は毎日外出しているわけだから、ウィルス(菌?)そのものは、これまでも私に付いて家の中に侵入していたはずだ。それを、律儀に拾って反応しちゃったのが玉ちゃんだけ、ということである。
 もう一つ。
 それが玉音ちゃんであるということ。
 人間にとって、風邪なんぞは、基本的に「暖かくして休養すれば治る」病気である。(私だけかもしれないが。)だが、そもそも、猫風邪は放置しても治るものではない。だいいち、奴らは、いつだって暖かくして休みっぱなしではないか。
 となると。
 風邪をひく=毎日服薬する、なのである。
 それが玉音ちゃんであるという問題。
 なぜって。
 服薬させる=捕獲する、ということに他ならないのだから。
 
 
 記憶を辿ってみる。
 アタゴロウの尿路結石が発覚したのが六月二十八日。
 その前から喘息の薬を飲んでいたこともあって、以来、彼の咳は止まった。はずなのに、しばらくすると、また、時々咳の音が聞こえてくるようになった。
 最初は、アタゴロウだろうと思っていた。
 しかし、その「咳」が、単発の場合が多い。むしろ、くしゃみらしいことに気付き、気を付けていると、どうやら犯人は玉音らしいと分かった。
 それが、七月上旬の話。
 そうこうしているうちに、アタゴロウの尿道結石問題が、猫専門病院の診察室の床を汚すところでクライマックスを迎えた。その後、アタゴロウの状況が落ち着いてくると、今度は玉音の咳・くしゃみが目立ち始めたものである。もともと目ヤニ柄なので目立たないのだが、良く見ると、目ヤニも出ているようである。
 これは、病院に連れて行かなアカンな。
 そう思った瞬間に、絶望した。
 またこいつを、捕獲するのか。
 唯一の明るい展望は、前回の予防接種の際に、捕獲のコツを、私が学んでいたことである。
 七月十四日の夜、玉音はごはんを食べなかった。もともと食事への執着が薄く、何か少しでも不審なことがあると、食事をキャンセルしてお籠りに入る子なので、食欲の把握も難しいのだが、今回は多分、本当に食べたくないのだろうな、と思った。翌十五日の朝はウェットだけ食べたが、ドライフードには全く手をつけなかった。
 大事なところであるはずなのだが、その日、どうやって玉音を捕獲したのか、決定的なところをよく覚えていない。玉音が押入れに入ったところで、和室の襖を閉め切り、決戦場を用意したことだけは確かなのだが、大捕物はしなかったような気がする。玉音も弱っていたのだろう。
 かくして、七月十五日土曜日、玉音を連れて動物病院へ。
 ご丁寧に、玉音の咳だかくしゃみだかの動画も、撮って持って行った。
 今行ったら、絶対アタゴロウを連れて来たと勘違いされるだろうな、と思いながら。
 
 
「じゃあ、診察台に乗せてください。」
「いや、ちょっと待って。ネット貸してください。」
「ああ、逃げるんでしたね。」
 これが、動物病院に着いて、最初の会話である。 
 だが、玉音は逃げなかった。
(そんなに弱ってたのか…。)
 ほっとするより、心配になった。
 先生の診断は、やはり「猫風邪」だった。くしゃみ、鼻水、咳、目ヤニ、そして、熱もあったようだ。
「外に出してなくても、猫風邪ってひくんですか?」
 やはり微妙に納得できない思いで尋ねる私に、先生はこともなげに答える。
「ひきますよ。」
 そして、カルテを見ながら、
「ああ、この子、FIV(猫エイズ)プラスだったわね。だから、抵抗力が弱いのよ。」
 なるほど。そういうことだったのか。
 そして、薬を処方される。
「薬を飲ませるのは大丈夫?」
「ご飯にまぜるのなら。」
 ウェットフードなら食べるから、何とかなるだろう。
「それでいいです。点眼・点鼻は無理よね。」
「無理です。(きっぱり)」
 結局、抗生物質が六日分出た。今日の分は注射したから明日から、ということで。
 六日とはちょっと長いな、と、ちらりと思った。
 治りも遅いかもしれない、ということも、そのとき、聞いていたのかもしれない。
「皆さん次々病気になって、大変ですな。」
 先生にねぎらってもらった。複雑な心境ではある。
 
