大魔王の花嫁
我らが抜け毛大魔王は、日々、その勢力を拡大しつつある。
昨日の成績。
例によって、床に落とすとバウンドするくらい固く丸めてある。
(先週の毛玉が出てきたので、並べて撮ってみました。)
写真では分からないかもしれないが、毛玉は着実に大きくなっている。
そして、夏が来、人間が暑さにへばりかけるころ、大魔王のパワーは頂点に達するのだ。
と言っても。
今回が前回より大きな毛玉となったのは、「ブラッシング時間が長かったから」という事情もある。
ブラッシングは、家主に時間と心のゆとりがあるとき(そして、他のやるべきことから逃避しているとき)に行われる。
始まりは唐突に。
そして、終わりは、猫が飽きたとき。
本当は、ね。
まだまだやり足りなかったんだ、前回も、今回も。
今回の方が、いくらか長かったけどね。
猫の「しつけ」に関する本などを見ていると、「ブラッシングをさせる」ようにする、というのも、しつけの一環であるらしい。
確かに。
ブラッシングそのものは、猫にとっても気持ちの良いものなのではないかと思うのだが、やらせてくれない猫は、本当に嫌がって逃げる。
だが。
徐々に慣れさせていくと、だんだんと、その快感に味をしめるようになるらしい。
我が家の場合、半長毛のミミさんは、最初からブラッシングを拒否しなかった。おそらく、最初に飼われていた家でも、やってもらっていたのだろう。
ダメは、当初、逃げ回っていた。
そこをつかまえて、というより、歩いている背中にすばやくブラシを当てたりしながら、少しずつ慣れさせた。
が、実際問題として、それは、超がつくほどの長期戦となった。
最初は10秒と保たなかったものが、三年目くらいには、背中側だけは座ってやらせるようになった。
その翌年には、腹側も多少は触らせるようになり。
次の年には、前足を持ってバンザイさせれば、脇の下にさえブラシを当てられるようになった。
そして、今年。
難関であった、尻周りのエリアが、ついにブラシの脅威に屈したのである。
あと、残るは「内もも」だけとなった。
(大魔王のおなか)
ブラッシングのしつけが長期戦になるのは、焦って無理強いをすると、却って猫に嫌われるからである。
「ブラッシングはキモチいい」ということを、本猫に納得してもらわなければならない。
そのために、まずは、ブラッシングが愛撫の一環であると認識させることが有効であろうと思われる。
私の場合、ブラッシングに慣れないうちは、ブラシを当てるとき、必ず、もう一方の手で、猫の体に触れるようにしていた。そうすると、落ち着いた。
全ての猫に共通とは限らないと思うが、同じような猫もいるかもしれないので、ブラッシングに苦労している方がいたら、どうぞ試してみてください。
とはいえ。
やっぱり、ブラッシングは猫サマの御機嫌次第である。
背中をブラッシングさせながら、実に気持ち良さげにゴロゴロ言っているくせに、頑としてゴロンしてくれなかったり、時間が長くなると、飽きちゃったり。
ようやく腹を見せてくれたと思ったら、外でスズメの鳴き声がして、一気に起き直っちゃったり。
そのうちに、こっちも、まだやっていないのが右側だったか、左側だったか、分からなくなってくる。
なかなか、思う存分、というわけにはいかないのが現実なのだ。
で。
全身やったんだか、やってないんだか、うやむやのままに大魔王がブラッシングに飽き、フラフラと逍遥に出かけた後、ふと、近くで見ていたヨメと目が合った。
こいつは、そんなに毛深くはない。
だけど、やはり、長期戦になることを想定して、ブラシには慣れさせておいた方がいいだろう。
昨年は、ブラシでちょっと撫でるくらいしかできなかったが、今年はもう少しいけるはず。
なぜなら、こいつは、実は、撫でられるのが結構好きな猫なのだ、意外なことに。
というわけで、実際にやってみた。
結果。
背中側は、ブラッシングを受け入れた。
だが、背面をひととおりブラシが通過すると、さっさと立ち去ってしまう。
「はい、終了!」
とでも、言わんばかり。
それを数回試みて、ヨメが「しつこい!」と怒りださないうちにやめた。
以下が、その成績。大魔王の10分の1くらいだろうか。
大丈夫。こっちは、長期戦には慣れている。
やがてはこの女も、ブラッシングのもたらす快感の虜となり、立場もプライドも忘れ、恍惚として大股を広げるようになるのだ。
だいいち、アンタは撫でられ好きときている。
しかも、安穏とした生活の中で、当初の警戒心を忘れ、家主に対して、根拠のない信頼感すら抱きつつあるではないか。
もう、この女は、落としたも同然だ。(ついでに、爪も切らせてくれるといいんだけど…)
だが、その壮大な計画の行方に影を落とす、暗示的なできごとが、その夜、大魔王とその花嫁によって演じられたのである。
家主の就寝前。シーツをかける前のマットレスの上で寝ているヨメ。
「邪魔だよ、どいて。」
と、家主が声をかけても、この女、しっかり狸寝入りを決め込んで、動こうともしない。
業を煮やした家主が、強引にシーツを広げて上からかぶせると、びっくりしたヨメはマットレスから駆け降り、例によってリビングのこたつぶとんの上に丸くなっていた、大魔王の胸元に飛び込んだものである。
無情な敵から逃げてきた花嫁を、その胸にしっかりと受け止めた大魔王。家主がふと振り返ると、大魔王は傷心の花嫁の頭を、やさしく舐めてやっているところだった。
それはどこから見ても、
「ダメちゃん、あのね。お義母様ったらひどいの…」
「そうかそうか。それは辛かったね。でももう気にしないで。」
という会話を交わしているようにしか見えない光景であった。
次回、大魔王の花嫁が家主のブラシを受け入れるかどうかは、未知数である。
ああいう人って、どういう人さ。