クックロビン殺人事件
昨夜、私が床に座ってヨメを撫でていると、ダメがやってきた。
別に参加しようと思っていたわけではなく、ただ通過しようとしたらしい。
が、あいにく、彼の進路を、私とヨメが遮ってしまっていた。
彼は通常、進路に私が座っていると、私の膝を踏み越えて行く。(人を踏みつけることに何の抵抗も感じていないらしい。)ただし、この時は、さらにその先にヨメがいた。
そこで彼は、ちょっと考えてから、背中に「ため」をつけて、私の片膝と、ヨメの胴体の幅をぴょんと跳び越した。
その飛距離、およそ7〜80センチであろうか。
ジャンプそのものは、ごく普通であった。ただ、着地の時、トン、と、軽い振動があった。
そのとき。
やっぱりこいつはアマチュアだな、という考えが、ふと私の頭をよぎった。
なぜなら。
その前の日、つまり一昨日、さんまパーティの騒ぎに紛れて目立ちこそしなかったが、我が家では、女子走り幅跳びの新記録が出ていたのである。
(ちなみに、ペットボトルのサイズは2リットル)
上の写真で解説する。
朝の出来事。私は写真で言えばペットボトルを置いてある位置に座って、かばんの中身を揃えていた。
そこに、ヨメが通りかかったのである。
こいつはそもそも、回り道と言う発想を持っていない。ただし、ダメと違って、踏み越える、ということもしない。
そう、何でも潔く跳び越えるのである。
ダメなんぞは、よく、頭から胴体を、縦に跳び越えられている。
そのとき、ヨメは、単純にそこを通ろうとしただけなのだが、何しろ、最初から走ってきていた。ゆえに、充分助走が付いている。
行く手に私の膝があり、さらに、ちょっと先に、猫砂の箱がある(「パインウッド」と書いた段ボールである)。おそらく、私だけを跳び越えて着地すると、次のジャンプの踏み切りには体勢がイマイチになると判断したのであろう。彼女は最初から、両方いっぺんに跳び越えるという暴挙に出たものである。
その距離、およそ150センチ。
実際には、最後に箱の角にわずかに引っ掛かったので、150センチには到達しなかったかもしれない。また、跳び越えるという目的からすれば、正確にはジャンプ失敗とも言えるのであるが、その記録の偉大さと、挑戦の果敢さに、思わず私は、
「すげっ!」
と、つぶやいていた。
天晴れ、陸上部女子。
さらに、特筆すべきは、ヨメはジャンプの際、ほとんど着地音をたてない、ということである。
いや、本当はたてているのであろうが、何しろ一瞬のことで走り去ってしまうし、身のこなしがあまりにも軽いので、目立たないのである。
ヨメのジャンプも、走り幅跳びの時と、立ち幅跳びの時があるが、特に走り幅跳びの時は、近くで見ていると(あるいは跳び越されると)、けっこうな迫力がある。
「ばびゅーん」
という擬音が、ついつい頭の中に閃いてしまう。
そう、彼女はスーパーキャットなのだ。
そういえば。
我が家の殿下は、太っている。
ところで。
何を隠そう、私は、そんなスーパーキャットな彼女のスキャンダルを握っている。
走り幅跳びの記録更新から遡ること1週間ほど。ある朝、私は目撃したのだ。
ヨメが、キャットタワーから落ちるところを。
ぼんやり視線を向けたら、偶然、目に入っただけのことなので、前後の脈絡は分からない。だが、あの落下の角度は、どう見ても飛び降りたものではなかった。
しかし、そこは猫である。
あやまたず、足から着地し、そのままあっという間に走り去った。
その後、彼女は、何事もなかったように、素知らぬふうを装って過ごしている。
実は、それは、私が起床する前の出来事であった。私は、布団に横になったまま、その衝撃的な事件を目撃したのである。
かく言う私は、超がつくほどのド近眼である。そして、布団に横になっているからには、そのとき眼鏡はかけていない。
で、あるから。
もちろん、ド近眼の私には、落下したヨメの輪郭が、猫の形には見えていない。黒いものが落ちて、間髪を入れず走り去った、ただそれだけのことである。
彼女は、私の目撃証言に証拠能力がないことを、計算していたのか。
こいつに「十二人の怒れる男」のDVDを見せた記憶はないのだが。
あるいは、ヒッチコックの「めまい」か。
「見た」と思わせておいて、本当は見ていない。
そうかもしれない。
スーパーキャットがあれほどにも不用意に、キャットタワーから落ちるようなことが、実際、有り得るものだろうか。
あの落下は、作られた幻影だったのか。
私に、スキャンダルを握ったと思わせておいて、こいつは何を企んでいるのか。
何だろう。
犯罪のにおいがする…
(次回は、久々に全田一シリーズを書きたい…けど、願望に終わるかも。)