黒い彗星

 ヨメが大きくなったな、と実感したのは、4月頃のことだろうか。
 ダメとヨメが「プロレスごっこ」を始めたのを見たときである。
 それまで、二匹の「遊び」は、追いかけっこ一辺倒だった。何しろ、大きさが違いすぎて、闘いが成立しなかったのである。
 それが、どうにかこうにか、じゃれ合っていても何とか恰好がつくくらいまでに追いついた。
 もちろん、現在でも、互角とは言えない。最近は猫どもの体重を測っていないので確かなことは言えないが、二匹の体重差は、今でも2㎏くらいある。つまり、人間に換算すれば、20㎏以上の重量差で格闘技を行っていることになり、当然、重量級のダメの方が常に優勢となっている。
 それだけ体格の違う奴らであるが、ここ二、三日、猫どもの格闘技を観察していて、面白いことに気付いた。
 二匹のバトルでダメが優勢なのは、重量だけの問題ではない。ダメは四肢が長く、従って体高がある。二匹が並ぶと、ヨメの頭のてっぺんが、だいたいダメの喉元くらいに並ぶ印象だ。
 このため、ダメの攻撃は、常に「上から」となる。具体的には、前足を振り上げて上から叩く、と、頭を下げてヨメの後頭部から首筋あたりに噛みつく、というのが二大攻撃で、はっきり言えば、他の攻撃を仕掛けている場面は、ほとんど皆無に近い。
 対するヨメは、体が小さくて軽い分、動きが機敏である。三倍速である。運動神経も良いので、巧みに体勢を変えながら、バラエティ豊かに攻撃を繰り出す。背後から跳びつく・回り込む・跳び越える。ダメの体の下に潜り込んで、下から突き上げる。また、いかにも猫らしく、仰向けになり、四本の脚の爪を総動員してダメの攻撃を避けながら、隙をついて鋭く反撃する様子も、よく見受けられる。
 それでも、二匹のバトルは、最終的にはヨメが逃げて終わる。やはり体格差には勝てないのである。即ち、結果から見れば、明らかにダメが「強い」ということになるのであるが、そのダメも、決して余裕でヨメを遊ばせているというわけではない。その証拠に、ダメの繰り出した攻撃は、二種類とも、実は命中率が低いのである。
 そのことについては、まあ、無理もないと言える。
 ダメの場合、おっとりした性格もさることながら、思うに、この体の大きさが、ある意味、災いしているのである。
 ミミさんが存命の頃も、二匹の「ケンカ」はあった。ただし、ミミさんはダメに負けず劣らず温和な性格であったから、大して反撃はしなかった。ミミさんは長毛系で、雌にしては大柄な体格ではあったが、晩年はとくにダメより一回りも二回りも小さかったから、やはりダメは、二種類の「上から攻撃」を、ほとんど威嚇のためだけに演じて見せれば、それで済んだ。
 それ以前、我が家に来る前のことはよく分からないが、ダメは他の仔猫たちより体格が大きかったし、当時の状況その他を考えあわせるに、どうも他の猫たちとじゃれあって遊んでいたとは思えないふしがある。成猫も仔猫もワンサカいる超多頭飼いの環境の中でも、ケンカの訓練は積まなかったのではないか、と私は想像している。
 それに対して、幼い時から巨大な敵とわたり合うことを運命づけられた(!?)ヨメは、本能と頭脳とをフル回転させて、日々、ケンカの技を磨いている。そもそも、闘いに臨む真剣度が天と地ほどにも違うのだと、傍観者には思われてならない。


 いつの日か、ヨメがダメの「上から攻撃」を完全にかわし、目にも止まらぬカウンター攻撃で、彼を打ちのめす時がやってくるであろう。
 ヨメの鋭くまた執拗な攻撃に恐れをなしたダメは、耳を寝かせて必死に逃げまどい、家主に保護もしくは仲裁を懇願するに違いない。
 有り得べからざる衝撃の光景に、家主は思わず激昂して叫ぶ。
「ダメが負けた!! 何故だ!?」
 すでに何事もなかったように、背中の毛を舐め整えていたヨメは、瞬時、その黒い顔を上げ、片頬に幽かな薄笑いを浮かべてつぶやく。
「坊やだからさ。」