留守番猫の食糧計画


  
  
 先日、一泊旅行に行ってきた。
 行先は、箱根。
 何十年ぶりか?という家族旅行である。実家の両親の金婚祝いに、久々に家族旅行をすることとなった。
 金婚祝いという大イベントにもかかわらず、一泊だけというのは、もちろん、予算の都合でもある。だが、それ以上に問題となったのは、猫飼いにとっては永遠のテーマ、「その間、猫はどうするのか」という点であった。
 何しろ、我が一族の場合、各家庭に猫がいるのである。
 であるから、そもそも、両親に計画を切り出すにあたって、姉ともども、
(母が「猫がかわいそう」といって拒否するのではないか…。)
と、警戒したのだが、それは杞憂に終わった。いかに猫に甘い母と言えど、温泉の魅力には勝てなかったらしい。
 それでも、猫たちのために、到着時刻を夕食前ギリギリくらいまで遅らせ、さらに、箱根の中でも、箱根湯本の駅から近い宿を選んだ。おかげで、往きのロマンスカーから見える景色は、夕闇の中、ネオンきらめく駅前の居酒屋だの焼肉屋だのの風景ばかり。(あとは暗くて見えない。)
「腹減っちゃうよなあ。」
 父が、ボソリ。
 ごめんね、お父さん。でも夕食は最終時刻だから。
 到着後、夕食前に何とか風呂に滑り込んだものの、「早くしないとご飯が来ちゃう!」と、私なんぞは、洗うだけ洗ってドボンとカラスの行水状態。髪も乾かさずに部屋にとって返し、とりあえず部屋に帰り着いてから塗るものを塗る、といった有様であった。
 それでも、まあ、つつがなく旅行は終わり、両親は「楽しかった」と喜んでくれたので、まずは成功だったのだが、改めて、猫様って偉いんだなあ、と、思い知らされた二日間ではある。なお、せっかくお天気も良く、富士山も良く見えたので、ここに写真でも掲載したいところなのだが、両親の写真を撮るのに忙しく、風景を撮った写真はこれ一枚だけ。
 
 

  
  
 自分でも、何を撮りたかったのか全く分からない。
 
 
 うちの連中はともかく、実家の猫どもにとっては、はじめての夜間留守番である。もともと家族旅行なんて殆どしたことのない家族ではあったのだが、猫を飼い始めてからは、それも口実になり、家族でどこかに行くなんていう発想は、きれいさっぱり抜け落ちた人々となり果てていた。
 だから、実家には、常に誰か、必ず人間がいる。全くの無人となるのは、あってもほんの短時間のことである。
 我が家について言えば、私も長期の旅行はほとんどしないが、温泉一泊くらいなら、時々やっている。そんなときは、夕方、姉か母に来てもらうか、同行者が猫友達である場合は、互いにしめし合わせて、今回のように(あるいはもっと遅く)、猫の夕食を早めに出した後、出発するようにしている。
 いずれの場合でも、朝ごはんだけはどうにもならないので、普段はやらない置き餌を、そのときだけはすることとなる。
 まずは、夕食を規定量食べさせ、その後、出発直前に、猫の食器をそれぞれカリカリで満杯にしていく。ただし、それをやると、確実に、大治郎君の見送りは期待できないことになる。
「これは朝ごはん用だよ。今食べたら、後でお腹が空くんだからね!」
という警告は、彼の耳には入らないらしい。たった今、夕食を食べ終えたばかりにも関わらず、彼は、朝食用のカリカリを、出すそばからもの凄い勢いで掻き込み始めるのである。
 もうちょっと後先考えればいいのに、と、つい思ってしまうのだが、よく考えると、自分だって、給料日が日曜日に当たって2日繰り上がると、「ラッキー!」と喜んでさっさと下ろしに行くのだから、あまり他人(猫)のことは言えない。
 今回、うっかり夕食後すぐ、まだ出掛ける支度をしている途中で、カリカリを出してしまったので、ダメがそれを掻き込む姿を目にする羽目になったのだが、改めて観察してみると、その光景は、一種、近寄りがたいほどの必死さを醸し出したものであった。
 その緊張感みなぎる背中には、
(取り上げられないうちに、一粒でも多く口に入れないと…)
と、書いてある。
 ありていに言えば、それは、盗み食いをしている時と同じ必死さである。もとより私が自主的に提供した食糧だし、これまでだって、同じことは何度も経験しているはずなのだが、どうやら、私は彼に全く信頼されていないらしい。
 自分もつまみ食いに来たアタゴロウが、思わず、恐れをなして遠巻きに眺めてしまうくらいの迫力であった。
 で、あるから。
 せっかく満杯にしてやったのに、私が出掛けるころには、彼の皿はほとんど空になってしまっていた。
 どうしよう、と、しばし悩んだのだが、皿の底に何粒か残したまま立ち去ったところを見ると、一応、今のところ満腹にはなったらしい。だが、今は良くても、この調子だと、間違いなくアタゴロウの取り分はないな、と考え、仕方なく、ほとんど空になっていた皿をまた満杯にして、
「大事に食べなさいよ。」
と、言い残して家を出た。
 ダメちゃんはやはり、見送りに来なかったが、それが、満腹でくつろいでいたためなのか、新たに湧いて出たカリカリを掻き込み始めていたためなのかは、定かではない。
 