 
 だが、予想に違わず、ここから先が真の闘いであった。
 十六日日曜日。朝ご飯のウェットに薬を混ぜる。玉音はウェットだけ食べた。成功。
 十七日月曜日。以下同文。
 転機は十八日に訪れた。
 玉音が朝ご飯を食べなかったのである。いや、正確には、少しだけ食べて、すぐに吐いた。食べ残しの中に、水気を含んですっかり溶けた錠剤が残っていた。
 私は絶望した。が、神様は私を見捨ててはいなかった。意を決して、押入れに潜った玉音を無理矢理引っ張り出したところ、何と、玉音は上手に薬を飲んだのである。
 つまり、捕まったら最後、諦めたのか、あまり抵抗しなかったのだ。口もこじ開けられるままに開けたし、そっぽを向こうともせず、口に入れられた錠剤を吐きだそうともしなかった。あっさり嚥下したのである。
 あまりの感動に、つい、さくらに自慢メールを送ってしまった。
 とはいえ、喜んでいる場合ではない。
 そもそも、土曜日に注射を打ってもらい、日・月と薬を飲ませているのに、一向に症状が改善する様子が見られないのだ。私の認識では、抗生物質というものは、だいたい二、三日で効いてきて、後半戦は、症状がすでに治まっている状態で、再発防止のために飲む(飲ませる)ものだと思っていた。だが、玉音の諸症状は、先週と特に変わっていない気がする。その上、ご飯まで食べなくなってしまったではないか。
 ただ、それでもご飯場所まで来て食べようとしたということは、食欲そのものが全くないわけではないのだろう。
 とりあえず、動物病院に電話して、先生に相談してみた。
「ご飯を食べないのは、鼻が詰まって匂いが分からないからじゃないかな。ネブライザーをしてみましょうか。」
 そういえば、土曜日にもちらりと「こんな治療法もありますよ」的なことを聞いた気がする。
 もう一点、とても気になっていたこと。
「あのう、大治郎が、前回、もう高齢だからって、ワクチンを一回休んでいるんですけど、早いけどもう打った方がいいですか?」
「いや。大丈夫でしょう。これまできちんと毎年打ってきましたから、もう充分に、体内に抗体はあると思いますよ。」
 そして、もう一つ。
「それと、そういうわけで、薬を一回分、無駄にしちゃったので、明後日の分までしかないのですが。」
「では、少し追加で出しましょう。」
 
