塩サバ、もしくは倦怠期について


 
  
 うちのダメちゃんには、凄い才能があるのではないか、と、最近、思い始めた。
 どんな才能かと言えば、
 
 自分の好きな時に、意図的に××する 
 
 
 という才能である。
 なぜって。
 彼はいつも、実に絶妙なタイミングで××をする。
 そりゃあもう、絶妙中の絶妙で、意図的に家主に嫌がらせをしているとしか思えない、タイミングの良さなのである。
 よくある、猫トイレの掃除後。
 あるいは、人トイレの掃除後。(掘り出した××を人トイレに流すので、人トイレも関係がある。)
 私が自分のご飯を食べようとする、その直前とか。
 寝る前とか。
 朝、時間がなくて焦っている時とか。
 ついでに言えば、彼の××は、とてもクサイ。放置したならしたで、それはそれで、強烈な嫌がらせとなるのである。
 
 
 何しろ、ダメちゃんだからねえ。
 ××は、自然現象だし。
 そうやって、意図せず人の不評を買う行為をしてしまうという、その要領の悪さが、いかにもダメちゃんらしい。
 などと解釈して、これまでは、ある意味、微笑ましくさえ思ってきたのであるが。
 
 
 もちろん、毎度毎度というわけではない。
 が。
 多い。
 多すぎる。
 やはり、何かそこには、作為的なものが働いているのではないか――。
 と、疑い始めたのは、いつの頃からであったろう。
 
 
 そういえば、2年半前、家主が2週間の長期出張から眠れない夜行バスで帰宅した朝、ヘロヘロ・フラフラになりながら、それでも寝る前にせめてもと猫トイレの掃除を終えた直後にも。
 したんだよ、この男は。それも大量に。
 
 

  
 
 そして、今朝である。
 家主は朝食前。
 後回しにすると絶対に面倒になるからと、嫌々ながら人トイレの掃除を終え、手を洗って洗濯物を洗濯機に投げ込み、さて、洗濯機を回しながら朝食にするか、と、一息ついたその瞬間。
 大型爆撃機が悠然と飛来した。
 いやーな予感がした。
 案の定。
 猫トイレのカーテンの向こうで、爆弾投下の轟音が鳴り響いた。
 どうして、いつも、こういうタイミングなのだろう。
 絶妙、というのは、こういうことを言うのだ。必ずしも「直後」ではない。汚れ仕事(?)を片付け、キレイになって、一段落して、さて次はくつろいで楽しいことを…と、ホッと気を緩める、正にその瞬間。その気の緩みを衝いて、この爆撃機は飛来する。
 計算され尽くしたその嫌がらせ行為の陰に、優秀なアナリストの存在を感じとるのは、私だけではないはずだ。
 
 
 そう考えてみると――
 
 
 思えば、この事件には、序章があった。
 遡ること15分ほど、であろうか。
 洗濯機を回しながら、朝食を食べようと考えた。そのためには、洗濯機を回し始める前に、朝食の支度を始める必要がある。味噌汁の出汁をとるべく鍋を火にかけ、ふと、おかずに鯖が食べたくなった。
 冷凍庫に、塩サバがあったはずだ。
 冷凍庫から出したばかりだから、焼けるのには時間がかかる。(本来は解凍してから焼くべきなのだが、私は面倒なので、凍ったまま焼いてしまう。真似はしないでください。)
 と、いうわけで。
 味噌汁の出汁と同時進行で、塩サバを焼き始めた。
 となると。
 もう、お分かりであろう。
 猫飼いの家庭には必ずいる、危険物取扱主任が、危険な香りを感知して、査察に訪れたのである。
 匂いのもとを見せろと要求する彼を、私は断固、拒否した。
 押し問答の末、職務に忠実な男は、自らの立場をないがしろにされた恨みと口惜しさを背中にたぎらせつつ、台所を後にしたのであった。
 この時点で、この家の家主は、当局の恨みを買っていたわけである。
 
 
 これが後の大爆撃につながったことは、疑いようのない事実であろう。
 
 
 私は、こうした当局の嫌がらせに、黙って――いや、黙ってはいないが――耐えた。
 爆弾処理は粛々と行われ、洗濯機は少々の遅れをもって回り始め、食卓にはじゅくじゅくと音を立てる焼きたての塩サバが、危険な香りをふりまきつつ並べられた。
 家主は、心ゆくまで、塩サバの朝食を楽しんだ。
 ただし。
 当局の監視のもとで。
 
 

 

 

 
 奴らには、家主の朝食権を侵害するだけの権限はない。
 が、時には、こうした越権行為に及ぶこともある。
 
 

  
  
 さて。
 ここまで読んで、
(それは、家主の被害妄想だよ。)
とか、
(言いがかりをつけられて、ダメちゃんが可哀想だわ。)
などと、思った方も、相当数、いらっしゃることと思う。
 私も、そう思う。理性的に考えれば。
 だが。
 長年一緒に暮らしている彼と私とのカンケイは、すでに理性のレベルではないのだ。
 私にこんな理性的でない疑いを抱かせる、彼の態度こそが問題なのである。
 そう。つまり。
 大治郎くん。要するに、キミの愛が足りないのだよ。
 というより――、
 
 
 この状態を、一般に「倦怠期」と呼ぶのであろう。
 
 
 あの時、確かに、「それ」は愛であったはずなのに。
(この男は、最初から、私の財産目当てだったのかもしれない…。)
と、私は思う。(註:財産=家+メシ)
 そして、彼は、
 
 

  
  
 この場合、実はどっちも当たっている辺りがミソである。
 
 
 余談であるが、先日、友人さくらと話していた際に、「コタローくん」のことが話題に上がった。
 コタローくんは、さくらの友人Rさんの猫である。綺麗なブルーアイのシャムミックスで、私もさくらと共にお宅にお邪魔して、彼と対面させていただいたことがある。
 あそこは、母と子って感じしないよね、という点で、意見が一致した。
「むしろ、年下のカレシって感じだよね。」
「うん。あの家は、明らかに『愛の巣』って感じだった。」
 以前、私はRさんのことを「コタローママ」という名で紹介させていただいたことがあるが、今、謹んで訂正させていただく。ここはやはり「コタローカノ」と書くべきであったのだ。
 それにしても。
 コタローくんと年頃もほぼ同じであるダメちゃんに、あの王子オーラ、もしくは彼氏オーラが微塵も感じられないのは、何故なのだろう。
 確かに、彼はかつて妻帯者であったという事情はあるのだが。
 いや。それよりも。
 思うに、大治郎くんの場合、育児を押しつけられ過ぎて、彼自身がすでに所帯やつれしちゃっているという辺りが、主な敗因であろう。
 
 

(コタローくん)
 
 
 いや。
 それ以前の問題かもしれない。
 そもそも、このハナシ自体、話題の中心が塩サバであるという点で、すでに所帯じみているのである。
 しまった。
 せめて話の上だけでも、真鯛ポワレか、舌平目のムニエルにでもしておけばよかった。
 



 いや。ムニエルなら一応、作れる。舌平目は買ったことないけど。