ヨメスピエール

 

 これは、ヨメのお気に入りのおもちゃ。
 彩色が剥げ落ち見るかげもなくなっているが、アメショーのフィギュアである。もとは、私の携帯ストラップについていたもの。実家から貰ってきた、サイエンス・ダイエットのおまけである。
 ヨメのおもちゃは、輪ゴム・針金の類を筆頭に歴代いろいろあるが、中でもこれは、かなりのロングセラー。小さいので、すぐにどこかに潜ってしまうのが難点なのだが、私が見つけ出して(例えば、ラグの下にあるのを踏みつけて=痛い!)、床の上に放ってやると、ヨメは執拗に前足でつつき・すっ飛ばし・追いかけまくっている。


 この執念。
 どうやら、このヨメは、純血種猫にいわれない憎悪を抱いているらしい…。


 ヨメは、どこから見ても見間違いようのない、明らかな雑種猫である。
 そもそも、サビ猫(通称“雑巾猫”)は、見るからに雑種っぽいのに加え、ヨメはサビとしても実に半端な配色である。猫種のるつぼどころか、皆がおかずをよそってしまった後の鍋肌をこそげ落として、集まったカスで一匹分作ったような超雑種。血統書つきの純血種のまさに対極にある。
 純血種を貴族階級としたら、さながら最下層の貧民窟出身といったところか。
 篤志家に拾われて嫁ぎ先を世話され、平民とはいえそこそこ生活の安定した年上男の後添いとなったため、まあ人並みの生活はしているが、そうでなかったらおそらく、お得意のかっぱらい・盗み食い・ゴミ漁りで露命をつなぐ、ベイカー街遊撃隊の一員となっていたであろう。(こいつの場合、街角で道行く人の気をひいて要領よくたんまり巻き上げる、という生き方は、あり得なかったと思われる。)


 しかし。
 食うに困っていないとはいえ、果たして彼女は、これで幸せを掴んだと言えるのかどうか。


 気の弱いマザコン夫はさておき、家を取り仕切る姑は彼女を一から十まで気に入らず、やれ器量が悪いだの、行儀が悪いだの、根性が卑しいだの、毎日のように冷やかな言葉を彼女に浴びせかける。それも、品良く美しく、まさに正真正銘のお嬢様であった先妻と、いちいち比較して非難するのである。もしくは、冷笑するのである。
 こんな生い立ちを背負う彼女が、貴族階級に反感を持たないわけがない。
 反感どころか、遠藤周作さんの小説「王妃マリー・アントワネット」に登場する娼婦マルグリットがアントワネットを憎悪したように、ヨメの心の底には、見るからに美しく、誰からも愛され尊重される、高価な純血種猫に対する憎しみが、人知れず醸成されているのかもしれないのだ。
 この屈辱と憎しみが、社会に大変革をもたらす力となる…???



 でもさ、ムムっち。
 キミのしていることは、むしろ、罪もないアメショーに対する迫害行為と言った方が正しいように思えるよ。


 ミミさんは猫らしく、ネズミの玩具で楽しげに遊んでいたのに。
 純血種に対する個人的なコンプレックスから、同じ猫であるアメショーを迫害するなんて。
 

 オマエはやっぱり、根性が悪い女だね。