 
 そして、翌十九日。
 午前中に休みを取って、玉音を病院に連れて行くことにした。
 これにあたり、前日の成功で、心に余裕が出た私は、驚くべき快挙を成し遂げた。
 一回戦ストレート勝ちしたのである。
 玉音がどれだけ弱っていたか、これでよく分かると思う。
 すっかり気を良くして、開院とほぼ同時に病院に飛び込んだ私は、だが、そこに思わぬ罠が待ち構えていたことを知るのである。
 玉音を診察台に乗せると、
「あれ、ハゲがある。」
 先生が声をあげて、私の注意を引いた。
 玉音の前脚に、小さなハゲができていたのだ。
 私は即座に、アタゴロウを疑った。
 あいつめ。自分が元気になったと思ったら、さっそく弱っている玉ちゃんを苛めたな。
 私がまずそう考えたのには、一応、理由がある。これまでにも、玉ちゃんは時々、小さなハゲを作ってはまたすぐ毛が生えるということを繰り返していた。いずれも単発で、広がることもないし、すぐ治る。十中八九、猫の爪による怪我だと考えると、その原因は、夫のDV意外に考えられないのである。
 だが、先生の見解は違った。
「やだなあ。『カ』の付くやつじゃないの?」
 えっ!?
「『カ』の付くやつって――か、疥癬ですか?」
 おそるおそる尋ねると、
「いいえ、カビです。」
 脳天を鈍器で殴られた気がした。
 アタゴロウの時の、あの悪夢が、瞬時にして脳裏に甦る。あの、毎日毎日、狂ったようにグラグラと大量の湯を沸かし、アタゴロウの触れた布製品を片っ端から熱湯消毒しまくった日々。ケージの消毒と、薬浴と、ドライヤーと、塗り薬と――。
 だが、あの時は、アタゴロウはまだ仔猫でケージ暮らし。そして季節は真冬だった。今はどうだ。季節は真夏。この酷暑の中で、毎晩、熱湯を生産しまくるのか。しかも、恐ろしいことに、玉音の定位置は「押入れの中」である。そこにあるのは、大量の衣類と、布団である。
 ショックで口がきけなかった。
 しかし、「やだなあ」などと言った割に、先生も助手さんも、平気な顔をしている。むしろ、私の動揺ぶりを見て驚いているようだ。
「検査しますか?」
「してください!!」
 思わず、吠えてしまう。
「培養検査だから、一週間くらいかかりますが。」
「一週間!?そんなにかかるんですか!」
 何でそんなに呑気なんだ。
「もう今日から、隔離ですよね?やっぱり熱湯消毒ですか?他の子たちにうつりますよね??」
 焦って吠え続ける私に、あっけにとられる先生と助手さん。やがて助手さんが、私をなだめるように、
エリザベスカラーって方法もありますよ。」
 カラー!?何を言ってるんだ。
 先生が後を引き取って説明してくれる。
「猫が気にして患部を舐めると、それで広がっちゃうんですよ。だから舐めないようにするわけ。」
 はあ…。
 助手さんがにっこり笑って、美しいハッピーエンドで話を締めくくった。
「うちの子は、カラーつけて、二、三日お薬つけてあげたら、すぐ治りましたよ。」
「・・・・・。」
 あれ!?
 そんなもんなの?
 とはいえ、例えエリカラをつけているとしても、玉音を捕まえて塗薬を塗るなんてことが、できるのだろうか。服薬させるだけで精一杯だというのに。もちろん、理論的には同じ捕獲問題なのだが、すでに私には、玉音にそんなこまめなケアをする場面を思い描けるだけの想像力が枯渇していた。
 と、同時に、強い無力感が襲ってきた。
 もう、どうでもいいやという感じ。
「分かりました。」
 そうでないことを祈る。それ以外に、自分にできることはないと思った。
 
