北北北に進路を取れ
引き続き、茶トラくんの状況報告である。
亀の歩みとはいえ、彼なりに馴染んできている、とは思う。
撫でさせてくれるようになった。二回に一回は。
今日は、はじめて、撫でられながら小さい声で「ゴロゴロ」を言ったので、一応、喜んだものと思われる。
「人も猫も好きな子」という触れ込みは、嘘ではなかったらしい。
つまり、私もようやく、彼に「人」と認識してもらえたわけだ。(笑)
ケージから出るというミッションについては、どうやら、一日に一度ないし二度程度、外界見学に行っているようだ。
行き先は、キャットタワーのボックス、もしくは台所。
台所を目指すのは、おそらく、台所の入り口付近にアタゴロウの残飯があることを知っているからだと思われるが、皿を覗いて盗み食いした後も、しばらく台所に入り込んで、なかなか出て来ないことがある。
何をしているのだろう。気になるところであるが、答えはおそらく「何もしていない。」
単純に、社会科見学に行っているらしいのである。昨日は、さらに、帰りがけに洗面所を覗いていた。
だが、いずれにしても、目指すのは常に家の「北側」であり、それはすなわち、アタゴロウのいない方向である。
そう。アタゴロウとの仲は、ほぼ進展していないのだ。
前回、二匹が「フーシャー言い合うようになった」と書いたが、これは私の早とちりであった。
正確に言えば、フーシャー言うのはやはり一方的にアタゴロウの方で、茶トラくんは、その都度、逃げるだけである。
彼がシャーを言っているのを見たのは一度きりで、そのときは、アタゴロウが突然、ケージに乱入したので、どうやら、驚いて思わずシャーが出た、というのが真相らしい。別に、威嚇してくるアタゴロウに応戦したわけではないのだった。
アタゴロウも、別に、のべつまくなし威嚇しているわけではない。逃げる茶トラくんを、深追いするわけでもない。彼がケージに入ってくるのは、ケージの二階にある、茶トラくんの残りご飯を狙っているだけで、従って、ケージの三階より上には行かない。茶トラくんは、二階でご飯を漁るアタゴロウを、三階のクッションの上から、ただ黙って見下ろしている。
そこで喧嘩に発展しないのだから、別に、お互い、心底嫌いなわけではないのだろう。
そう考えると、大人の猫同士というのは、結構めんどくさいものである。
こいつらが、互いに避け合うことをやめて、友達になろうという気を起こすのは、一体、いつのことか。
確か、二十六日水曜日のことだったと思う。
帰宅したら、茶トラくんがケージにいなかった。
キャットタワーのボックスも空である。もちろん、台所にもいない。
さては、と、思って、寝室の押し入れを覗くと、果たしてそこにいた。
ようやくそっちに進出したか。ヨシヨシ。
ちょっと喜んだのだが、これもぬか喜びであった。
その後、彼が寝室に向かうことは全くない。ついでに言えば、その夜、彼は押し入れに籠城し、ご飯さえ食べに来なかった。やむを得ず、押し入れの床に皿を置いて、ふすまを閉めておいたら、いつのまにか食べてあったので、お腹は空いていたものと思われる。
その後、私が寝るころになって、ようやく彼はケージに帰った。
後から考えると、これはもしかしたら、勇気を出して部屋を探索しようとした茶トラくんをアタゴロウが威嚇し、追われた茶トラくんが、勢いで押し入れに逃げ込んだという事件だったのかもしれない。
もし、そうだとしたら。
やっぱり彼は、南側に行けないことになるのだった。
ところで。
職場の先輩から、猫ベッドと猫ハウスをいただいた。
このうちハウスを寝室の窓際に置いたところ、アタゴロウが気に入って入り浸っている。
ベッドの方は、元からあるベッドと並べてリビングの窓際に置いたのだが、こちらは、まだ使用されていないようだ。
先輩は「新しい子も来たことだし。」と言ってこれらをプレゼントしてくれた。そのへんの趣旨を汲み取って、茶トラくんが、新しい猫ベッドの愛用者になってくれるといいな、と、儚い夢を抱いているところではある。