 
 姉に訊いてみると、実家では、
「二回分を量って置いてきた」
ということであった。
 実家は我が家より遠いので、夕食を出すには早過ぎるため、これも置き餌にした、ということらしい。要するに、きっかり普段どおりの量、ということになる。
 どんぶり勘定の我が家より、格段に厳格な対応である。
「でもそれ、りりが全部食べちゃうんじゃない?」
「まあ、有り得るかもね。」
 いや、ゼッタイそうなる。と、私は確信するのだが、それを見越しての情状酌量はないらしい。ただし、話を聞いてみるに、間違いなくダメちゃんと同じ行動をとるはずだと思っていた妹は、兄のような必死の食らいつきは見せなかったようであった。
「そうね。ダメちゃんは、私がごはんを出しに行ったときも、必ず、朝の分のカリカリに食らいついていたものね。」
 姉が猫の世話に来てくれた際は、まず夕食を食べさせて、それからトイレ掃除をしたり、ミミやムムと遊んだりして、帰る直前に朝食分のカリカリを出してくれていたそうだが、姉が玄関を出るときには、必ずダメがそのカリカリを掻き込んでいたと言う。
「容器を落として盗み食いもしたしね。」
 姉が思い出して笑う。
 そう、それがきっかけで、カリカリの容器は扉付きの物入れにしまわれることになったのだった。
 その話で、さらに私は、思い出さなくてもよいことを思い出してしまった。
 一昨年、これが原因で、彼は史上最高体重を記録し、家主ともども(というより、家主が)、獣医さんに叱られたのだ。
 ちなみにその時、姉は、
「ムムの分もきっと食べちゃうだろうとは思ったけど、ムムには、私の来た時にちゃんと食べさせているから、まあ大丈夫だろうと…。」
と、思っていたそうである。
 そう考えると、ダメは私のことを「ごはんを取り上げる人」だと思って信用していないわけだが、モトをただせば、信用がないのは彼自身の方なのであった。
 
 

  
  
 そんなこんなで、今回、私は、かなりの量を置き餌して出掛けたわけだが、帰宅すると、果たして、二つの食器の中身は、いずれもきれいに食べ尽くされていた。
 実家の猫たちの様子も知りたかったので、
「完食でした」
というメールを姉に送ると、
「うちも完食でした」
というメールが帰ってきた。
 実家の猫たちは、初めての夜間留守番(長時間留守番)を、無事に乗り切ったらしい。少なくとも、食欲はしっかりあったわけだ。
 我が家の男子チームが、置き餌のカリカリを食べ尽くしたのは、どのタイミングであったのか。知る由もないわけだが、帰宅後、私は鳴き叫ぶ奴等を無視して、夕食の時間近くまで食事を出さずに放っておいた。
 いや、誤解のないように言えば、食事を出さなかっただけで、トイレ掃除は、すぐにしてやった。すると、そこには、これまでに見たこともないような大量の××が山になっていたものである。
 思わず、写真を撮りたくなってしまったくらいである。(しかし、冷静に考えると、そんな写真をブログに載せるわけにもいかないので、すんでのところで思いとどまった。)
 これは、可哀想な事をした、と思う反面。
 これは絶対、二日分の量じゃない、と、私は確信した。最低でも三日分はある。いや、それ以上かもしれない。ということは、それに見合う量を、奴等は食べたのだ。
 お前ら、食い過ぎだ!(※正確には、複数形ではないかもしれない。)
 そういうわけで、夕食前におやつを出してやろう、などという仏心は、一切起こさなかったのである。
 私が帰宅したのが夕方5時頃。それから、7時少し前までメシを待たせたわけであるが、その間、ダメは鳴きっぱなし、アタは暴れっぱなしであった。
 正規の時刻より若干早いが、まあいいか、と、猫どもに夕食を食べさせた後、自分も夕食を摂りながら、しみじみ、静かだなあ、と思った。
 思えば、普段は一人でほとんどテレビもつけずに暮らしているのに、昨日の夕方から、ずっと家族と一緒で、お喋りしっぱなしだったのだ。
 それに、帰宅してからは、やれ洗濯だ、片付けだと立ち働いていた上に、猫どもが騒ぎっぱなしで、とても静寂を楽しむどころではなかった。
 それが、今は。
 ダメはいつものクッションの上で眠り、アタは一人で、テシテシとおもちゃをつついている。
 いつものとおりの、静かな夜の時間である。
 と、日常の幸せを満喫しているところに、姉からメールが来た。
「猫どもは、母にべったりです。」
 添付されていたのが、この写真。
 
 

  
  
 そっか。
 ななもりりも、やっぱり、淋しかったんだね。お母さんがいなくて。
(君たちのお姉さんは、悔しがっているけど。)
 
 
 あれ、ちょっと待てよ。
 
 
 その時のダメちゃんは、こんな感じ。
 
 

  
  
 実は、この写真は、後日撮ったものである。日付が違うだけで、場所も格好もほぼ同じ。
 見方を変えれば、後日でも全く同じ写真が撮れるということは、彼の行動が、いかにいつもと同じものであったか、ということである。
 てことは。
 
 
 つまり、アタシは、メシさえ出せば、もう用済みってわけね。
  
 
 ちょっと、あんまり冷たいんじゃないかい!? 大治郎君。
 
 

   
  
 いや待て。この話には続きがある。
 その後、またしても姉から来たメール。
「りりちゃんは、体重増加していませんでした。(中略)けっこう、りりちゃんはいい子にしていたようです。」
 
 
 帰宅したとたんに体重を測られちゃうりりの方が、よっぽど厳しく扱われていると思うんだけどな。