 
 本題のネブライザーは、一回当たりは十五分程度だが、時間をおいて何度か行うということで、その日は玉音をそのまま病院に預けて出勤した。帰りは引き取りだけなので、定時まで仕事をして、帰りがけに病院に寄り、玉音と薬を受け取って帰った。
 そのネブライザーの効果であるが。
 これが、効いたのである。
 玉音の体調を折れ線グラフで示したとしたら、この日を境に、文字どおり右肩上がりの回復ぶりを示し始めた。飲み薬も、ようやく効き始めたのだろうか。日々、少しずつ症状が軽くなっていくのが、目に見えて分かった。
 薬は、三日分が追加で処方されていた。二十三日日曜日まで服薬することとなったわけだが、今、自分がさくらに送ったメールを読み返してみると、どうやら、その後、ご飯混ぜ方式は不可能だったようである。
 十九日の夜、食欲が無いのなら、と、さくらに勧められた「健康缶」を、玉音がガツガツ食べたので、翌朝、同じ「健康缶」に薬を混ぜてみて、今度は残されたらしい。匂いが分かるようになって、薬の存在に勘付いたのだろうか。そのときは、状況から薬の大半はお腹に入ったであろうと判断して、それで良しとしたが、翌日からはもう、ご飯混ぜ方式は諦めた。つまり、二十一日〜二十三日の三日間は、押入れから玉音を引っ張り出して、口に投げ込む方式で薬を飲ませていたわけだ。
 三日も連続で成功したのだから、我ながら凄いと思う。自分を誉めてあげたい、とは、まさにこのことだ。
 ちなみにコツは、たまには私も理論で考えて、最初に玉音を捕まえる際に、まず首の後ろの皮をつかみ、そこを決して離さないことを心掛けたことにある。あらかじめ右手の親指と人差し指で薬をつまんだ状態で、左手と、右手の手首と掌、そして残り三指を使って玉音を捕まえる。腕に抱え込んだところで、右手の中指と薬指を使って口を開けさせ、親指を離して錠剤を喉に落とし込む。
 薬が終わるちょうどその頃、玉音はご飯を普通に食べるようになった。くしゃみだけは一日に二度程度、しばらく続いたが、やがていつのまにか止まった。
 そして、前足のハゲであるが。
 何のことはない。気付いた翌日から、順調に毛が生えて、あっという間に、綺麗に治ってしまったものである。
 
 
 冷静に振り返って見れば、大騒ぎするほどの病気ではなかった。
 この機会に、と言うのもおかしな話だが、FIVについて調べ直してみると、キャリアの子は、こうしたちょっとした病気の場合に「薬が効きにくく、長引きやすい」とあった。こういったリスクの存在は、最初にFIVについて調べた際に読んでいるはずなのだが、やはり、実際に起こってみないと実感できないということなのだろうか。すっかり頭から抜け落ちていた。
 また、真菌症についても、やはりFIVの子の弱点の一つであるらしい。抵抗力が弱ると、日和見菌に簡単に感染する、というわけだ。
 カビの恐怖に私がパニックを起こしたとき、さくらには「別に猫真菌っていう菌がいるわけじゃなくて、常在菌なんだから」と、たしなめられていたのだが、思えば、私がアタゴロウのDVだと勝手に決めていた、玉音の脚に時々できていたハゲは、あれも本当は、軽い真菌症だったのかもしれない。
 誤解を恐れずに言うなら、やはり、猫エイズキャリアの子を飼うことには、ある程度のリスクはあるのだ。だが、今回の私だって、最初からそのリスクをはっきり認識した状態で事に当たっていたなら、ああちょっと治療期間が長くなるんだな、くらいで、こんなに大騒ぎせずに済んだのかもしれない。
 でも、ま。
 今更言ってみたところで始まらない。玉音ちゃんのお陰で勉強になりました、と、前向きに考えることにしよう。
 
 
 ところで。
 気のせいかもしれないが、この騒ぎで、一つだけ良いことがあったように思う。
 というのは。
 何だか、罹患前より、玉ちゃんが甘ったれさんになったような気がするのだ。
 薬が終わって一週間くらい経った頃だろうか。私が別室で、ダメとアタを甘えさせていると、玉音が近付いて来た。参加しに来たのである。
 こんなことは、これまでに一度もなかった。
 それに、この頃の玉ちゃんは、腰パンや撫で撫でを要求する時、短く「ニャ」と鳴くのだ。可愛いったらありゃしない。
 食欲は旺盛。ただし、相変わらず遊び食いである。
 先日、ドライフードを食べずに押入れに潜ってしまったので、押入れまでデリバリーしてやると、耳を横にして、
「シャー!」
とお返事をした。
 これはきっと、腹を見せて「ニャア」と言おうとしたのを、不慣れゆえに、ちょっと間違えてしまったのに違いない。横にするものと、子音を一つ間違えたのだ。そうに違いない。
 だが、三日続けて同じ間違いをするのは、賢い玉ちゃんにしては、ちょっと成績が悪いと思う。